私とアヤネちゃん。2人っきりの部室というのは久しぶりだった。
ホシノ先輩とシロコ先輩は先生の手配してくれた任務へ。ノノミ先輩は休暇。そして、アイカは自治区内のパトロール。万が一に備えての私と、常駐しているアヤネちゃんだけが今この校舎にいた。だが。
─────なんか、妙に静かね。
いつも色々な仕事を引き受けてくれているアヤネちゃん。しかし、こうして部室にいるということは、いつもならパソコンと向かい合ってキーボードを叩いているか、ノートやメモと睨めっこしているか。
しかし、そんな様子は見られない。パソコンもノートもメモも、何一つ開いていない。というかそもそも、ぼんやりとしたまま微動だにせず、机に向かって押し黙っているだけだった。
「……ねえ、アヤネちゃん」
「な、なにっ?」
気になって声をかければ、裏返った声とともに体がびくりと跳ねる。
「なによ、その反応。まさか、ヤラシイ事でも考えてた?」
「ちっ、ちがうよ!?もうっ、発情期のセリカちゃんじゃないんだから!」
「発情期は仕方ないじゃない。そんなことより大丈夫?さっきから同じところばっかり見てるじゃない」
「そ、そうかな……」
「うん。しかも、もう20分も」
「そうだったんだ……」
頭を掻き、困ったように笑うアヤネちゃん。こういう顔をするときのアヤネちゃんは、大抵なにかを抱えている。根拠なんてない。あるとしたら、他の誰よりも長い付き合いだからこその何となく。
─────でも……。
今のアヤネちゃんの様子に、特に嫌な予感はしない。私は椅子の背もたれに身体を預けながらため息をつき。
「なんかさ、悩んでる?」
そう問いかけると、アヤネは小さく頷いた。顔は伏せ、眉間に少し皺を寄せた顔。それから、何度か口を開こうとして。
悩んでいると言うよりも、どこか気まずそうな顔。しばらくの無言の中でこちらの顔色を伺うように何度か視線を向け、やがて意を決したように1度目を固く絞り。
「─────実は、相談したいことがあるの」
「相談」
「うん」
「私に?」
「……セリカちゃんに」
口調はいつも通り。だが、なんだか妙に改まっている。なんとも言えないその雰囲気に、私は少しだけ姿勢を正した。
「いいわよ。私に答えられることならね」
「ありがとう、セリカちゃん」
難しいことはわかんないから。そう笑うとアヤネちゃんもつられて破顔する。
胸元で両手を握るアヤネちゃん。少しずつ赤くなっていく耳と頬。
「…………好きなんです」
「…………」
胸の中で何かが燻る。しかし勢いづいたのか、アヤネちゃんは矢継ぎ早に語り出す。
「あの日から毎日一緒にいて、全く知らない常識を仕込んで、わからないって喚いても勉強を教えて」
「……大変だったわね」
「ほんとだよ。入学できないんじゃないかって不安だったから」
「ね」
「でも、でもね。私は無邪気に笑ってるかっこいいアイカくんのことが、好きなの。好きに、なっちゃったの」
─────幸せそうな顔だなぁ。
見たことの無い親友の顔に、胸の奥がきゅっと締め付けられ、痛む。
正直言えば、今こうして聞く前からそんなこと気がついていた。普段の行動から察していたんだ。だけど私は、それが何なのか考えなかった。
─────考えたくなかった。
「……そっか」
なるべく平静を装う。いや、装っているんじゃない。私は何も、いつも通りなのだから。
「はい」
「まあ、いいんじゃない?」
「……え?」
「何よ、その反応。正直前から思ってたのよ、お似合いだなって」
「そんな、お似合いなんて。……それに、そんなに驚いてない、よね?」
「驚いてるわよ、これでもね。相談って聞いてたのにいきなり告白ぶっ込まれるんだから」
「ご、ごめんね……」
「謝ることじゃないでしょ」
恥ずかしがるアヤネちゃんに私は笑った。笑えている。たぶん、ちゃんと。
「それで相談のほうはなんだった?」
「……えと、アイカくんってどういう女の子が好きなのかなって思って。セリカちゃん、知ってる?」
「流石に知らないわよ」
─────私だって知りたいくらいよ。
また、ずきりと胸の奥が痛んだ。今度はさっきより少しだけ強く。しかし、私はその痛みを無視した。まったく何もなかったように。
「そうねぇ……」
腕を組んで考えてみる。
─────柳ヶ瀬アイカ。
あいつのことなら当然、私だってそこそこ知っている。3年前に出会って。そして2年前のあの日から、私とアヤネちゃんとアイカはズッ友なのだから。
「……まず、アイツって褒められるのに慣れてないじゃん」
「ですね」
「あんまり真正面から褒めると、たぶん挙動不審になる」
「ふふっ。よく先生とかノノミ先輩に褒められては赤面してふもんね」
「デレデレしてんでしょ。ヤラシイんだから」
「まぁ、男の子ですから……」
恐らく共通して思いうかべるイメージに目を見合わせて笑い合う。
「うーん、やっぱ変に気取らないほうがいいんじゃない? 普通に話して、普通に笑って。たまにデートとか誘ってみて」
「なるほど……」
「それと、アイツ意外と一人で抱え込むじゃない?困ってそうだったらちゃんと声をかけてあげなさい。ケツ引っぱたいてやるくらいが丁度いいわよ」
「それは、セリカちゃんの特権というか……」
「あと――」
何故か、言葉が止まった。アヤネちゃんが不思議そうに首を傾げていて。
「……なんでもない」
「そうですか?」
「うん」
「……まあ、とにかく。アンタなら大丈夫でしょ」
「セリカちゃん……」
「な、何よ」
「ありがとう。私、頑張るね」
「頑張りなさいよ、アヤネ」
「うん!」
その返事を聞いて、ちゃんと笑えている自分を少しだけ誇らしく思った。
親友の恋を、親友たちの幸せを応援する。
─────この胸が痛む理由なんて、考える必要はないんだ。
△
「……はぁ」
アヤネちゃんが帰ったあと。部室には私一人だけが残っていた。
さっきまで明るかった窓の外は、もうすっかり夕方。窓から見える赤く染まった空を眺めながら、私は机に頬杖をつく。
「……何やってんのよ、私」
ぽつりと零れたその声に返事はない。そんなことはわかっているのに、どうしてか声に出してしまった。
自分でも意味が分からない。
アヤネは親友だ。そんな親友から相談されたのだから、応援するのは当たり前。だから、アドバイスだってした。
何もおかしくない。
「……何も、おかしくないでしょ」
口に出すのは自分に言い聞かせるため。なのに、だというのに。
頭の中に、さっきのアヤネちゃんの顔ばかりが浮かぶのだ。
『私、アイカくんのことが好きなんです』
「……そうやって、告白とかするのかな」
向かい合うふたりが照れながら抱き合うイメージが再生される。やはり、胸が痛くなる。
「……なんでよ」
私は机に突っ伏して、目を閉じる。思い浮かべるのは、間抜け面したアイカの顔。
『セリカ、これどうすんの』
『……アンタ、こんなのも分かんないの?』
『おう!』
いつものアイカ。大きな声で溌剌としていて、やかましくてうっとおしい、いつも通りのアイカで、。
なのに、その顔を思い浮かべるだけで、こんなにも。
「……まさか、私、アイカのこと─────」
小さく呟く。その言葉を口にした途端、心臓が大きく跳ねた。
「いやいや。いやいやいやいや」
慌てて顔を上げる。頬が熱を持ち始め、バクンバクンと心臓がうるさい。
「ないない。そんなわけ……」
─────だって、アイカだよ。
あのアイカだ。うるさいし、おバカだし、鈍感だし。ちょっとした事ですぐ調子に乗るし、先輩たちにでれでれするし。
「……なのに」
アイカが誰かと一緒にいるところを、並んで歩いているところを想像したことがある。
アヤネちゃんと。シロコ先輩と。ノノミ先輩と。誰と一緒にいる時も、隣を歩くアイカはにこにこ笑っていて。しかし、その隣にいるのは、いつも私じゃなかった。
「…………」
思わず、両手で胸元を押さえる。
「……何よ、これ」
痛い。嫌だ。なんで。どうして。
アヤネちゃんがアイカを好きだって言っただけなのに。
アイカの隣に、みんなが寄り添って歩いている姿をイメージしただけなのに。
どうして私は─────。
「……取られたくない、なんて」
口から出た言葉に自分で驚いた。
取られたくない。そう思ってしまったんだ。アヤネちゃんに。大切な、親友に。
「…………」
静かなひとりぼっちの部室。風が窓を叩く音だけが聞こえる。続いて、じじじというスピーカーの音。そしてかつて最終下校時刻を告げていた聞きなれたチャイム。
「……最っ低」
小さく呟いた言葉はチャイムにかき消された。
アヤネちゃんは、私を信頼して相談してくれた。にも関わらず、私はアヤネちゃんのの恋を応援するのとは真逆の感情を抱き始めていた。
─────そんな自分に、嫌気がさす。
「……違う」
私は首を振った。だが、気がついてしまった気持ちはもう振り払えない。
「私は、アヤネちゃんを応援する」
それは本当だ。アヤネちゃんには幸せになってほしい。アイカだって、きっと幸せになれる。
だが、アヤネちゃんとアイカが上手くいくなら、それでいい。
「……それで、いいじゃない」
─────よくない。
「私がどう思おうが、関係ないでしょ」
そう、関係ない。親友とはいえ私は友達。アイカにとっても。アヤネちゃんにとっても。
だから─────。
「……応援、しなきゃ」
頬を叩いて、私は無理やり笑った。
△
「─────セリカ!」
「……ん」
教室へ向かう途中、後ろから声をかけられる。聞きなれた大きな彼の声。振り返ると、思っていた通りにっかりと笑うアイカがいた。
「おはよ」
「……うーん?」
「え、なによいきなり」
「いや、なんかな。なんか、機嫌悪くないか……?」
「は?」
言われて思わず強くなる語気。そこにアイカは何かを察してか、降参だとでも言わんばかりに両手を挙げて頬を引き攣らせ。
「なんとなくだから。気のせいだな、うん」
「別に、なんもないから」
「そうだよな!」
「そうよ」
私はできるだけそっけなく答えた。しかしその返答にもやはり察してくるもので、アイカは不思議そうな顔をする。
「……やっぱり、なんかあったか」
「しつこい。何もないってば」
「ならいいけど」
そう言って、アイカは私の横に追いついて立ち並ぶ。
その横顔を盗み見て。ぴょこぴょこと跳ねる犬耳を見て。私はまた、胸が痛くなった。
「…………」
昨日までは、こんなことを気にしたことなんてなかった。
アイカが誰と話しているかなんて、誰と笑っているかなんて。そんなの、どうだってよかった。
─────なのに。
「お、アヤネだ」
「へ?」
「おーい、アヤネ!」
多いと手としっぽを振り回す彼。少し前には確かに、タブレットを手にしたアヤネちゃんが歩いていて。
「アイカくんにセリカちゃん。おはよう」
「あぁ、おはよう」
向かい合って、見つめあったふたりが笑う。
ただ、それだけ。本当に、それだけなのに。
「…………」
そっと私は視線を逸らした。見ていると、胸の奥がまた痛くなる。
「セリカちゃんも、おはよう」
「……おはよ、アヤネ」
「昨日はありがとう、セリカちゃ?」
「……別に。気にしなくていいって」
「……ん、なんかあったのか?」
私と違って、いつも通りのその笑顔。やっぱり私は、この笑顔を優先したい。
「─────アヤネちゃん」
「はい?」
「……頑張りなさいよ」
「え?」
「アイカのこと」
「俺?俺がなに?」
言葉にするだけで胸が苦しくなる。それでも、私は笑った。
「ちゃんと、自分で掴みなさい」
「……うんっ。私、頑張るからっ」
「ねぇ、俺は?俺はスルーなのか?」
本当にいい笑顔だ。私はその笑顔を見ながら、胸の奥に生まれた感情に結論をくだせないでいた。
友情なのか、恋なのか。もはや、そんなことはどうでもいい。
─────もう、その先のことを考えるのが怖くて仕方ないのだから。
「無視するなよふたりとも!」
「うっさいわよこのニブチン」
「ひどいっ」
「あはは……」
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