鬼姫と勇者姫、東京にて。~ヤマトとアンルシアの異世界珍道中~ 作:あかさたなつき
川遊びを終えたヤマトとアンルシアは、日当たりのいい岩場でしばらく休んでいた。
濡れていた衣類はすっかり乾いている。
「よし!」
ヤマトは乾いた服を身につけながら、大きく伸びをした。
「これでもう大丈夫!」
アンルシアも衣服を整える。
しかし
「少し、体が冷えるわね」
「うん」
アンルシアが少しだけ身体を震わせた。
川に入っている間は平気だった。
二人とも普通の人間より遥かに頑健な肉体を持っている。だが、
さすがに五月の冷たい川で長時間泳いだとなると身体はそれなりに冷えていた。
ヤマトは腕を組む。
「こんな時は……温泉!」
「やっぱりそれなのね」
「だって、すぐ近くにあるって聞いただろ!」
ヤマトは奥多摩観光ガイドを広げる。
「あった!」
指差した先にははとのす荘。
「ここ!」
「本当に近いわね」
「行こう!」
「ええ。私も温まりたいわ」
◇
ほどなくして。
二人は、はとのす荘へ到着した。
「ここか!」
ヤマトが建物を見上げる。
「思っていたより立派ね」
二人はそのまま入口へ入っていく。
「いらっしゃいませ――」
受付にいた従業員が。
止まった。
「…………」
別の従業員も見る。
「…………」
ロビーにいた宿泊客も。
「…………?」
視線を向けた。
長い白髪 赤い角 金棒。
百八十センチほどの長身ボーイッシュ美女。
そしてその隣には
金髪碧眼 華麗な白い衣装 腰には剣を携えた小柄な少女。
どう見ても普通の温泉客ではない。
「……コスプレ?」
「すごい格好……」
「あれ!あのふたり……」
従業員の一人が小声で呟いた。
「コスプレのお客さんなんて……創業以来初めて……」
「聞こえてるぞ」
ヤマトが笑顔で言った。
「す、すみません!」
従業員が慌てる。
「別にいいよ」
二人はフロントへ向かった。
受付担当の女性はアンルシアを見る。
金髪 青い瞳 どう見ても欧米人観光客。
そう判断した。
「Hello. Welcome. Would you like to use the hot spring?(こんにちは。ようこそ。温泉をご利用ですか?)」
アンルシアは一瞬だけ目を瞬く。
そして
「ええ。二人で温泉を利用したいのだけど」
「…………!」
従業員が驚く。
「日本語、上手ですね!」
「なぜかよく言われるわ」
アンルシアは微笑む。
料金を支払い簡単な説明を受ける。
「こちらが女性用のお風呂になります」
「分かったわ」
そして二人が浴場へ向かおうとした―———
その時
「こっちか!」
ヤマトが何の迷いもなく男湯へ向かう。
「ヤマト?」
「お客様!」
従業員が慌てて止めた。
「そちらは男性用です!」
「うん。だから入ろうと思って」
「え?」
「?」
ヤマトも不思議そうな顔をする。
「僕は男だぞ?」
「…………」
従業員が困惑する。
アンルシアが額に手を当てた。
「ヤマト……」
「何?」
「さっきも話したでしょう?」
「でも僕は男だ!」
ヤマトは胸を張る。
「もちろん、この身体が女だってことは分かってる。でも心は男さ!」
「ああ……」
従業員はようやく事情を理解したようだった。
「LGBTの方なんですね」
「えるじーびーてぃー?」
ヤマトが首を傾げる。
「この世界では、そういう言い方もあるみたいね」
アンルシアが小声で説明する。
「へえ!」
ヤマトは感心した。
「僕みたいな人、他にもいるのかい?」
「ええ、まあ……」
従業員は少し言葉を選びながら続けた。
「お気持ちは分かりました。ただ、こちらの施設では浴場の利用について決まりがありまして……今回は女性用をご利用いただけますか?」
「…………」
ヤマトは少し考える。
そして。
「分かった!」
あっさり了承した。
「ここではここの決まりに従うよ!」
「ありがとうございます」
アンルシアが笑う。
「意外と素直ね」
「僕だってルールくらい守るぞ!」
◇
そして
浴場。
「おお……!」
ヤマトが目を見開いた。
広々とした浴槽。
大理石調の美しい造り。
湯気。
そして温かな湯。
「すごい風呂だな!」
「あなたの国にはなかった?」
「温泉はあったけど、こんな造りの風呂は初めて見る!」
ヤマトは浴槽の縁へ近づく。
「石なのに綺麗だ!」
「大理石、というものよ」
「へえ……」
そして。
「それじゃ!」
ざぶん。
ヤマトが湯へ入った。
「はぁぁぁぁぁ……!」
全身から力が抜ける。
「気持ちいい!」
「もう少し静かに入りなさい」
アンルシアもゆっくり湯へ身体を沈める。
「…………」
しばらくして。
「はぁ……」
思わず息が漏れた。
「……気持ちいいわね」
「だろ!?」
「川で冷えた身体に染みるわ……」
「最高だな!」
二人は肩まで湯に浸かる。
窓の向こうには奥多摩の自然。
山 木々 川。
「いいところだなあ……」
「ええ」
「山で遊んで、川で泳いで、そのあと温泉!」
「完全に観光旅行ね」
「もう認めたんだろ?」
「……もう認めるしかないわ」
二人は笑った。
◇
しばらくして浴場の扉が開いた。
三人の女性客が入ってくる。
二人は日本人。
そしてもう一人は、カナダから来た観光客だった。
「…………」
日本人女性の一人が湯船にいるヤマトとアンルシアを見て動きを止める。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「ねえ……あの二人」
もう一人も見る。
「…………あっ!」
「奥多摩駅にいた人たち!!」
カナダ人女性もヤマトたちを見て、目を輝かせた。
「Oh! I saw you near the station!(あっ! 駅の近くであなたたちを見たわ!)」
「やっぱり!」
ヤマトが笑う。
「また知られてるぞ!」
「もう驚かないわ」
カナダ人女性は嬉しそうにアンルシアへ英語で話しかける。
「Your costume is amazing! Are you two cosplayers?(すごい衣装ね! 二人ともコスプレイヤーなの?)」
アンルシアは自然に英語で答えた。
「Well……that's what everyone seems to think.(ええと……みんなには、そう思われているみたいね)」
するとヤマトも英語で会話へ入る。
「We can understand it for some reason!(なぜか僕たち、英語も理解できるんだ!)」
「ヤマト、それを言ったら余計ややこしくなるわよ」
カナダ人女性はますます楽しそうだった。
一方。
日本人女性の一人がアンルシアへ恐る恐る話しかける。
「Excuse me……You……from……where?」
(す、すみません……あなた……どこから……?)
かなりたどたどしい英語だった。
アンルシアは数秒黙る。
そして日本語で
「日本語で大丈夫よ」
「…………え?」
「普通に分かるわ」
「すごい!」
女性の顔が一気に明るくなる。
「日本語めっちゃ上手い!」
「また同じこと言われた!」
ヤマトが横から笑う。
「今更気にすることじゃないわ」
アンルシアも笑った。
「二人とも日本語ペラペラなんですね!」
「ペラペラどころか、全部理解できるぞ!」
「ヤマト」
「あっ」
「余計なこと言わない」
「そうだった!」
そんな中。
カナダ人女性がヤマトの頭をじっと見ていた。
「……?」
ヤマトが気づく。
「どうした?」
女性は自分の頭を指差しながら尋ねた。
「Why are you still wearing the horns in the bath?(どうしてお風呂に入っているのに、まだ角をつけているの?)」
「…………」
「…………」
ヤマトとアンルシアが同時に固まる。
当然の疑問だった。
入浴中。
衣服は脱いでいる。装飾品も基本的には外す。
なのに
ヤマトの赤い角だけは堂々と頭に生えている。
「…………」
ヤマトがアンルシアを見る。
アンルシアもヤマトを見る。
そして。
二人はほぼ同時に。
「「そういう設定!」」
言い切った。
「…………」
一瞬の沈黙。
そして
日本人女性客が感心したように呟く。
「入浴中でもコスプレを継続するなんて……すさまじい情熱ですね……」
「だろ!」
「褒められてるのかしら、これ」
「褒められてるぞ!」
アンルシアは苦笑する。
カナダ人女性も笑っている。
「Very dedicated!(すごいこだわりね!)」
「どうも!」
ヤマトは満面の笑顔。
もう完全に開き直っていた。
◇
そして。
しばらくの間五人は同じ湯船に浸かりながら。
奥多摩の話 旅行の話 日本の話 海外の話。
そして
ヤマトとアンルシアの“設定”について
楽しく語り合った。
本当のことを話しているのに誰にも本当だとは思われない。
それでも別に困らなかった。
むしろの方が気楽だった。
「はぁ……」
ヤマトが浴槽の縁へ頭を預ける。
「温泉最高……」
「さっきからそればかりね」
「アンルシアだって顔が緩んでるぞ」
「……否定はしないわ」
二人は笑う。
異世界へ転移して。
まだ一日目。
にもかかわらず。
勇者姫と鬼姫は。
すでに現代日本の温泉文化にまで。
すっかり魅了されていたのであった。