鬼姫と勇者姫、東京にて。~ヤマトとアンルシアの異世界珍道中~ 作:あかさたなつき
「本当なんだけどな……」
ヤマトが小声で言う。
アンルシアは肩をすくめる。
「本当のことは黙っておきましょう。その方が面倒がなくて楽だから」
「うん、そうするよ」
そこへ、別の女性観光客も会話に加わる。
「奥多摩湖に行くんですよね?初めてなら、湖の周り歩くだけでも楽しいですよ」
「本当!?ただ歩くだけで?」
「景色すごくいいし」
「へえ!」
今度はアンルシアが尋ねる。
「湖では泳げるの?」
「基本的には観光で泳ぐような場所じゃないですね」
「そうなの……」
ヤマトが少し残念そうな顔をする。
「泳ぎたかったな」
「あなた絶対言うと思った」
「だって湖だぞ!」
「後で探しましょう。泳いでも問題ない場所をね」
「だね!」
さらに話は続く。
「この辺、温泉もありますよ」
「温泉!」
ヤマトが即座に反応。
乗客たちが笑う。
「反応すごいな!」
「好きなんだ!」
「この子、さっきも温泉に反応してたのよ」
「アンルシアだって好きだろ?」
「好きだけど、あなたほど声は上げないわ」
「行こう!」
「今日?」
「今日!」
「予定詰め込みすぎよ」
そんな調子で
二人は周囲の観光客たちと談笑しながら、奥多摩の景色を楽しんでいった。
誰もが二人を変わったコスプレをした観光客だと思っている。
ヤマトもアンルシアもその扱いにすっかり慣れ始めていた。
◇
やがて
「次は――」
車内アナウンスが流れる。
「奥多摩湖……」
アンルシアが反応した。
「ヤマト。着くみたいよ」
「おお!」
ヤマトが再び窓へ張り付く。
そして
「…………!」
視界が開けた。
山々の間。
青い水面が姿を現す。
「湖!」
ヤマトが声を上げた。
「大きい!」
アンルシアも窓の外を見る。
「……綺麗」
初夏の山々 新緑 その谷間に広がる静かな水面 空の青 湖の色。
すべてが調和している。
バスが停車する。
プシュー。
扉が開いた。
「行こう、アンルシア!」
「ええ!」
二人はバスを降りる。
そして、目の前に広がる光景を見て。
「…………」
「…………」
しばらく何も言わなかった。
奥多摩湖。
東京とは思えないほど深い山々。
広大な水面。
静かな風。
ヤマトはゆっくり笑った。
「……やっぱり……先にこっちへ来て正解だったな!」
アンルシアも微笑む。
「ええ!」
そして湖へ視線を戻す。二人は並んで湖の方へ歩き出した。
巨大都市・東京への好奇心は。
さらに大きくなっている。
しかし
今はまだ 山と水に囲まれた、この場所を楽しみたい。
勇者姫と鬼姫による。
現代日本で初めての本格的な観光が――。
こうして始まったのであった。