鬼姫と勇者姫、東京にて。~ヤマトとアンルシアの異世界珍道中~   作:あかさたなつき

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第16話 ヤマトとアンルシア、鳩ノ巣渓谷で泳ぐ

 アンルシアも衣装を局部に巻いて水着っぽい姿になった。

 

 露出度はヤマトよりだいぶ控えめだ。

 

 そして川へゆっくり足を入れた。

 

「アンルシア!」

 

 少し先でヤマトが手を振る。

 

「こっち、結構深いぞ!」

 

「分かったから、あまり遠くへ行かないで!」

 

「大丈夫だって!」

 

 ヤマトはそのまま勢いよく泳ぎ始めた。

 

 ざばっ、ざばっ。

 

 元の世界ほどの超人的な速度ではない。

 

 それでも泳ぎは非常に速く、力強い。

 

「本当に元気ね……」

 

 アンルシアも身体を水へ沈める。

 

 そして。

 

 すいっ。

 

 こちらも滑らかに泳ぎ始めた。

 

「おお!」

 

 ヤマトが振り返る。

 

「アンルシア、泳ぐの上手いな!」

 

「あなたほど豪快じゃないけどね!」

 

 二人は岩の間を流れる澄んだ水の中を進んでいく。

 

 頭上には新緑。

 

 耳には川の音。

 

 肌には冷たい水。

 

 ヤマトは仰向けになり、空を見上げた。

 

「最高だな!」

 

「ええ!」

 

 アンルシアも笑う。

 

 異世界に転移してきた初日。

 

 まさか数時間後には、現代日本の渓谷で二人揃って泳いでいるとは。

 

 当然、二人とも朝には想像すらしていなかった。

 

「アンルシア!」

 

「何?」

 

「競争しよう!」

 

「え?」

 

「あの岩まで!」

 

「……いいわよ!」

 

 アンルシアの表情が変わる。

 

「負けないからね!」

 

「僕だって!」

 

 二人は並ぶ。

 

「せーの!」

 

 次の瞬間。

 

 水飛沫を上げながら、二人は一斉に泳ぎ出した――。

 

 そのころ。

 

 川沿いの遊歩道を歩いていた観光客たちが、ふと水音の方へ目を向けた。

 

「ん?」

 

「誰か泳いでる……?」

 

 視線の先。

 

 冷たい川の中を、白髪の長身女性と金髪の少女が勢いよく泳いでいる。

 

「……あれ?」

 

 一人の若者が目を細める。

 

「もしかして、奥多摩駅にいたコスプレの二人じゃない?」

 

「あっ、本当だ!」

 

「角の人と金髪の子!」

 

 すぐに気づかれた。

 

 なにしろ、あれほど目立つ二人組である。

 

「泳いでるぞ……まだ五月だぞ?」

 

「大胆ね……」

 

「寒くないのかな?」

 

 観光客たちは驚きながらも、楽しそうに川を泳ぐ二人へスマートフォンを向け始めた。

 

 当のヤマトとアンルシアは

 

 そんな視線にまだ気づくことなく――。

 

「アンルシア! もう少しだ!」

 

「負けないわよ!」

 

 水飛沫を上げながら、全力で競争を続けていた。

 

「速っ……!」

 

 遊歩道から見ていた観光客の一人が声を漏らした。

 

「普通に泳ぎめちゃくちゃ上手いな」

 

「しかもあの水温で平気なのか……?」

 

「五月だぞ?なのに、二人とも全然震えてない」

 

 ざばっ!

 

 ヤマトが岩へ手を伸ばす。

 

「もらった!」

 

 しかし。

 

「まだよ!」

 

 その横。

 

 アンルシアが一気に追いついた。

 

「おおっ!?」

 

 二人の手が――。

 

 ほぼ同時に岩へ触れた。

 

 ぱしっ!

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人が顔を見合わせる。

 

「僕の勝ち!」

 

「同時よ!」

 

「いや、僕の方が少し早かった!」

 

「絶対同時だったわ!」

 

「僕の指が先に触ってた!」

 

「私もそう見えたわよ!」

 

 川の中で言い合いを始める二人。

 

 しかしその表情は、どちらも笑っている。

 

 遊歩道の観光客たちからも笑い声が起こった。

 

「めちゃくちゃ楽しそうだな」

 

「仲いいな、あの二人」

 

「今日会ったばっかりって言ってなかった?」

 

「それも設定じゃない?」

 

「そうだったそうだった」

 

 ここで観光客の一人があることに気づく————

 

「背が高い娘……角つけたまんま泳いでる……」

 

「そういえば……」

 

「あれも設定、なのかな……」

 

「もしかして、本当に角が生えてるんだったりして(笑)」

 

「それじゃあ、本物の異世界人だよ(笑)」

 

「本物だったりして(笑)」

 

 観光客たちは笑い出す。

 

 その声に

 

「ん?」

 

 ヤマトがようやく気づいた。

 

 川岸を見る。

 

「あ!」

 

 アンルシアも振り返る。

 

 そこには十数人ほどの観光客。

 

 そして

 

 こちらへ向けられているスマートフォン。

 

「また撮られてるぞ」

 

 ヤマトはむしろ嬉しそうだった。

 

「もう慣れたわ……」

 

 アンルシアは少しだけ呆れた顔をする。

 

 すると。

 

「二人とも寒くないんですかー!?」

 

 岸から声が飛んできた。

 

 ヤマトが大声で返す。

 

「全然!」

 

「私は少し冷たいけど、平気よ!」

 

「すげえ!」

 

「体強すぎるだろ!」

 

「さすが異世界人設定!」

 

 ヤマトが思わず笑う。

 

「設定じゃ――」

 

 途中で止める。

 

 アンルシアを見る。

 

 アンルシアもこちらを見る。

 

 そして。

 

「「そういう設定!」」

 

 また綺麗に重なった。

 

 岸の観光客たちがどっと笑う。

 

「出た!」

 

「息ぴったり!」

 

「ほんと声そっくり!」

 

 ヤマトもアンルシアも笑った。

 

 もう説明する気はなかった。

 

 この世界では本当のことを言うより。

 

 “設定”ということにしておいた方が。

 

 圧倒的に楽なのだ。

 

  ◇

 

 しばらく泳いだ後、二人は大きな岩の近くへ上がった。

 

 ヤマトが髪の水を勢いよく払う。

 

「楽しかった!」

 

「ええ」

 

 アンルシアも濡れた髪を手で整える。

 

「でも……服、どうするの?」

 

「…………乾かせばいい!」

 

「……まあ、天気はいいけど」

 

 アンルシアは空を見る。

 

 五月後半。

 

 日差しは十分にある。

 

「乾くまで、休むとしましょう」

 

「そうしよう!」

 

 二人は日当たりのいい岩場へ腰を下ろした。

 

 川の音を聞きながら 山の風を受けながら

 

 何をするでもなく ただ景色を眺める。

 

「…………」

 

「…………」

 

 しばらくして。

 

 ヤマトがぽつりと言った。

 

「なあ」

 

「何?」

 

「僕、この世界……元の世界より好きかもしれない」

 

 アンルシアが横を見る。

 

「ほんとう?」

 

「うん」

 

「来てまだ一日も経ってないわよ?」

 

「でも好きになった!」

 

「早いわね」

 

「アンルシアは?」

 

「うーーん……」

 

「嫌い?」

 

「まさか」

 

 アンルシアは微笑む。

 

「私も、元の世界より好きになったかどうかはわからないけど、かなり気に入ってるわ」

 

「だろ!」

 

 二人の視線の先。

 

 透き通った川が流れている。

 

 朝、突然、何も分からない異世界へ放り出された。

 

 それが今では

 

 新しい友人と一緒に山を歩き バスに乗り 湖を眺め 浮橋を渡り

 

 そして

 

 川で泳いでいる。

 

 帰る方法はまだ分からない。

 

 だが

 

 少なくとも二人とも、もう焦ってはいなかった。

 

 むしろ

 

 この世界に

 

 次はどんなものが待っているのか。

 

 そんな期待の方が。

 

 日に日に――いや。

 

 時間が経つごとに、大きくなっていたのであった。

 

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