「─────ホシノ先輩」
「うへ?」
ぼんやり、うつらうつら。放課後の教室で5人の話し合う声をBGMに微睡みに沈んでいた私を呼ぶ声。
一体なんだろうか。そんな疑問を胸に枕替わりに抱いていたクジラのクッションから顔を上げると、全員の視線がこちらを向いていて。
「なになに、どうかしたー?」
「はい。とても大切なお話があります」
「改まって?なら、アイカくんがいる時じゃないと」
今日、アイカくんは先生の元へ当番に行っている。今みんなのグループに連絡があったが、今日はシャーレに泊まって明日の朝そのまま登校するらしい。
朝帰りだなんて大人だねぇ。そう弄る余裕もないほど、彼はクマをこさえて帰ってくるはずだ。そうなると、おすすめのお昼寝スポットを共有せねば。
─────ともすれば、一緒にお昼寝も……。
「……あの、ホシノ先輩?」
「んー」
「顔、凄いですよ」
「かお?」
なんのことだろうか。不思議に思い首を傾げていると、不機嫌そうに眉をひそめたシロコちゃんが吐き捨てるように。
「ん、メスノ先輩」
「……なんて!?」
「メスの顔するホシノ先輩。だからメスノ先輩」
「あら……」
「デート1回で惚れてもうメス顔。先輩の威厳どこ?」
「シロコ先輩……」
メスの顔。一体どんな顔をしていたのだろうか。自覚こそないが顔がかっと熱くなる。
「そんなことないよねぇ!ね、ノノミちゃん、セリカちゃん!」
「……えぇっと、そのぅ」
「……ごめんホシノ先輩。すっごいニヤけてたよ」
「うそぅ。あ、アヤネちゃーん」
「─────はい?」
「や、やっぱりなんでもなぁい」
気まずそうに視線を逸らすノノミちゃんとセリカちゃん。そして、機嫌を損なうシロコちゃんの横ではアヤネちゃんがなんとも恐ろしい笑顔でこちらを見ていて。
─────バレちゃったかな。私が、アイカくんのこと……。
当たり前だ。誤魔化し切れるわけがない。そもそも、誤魔化そうとも思ってもみなかったし。ただ、先に彼のことを好きになっていたであろうみんなのこともあり、表に出すことがないだけで。
だが、ここは真剣にいこう。これからのアビドスのためにも。そう思い意を決してみんなと向かい合う。
「じつは、水族館でね─────」
△
「すんません、ホシノ先輩」
「ううん。気にしなくていいよぉ」
申し訳なさそうに隣を歩く彼を見上げ、そして笑う。
「たしかに恥ずかしかったけど、まぁ見知った仲だし、気にすることもないかなぁって」
「ですよね!」
「うんうん」
「俺もあんま気になんないんすよね。間接キス!」
「ごめん。やっぱはっきり言うのはやめてくれる?」
「っす」
名称を出されると、どうにも羞恥がぶり返してくるようで、少し頬が熱を持つ。
「さぁて、次行こっか」
「そうすっね。つぎはっと」
ぽんと手を打ってそういうと、ポケットから小さく折りたたんだ館内マップを取り出す彼。
何度も見返し、そしてその度に雑に折りたたんだのだろう。幾重にも折り目のついたそれはボロボロで。そういう無頓着な所がどこか彼らしい。
「つぎはすぐそこでアシカとペンギンのショーを見て、それからお土産コーナーっすね」
「だね。アイカくんは見たことある?アシカとかペンギンのショー」
「……ないっすね。前に2人と水族館いった時も、たしかタイミング悪くて見れずじまいで……」
「あー、こういうのって結構シビアだもんねぇ」
「好きなんすけどねぇ、ペンギンさん」
「……ふふっ、ペンギンさんって」
「ちょ、笑うことないじゃないっすかぁ」
「ごめんね。なんだかかわいくて」
「だから、俺にかわいいって言わないでください!」
またまたぁ。そう言って彼の二の腕をこんと小突く。そうするとムキになった彼は眉間に皺を寄せ。
「なら、俺もホシノ先輩にかわいいって言いまくります」
「……そんなこと言わなくて良いって」
「いーや。言いまくります。なんだったら今言ってやります!」
どんな意気込み方だろう。歩きながらも顎に手を当て考えこむ彼に微笑んだ。
少し開けた広場の真ん中、少し先にショーの見られるテラスがあるのだろうか、人がまばらに集まっていて。私は空を仰いでまで頭を捻る彼の手を小さく引くと。
「ほら、行こうよアイカくん」
「あっ、かわいい」
「……へ?」
手を引く私を見て、彼は小さくそうこぼした。
「え、なにを……」
「上目遣いのホシノ先輩、かわいいっす。あと、小さい手がかわいいっす。あと手が温かくてかわいいっす」
「ちょ、ちょっとアイカくん?」
「照れてるんすよね。かわいいって言われて照れるホシノ先輩かわいいっす。というか、なんかもう全部かわいいっす」
「アイカくん!?」
かわいい。その言葉を私は結構使っている。みんなを純粋に褒める時もだが、いじるようにも使う。
だが、よく良く考えると、私が言われることはあまりないのかもしれない。それも、こんなふうにまっすぐ目を見て、本心から来ているであろう言葉で理由を並べられて。
心臓が、これまでにないほどに高鳴り始めた。
△
「アイカくん。あーいうのもう禁止ね」
「うす」
「じゃないと私、嫌いになるから」
「……っす」
「もう、揶揄うのは先輩の特権なんだよ!」
「いや、それはどうかとは思うっすけど……」
アシカとペンギンのショーが終わり、私とアイカくんはゆったりとした足取りでお土産コーナーへと向かった。
あの後も懲りずにかわいいと口を閉じない彼を強めにどついたり、参加型のコーナーでカップル扱いされて照れたり、彼がアシカと白熱するダンスバトルを決めたりと色々あったのだが。
─────とにかく、切り替えていこう。
しばらく歩いてたどり着いたお土産コーナー。出入口にほど近いところにあるそれは、リニューアルされたばかりと言うこともあってか店内は真新しいものの、目に見えて商品が少なく。
「プレオープン、だからすかね」
「かなぁ。さて、お土産はどうしようか」
「そうっすね……」
少ないとはいえ、それなりにずらりと並ぶ商品を眺める。
ぬいぐるみ、キーホルダー、文房具にプリントクッキー。水族館らしい魚や動物を模した商品が並べられていて、見ているだけでなかなか楽しい。
「アイカくんは何か買う?」
「んー……どうするっすかね」
顎に当て、真剣な顔で商品を見比べるアイカくん。あーでもないこーでもないと呟いて、いくつか手に取っては棚に戻すを繰り返している。
その横顔を眺めていると、不意に先ほどの言葉が脳裏に蘇った。
─────かわいいっすね。
「……っ」
「あれ、ホシノ先輩」
「んー?」
「なんか顔、赤くないっすか?」
「そうかなぁ」
「っすね」
「何でだろうねぇ。あっ、そっちのやついいんじゃない?」
「えっ、どれっすか」
そっと棚を指さすと、彼はぬいぐるみコーナーの一角へと足を向ける。
─────うへぇ、焦った。
まさか本人を目の前にして、さっきまでのことを思い出していたなんて言えるわけがない。ましてや、それが理由で赤面していたなんて。
「……おっ」
そんなことを考えていると、彼が棚の一角で足を止めた。手に取ったのは、ストラップのついたペンギンの小さなのぬいぐるみ。
「これ、いいな」
「おぉ、ペンギンさんだ」
「やめてくださいって。なんか、こいつが1番かわいいんすよね」
「ふーん。アシカのはいいの?一緒に踊ってたじゃん」
「ホシノ先輩」
「うん」
「あれは敵っす」
「……そ、そっか」
「ホシノ先輩は?」
「おじさんは、どうしよっかなぁ」
「って、気が付かない間にめちゃくちゃ買ってたんすね」
「まぁね〜」
改めて店内を見回すが、既にめぼしいものは手に提げたカゴへ入れている。そうなると、別段欲しいものがあるわけではない。
まだいくつか気になるものはあるが、それはみんなへのお土産ばかり。だが。
「……アイカくんが買うなら、私も同じの買おうかな」
「へ?」
「これ」
彼の隣に立って、ひとつのぬいぐるみを手に取った。手のひらほどのそれは、彼の青いペンギンと対になるようなピンク色のそれで。
そういえば、水族館のマスコットキャラクターが、まさにこのふたつで夫婦みたいな設定だったような気がして。
「なーんて、流石に恥ずかしいよねぇ!」
慌てて手にしたそれを棚に戻そうとして、そしてその手を、彼が包み込むように止めて。突然のことに、胸が大きく跳ね上がる。
「うへぇ!?」
「それ、いいっすね!」
「……へ?」
「ふたりで水族館に来たっていういい思い出になりそうじゃないっすか?」
「そ、それはまぁ」
「俺こういうの、結構好きなんすよね!」
「……そっかぁ」
「すね」
「……じゃあ、買おっかな」
「っす!」
そうして、私と彼はセットになるようなそれと、それぞれが欲しいもの、そして、よりすぐったみんなへのお土産を手にレジへと並んだ。
△
「─────楽しかったねぇ」
夕暮れの空を背に、私たちは水族館を後にした。
人混みにあって気疲れした体に、両手には大量のお土産の袋。そして、私のカバンと彼の腰には、それぞれペンギンのぬいぐるみがひとつずつ。
「そうっすね」
「今日はありがとね、アイカくん」
「いえ、俺も楽しかったんで」
「……そっか」
駅へと向かう道をふたりで歩く。来た時よりも、ほんの少しだけ距離が近い。そしてそれが、なんとなく嬉しくて。それと同時に。
─────この時間が、もうすぐ終わっちゃうんだ。
そう思ってしまうと、少しだけ寂しく感じてしまう。
「……そういやさ、ホシノ先輩」
「ん、なに?」
夕日で真っ赤に染まった顔はまっすぐ前に。目線だけを少しこちらに向けている彼が少し不安そうに話し出す。
「俺が今日、ホシノ先輩に責任とってもらうしか。っていった時のこと覚えてます?」
「ちょっとちょっと。おじさん、まだそこまでボケてないよ!」
「そういうことじゃなくっすね。あの時のホシノ先輩の言葉、俺すっごい引っかかってんすよ」
「……なんか言ったっけ」
うんと首を捻って思い返す。ちょうどこの辺りを歩いていた時のことだ。たしか私は。
「─────こんな貧相な身体じゃ無理だし、人としてダメだよ。そう言ったっすね」
「そんなようなことを、言った気がしなくもないような」
「それが俺、どうも納得できなくて」
ノノミちゃんのように発育のいい身体なら。セリカちゃんみたいに平均的な体型なら。シロコちゃんやアヤネちゃんのようにスレンダーでもしっかり成長していれば。それなら問題は無い。
だが、私は背も低ければ発育も進んでいない。ぶっちゃけてしまえば、小学生とそう変わりがないのだから。
「だって俺、ホシノ先輩のこと好きなんすよ!?」
「……ん?」
「だから俺、身長とか体型とか、そんなの関係ないと思うんすよね。結局人って中身っすよ中身!」
「え、うん」
「そりゃあ、世の中そういう気持ち悪い人はいるでしょうけど、俺は違いますから!俺はホシノ先輩を見た目で好きになったんじゃなくて、ここまで関わってきたホシノ先輩って存在が好きなんすからね!?」
「─────?」
彼が何を言っているのか理解が追いつかない。いや、わかるにはわかる。だがそれ以上に、どうして突然こんなことになったのか、それがわからない。
しかしそんな私の困惑は彼に伝わらないようで、ひとしきり言いたいことを言い切った彼は満足したように息をつくと。
「よし、んじゃあ帰りましょっか」
「……う、うん」
△
「─────と、言うことがありましてぇ。それでその、なんというか、変なふうに歯車がハマっちゃったと言いますかぁ。これまでそういう感情抱いたこととかなかったんだけど、間接キスとか手を掴まれた時におっきいなぁってなった時とかお揃いのぬいぐるみ買った時とか、それ以前のほら、色々を含めましてね?そのぉ」
ぐるぐると回る視界の中、勢いよくクジラのクッションへと顔を埋め。
「─────アイカくんのこと、好きになっちゃったかもです」
「あの、バカイヌぅ!」
「ん、卑しい」
「あらぁ……」
「…………もう、アイカくんって本当に…………」
「うへぇ、みんな怖いよぉ」
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