死後の世界で家族になる   作:カズヤミサワP

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第6話 つながる家族

 家の中へ招かれた三人は、居間の大きな食卓を囲んでいた。

 

 ノアとオルガの家は、自分たちの家よりも少し生活感が強かった。

 

 壁際には本棚がいくつも並び、その多くが分厚い本で埋め尽くされている。反対側には大きな斧や農具、調理器具が整然と置かれていた。

 

 誰がどちらを使うのかは、なんとなく想像がついた。

 

「お茶でいいかい?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 オルガが大きな手で木の杯を並べていく。

 

 その間も、ノアは興味深そうに三人を見ていた。

 

「それで」

 

 ノアが身を乗り出す。

 

「君たちは、どんな世界で生きていたんだ?」

 

「……」

 

 リオンは少しだけ目を瞬いた。

 

 初対面で聞くことだろうか。しかも、この箱庭にいるということは、皆一度死んでいる。つまり、その質問は必然的に――。

 

「それと、どうやって死んだ?」

 

 やはり聞いた。リオンは思わずノアを見る。悪意はなさそうだ。本当に、純粋な興味だけなのだろう。だからこそ質が悪い。ずいぶんと遠慮のない方だ。

 

 そう思っていると、隣のシラキが普通に口を開いた。

 

「俺の世界は地上が汚染されていた」

 

「ほう」

 

 ノアの目が輝く。

 

「人間は地上に住めなくなって地下へ逃げた。地下鉄の駅や地下施設を拠点にして、生き残った人間同士で暮らしていた」

 

「地下世界か……!」

 

 ノアがさらに身を乗り出す。

 

「地上は?」

 

「化け物の領域だ」

 

「化け物?」

 

「ああ」

 

 シラキは淡々と話す。

 

「人間の身体を無理矢理つなぎ合わせたような奴もいた。不定形の奴もいた。四本腕、裂けた口、無数の目。種類は色々だ」

 

「なるほど……!」

 

 ノアが興奮したように頷く。

 

「では生態系は完全に――」

 

「ノア」

 

 オルガの低い声。

 

「なんだ?」

 

「またかい」

 

「何が?」

 

 ゴンッと鈍い音が響いた。

 

「痛い」

 

 ノアが頭を押さえる。オルガの拳が見事に頭頂部へ落ちていた。

 

「初対面の相手に、死に方やら化け物やら根掘り葉掘り聞く奴があるかい」

 

「だが貴重な話だ」

 

「そういう問題じゃないんだよ」

 

「そうか……すまない」

 

 ノアは素直に頭を下げる。リオンは思わず苦笑した。どうやら、この家ではオルガが止めなければ、ノアはどこまでも聞いてしまうらしい。

 

「俺は別に気にしてない」

 

 シラキが言う。

 

「そうかい?」

 

「ああ。聞かれたから答えただけだ」

 

「シラキさんは、もう少し気にしてもいいと思いますけど……」

 

 リオンが小さくため息をつく。

 

 ノアは頭をさすりながらも、まだどこか名残惜しそうにシラキを見ていた。このままだと再び話が戻りそうだ。リオンは慌てて別の話題を探す。

 

「そういえば」

 

「ん?」

 

「先ほど、ノアさんはオルガさんのことを『妻』とおっしゃっていましたよね」

 

「ああ」

 

 ノアが頷く。リオンは少し迷ってから尋ねた。

 

「もともとの世界でも、ご夫婦だったのですか?」

 

「いや」

 

 即答だった。リオンは少し驚く。

 

「では……」

 

「ここへ来てからだ」

 

 ノアが答えるより先に、オルガが少し照れくさそうに腕を組んだ。

 

「まあ、そういうことさ」

 

「この箱庭で結婚されたのですか?」

 

「ああ」

 

 オルガの頬が、ほんの少しだけ赤くなる。大斧を構えていた時の迫力とは随分違う。乙女の顔だ。

 

「創造主様の前で?」

 

「そうだよ」

 

 オルガが照れ隠しのように鼻を鳴らす。

 

「創造主に見守られてね」

 

「僕もいたよ!」

 

 少し離れたところにいたカークが、嬉しそうに口を挟む。

 

「ちゃんと見た!」

 

「そうだったな」

 

 ノアが微笑む。

 

 リオンはその光景を想像した。エルフとオーク。生前なら、同じ場所に立つことすら難しい世界もあっただろう。それでもここでは、一つの家族になっている。

 

「素敵ですね」

 

 リオンが言う。

 

「そうかい?」

 

「はい」

 

 オルガが少し照れたように笑う。

 

 そのまま、何か思いついたようにリオンとシラキを交互に見た。

 

「で、そっちは?」

 

「……はい?」

 

「二人はどうなんだい?」

 

 リオンは一瞬、意味が分からなかった。だがオルガの視線で、すぐに理解する。

 

「い、いえ!」

 

 思わず声が上ずる。

 

「私たちは、まだ会って数日しか経っていませんし!」

 

「そうなのかい?」

 

「はい!」

 

 リオンは慌てて頷く。すると隣から、シラキが平然と口を開いた。

 

「それに俺は年下趣味はない」

 

「……」

 

 リオンの動きが止まる。

 

「……シラキさん?」

 

「なんだ」

 

「その言い方、少し失礼ではありませんか?」

 

「事実だろう」

 

「それでも言い方というものがあるでしょう!」

 

 思わずむっとしてしまう。オルガが一瞬目を丸くしたあと、大声で笑った。

 

「はははは! いいじゃないか!」

 

「何がですか!」

 

「息は合ってるよ!」

 

「合っていません!」

 

「そうか?」

 

「そうです!」

 

 リオンが否定すると、オルガはさらに楽しそうに笑う。シラキは何が面白いのか分からない様子で首を傾げていた。

 

「まあまあ」

 

 ノアが間に入る。

 

「創造主にも考えがあるのだろう」

 

「考え、ですか?」

 

「ああ」

 

 ノアは真面目な表情に戻る。

 

「この箱庭では、親役になる者同士も、ある程度相性を見て選ばれているらしい」

 

「相性……」

 

「性格、価値観、役割。そういったものを含めてだろうな」

 

 リオンは少し考える。

 

 確かに自分は人を癒やすことや、寄り添うことを大切にしてきた。シラキは不器用だが、誰かを守ることに迷いがない。ルナにとって、その二つはどちらも必要だったのかもしれない。

 

 リオンは隣に座るルナを見る。

 

 ルナはカークと何か話しながら、小さく笑っていた。

 

 なるほど。創造主様が相性を考えているという話にも納得できる。そして、そのまま視線をシラキへ向ける。

 

「……」

 

 シラキは何食わぬ顔で茶を飲んでいた。

 

 数日前にはピクニックへ短機関銃を持って行こうとし、川の魚を手榴弾で捕ろうとした男である。

 

 ……本当に相性を考えて選ばれたのでしょうか。

 

 リオンは少しだけ疑問に思った。

 

「ルナ」

 

 カークが立ち上がる。

 

「外で遊ぼう」

 

「いいの?」

 

「うん。庭に色々あるよ」

 

 ルナはリオンを見る。

 

「行ってもいい?」

 

「もちろんですよ」

 

「やった!」

 

 ルナが立ち上がる。二人はそのまま並んで庭へ走っていった。

 

 扉が閉まり、居間に静けさが戻る。リオンは思わず微笑んだ。

 

「子どもは無邪気でいいですね」

 

「ああ」

 

 シラキが頷く。

 

「そうだな」

 

 ノアも同意する。

 

「まったくだよ」

 

 オルガも腕を組みながら笑った。

 

 四人はしばらく、庭の方から聞こえてくる子どもたちの声に耳を傾けていた。

 

 笑い声が響く。走り回る足音が聞こえる。その音を聞いていると、先ほどまでの緊張が嘘のようだった。

 

 家族が違っても種族が違っても、きっと守りたいものは同じなのだ。

 

 リオンはそう思いながら、静かに茶を口へ運んだ。

 

 庭から聞こえる笑い声を聞きながら、しばらく穏やかな時間が流れた。

 

「そういや」

 

 オルガが口を開いた。

 

「そっちも親になったばかりなんだろ?」

 

「はい」

 

 リオンは頷く。

 

「ルナが来たのは、まだ数日前です」

 

「数日前か。そりゃ大変だ」

 

「ええ……そうですね」

 

 リオンは手元の杯へ視線を落とした。

 

 ルナと過ごした時間を思い返す。名前をもらった時の嬉しそうな顔。

初めて温かな食事を口にして、泣き出したこと。庭を走り回ったこと。

花冠を作ったこと。夜、安心したように眠っていたこと。

 

 少しずつ、この家を自分の居場所だと思ってくれている。それは嬉しい。

 

 けれど――。

 

「正直に言えば、今でも不安なんです」

 

「不安?」

 

「はい」

 

 リオンは小さく頷いた。

 

「私は神官として、多くの方と接してきました。子どもたちのお世話をしたこともあります。ですが……親になったことはありませんから」

 

 当然だ。自分はまだ十代だ。

 

 いつか結婚し、子どもを育てる未来を漠然と考えたことくらいはあった。けれど、それはずっと先の話だと思っていた。

 

 まさか一度死んだ後、本当に親になるとは思ってもいなかった。

 

「何が正しいのか、分からないことばかりです」

 

 ルナが泣けば、不安になる。笑えば安心する。何かを教える時にも、本当にこれでいいのかと考えてしまう。

 

「この子のためにと思ってしたことが、本当にルナのためになっているのか。それすら、時々分からなくなります」

 

「そんなの、こっちだって同じさ」

 

「え?」

 

 顔を上げる。オルガはあっけらかんと笑っていた。

 

「アタシだって、カークが初めてだからね」

 

「そうなのですか?」

 

「当たり前だろ? 生きてた頃は戦ってばかりだったんだ。子育てなんてしたこともなかったよ」

 

 オルガは腕を組む。

 

「最初なんて酷かったもんさ。腹が減ってるなら飯を食わせりゃいい。眠いなら寝かせりゃいい。そんなもんだと思ってた」

 

「……それは」

 

「雑だろ?」

 

「い、いえ。そこまでは……」

 

「顔に書いてあるよ」

 

 オルガが笑う。

 

 リオンは気まずくなり、視線を逸らした。

 

「でもね」

 

 オルガの声が少しだけ柔らかくなる。

 

「カークと暮らしてりゃ、だんだん分かってくるもんさ」

 

「分かってくる……」

 

「ああ。あの子が何を嫌がるのか。何をすれば笑うのか。どんな時に一人にしてほしくて、どんな時にそばにいてほしいのか」

 

 庭の方へ視線を向ける。窓の向こうを、カークとルナが駆け抜けていった。

 

「最初から全部分かる親なんていないだろうさ」

 

「……」

 

「それに、親になる資格試験なんてここにはないからね」

 

「資格試験……」

 

 リオンは思わず笑ってしまった。

 

「確かにそうですね」

 

「そういうことさ」

 

 オルガが豪快に笑う。

 

 するとノアも静かに頷いた。

 

「私も随分調べた」

 

「調べた?」

 

「ああ」

 

 ノアが真剣な顔をする。

 

「この家へ来てから、本棚にある本を片っ端から読んだ。育児、教育、心理、子どもの成長について書かれたものもな」

 

「さすがノアさんですね」

 

「だが」

 

 ノアは少しだけ眉を寄せた。

 

「残念ながら、『正しい親のなり方』という本はまだ見つけていない」

 

「……」

 

 リオンは一瞬、言葉を失った。

 

「そんな本があったとしても、役に立つのか?」

 

 シラキが言った。

 

 ノアが彼を見る。

 

「何故だ?」

 

「子どもによって違うだろ」

 

「……なるほど」

 

「本に頼りすぎるな」

 

「む……」

 

 ノアが難しい顔をする。

 

 オルガが吹き出した。

 

「ははは! アンタ、会ったばかりのシラキにまで言われてるじゃないか!」

 

「本は偉大だ」

 

「そういうところだよ」

 

 オルガは笑いながらノアの背中を叩く。リオンも小さく笑った。

 

 不思議だった。先ほど会ったばかりだというのに、ずっと前から知っている人たちと話しているような安心感がある。

 

 創造主が、自分たちの相性を考えている。先ほどノアが話していた言葉を思い出す。もしかすると、それは家族だけではないのかもしれない。

 

「でも、少し安心しました」

 

 リオンが言う。

 

「私だけではなかったのですね」

 

「何がだい?」

 

「親として、迷っているのがです」

 

 オルガは少し驚いた顔をした後、笑った。

 

「当たり前じゃないか」

 

 その一言が、不思議と胸に残った。

 

 迷っていい。分からなくてもいい。それでもルナと向き合い続ければいい。

 

 そんなふうに言われた気がした。

 

「何か困ったことがあったら来な」

 

 オルガが言う。

 

「え?」

 

「隣人なんだろ? それくらいしたっていいじゃないか」

 

「……はい」

 

 リオンは微笑む。

 

「ありがとうございます」

 

「こっちも頼るかもしれないけどね」

 

「もちろんです」

 

 リオンは迷わず答えた。

 

「私にできることであれば、何でも」

 

「俺もできる範囲なら手伝う」

 

 シラキも続ける。

 

「修理や工作なら、ある程度できる」

 

「それは助かるね。こっちの椅子が一脚、少しガタついてるんだ」

 

「後で見る」

 

「頼むよ」

 

 早速頼み事ができている。

 

「私は治癒の奇跡を使えます。怪我をした時は呼んでください」

 

「治癒か」

 

 オルガが感心したように頷く。

 

「そいつは心強い」

 

「ノアさんは、やはり本でしょうか」

 

「無論だ」

 

 即答だった。

 

「知識が必要なら私に聞いてくれ。植物、歴史、言語、農業、建築、料理、医学――この家にある本で調べられることなら何でも調べよう」

 

「料理?」

 

 オルガが眉を上げる。

 

「アンタ、料理できないだろ」

 

「本には詳しい」

 

「作れないだろ」

 

「理論は分かる」

 

「それをできないって言うんだよ」

 

「……」

 

 ノアが黙った。リオンは思わず口元を押さえる。

 

 どうやら、この夫婦の力関係も少しずつ分かってきた気がする。

 

 その時だった。勢いよく扉が開く。

 

「リオン!」

 

「母さん!」

 

 二人の声が同時に響いた。

 

「どうしました――」

 

 振り返ったリオンの動きが止まる。

 

 カークとルナが立っていた。二人とも、泥だらけだった。

 

 服には茶色い染みがつき、手も足も泥まみれ。ルナに至っては銀色の髪にまで葉っぱがくっついている。

 

 先ほどまで綺麗だった面影がない。

 

「……ルナ?」

 

「……カーク?」

 

 リオンとオルガの声が低くなる。

 

 二人の子どもが、びくりと身体を震わせた。

 

「何をしていたんですか?」

 

「何してたんだい?」

 

 ほとんど同時だった。

 

「えっと……」

 

 ルナがカークを見る。カークもルナを見る。

 

「穴掘ってた」

 

「穴?」

 

「うん」

 

 カークが答える。

 

「大きい穴」

 

「何のために?」

 

「……」

 

 カークは考え込んだ。ルナも考える。やがて二人は顔を見合わせた。

 

「……なんでだっけ?」

 

「わかんない」

 

 二人が笑った。

 

「……」

 

 リオンは額へ手を当てる。隣ではオルガも同じような顔をしていた。

 

 先ほど自分が口にした「子どもは無邪気でいいですね」という言葉を思い出す。

 

「……訂正します」

 

「早かったな」

 

 シラキが言う。

 

「シラキさん」

 

「なんだ」

 

「少しは私の味方をしてください」

 

「泥を落とすなら手伝う」

 

「そういう意味ではありません」

 

 オルガが腹を抱えて笑い出す。

 

「はははは! やっぱりアンタたち、相性いいじゃないか!」

 

「どこがですか!」

 

 リオンの声が家の中へ響いた。

 

 

 

 

 それからしばらくして。

 

 泥を落としたルナを連れ、三人は帰ることになった。

 

「今日はありがとうございました」

 

 家の前でリオンが頭を下げる。

 

「こっちこそ楽しかったよ」

 

 オルガが笑う。

 

「いつでも来な」

 

「はい」

 

「シラキ」

 

 ノアが呼びかける。

 

「今度、君の世界について詳しく聞かせてくれ」

 

「構わない」

 

「だからアンタは!」

 

 オルガの拳が上がる。

 

「待て。本人の許可は取った」

 

「……そうだったね」

 

 拳が下がった。シラキが不思議そうに二人を見る。リオンは苦笑するしかなかった。

 

「ルナ!」

 

 カークが呼ぶ。

 

「?」

 

「また遊ぼう」

 

 ルナの金色の瞳が大きくなる。

 

「……いいの?」

 

「いいよ」

 

 カークは当然のように答えた。

 

「明日も遊ぼう」

 

「うん!」

 

 ルナが満面の笑みを浮かべる。

 

「遊ぶ!」

 

 二人は笑い合った。その姿を見て、リオンの胸が温かくなる。

 

 ルナに友達ができた。年齢は少し離れている。それでも、そんなことは二人には関係ないのだろう。

 

「では、また」

 

「ああ。またね」

 

 三人は帰り道を歩き始めた。

 

 何度も振り返り、カークへ手を振るルナ。そのたびに、カークも大きく手を振り返していた。リオンはそんな二人を見ながら微笑む。

 

 家族が増えたわけではない。けれど、この箱庭で大切に思える人が、また少し増えた。それだけで、この世界が昨日よりも少し広くなったように思えた。

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