鬼姫と勇者姫、東京にて。~ヤマトとアンルシアの異世界珍道中~   作:あかさたなつき

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第15話 ヤマト、鳩ノ巣渓谷でふんどし一丁になる

 バス停から少し歩く。

 

 ザーッ

 

 ザーッ

 

 先ほどから聞こえていた水音が、少しずつ大きくなっていく。

 

「近いぞ!」

 

 ヤマトが足取りを速める。

 

「ちょっと、走らないの」

 

「分かってるって!」

 

 そう言いつつ、明らかに早歩きになっている。

 

 アンルシアは苦笑しながら後を追った。

 

 やがて道の先に案内板が現れる。

 

「『鳩ノ巣渓谷』……」

 

 アンルシアが読む。

 

「こっちで合ってるわ」

 

「よし!」

 

 二人は案内に従い、渓谷へ続く道を進んでいく。

 

 周囲には民家や小さな店。

 

 そこを抜けるにつれて、再び木々が増えていった。

 

「奥多摩湖とはまた雰囲気が違うな」

 

「ええ。こっちはもっと川が近いわね」

 

 さらに進む。

 

 そして――。

 

「…………!」

 

 二人の視界が一気に開けた。

 

 眼下。

 

 巨大な岩と岩の間を縫うように。

 

 透き通った水が流れている。

 

 白い飛沫。

 

 緑に囲まれた岩壁。

 

 川底まで見えそうなほど澄んだ水。

 

「おおお……!」

 

 ヤマトが思わず身を乗り出した。

 

「これが鳩ノ巣渓谷!」

 

 アンルシアも目を細める。

 

「綺麗……」

 

 奥多摩湖の静かな水面とは対照的だった。

 

 こちらは流れがある。

 

 岩に水がぶつかり。

 

 音を立て。

 

 陽光を反射してきらきらと輝いている。

 

「この透明度はかなりのものね」

 

「早く近くまで行こう!」

 

「ええ」

 

 二人はさらに下へ続く道を進んだ。

 

 途中。

 

 観光客と何度かすれ違う。

 

「こんにちはー!」

 

 ヤマトが声をかける。

 

「こんにちは」

 

 相手も笑顔で返す。

 

 すでにヤマトは、奥多摩の観光客に挨拶することを完全に覚えていた。

 

「馴染むの早いわね」

 

「こういうの好きだぞ!」

 

「何が?」

 

「知らない人と気軽に話すの!」

 

「それは分かる気がするわ」

 

 アンルシアも微笑む。

 

 しばらく歩くとついに川辺近くまで降りてきた。

 

 透明な水。

 

 川底の小石までくっきりと見える。

 

 

「…………!」

 

 ヤマトはすぐ水際へ寄る。

 

 しゃがみ込み手を伸ばした。

 

 水温は低い。

 

 一般的な観光客が水着姿で長時間泳ぐには、まだ少々早い季節だ。

 

 だが――

 

 「少し冷たいけど、これなら問題ないな……うん!」

 

  ヤマトが立ち上がった。

 

「泳ごう!」

 

「え?」

 

 アンルシアがヤマトを見る。

 

「泳ぐにしては冷たすぎない?」

 

「このくらいなら平気だろ?」

 

「…………」

 

 

 自分たちは元いた世界に比べれば、信じられないほど弱体化している。

 

 魔法も使えない。

 

 超人的な身体能力も大幅に失われている。

 

 それでも。

 

 この世界の普通の人間と比べれば、身体の強さは明らかに上だった。

 

 筋力 持久力 体温調節 環境への耐性。

 

 いずれも非常に高い。

 

「……まあ」

 

 アンルシアが言う。

 

「私も、この程度なら問題なさそうね」

 

「だろ!」

 

「でも流れには気をつけましょう」

 

「分かってる!」

 

 そう言ってヤマトは突然、衣服を脱ぎ始めた。

 

「…………」

 

 アンルシアが一瞬、固まる。

 

「ヤマト?」

 

「ん?」

 

「何してるの?」

 

「泳ぐ準備!」

 

「それは分かるけど――」

 

 ヤマトは何のためらいもなく、どんどん身軽な格好になっていく。

 

 そして。

 

「よし!」

 

「…………!!?」

 

 アンルシアの顔色が変わった。

 

「ちょ、ちょっと!!」

 

「?」

 

「なんて格好してるのよ!!」

 

 ヤマトは不思議そうに自分を見る。

 

「え?」

 

「え? じゃないでしょう!」

 

 ヤマトはふんどし姿。

 

 しかも上半身には何も身につけていない。

 

 当の本人はまったく気にしていない。

 

「男なら、これくらい恥ずかしくないだろ?」

 

「…………」

 

 アンルシアの思考が数秒止まった。

 

「何言ってるの、あなた……」

 

「僕は男だ!」

 

 ヤマトは当然のように答える。

 

「もちろん体は女だってことは分かってる。だけど心は男さ!」

 

「…………ああ」

 

 アンルシアはようやく納得したように頷いた。

 

「ヤマトって、そういう人だったのね」

 

「うん!」

 

 アンルシアは少し考える。

 

「そういう人に対して、私は偏見なんか持ってないわ。でも……」

 

 アンルシアはきっぱり続けた。

 

「それと、その格好で人前に出ることは別問題よ」

 

「え?」

 

「周りを見て」

 

「?」

 

 ヤマトが振り返る。

 

 少し離れた遊歩道。

 

 観光客。

 

 家族連れ。

 

 散策中の人々。

 

「…………」

 

「この世界では、その格好は目立ちすぎるし、子供の目に毒よ」

 

「………それもそうだね」

 

 あっさり納得した。

 

「それじゃあ……」

 

 ヤマトは自分の衣類を確認する。

 

 そして適当な布地を使い胸元と腰回りをしっかり覆うように巻きつけた。

 

「よし!」

 

 ヤマトは両腕を広げる。

 

「これなら問題ないだろ?」

 

 アンルシアは確認する。

 

「……ええ、少なくとも、さっきよりは遥かにマシよ。それなら大丈夫」

 

「よし!」

 

 ヤマトは川を見る。

 

 その目が再び輝く。

 

「それじゃあ――」

 

 近くにある大きな岩へ登っていく。

 

「ひと泳ぎしますか!」

 

 するとヤマトは近くの岩に登りだす。

 

 そして

 

「とうっ!」

 

 ヤマトが勢いよく岩を蹴った。

 

 宙を舞う。

 

 ザッパァァァン!!

 

 大きな水柱が上がった。

 

「…………」

 

 アンルシアは呆然。

 

 数秒後。

 

 ざばっ!

 

「はははは!」

 

 ヤマトが水面から顔を出す。

 

「気持ちいい!!」

 

「…………」

 

 アンルシアは額に手を当てた。

 

「本当に行動が早いんだから……」

 

「アンルシアも来いよ!」

 

「分かったわよ」

 

 アンルシアは苦笑する。

 

 そして自分も川へ入る準備を始めた。

 

 水は冷たい。

 

 だがこの程度の冷たさなら。

 

 二人にとっては、むしろ心地よいくらいだった。

 

 

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