鬼姫と勇者姫、東京にて。~ヤマトとアンルシアの異世界珍道中~   作:あかさたなつき

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第二話 ヤマトとアンルシア。現代文明と邂逅す

 古民家を出たヤマトとアンルシアは、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 

 目の前には深い緑 山 林。その間を縫うように続く細い道。

 

 春から初夏へ移り変わろうとする奥多摩の山々は、生命力に満ちていた。

 

 若葉は鮮やかな緑色に染まり、少し湿り気を帯びた風が木々の間を吹き抜けていく。

 

 遠くからは川の流れる音。鳥のさえずり。そして時折、虫の羽音。

 

「…………」

 

 アンルシアはゆっくりと辺りを見渡した。剣の柄に手を添えているものの、警戒しているというよりは、純粋に風景を眺めている。

 

「いいところね」

 

 思わずそんな言葉が漏れた。ヤマトも大きく息を吸い込む。

 

「うん」

 

 そして山の斜面を見上げた。

 

「なんか、僕が生まれ育ったワノ国に似てるな」

 

「そうなの?」

 

「山が多いところとか、家の造りとか」

 

 ヤマトは振り返り、先ほどまでいた古民家を見る。

 

「建物もかなり似てる」

 

「私にはエルトナ大陸に近く見えるわ」

 

「そのエルトナってところも、こんな感じなの?」

 

「ええ。木造の建物も多いし、自然豊かな土地よ」

 

「へえ!」

 

 ヤマトは笑った。

 

「じゃあ、僕たち二人とも案外この世界に馴染めるかもな!」

 

「まだ来て数十分でしょう?」

 

「でも第一印象は大事だろ?」

 

「それはそうね」

 

 二人は特に目的地も決めず、そのまま道を歩き始めた。

 

 どこへ向かうべきなのか。どうやって元の世界へ帰るのか。

 

 そもそも、ここが何という国なのか。何一つ分からない。

 

 だが、とにかく人を探すしかない。

 

 山道を歩きながら、アンルシアは周囲をきょろきょろと見回している。

 

アンルシア「魔物はいないわね」

 

ヤマト「動物の気配はするけどね」

 

アンルシア「少なくとも、今のところ危険なものはいなさそうね」

 

 アンルシアは道の造りにも目を向けた。

 

「それにしても……」

 

「ん?」

 

「この道、ずいぶん綺麗に整備されているわね」

 

「ああ」

 

 舗装道路 側溝 ガードレール。どれも二人にとっては馴染みの薄いものだった。

 

「人がそれなりに住んでる場所なのかな?」

 

「そうかもしれないわ」

 

 さらに歩く。すると。

 

「…………?」

 

 ヤマトが足を止めた。

道の脇に、一本の電信柱が立っている。そこにはいくつかの文字が書かれた標識が付いていた。

 

 ヤマトが顔を近づける。

 

「…………奥多摩?」

 

「!」

 

 アンルシアも文字を見る。

 

「おく……たま……」

 

 二人は同時に黙る。

 

「なんだ?初めて見る文字なのに読めるぞ!」

 

「私もよ!」

 

 アンルシアも驚いていた。

 

「どういう理屈なのかしら?」

 

「君の世界の文字じゃないのかい?」

 

「違うわ」

 

「僕の世界の文字でもない」

 

 二人はしばらく標識を見つめる。

 

「オクタマ……ここがそういう地名なんだろうな」

 

「おそらくそうでしょうね」

 

「でも、なんで読めるんだろ?」

 

「言葉が通じるのと同じで、異世界転移した時に何かしらの力が働いたのかもしれないわ」

 

「便利だな!」

 

「便利で済ませていいのかしら……」

 

「読めないよりいいだろ?」

 

「まあ、それはそうだけど」

 

 今のところ。この世界は謎だらけだった。身体の変化 言語 文字。

 

どれも理由は分からない。だが

 

「とりあえず先に進もう!」

 

「ええ」

 

 二人は再び歩き出した。

 

山道を下り 川沿いを進み 途中で小さな橋を渡る。およそ二キロほど歩いただろうか。

 

「…………あっ!」

 

 ヤマトが前方を指差した。

 

「アンルシア!」

 

「見えてるわ」

 

 二人の視線の先。山と山に挟まれた谷あいに、建物が集まっている場所があった。

 

 町と呼ぶほど大きくはない。かといって村というほど寂れてもいない。

 

 民家 飲食店 小さな商店 道路。そしてひときわ目立つ建物。—何より————

 

「人がいる!」

 

 ヤマトが嬉しそうに言った。

 

 かなり多い。登山用のリュックを背負った人 帽子をかぶった人 スポーツウェア姿の人 家族連れ 友人同士。

 

二人の目には まるで旅人や冒険者が集まる拠点のように見えた。

 

「旅人が多いわね」

 

「うん」

 

「この辺りは観光地なのかもしれないわ」

 

「カンコウチ?」

 

「景色や名所を見に、人が集まる場所ってこと」

 

「ああ!」

 

 ヤマトは納得する。

 

「じゃあワノ国でいう花の都とか、そういう感じ?」

 

「規模は全然違うと思うけど……まあ、考え方としては近いかもしれないわね」

 

 二人はしばらく高台から、その地域を眺めていた。

 

 その時だった————

 

「…………ん?」

 

 ヤマトの目があるものを捉える。道路。その上を 何かが走っている。

 

「…………な、なんだあれ!?四角い物体が道を走ってるぞ!」

 

 ヤマトの声が山に響く。目にした物。それは車だった。

 

 軽自動車 乗用車 次から次へと道路を走っていく。

 

 アンルシアもそちらを見る。

 

 一台の車が通過する。ブロロロロ――。

 

「…………」

 

「生き物じゃないよな!?」

 

「ええ……」

 

「中に人がいる!」

 

「乗り物みたいね」

 

「馬も引いてない!」

 

「魔力も感じないわ」

 

「じゃあどうやって動いてるんだ!?」

 

「それは……」

 

 アンルシアも答えられない。ところが、少し先の道路を走るものを見て

 

「あっ!」

 

 今度はアンルシアが声を上げた。

 

 一台のバイク。そしてその後ろから 屋根の開いたオープンカーが走ってきた。

 

「…………あれは」

 

 アンルシアの表情が変わる。

 

「ドルボード!?」

 

「ドルボード?」

 

 ヤマトが振り向く。

 

「この世界にもあるんだ……」

 

 アンルシアは本気で感心していた。

 

「君の世界にはあるんだ……」

 

「ええ、ああいう車輪付きのドルボード。見たことあるどころか、乗せてもらったことあるわ!先ほど私が言ってた盟友にね」

 

「異世界に何度も行った人?」

 

「そうよ」

 

「へえ……」

 

 ヤマトは走り去っていくオープンカーを見る。

 

 風を受けながら走っている。

 

「楽しそうだね……僕も乗ってみたいな……」

 

「たぶん乗れると思うわよ」

 

「本当か!?」

 

「この世界の人が普通に使っているなら」

 

「よし!」

 

「何がよしなの?」

 

「いつか乗る!」

 

「行動が早いわね」

 

 アンルシアは苦笑する。しかしよく見ると やはり何かが違う。

 

 アストルティアのドルボードとは似ているようでどこか違う。

 

「……でもやっぱり違うかもしれない」

 

「何が?」

 

「ドルボードなら、普通は動力に魔力を使うもの」

 

「じゃあ、あれは?」

 

「分からないわ」

 

「謎の乗り物か」

 

「今のところはね」

 

 二人はますます興味を惹かれた。

 

 道路 建物 看板 人々の服装 乗り物。

 

 どれも自分たちの世界とは違う。しかし完全に理解不能というほどでもない。

 

 似たものがある。けれど仕組みが違う。

 

 その微妙な違いが、二人の好奇心を刺激していた。

 

 数分間。ヤマトとアンルシアはその場から動かず、奥多摩駅周辺の光景を眺め続けていた。

 

 その時。

 

 ゴゴゴゴゴゴ――。

 

「!」

 

「!」

 

 大きな音が聞こえてきた。ヤマトが即座に構える。

 

「今度はなんだ!?」

 

 アンルシアも辺りを見回す。

 

「地鳴り……?」

 

 音はどんどん近づいてくる。

 

 ガタン。

 

 ゴトン。

 

 ガタン。

 

 ゴトン。

 

「向こう!」

 

 ヤマトが指差す。

 

 二人の目に。

 

 巨大な物体が飛び込んできた。

 

 線路の上を走る 長い金属の箱。

 

「なんだあれ!?」

 

 ヤマトはまたしても叫んだ。

 

「でかい!」

 

「…………」

 

 それは電車であった。奥多摩駅へ入ってきたのだ。

 

 電車が停止する。

 

 プシュー

 

 扉が開く そして————  

 

 ヤマト「ん? 中から人がいっぱい出てきたぞ……」

 

 アンルシア「…………」

 

 線路 大量の乗客 決まった場所に停まり人々を運ぶ巨大な乗り物。

 

 アンルシア「……あれは……大地の箱舟!?」

 

 ヤマト「なんだいそれは!?」

 

 アンルシア「たくさんの人を乗せて、遠くまで運ぶ乗り物よ!」

 

 ヤマト「へえ!」

 

 アンルシア「形状こそ異なるけど……線路の上を走ってるから間違いないわ……」

 

 ヤマト「ずいぶん文明が発達してるんだね、君がいた世界は……」

 

 二人は再び電車を見る。

 

 「それにしても……」

 

 「何?」

 

 「僕、あれも乗ってみたい!」

 

 「やっぱりそう言うと思ったわ」

 

 「だって面白そうだろ!」

 

 「ええ」

 

 アンルシアも少し笑う。

 

「私も興味あるわ」

 

「よし!」

 

「だから何がよしなのよ」

 

 二人は顔を見合わせる。

 

 そして

 

 再び町へ視線を向けた。

 

 人 車 バイク 電車 見知らぬ建物 見知らぬ服装 見知らぬ技術。

 

 ここが自分たちの知っているどの世界とも違う場所であることはもはや疑いようがなかった。

 

 それでも 恐怖より興味の方が勝っていた。

 

「行ってみよう!」

 

 ヤマトが言う。

 

「ええ」

 

 アンルシアも頷く。

 

「まずは、この場所がどういうところなのか調べないとね」

 

 二人は山道を下り始めた。目指す先は多くの観光客で賑わう、その一帯。

 

 二人はまだ知らない。自分たちが眺めていたあの場所が

 

 東京都西多摩郡 奥多摩町。そしてJR青梅線の終着駅――

 

 奥多摩駅周辺であることを。

 

 勇者姫と鬼姫は

 

 こうして初めて現代日本の社会へ一歩ずつ足を踏み入れていくのであった。

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