住み始めてはや3年目。アビドス市街地の少し外れ、人気が少なく閑散とした地域に俺は住んでいた。
風呂トイレ別の3LDKで白い壁紙にチークのフローリング。玄関の鍵や郵便受けこそ古めかしいが、居住性は抜群で。もしこれがミレニアムやD.U.の一等地に建っていれば、家賃なんて今の3倍はかかるはず。
「うーん、今日もいい感じだな」
そんな部屋のリビング。壁に立てかけた姿見で、一応身だしなみを確認していると。
「─────お」
ピンポンという由緒正しいらしい玄関チャイムの音。ついに来たかと駆け足気味で玄関へと向かう。
玄関には、何故かノノミ先輩の財力によってとことん強化された防犯セキュリティが搭載されている。それによって、通常のチャイムが鳴る時は対策委員会の誰かが尋ねてきた時。
ついに来たか。捻ることで施錠の外れたドアが外に向かって開く。その先には、想像通りの女の子が立っていて。
「あっ、アイか─────」
「おう、おはよう。アヤネ!」
「─────っくん。おはよう」
彼女はビクリと肩をはねさせ、しかし落ち着いてズレた赤縁のメガネを直した。
─────奥空アヤネ。俺の大切な友達だ。
「もう、朝から元気だね。ご近所さんがいたらびっくりさせちゃうよ」
「誰もいないし、誰も来ないだろ」
「そんなこと言ってると、また大家さんに怒られるよ」
「……それは、勘弁だな」
もうとかわいらしく頬を膨らませるアヤネ。そして、俺の頭のてっぺんから足まで視線を移動させた彼女はひとつ頷き。
「うん。もう準備できてる感じだね 」
「もちろん。いつでも行けるぜ!」
そう親指を立てれば、寝癖ついてるよと笑われ、少しかがまさせられる。俺よりも手馴れた様子で髪を整えてよしと微笑むと。
「じゃあ、行こっか!」
細くて綺麗な左手で、俺の右手を引っ張った。
△
「─────うぉぉぉ、すっげぇ……っ!」
ショーウィンドウに張り付く彼の背中を見て、私はついつい笑ってしまう。どんどん凛々しく大人っぽくなっていくのに、どうしてか
「ほら、見ろよアヤネ!」
「うん。見てるよ」
「ならわかるだろ。この凄さ!」
─────わからないかなぁ。
あははと口から漏れ出る愛想笑い。しかし、ショーウィンドウに夢中の彼は気にも止めず、だろうと満足そうに言ってガラスに張り付いたまま。
「好きだよね。ロボット」
「カッコイイからな。くぅ〜、俺も欲しいぃ!」
そう、ロボット。ショーウィンドウのガラスの向こうには、ずらりと並べられたロボットのおもちゃがある。それに、彼は虜になっているのだ。
「この作品、まだ見てないやつだな。先生に聞こう!」
「また年寄り扱いしてるのかー、ってひがまれるよ」
「実際歳いってるだろ、先生」
先日31歳の誕生日を迎えた先生。見た目は20歳半ばといった感じのクールビューティだが、その悩みは婚期とアンチエイジング。そう、年齢に関する話題は禁句なのである。
にも関わらず、そんなのは関係ないと先生へ写真を送信し始めた彼がどうしようもなく面白くて、つい笑ってしまった。
「……先生、めちゃくちゃ怒ってる……」
「なんて送ったの?」
「この作品、先生なら詳しいんじゃないか。って」
「それで、なんて?」
「私はその頃まだ産まれてないんだが。10歳は年上なんだが。おちょくってるのか。って」
「……すっごく怒ってるね」
「うん……」
感情のよく出る耳としっぽをしょんぼりとしなだらせ、肩を落とすアイカくん。わかっているだろうに、やらずに居られないのはそういうサガなのだろうか。
ふとスマホを見る。時刻は既に11時。そろそろ移動して本題に移らなければならない。
「アイカくん、そろそろ行くよ」
「ん、おーう」
ちょんと袖を引けば、あっという間に切り替えて私の少し後ろで歩き出す。切り替えは本当にはやい方だ。
彼の方を見ると、その向こうでショーウィンドウに反射して写る私たちの姿があった。
彼の袖を引いて前を歩く私と、ショーウィンドウに惹かれつつも歩く彼。なんだか、犬の散歩のようにも見えて。
「あっ、何笑ってんだよアヤネ!」
「ううん。なんだかおもしろくって」
「おもしろくって、って。何がだ?」
「ほんと、気にしないで」
「……おう?」
さながら大型犬。そう思うと、どんどん笑いが込み上げてきた。
△
「じゃあ、今日の本題だね」
「おう」
昼食のパスタを食べて、ついに来たのはメガネ屋さん。普段から私もお世話になっているお店だ。
「買おう。アイカくんのメガネを……っ!」
「1年のダブルメガネだ……っ!」
顔を見合せ、笑い合う。お互い変なことを言っている訳でもないのに、どうしてもおかしくて。
─────いや、アイカくんは変なこと言ってるか。
俺もメガネをかけてみたい。ある日の3人の下校中、ふと彼が私を見てそう言った。
なんでも、メガネをすれば俺でも知的に見えるからだとか。シロコ先輩に
当然、メガネをかけたからって知的になるわけがないのだが、買うのに付き合ってくれと言われては、当然断る訳もなく。
─────まぁ、頼られれば答えるのが当然なのでして。
「アヤネが居なきゃ、メガネ屋でふっかけられかねない……っ」
「そんなこと、よっぽど無いと思うんだけどなぁ」
「わかんないぞ。何があるかなんて」
どんと胸を張る彼にまた笑う。しかし、私もメガネ愛用者として、メガネ選びには失敗して欲しくないので。
「じゃあまずね、メガネ屋さんにはいったら」
「うんうん」
「マスター、俺に似合うメガネを頼む。って」
「……そんなことあるか?」
吹き出しそうになるのを堪えつつ、指をひとつ立てて。
「やっぱり、舐められないようにね」
「……確かにな。よし─────」
「なんて、冗談─────」
ぎりぎり、ばたん。自動ドアだったはずがアイカくんの手によって無理やりこじ開けられたそれは、嫌な音を奏でて開かれた。
─────本当にやっちゃった!?
よくしっぽの動きを見ると、左側にだけ振るような変わった動き。それは彼が緊張している時の特徴だった。
店内には客がおらず、店員のオートマタが1人、カウンターで佇んでいるだけで。
「……い、いらっしゃいませ」
店内に、落ち着いた機械音声が響いた。しかし無機質なようなそれは、明らかに動揺するように震えていて。よく見るも頭部の表情ディスプレイをノイズがかったものとなっている。
「…………」
「…………」
「…………」
私とアイカくんは揃って固まっていた。私は様子見で、アイカくんは緊張で。
自動ドアはなんとか生きていたのか、やはり妙な金属音を立て、私たちの後ろでゆっくりと閉じていく。
「……アイカくん」
「……なんだ、アヤネ」
「今のって……」
「…………」
「アイカくん?」
「…………アヤネ」
そろりと顔が振り返る。いつも自信満々な顔は、今ばかりはすっかり青ざめている。そして、彼はものすごく小さな声で。
「もう、帰っていいか?」
「─────ふふっ」
思わず吹き出してしまった私に、彼はピンと耳を立ててしっぽを大きく振り回すと。
「笑うなよっ」
「ご、ごめんね」
「帰られるのは困りますよ。ドアのこともありますし」
店員さんのその言葉に、途端にしょんぼりと耳を垂らす。その姿があまりにも分かりやすくて、私は慌てて口元を手で覆った。
「ご、ごめんね。でも……ふふっ」
「だから笑うなって!」
「だって……!」
私はなんとか少しだけ呼吸を整えてから、彼の袖をちょんと引く。
「ほら。せっかく来たんだから、ちゃんと選ぼう?」
「……おう」
静かに頷く彼を見て、私たちは揃って入店する。怒られたらその時はその時。しっかり謝ろう。そう心に決めて。
しかし店員のオートマタはまるで何事もなかったかのように話し出す。
「いらっしゃいませ。当店では、お客様のご要望、ご予算にに沿った眼鏡をご提案いたします。何なりとご所望ください」
「……普通だな」
「普通だね」
面倒くさくなって、テンプレーションの自動再生に切り替えられたのだろうか。ふたりで顔を見合わせ、そして。
「よし」
アイカくんが胸を張った。
「─────俺に一番似合う眼鏡を頼む!」
「結局それ言うんだ」
「だって、アヤネが言ったんだろ……っ」
「冗談だったんだけどなぁ……」
その言葉に、オートマタは気にする様子もなく、壁際にずらりと並べられたフレームを指し示し。
「お客様のお顔の形、肌色、目の形、瞳の色、髪型……。様々な数値を考慮し、最適な商品とおすすめする複数の商品をご提案できます」
「おお……」
アイカくんの目が輝く。彼らしい素直な反応だ。
「じゃあ、お願いします」
「お願いします!」
私とアイカくんの声に、カウンターから移動するオートマタは壁際へ。そして何度か手を伸ばし、すぐに何本かのフレームを持ってきた。
「こちらがお勧めです」
「おお……」
黒、茶色、細い銀色。
─────そして赤。
「……赤」
すこし細いけれどお揃いだなぁ。そんなことを思っている矢先、アイカくんが赤いフレームを手に取った。
「……これ、アヤネと同じ色だな」
「え?」
「うん、よし。……なんとなく。これにする」
「ちょ、ちょっと待って!」
何度か頷く彼に、私は慌てて待ったをかける。
「まずは、掛けてみないと」
「そうか?」
「そうだよ。眼鏡って、顔に合うかどうかがすっごく大事だから」
「なるほどな」
彼はすぐさま、レンズの入っていないフレームを掛けた。
「どう?」
「…………」
イケてるだろ。そう聞いてくる彼のドヤ顔を、私はじっと見る。
赤いフレーム。カッコイイけれど、格好つけてるのがバレバレでな顔。
「……なんというか」
「なんだ?教えてくれ!」
「……普段のアイカくんより、ちょっとだけ賢そう」
「─────よし!」
俺の勝ちだ。そうガッツポーズとともに呟く彼。いったい、何に勝ったのだろう。
「じゃあ次はこれ」
次に黒いフレームを渡す。少し太めのラインが特徴的だ。
「こっちはどう?」
「…………」
「どうだ?」
「うーん」
私は首を傾げた。似合っていない訳では無いのだが、ハツラツとした笑みを浮かべる彼に対し、メガネはどうにも優しい雰囲気を出そうとしているみたいで。
「うん。さっきのほうが似合ってるかな」
「本当か?」
「メガネソムリエの名にかけて」
「じゃあ。赤にする」
「決めるの早くない?」
「─────だって、アヤネが言うなら間違いないだろ」
「…………」
真っ直ぐな瞳で私を見る。信頼というか、信用というか。なんだか、こういうところは少し困る。頼ってくれるのは嬉しいのだが、決定権を委ねられているみたいなのは少しいやで。
─────だから。
「ちゃんと最後まで一緒に選ぼうね」
「おう!」
△
メガネを買い、ドアのことをとにかく謝り倒し。そうして私たちが外に出ると、すっかり空は茜色。もう、夕方になっていた。
「─────おお」
アイカくんが、新しい眼鏡を掛けたまま街を見回すと。
「なんか、世界が違って見える」
「度は入ってないよ?」
「気分の問題だろ」
「……ふふっ」
「笑うなって」
二人で歩き出す。結局、彼が選んだのはシルバーのだてメガネ。細いフレームに微かにスモークの入ったレンズを備えたそれは、どこかサングラスのようにも見えて。
─────メガネじゃ、ないような気も……。
とても知的には見えないけれど、似合っているから問題ないか。そんなことを考えながら、夕暮れに照らされるアビドス市街を歩いていく。
しばらくすると、彼が急に立ち止まった。
「なぁ、アヤネ」
「どうしたの?」
「メガネさ、セリカともつくりに来ないか?」
「セリカちゃんの?」
空を見上げる彼の言葉に、私は待ってましたと言わんばかりに飛びついた。ずっと、私もそう思っていたのだから。
「うんっ。作ろうよ、セリカちゃんのメガネも!」
「だな!」
なら、あいつを乗せる口実を作らねば。そう思案し始めるかれだが、私からすれば、彼がお揃いのメガネをと言えば、きっと飛びついてくるだろうに。
でも、そういう所がおもしろおかしくて。
「バイトのお休みの日、聞かなきゃね」
「だな。それまで、このメガネは封印だ」
「そうなの?」
「あぁ。こいつは、1年トリプルメガネーズの誕生と同時にお披露目だ!」
もうシロコ先輩にバカだとは言わせないと意気込む彼に、声を上げて笑ってしまう。
この3年間、そういう真っ直ぐな所の積み重ねが、私の心を確かに捉えていって。
─────好き、なの。
そう、思うようになったのだろうか。
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