鬼姫と勇者姫、東京にて。~ヤマトとアンルシアの異世界珍道中~ 作:あかさたなつき
ほどなくして。
二人は麦山の浮橋の入口へと到着した。
「おお……!」
ヤマトが橋を見る。
普通の橋とは違う。
湖面に浮かぶ構造物の上へ足場が設けられ、その上を人が歩いて渡れるようになっている。
「こうなってるのか!」
ヤマトは興味津々。
「確かに普通の橋とは違うわね」
アンルシアも橋の構造を観察する。
「水面に浮かせたものを繋げて、その上に通路を造っているのかしら」
「面白いな!」
二人は橋へ足を踏み出した。
ぎしっ。
「!」
ヤマトが足元を見る。
わずかに揺れる。
「動いた!」
「浮いている橋なんだから当然でしょう」
「分かってるけどさ!」
もう一歩。
ぎし。
ゆらり。
「おおお……!」
ヤマトの表情がどんどん明るくなる。
アンルシアも歩き始める。
足場は多少揺れるものの、彼女はまるで平地でも歩いているように安定している。
ヤマトも同様だった。
むしろ。
「なあアンルシア」
「何?」
「跳ねたら、もっと揺れるのかな?」
「やめなさい」
「まだ何もしてないだろ!?」
「しようとしてたでしょう?」
「…………」
「顔に書いてあるわ」
「そんなに分かりやすい?」
「かなり」
アンルシアはため息をつく。しかし、その表情は笑っていた。
周囲には他の観光客もいる。橋の揺れに少し慎重になりながら歩く者。
景色を撮影する者 家族連れ 外国人観光客。
その中で。
白髪 赤い角 金棒を携えた長身のヤマト。
そして
金髪碧眼 白を基調とした華麗な服装 腰に剣を携えた小柄なアンルシア。
当然、二人はここでも目立っていた。
「あ、例のコスプレ娘たちだ……」
「観光満喫してるなあ」
そんな声も聞こえてくる。
「僕たち、どこへ行っても知られてるな」
ヤマトが笑う。
「格好が格好だもの」
「アンルシアも人のこと言えないだろ?」
「あなたほどじゃないわ」
「角があるから?」
「金棒もね」
「でも格好いいだろ?」
「否定はしないわ」
「だろ!」
二人は橋の中央へ向かって歩いていく。
◇
やがて。
浮橋の中央付近。
二人は同時に足を止めた。
「…………」
「…………」
左右どちらを見ても水。その向こうには山。
湖面には空の青と山の緑が映り込んでいる。
風が吹いた。
ヤマトの長い白髪が揺れる。アンルシアの金色の髪も、風になびいた。
「……綺麗だな」
ヤマトが静かに言った。
「ええ」
アンルシアも頷く。
さっきまでの賑やかな会話とは打って変わり二人はしばらく何も言わなかった。
ただ景色を見る。
湖 空 山 風。
その全てを。
「…………」
ヤマトが湖面へ目を落とす。
「やっぱり泳ぎたいな」
「ダメ」
「即答!?」
「さっき聞いたでしょう? ここは泳ぐ場所じゃないって」
「分かってるよ!」
「なら諦めなさい」
「でも気持ちよさそうじゃないか!」
「気持ちは分かるけど」
アンルシアは湖面を見る。
「泳げる場所は後で探しましょう」
「本当!?約束だぞ!」
「はいはい」
ヤマトは満足そうに笑った。
◇
しばらくして。
二人は橋の途中に立ち止まり、再び周囲の景色を眺めていた。
すると。
「あの」
「ん?」
近くにいた観光客の女性が声をかけてきた。
「写真、撮りましょうか?」
「写真?」
ヤマトの目が即座に輝く。
「撮ってくれるの!?」
「はい。二人で来てるなら、せっかくだし」
「お願いするわ」
アンルシアも笑顔で答える。
「ありがとうございます!」
二人は湖を背に並ぶ。
ヤマトは満面の笑顔。
アンルシアは少し控えめながらも、穏やかな笑みを浮かべる。
「もう少し近くに寄ってください!」
「こう?」
ヤマトがアンルシアの隣へ寄る。
「はい! 撮りますよ!」
スマートフォンが向けられる。
「はい、チーズ!」
カシャ。
「…………」
観光客の女性が画面を見る。
「すごい……めちゃくちゃ絵になりますね」
「さっき別の場所で同じこと言われたよ」
ヤマトがすぐに寄る。
「私達にも見せてもらえる?」
「ええ、もちろんです。どうぞ」
二人でスマートフォンの画面を覗く。
そこには。
奥多摩湖の青い水面と新緑の山々をバックに
白髪と赤い角を持つ長身のヤマトと金髪碧眼の勇者アンルシア。
「おお!」
ヤマトが嬉しそうに声を上げる。
「いい写真だ!」
「本当ね」
アンルシアも満足そうだった。
「なんだか……こうして見ると、本当に一緒に旅行しているみたいね」
ヤマトが首を傾げる。
「旅行じゃないのか?」
「…………」
アンルシアが少し黙る。
「私たち、本来は異世界に飛ばされて、帰る方法を探している最中なのよ?」
「でも観光してるだろ?」
アンルシアはしばらく考えた。
そして
「……もう旅行でいい気がしてきたわ」
「だろ!」
二人は笑った。
写真を撮ってくれた女性も。
「仲いいですね」
と笑う。
「今日会ったばかりだけどね!」
「え?」
女性が目を丸くする。
アンルシアはすぐ続けた。
「そういう設定よ」
「ああ!」
女性が納得した。
「ほんと設定細かいですね!」
「…………」
「…………」
ヤマトとアンルシアが顔を見合わせる。
「便利だな、これ」
「ええ。本当に便利」
◇
写真撮影を終えた二人は、再び橋の中央から湖を眺める。
ヤマトは手すり越しに遠くを見る。
「なあ、アンルシア」
「何?」
「外の世界って……こんなに楽しいんだな」
「…………」
アンルシアがヤマトを見る。
ヤマトは湖から目を離さない。
そして笑みを浮かべながら口を開く。
「さっきも言ったけど、ワノ国にいた頃、ずっと思ってた……おでんみたいに、海へ出て、知らない場所を見て、知らない人に会って、知らないものをいっぱい見たいって」
「…………」
「だけど結局、僕はワノ国から出たことがなかった」
アンルシアは何も言わず聞いている。
「それがさ、初めて外へ出て辿り着いた場所が全く別の世界だぞ!普通なら困惑するところだけど……僕は最高に嬉しい!」
即答だった。
「もちろん帰る方法は探す。でも、せっかくなんだから、もっともっといっぱい見たい!」
アンルシアは微笑んだ。
「本当にあなたらしいわね」
「そう?」
「ええ」
「アンルシアはどう?この世界、楽しくない?」
アンルシアは湖を見る。
少し考え
「楽しいわ」
素直に答えた。
「でしょ!」
「最初はもっと早く帰る方法を探すべきだと思っていたけど……」
アンルシアは周囲を見渡す。
「この世界を知ることだって、帰る方法を探すうえでは無駄じゃないでしょうし」
「うんうん!」
「それに」
「?」
「あなたと一緒なら退屈しそうにないもの」
「!」
ヤマトがぱっと笑う。
「僕もだ!」
「ふふっ」
二人はまた笑った。出会ってまだ半日にも満たない。
それでも。
もう互いをただの「同じ場所へ転移してきた人間」とは思っていなかった。
異世界で出会った最初の友人。
少なくとも
二人の距離は、確実にそこまで縮まっていた。