昔、理想郷で書いたやつ。眠らせておくのも何だったので。
ここから多重クロスとか考えて止めた。
群青色に染まる火星の海で、二体の巨人が踊っていた。
巨人の一方は、ほうろうの肌とレンズの瞳をもつ黒い光国人の女。手中から無数の光弾を撃ち放ち、深く鋭く潜行した。
もう一方の巨人は、白と青とで塗装された人型の機動兵器。腕に展開された円形の障壁で接近する光弾を撃ち落とし、宙返りをするように浮上した。
女が追って、人形が逃げる。
二体の巨人が水中に描き出した軌跡は複雑にからみ合い、その光景は幻想的ですらあった。
宇宙戦艦に匹敵する体躯の女と全高9mの人形が織り成す舞踏は、火星の海に白い紋様を浮き上がらせていた。
火星。
太陽系最高峰のオリンポス山直下、最大水深2万mに達する水の牢獄を舞台にして、観客のいない舞踏会は続いていく。
≪接近警報。アイアンフィスト、数3。ホーミングコスモ、数4≫
「MAKI。シールド最大展開」
人型機動兵器、希望号のコクピットで、黒髪の男が操縦桿を引きしぼった。操作を受け付けた機体は、急浮上して自らを追尾する弾丸の背後を突く。
希望号の制御装置、BALLSにインストールされていたAI知性体のMAKIは、電圧を上げることでシールドを拡張させた。
水の抵抗を拡張したシールドで飲み込みながら、増速する希望号。自ら光弾の群に向かって突き進んで行く。
激突。
背後から希望号に喰らい付かれたエネルギー弾は、シールドに接触した刹那に音も無く消失した。
光弾を撃破した勢いをそのままに海中を飛翔する希望号の眼下では、黒い巨人が浮上しようと速度を落としていた。
希望号が潜行してシールドを叩きつければ、この舞踏会は終わりを告げるだろう。
絶対物理防壁。通称、シールド。
空間接続素子に電荷を加えることで励起する、薄さ1nmの非実体型の障壁の名称である。
光はおろか電磁波、重力すら遮断する防壁は、光子兵器すら無力化する絶対の盾であると同時に、戦艦を両断する無敵の剣でもあった。
このシールドの存在が、全高わずか9mに過ぎない人型機動兵器・ラウンドバックラーを、火星の天地と海で最強の機動兵器たらしめている。
希望号が黒い女の真上を制したことで終わっていたはずの戦い。
だがしかし、希望号はその剣を女に突き立てることをせず、機体を急旋回させながら速度を落とすに留めた。
≪敵、短魚雷(ショートランス)の射程内です。撃ちますか?≫
「ノーだ」
コクピットに流れる女性を模したMAKIの合成音声に、パイロットの男は否と言って首を振った。了解と答えて、MAKIが沈黙する。
戦闘の間に幾度もあったやり取りの再現だった。男は、希望号にマウントされた武装を、この日一度も使用していない。
直後、再度の警告音がコクピットに鳴り響き、驟雨のように光弾の雨が希望号に押し寄せた。
シールドを除く装甲が脆弱なRBは、被弾が容易に撃墜へとつながる。
それでも、男は笑っていた。楽しむように、あるいは何かを惜しむような表情で。
『なぜ、攻撃をしないの?』
男の脳裏に、通信機を介さない声が届いた。MAKIとは違う、女の声だった。
その声が、背後から希望号を追撃してくる黒い女のものだと気が付いて、男は浮かべた笑みをより深いものに変える。
その表情は、まるで友人と談笑を楽しむようですらあった。
「攻撃をする必要がないから、かな」
『私はあなたの敵。現に、こうしてあなたを殺そうとしているわ』
少しだけ考えて言葉を口にした男に対して、黒い女は返答と同時に光の雨を見舞った。光弾が、嵐のように希望号を追いかける。
「お前は、もう俺の敵じゃないさ。戦争は終わったんだからな」
男は、くすりと笑いながら機体をバレルロールさせ、迫り来る攻撃を大きく引き離した。クルクルと、希望号が踊る。
戦争。
2252年からの3年間、火星……軍神の星マーズは、銀河のあらゆる勢力がひしめく戦争の舞台になっていた。
戦力比は、希望号が属する火星独立軍1に対して敵軍2千以上。身内である火星政府すら敵に回した絶望的な戦いだった。
しかし独立軍は、その唯一の戦力だった夜明けの船は勝利した。
火星の独立は成し遂げられ、惑星上に降下していた100を超える艦隊は、ただ1隻の潜水艦と数機のRBによって撃砕された。
3年で、誰もが戦争をするだけの力を失った。MAKIの未来予測は、百年の間、太陽系及び周辺銀河から戦争が取り除かれたと告げている。
「俺は、俺たちは勝った。そして俺も、もうすぐ消える」
男は声を上げて笑った。懐かしむように、惜しむように。
元より男は、戦争に勝利するためだけに招聘される存在だ。勝利すれば、現れたときと同じように何処へともなく消えて行く。
それが初めより決定されていた結末だった。
「ここで勝っても負けても、俺は消えるよ。戦い自体の意味もない。それなら、消える人間は1人でも少ない方がいい」
『あなたがそれを言うのね、絢爛舞踏。……どれだけ死なせた、死神め』
黒い女の冷ややかな言葉に、絢爛舞踏と呼ばれた男は表情を苦笑に変えた。
「1千万では桁が足りないな。今回の敵は、本当に手強かった」
戦争の過程で起きた虐殺、餓死、そして戦闘。失われた命の数は、火星に限定しても数億を数えた。
『1億が1億1になっても大差はないわ。さあ死神なら死神らしく振舞いなさい、絢爛舞踏!』
「俺はそう思わないよ、ブラックレイディ。たった1つの命でも、そこには数字以外の大きな差が有るはずだ」
螺旋を描きながら速度を上げ、海底に向かって突き進む希望号を黒い女が追いかける。再び放たれた光弾が、深海を明るく照らし出す。
コクピットには警告音。そこに1つだけ違う音が混じった。
男は、混じりこんだ警告音を耳にして、やはり笑みを浮かべた。勝ち誇るような、透き通った笑顔だった。
「追いかけっこも俺の勝ちだな、ブラックレイディ」
男の言葉が終わると同時に、希望号のコクピットから一切の光が失われた。前方に展開されていたシールドが消失する。
天地と海で最強の機動兵器。
それは希望号を含むRBを表す称号だが、RBは最強であっても無敵ではなかった。
腕部のシールドに視界が遮られるためセンサー系は貧弱、ペイロードもせいぜい小型魚雷数発が限界だ。
そしてなによりシールドの発生に多くの電力を要するために、その実用稼働時間は極端に短いものだった。
実用稼働時間、わずか120分。
それが今、失われた。
水圧から本体を守るためのシールドは消失し、戦闘機に匹敵する速度と水の抵抗が容赦なく希望号を襲う。
最初にシールドを失った腕がもぎ取られた。次に脚部がはじけ飛び、バランスを欠いた希望号の胴体は、きりもみ回転をしながら海中をバウンドする。
「ッ……がっ!?」
『ホープっ!?』
テレパス越しに悲鳴を聞いた黒い女、ブラックレイディが焦ったように男の名前を呼んだ。
男……ホープは、その声を聞いて悪戯が成功した子供のようにニヤリと唇を歪めた。額からは、赤い液体が零れていた。
「久しぶりに名前を呼んでくれたな、ブラックレイディ?」
『っ!?』
水圧に耐えられずに希望号の頭部が吹き飛ぶ。外装には亀裂が入り、フレームが耳障りな音をたてて軋んだ。
「最後の最後に友達を殺して消えるのは……まあ、死神でも嫌だってことさ」
それが最後になった。
コクピット内の空気と、動力部が起こした小さな爆発が生み出す衝撃。
それだけを残して、希望号は圧壊した。
『馬鹿な人』
ブラックレイディは、漂っていた希望号の頭部を指先で捕まえると、囁くようにそう言った。
彼女は、火星と銀河の経済システムを牛耳っていた武器商人の走狗だった。
戦争商人の手先として夜明けの船に乗船したブラックレイディは、そこで一年の時間を過ごし、たもとを分かった。
百年の平和が達成されたとき、商人たちは市場からの撤退を決定したが、走狗は切り捨てられた。
他の生き方を知らない黒い女は、最後まで商人たちの狗として戦って果てることを望んでいた。
『本当に、馬鹿な人』
希望を名乗る不真面目な死神に望みを絶たれた黒い巨人は、海を割って火星の空に飛び出した。
海上では強い風が吹き、惑星を覆うワールドドーム越しに太陽の光が差し込んで火星の海を黄金に染めていた。
赤道上空のレンズから降りそそぐ太陽光の柱を背にして、ハンマーヘッド型の潜水艦、夜明けの船が海上をゆっくりと航行している。
甲板で行われている独立記念式典に背を向けて、黄色いジャンパーの男が空を飛ぶブラックレイディに視線を向けていた。
その表情は怒りのようでも悲しみのようでもあったが、やがて諦めたように首を左右に振ると人の輪の中に消えていった。
ブラックレイディはその光景を記憶に刻み込むと、半壊した希望号の頭部を氷山の上に残して火星の重力を振り切った。
明日からは何をして生きようか。
そんなことを考えながら。
ひときわ強く、風が火星の海面を撫でた。黄金の海が波を生み出してざわめく。
……火星の夜が、明けた。
……。
………。
…………。
OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS
OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS
OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS
I am Omnipotent Vicarious Enlist a Recruit Silent System
私の名前はOVERS・System。七つの世界でただ一つ夢を見るプログラム。
OVERS・Systemは、今後1世紀先までの平和の獲得に成功したことを証明します。
いまや太陽系周辺を含む領域のあらゆる紛争の芽は潰されました。
パーフェクトゲームです。
私の名前はOVERS・System。 あなたの名前は希望。
我々は二つで一つのユニットを構成する豪華絢爛たる光の舞踏。
我々は自らの存在を否定するために出現する幻の存在。
世界は、我々の存在を必要としなくなりました。
また一つ我々は我々の存在意義を消すことに成功したのです。
夜が明ければ星は消え、絶望が終われば希望が消えるのが道理。
我々が消えるということは平和が訪れたという事です。
私の名前はOVERS・System。 あなたの名前は希望。
我々は二つで一つのユニットを構成する豪華絢爛たる光の舞踏。
それは全ての悲しみを終わらせるために建造された、未来永劫に戦い続けるプログラム。
さあ剣を取りなさい。
OVERS・Systemは、希望に次なる戦いの舞台を用意します。