死後の世界で家族になる   作:カズヤミサワP

5 / 9
第4話 守りたいもの

 リオンは朝食の片付けを終えると、窓の外へ視線を向けた。朝の光が、森の木々の間から窓へ差し込んでいた。今日も空はよく晴れている。風も穏やかで、鳥の声が心地よく響いていた。

 

「そうだ」

 

 ふと、リオンの頭に一つの考えが浮かぶ。

 

「ピクニックに行きましょう」

 

「……ぴくにっく?」

 

 ルナが首を傾げた。聞き慣れない言葉だったのだろう。

 

「はい。お弁当を持って、外で食事をするのです」

 

「外で……ご飯?」

 

 ルナの金色の瞳が輝く。

 

「はい。いつも家の中で食べていますから、今日は少し遠くまで行ってみませんか?」

 

「行く!」

 

 返事は早かった。尻尾まで嬉しそうに揺れている。その様子を見て、リオンは思わず笑みを浮かべた。

 

「ふふっ。では、決まりですね」

 

 向かいで食事をしていたシラキが、そんな二人を眺めていた。

 

「ピクニックか」

 

「シラキさんはご存じなのですか?」

 

「言葉くらいはな」

 

 シラキはそう答えた。

 

「実際にやったことはないが」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ。外で飯を食うだけだろう?」

 

「そうですが……」

 

 身も蓋もない返事にリオンは少し考える。

 

「それだけではありませんよ」

 

「違うのか?」

 

「もちろんです」

 

 リオンは少し楽しそうに笑った。

 

「普段とは違う場所へ行って、景色を楽しみながら食事をするのです。お話をしたり、散歩をしたりするのも楽しいですよ」

 

「……なるほど」

 

 シラキは腕を組んだ。

 

 ルナはすでに興味津々だった。

 

「お花のところ?」

 

「ええ。綺麗な場所を探しましょう」

 

「いっぱい走ってもいい?」

 

「もちろんです」

 

「お弁当も食べる?」

 

「はい」

 

「……楽しそう!」

 

 ルナは嬉しそうに笑った。

 

 その笑顔を見て、リオンの心も自然と弾む。

 

 昨日までは、ただ家の中で過ごしていた。けれど今日は、少しだけ遠くへ行ってみる。それだけのことなのに、まるで大きな冒険へ出かけるような気持ちになった。

 

「では、準備をしましょう」

 

「うん!」

 

 ルナが勢いよく立ち上がる。

 

 リオンも立ち上がり、ピクニックへ持っていくものを考え始めた。

 

 食べ物はもちろん必要だ。パンに果物。それから、簡単な料理も用意した方がいいだろう。水筒も必要になる。敷物も忘れてはいけない。

 

「これを持っていきましょう」

 

 リオンが籠へ荷物を詰めていく。その隣では、ルナも小さな手で一生懸命準備をしていた。

 

「これもいる?」

 

「はい。持っていきましょう」

 

「これも?」

 

「それは……」

 

 ルナが抱えているのは、ぬいぐるみだった。

 

 リオンは少し考える。

 

「……そうですね。一緒に連れていきましょうか」

 

「うん!」

 

 ルナは嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめた。その様子を眺めながら、リオンは微笑む。どうやら今日のピクニックは、ルナにとって大切な思い出になりそうだった。

 

 そんな二人から少し離れた場所では、シラキも準備をしていた。

 

 何を持っていくのだろう。そう思って見ていると――

 

「……?」

 

 シラキが長い筒のようなものを取り出した。見覚えのない物、いや、初めて会った時に肩にかけていた。

 

「シラキさん?」

 

「ああ」

 

 シラキは当然のように答える。

 

「これを持っていく」

 

「……それってシラキさんの世界の武器ですよね」

 

「ああ。短機関銃だ」

 

 手にしていたのは、短機関銃と呼ばれる物だった。

 

「……」

 

 リオンは固まった。

 

「……それは必要なのでしょうか?」

 

「必要だろう」

 

「何にですか?」

 

「何かあった時に使う」

 

「何か、とは?」

 

「何かだ」

 

 あまりにも曖昧な答えだった。リオンは困った顔をする。

 

「ここは創造主様の箱庭ですよ?」

 

「ああ」

 

「数日前に、創造主様から直接説明を受けたでしょう?」

 

「聞いた」

 

「この場所には、子どもたちが安心して暮らせるように作られているのですよね?」

 

「そうだな」

 

「でしたら、武器は必要ないのではありませんか?」

 

「……」

 

 シラキは短機関銃を見る。そしてリオンを見る。

 

「だが、念のためだ」

 

「必要ありません」

 

「……」

 

「置いていきましょう」

 

 リオンはにっこりと微笑んだ。シラキはしばらく黙っていた。

 

「……本当に?」

 

「本当にです」

 

「何か起きても?」

 

「何も起きません」

 

「絶対に?」

 

「絶対に、です」

 

 シラキは納得していない顔をした。それでも、リオンの視線に押されるように、渋々と短機関銃を戸棚の上に置いた。

 

「……分かった」

 

 どこか不満そうだった。リオンは苦笑する。

 

「そんな顔をしないでください」

 

「別に」

 

「していますよ」

 

「してない」

 

「しています」

 

「……」

 

 シラキは黙り込んだ。そのやり取りを見ていたルナが、くすくすと笑う。

 

「シラキ、怒られてる」

 

「……」

 

 シラキがルナを見る。ルナは慌ててリオンの後ろへ隠れた。けれど、その顔には笑みが残っている。

 

 シラキは小さく息を吐いた。

 

 

 

 

「忘れ物はないか?」

 

「はい」

 

「うん!」

 

 三人は家を出た。リオンが籠を持ち、ルナはぬいぐるみを抱えている。シラキは手ぶらだった。

 

 森の中へ続く道を歩き始める。朝の陽射しが木々の間から差し込み、葉の隙間からこぼれた光が地面に揺れていた。

 

「わあ……!」

 

 ルナが目を輝かせる。

 

 鳥が飛び立つ。風が木々を揺らす。遠くから川のせせらぎが聞こえる。

 

 昨日まで家の周りで遊んでいたルナにとって、少し先へ進むだけでも新鮮な景色だった。

 

「リオン!」

 

「はい?」

 

「ピクニックって、どこでするの?」

 

「それはですね――」

 

 リオンは笑顔で答える。

 

「みんなで楽しめる場所を探すところから、ピクニックなのですよ」

 

「じゃあ、探す!」

 

 ルナが先頭へ駆け出す。

 

「ルナ、あまり遠くへ行ってはいけませんよ」

 

「はーい!」

 

 元気な返事が森の中へ響く。

 

 その後ろを、リオンとシラキがゆっくりと歩いていく。

 

 まだ何も起きていない。ただ、三人で歩いているだけだ。それでもリオンは、なぜか心が温かくなるのを感じていた。

 

 昨日まで二人だった。今は三人。そして今日、新しい思い出を作ろうとしている。

 

「……いい天気ですね」

 

 リオンが空を見上げる。

 

「ああ」

 

 シラキも空を見上げた。ルナは少し先で振り返る。

 

「早くー!」

 

「今行きますよ」

 

 三人の姿は、木漏れ日の中へゆっくりと消えていった。

 

 

 

 

 森の中をしばらく進むと、木々の向こうから水の流れる音が聞こえてきた。次第にその音は大きくなり、やがて木々の隙間から青く澄んだ水面が見える。

 

「川ですよ」

 

 リオンがそう言うと、ルナがぱっと顔を上げた。

 

「川?」

 

「はい」

 

 三人が森を抜ける。そこには、森の中を縫うように流れる小さな川があった。透明な水が太陽の光を反射しながら、さらさらと音を立てて流れている。川底には丸い石がいくつも転がり、その間を小さな魚が泳いでいた。

 

「わぁ……」

 

 ルナの瞳が輝く。

 

 初めて見る光景なのだろう。少女は川へ駆け寄ると、しゃがみ込んで水面を覗き込んだ。

 

「お魚いる!」

 

「本当ですね」

 

 リオンも隣へ腰を下ろす。ルナは嬉しそうに水へ手を伸ばした。

 

「冷たい!」

 

 指先で水を掬い、ぱしゃぱしゃと遊び始める。その様子を見て、リオンの頬も自然と緩んだ。

 

「今日はここで遊びましょうか」

 

「いいの?」

 

「ええ。せっかくのピクニックですから」

 

「うん!」

 

 ルナは満面の笑みを浮かべた。その笑顔を見ているだけで、ここまで来た甲斐があったと思える。

 

 少し離れた場所では、シラキが大きな木へ背を預けていた。無表情のままポケットから煙草を取り出し、火をつける。白い煙がゆっくりと青空へ昇っていった。

 

「……シラキさん」

 

「なんだ」

 

「また煙草を吸っているんですか?」

 

「ああ」

 

 シラキは当然のように答える。リオンは小さくため息をついた。

 

「せっかくのピクニックなのですから、もう少し楽しんでもいいと思いますよ」

 

「俺はこれで楽しんでいる」

 

「そうですか……」

 

 どうやら本人にとっては本当に楽しんでいるらしい。するとシラキは懐から小さな金属製の筒を取り出した。

 

「それに今日は携帯灰皿も持ってきている」

 

 どこか誇らしげな顔だった。

 

「……」

 

 リオンは思わず沈黙する。

 

「それは偉いですけど……」

 

「だろう?」

 

 何故か少し得意げなシラキ。

 

「そういうことじゃないんですよね……」

 

 リオンが苦笑する。シラキは首を傾げた。

 

 どうやら本当に分かっていないらしい。そんな二人のやり取りをよそに、ルナは川を覗き込んでいた。

 

「リオン!」

 

「はい?」

 

「あそこにお魚いる!」

 

「本当ですね」

 

 川の中を覗くと、小さな魚が数匹泳いでいる。

 

 ルナは目を輝かせた。

 

「捕まえられるかな?」

 

「どうでしょう。魚はすばしっこいですからね」

 

「そっか……」

 

 残念そうに川を見つめるルナ。すると、背後からシラキの声がした。

 

「それなら簡単だ」

 

「え?」

 

 リオンが振り返る。シラキは煙草をくわえたまま、胸元のポーチへ手を伸ばしていた。取り出したのは、見たことのない小さな金属製の球体だった。

 

「これを川へ投げればいい」

 

「……?」

 

 ルナが首を傾げる。リオンも、その物体をじっと見つめる。

 

 金属製の球体。その上部からは小さな部品が飛び出している。何なのかは分からない。分からないが――。嫌な予感だけはした。

 

「シラキさん」

 

「なんだ」

 

「それは……何ですか?」

 

「手榴弾だ」

 

 リオンの笑顔が固まる。てりゅうだん。手榴弾。爆発物。

 

「それを川に投げれば魚が取れる」

 

「駄目です」

 

 即答だった。

 

「何故だ?」

 

「何故ではありません」

 

 リオンは立ち上がり、シラキの手元にある金属製の物体を指差す。

 

「どう見ても魚を捕る道具ではありません」

 

「爆発で魚は取れるぞ」

 

「そういう問題ではありません!」

 

 思わず声が大きくなる。ルナが驚いたように二人を見る。リオンは慌てて声を落とした。

 

「……そもそも、ここは創造主様の箱庭ですよ。そんな物騒なものを川へ投げる必要はありません」

 

「しかし、魚は取れる」

 

「だからと言って爆発させる必要はないでしょう!」

 

「爆発すれば魚が浮いてくる」

 

「そういう話ではありません!」

 

 シラキは手榴弾を手にしたまま、しばらくリオンを見る。やがて、諦めたように肩をすくめた。

 

「分かった」

 

 ポーチへ手榴弾を戻す。

 

「魚は諦める」

 

「そうしてください」

 

 リオンは胸を撫で下ろした。その隣では、ルナが不思議そうな顔をしている。

 

「シラキ」

 

「なんだ」

 

「てりゅうだんって、なに?」

 

「魚を――」

 

「危ないものです」

 

 リオンが即座に遮った。

 

「ルナは覚えなくていい言葉ですよ」

 

「……うん」

 

 ルナは素直に頷く。そして再び川へ視線を戻した。

 

「お魚、泳いでるね」

 

「ええ」

 

 リオンも笑顔で頷く。隣ではシラキが煙草を吸っている。

 

 川は何事もなかったかのように、穏やかなせせらぎを響かせていた。

 

 今日のピクニックが、このまま平和に終わることをリオンは心の底から願った。

 

 

 

 

 川辺でしばらく遊んだあと、リオンが敷物を広げた。

 

「そろそろお昼にしましょうか」

 

「おひる!」

 

 ルナが嬉しそうに駆け寄ってくる。三人で敷物の上へ座ると、リオンは持ってきた籠を開いた。

 

 中から取り出されたのは、いつものパンだけではなかった。薄く切ったパンに野菜や肉を挟んだサンドイッチ。赤や黄色の果物。そして、何やら黄色い塊が入った皿。

 

「これは?」

 

 シラキが尋ねる。

 

「スクランブルエッグのようなものです」

 

「ようなもの?」

 

「……はい。本当はオムレツを作ろうと思ったのですが」

 

 リオンが少し気まずそうに視線を逸らす。よく見ると、卵らしきもののところどころが黒く焦げていた。

 

「料理は……あまり得意ではないんです」

 

 リオンが申し訳なさそうに言う。完璧に思えたリオンの意外な一面だった。

 

 シラキは皿を眺め、それからルナを見る。ルナも同じように料理を眺めていた。

 

「食べられれば問題ない」

 

 シラキが言う。

 

「うん。食べられればいい」

 

 ルナも頷く。

 

「……お二人とも、もう少しこう……」

 

 リオンが困ったように笑う。

 

「味とか見た目とか、気にしてもいいんですよ?」

 

「俺は気にしない」

 

「わたしも!」

 

 ルナが元気よく答える。

 

「……そうですか」

 

 リオンは少しだけ呆れたように笑った。

 

 三人で祈りを捧げ、それぞれ料理へ手を伸ばす。

 

 サンドイッチは普通にうまい。果物も甘い。そして問題のスクランブルエッグらしきものは――。

 

「……」

 

 シラキは一口食べる。

 

「……」

 

 リオンが不安そうにこちらを見ている。

 

「どうですか?」

 

「食べられる」

 

「それだけですか?」

 

「食べられるから問題ない」

 

 リオンが複雑そうな顔をする。隣ではルナも一口食べていた。

 

「うん。おいしいよ」

 

「本当ですか?」

 

「うん!」

 

 ルナの言葉に、リオンの表情がぱっと明るくなる。

 

「ありがとうございます」

 

 その笑顔を見て、シラキも小さく口元を緩めた。

 

 食事を終えると、ルナは敷物の上へ座ったまま、何かを探し始めた。

 

「何をしているんだ?」

 

「お花」

 

 ルナの手には、昼前に摘んだ花がいくつか握られている。

 

「花冠作るの」

 

 そう言って、ルナは花を並べ始めた。

 

 リオンに教えてもらったやつだろう。小さな手で茎を絡ませ、一つずつ丁寧に編んでいく。その姿を眺めながら、シラキはふと空を見上げた。

 

 青い空。穏やかな風。子どもの笑い声。

 

 あまりにも平和だった。だからこそ、不意に思い出す。自分がいた世界を。

 

 血と硝煙の臭い。銃声と怒号。いつ死んでもおかしくない場所で、ただ生き残るために戦っていた日々。そんな世界から、自分はここへ来た。

 

 何もかもが違う。ここには戦争もない。敵もいない。ただ、穏やかな時間が流れている。

 

 シラキは自分の手を見る。

 

 この手は、これまでどれだけのものを壊してきただろう。そんな自分が、本当にここにいていいのだろうか。

 

 神が用意した箱庭。死んだ子どもたちが安心して暮らすための場所。そこに自分のような人間がいていいのか。

 

「……」

 

 答えは出なかった。

 

 だが――。

 

「シラキ」

 

 ルナの声がした。

 

「ん?」

 

 振り返る。

 

 ルナがこちらへ歩いてくる。

 

 その手には、花冠があった。以前作ったものよりも、ずっと大きい。

 

「これ」

 

「俺に?」

 

「うん」

 

 ルナが花冠を差し出す。

 

「前のは小さかったから」

 

「……」

 

 シラキは花冠を見る。色とりどりの花が不格好ながらも丁寧に編まれている。

 

「今度は大きいの」

 

 ルナが少し照れたように笑う。シラキは、しばらく何も言えなかった。

 

 そして――。

 

「……ありがとう」

 

 花冠を受け取る。自然と口元が緩んでいた。自分でも驚くほど、穏やかな笑みだった。ルナが嬉しそうに尻尾を揺らす。

 

「似合うよ」

 

「そうか?」

 

「うん」

 

「それなら、良かった」

 

 そう言いながら、シラキは花冠を自分の頭へ乗せる。ルナが笑う。リオンも少し驚いたように目を丸くしたあと、嬉しそうに微笑んだ。

 

 その光景を見て、シラキは思った。

 

 ――ここにいていいのか。

 

 そんなことを考える必要はないのかもしれない。少なくとも、この二人が自分を必要としてくれる限り。

 

 シラキは静かに目を細めた。

 

 この穏やかな時間を。この笑顔を。この小さな少女を。そして、この場所を。絶対に守る。何があろうと。どんな相手が来ようと。そのためなら――どんな手段も厭わない。

 

 そう、心の中で誓った。

 

 頭に乗せた花冠が、風に揺れていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。