鬼姫と勇者姫、東京にて。~ヤマトとアンルシアの異世界珍道中~   作:あかさたなつき

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第12話 ヤマトとアンルシア、奥多摩湖を歩く

 奥多摩湖に到着したヤマトとアンルシア。

 

 二人はしばらく湖を眺める。

 

「さて!」

 

 ヤマトが湖を背にして言う。

 

「まず、どこへ行く?」

 

「少し待って」

 

 アンルシアがパンフレットへ目を落とす。

 

 そこには奥多摩湖周辺の観光スポットがいくつも紹介されていた。

 

 そして――。

 

「あ」

 

「何かあった?」

 

「これ」

 

 アンルシアが指差す。

 

 写真に写っているのは、湖面の上を渡る細長い橋。

 

「麦山の浮橋……湖の上に浮かべられた橋みたいね」

 

「橋が水に浮いてるのか!?」

 

 ヤマトの目が輝く。

 

「面白そう!」

 

「観光ポスターにも載っていた場所よ」

 

 アンルシアは別の方向を指差す

 

「それがあれよ!」

 

「おおお!じゃあ最初はそこだ!」

 

「ええ。行ってみましょう」

 

 二人は麦山の浮橋を目指し、湖畔を歩き始めた。

 

         ◇

 

「…………」

 

 ヤマトは歩きながら何度も湖を見る。

 

「綺麗だなあ」

 

「さっきから何度も言ってるわよ」

 

「だって綺麗なんだからしょうがないだろ?」

 

「ふふっ。それもそうね」

 

 アンルシアも湖へ視線を向ける。

 

「水もずいぶん穏やかね」

 

「泳げないのが残念だな」

 

「まだ言ってるの?」

 

「だって、こんなに大きい湖なんだぞ!」

 

「観光客が泳ぐ場所じゃないって聞いたでしょう?」

 

「分かってるって!」

 

 ヤマトは笑う。

 

「だから見るだけで我慢する!」

 

「偉いわね」

 

「子供扱いするなよ!」

 

「してないわよ」

 

 二人は笑いながら歩く。

 

 途中。

 

 湖畔に設けられた展望スペースで立ち止まり。

 

 湖を眺め。

 

 遠くの山を眺め。

 

 道端の草花を眺め。

 

 時折すれ違う観光客と挨拶を交わした。

 

「こんにちは!」

 

「こんにちは」

 

「こんにちはー」

 

 二人に気づいた観光客の中には。

 

「あ、駅前にいたコスプレの人だ」

 

「本当に奥多摩湖まで来たんだ」

 

 などと声を漏らす者もいた。

 

 ヤマトはもう慣れたものだった。

 

「こんにちは!」

 

 笑顔で手を振る。

 

「すっかり有名人ね」

 

「そうか?」

 

「少なくとも、この辺りではね」

 

「僕たち何もしてないのにな」

 

「格好が目立ちすぎるのよ」

 

「アンルシアだって目立ってるぞ」

 

「あなたほどじゃないわ」

 

「角の差?」

 

「それもあるわね」

 

         ◇

 

 さらに歩く。

 

 そして。

 

「…………ん?」

 

 ヤマトが足を止めた。

 

「どうしたの?」

 

「あれ」

 

 ヤマトが前方を指差す。

 

 アンルシアもその方向を見る。

 

「…………!」

 

 二人の目の前に。

 

 巨大な人工構造物が姿を現していた。

 

 ダム。

 

 山と山の間を塞ぐように築かれた巨大な壁。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人はしばらく無言だった。

 

 ヤマトがゆっくり近づく。

 

「凄いな……」

 

 見上げる。

 

「こんなものまで造れるのか……」

 

 その声は、先ほど高層ビルの写真を見た時とは少し違っていた。

 

 今回は写真ではない。

 

 実物。

 

 巨大な人工物が、目の前に存在している。

 

「山の間を……丸ごと塞いでる」

 

「ええ」

 

 アンルシアも感心したように見上げる。

 

「この湖そのものにも、人の手が加わっているみたいね」

 

「湖まで?」

 

「パンフレットを見る限り、そうみたい」

 

「…………」

 

 ヤマトは改めて湖を見る。

 

 そしてダムを見る。

 

「この世界の人間……本当にすごいな」

 

「さっき見せてもらった“ジュウキ”や“クレーン”の力でしょうね」

 

「ああ!あの巨大な機械だね!」

 

 ヤマトはすぐ反応する。

 

「きっと、ああいうものを何台も使って造ったんでしょうね」

 

「何台も……」

 

 ヤマトは想像する。

 

 巨大なクレーン 重機 大量の人間 資材 山の中で進む大規模な工事。

 

「見てみたいな……“ジュウキ”や“クレーン”で巨大な何かを造っているところを、間近で……」

 

 

「ええ、そうね」

 

 そして笑った。

 

「きっと、東京の中心街に行けば見られるわ」

 

「本当か!?」

 

「これだけ大きな建物がたくさんあるんだもの。今でもどこかで新しい建物を造っているに違いないわ!」

 

「なるほど!」

 

 ヤマトの目がまた輝く。

 

「ますます行きたくなってきた!」

 

「私もよ」

 

「高い建物!巨大な駅! クレーン! 重機!それに……スマホ!」

 

「あなた、スマホまだ諦めてなかったのね」

 

「絶対欲しい!」

 

「値段を確認してからよ」

 

「分かってる!」

 

 二人は再びダムを見る。

 

 ヤマトが呟く。

 

「不思議だな」

 

「何が?」

 

「この世界の人間ってさ」

 

 ヤマトは巨大な構造物を見上げる。

 

「僕らみたいな力は持ってないみたいなのに……こんなものを造れるんだ」

 

「ええ」

 

 アンルシアも静かに頷く。

 

「一人一人の力ではなく、知識や技術を積み上げているのかもしれないわね」

 

「みんなで力を合わせて?」

 

「それもあるでしょうね」

 

「…………」

 

 ヤマトはしばらく考えた。

 

「それも強さだな」

 

 アンルシアがヤマトを見る。

 

「ええ」

 

 微笑む。

 

「私もそう思うわ」

 

         ◇

 

 二人はダムを後にし。

 

 再び麦山の浮橋へ向かって歩き始めた。

 

「なあアンルシア。僕、この世界に来るまでさ」

 

 ヤマトは湖を見ながら言う。

 

「強いって、殴り合いとか戦いのことばかりだと思ってた」

 

「あなたの場合は特にそうでしょうね」

 

「なんだよそれ!」

 

「ふふっ」

 

「でも……」

 

 ヤマトは振り返り、遠くなっていくダムを見る。

 

「こういうのを造れるのも、すごい力だよな」

 

「そうね」

 

「僕らの世界とは全然違う」

 

「だから面白いんでしょう?」

 

「…………」

 

 ヤマトは笑う。

 

「そうだな!」

 

 二人は歩く。

 

 湖畔の道を 新緑の中を。まだ見ぬ浮橋へ向かって。

 

 そして――。

 

「アンルシア!」

 

「今度は何?」

 

「前!」

 

「?」

 

 アンルシアが視線を上げる。

 

 木々の隙間 その向こう 青い湖面の上に

 

 細長い一本の道が伸びている。

 

「…………!」

 

「見えてきたぞ!」

 

 ヤマトが嬉しそうに指差す。

 

「麦山の浮橋!」

 

 アンルシアも笑う。

 

「ええ!」

 

 二人は自然と歩調を速める。

 

 異世界へ転移してきたばかりの勇者姫と鬼姫。

 

 彼女たちの奥多摩観光は――。

 

 まだ始まったばかりだった。

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