臆病者と揶揄される万年Fランク冒険者、弟子を名乗る異常者によって死地に送りこまれる   作:たぬきのたいり

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第1話 夢破れた現薬草拾い

 冒険者の花形は魔物退治だ。

 魔境に住む魔物を退治し、素材をはぎ取り、換金する。

 あるいは、人を脅かす魔物を討伐して感謝される。

 これが、冒険者としてあるべき姿だ。

 

 ――そう、今俺が見ている新聞に載っている、Sランク冒険者様のように。

 

「凄いよな。今度は竜種の討伐だってよ」

「この前は襲撃してきたオーガの軍勢を一人でなぎ倒したんだろ? 同じ人間とは思えねぇよ」

 

 なんて、同じ新聞を読んでいる奴らの話を聞く。

 Sランク冒険者ってのは、もはや人外の域だ。人間の限界値なんてとうに超えている。

 こいつと俺との共通点なんて、この町出身ということ以外何一つとしてない。

 

「……ふざけた話だぜ」

 

 くしゃりと丸めた新聞を、そのまま放り投げて今日の仕事へ出発する。

 銀貨一枚分の損失だった。

 

「お、臆病者が仕事みたいだぜ」

「ははっ。今日も地べたを張って草むしりかよ」

「言ってやるな。十数年Fランクだなんて、他にいねぇんだから」

「駆け出しのガキですら一か月もすりゃEランクにはあがれんのになぁ」

 

 聞こえる声を無視して、冒険者ギルドを後にする。

 好きに言えばいいさ。

 俺の才能の無さは、俺が一番よく知っている。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 町から少し離れたところにある森。

 初心者は浅いところで軽い魔物退治をするような森だ。

 今、俺はその深部まで潜っている。

 

 俺の仕事は薬草摘み。木々の合間や、茂みの裏に隠れてるような薬草を探して摘む。

 冒険者としては末端も末端、駆け出しがやるような仕事だ。

 

 仕方がないのさ。俺には、冒険者の才能がなかったのだから。

 今年でもう三十を超える。

 それでいて、まともな魔物さえ倒せやしない。

 

 初心者の登竜門と言われているゴブリン討伐ですら、まともにこなせないんだ。

 最初から、才能がなかったってことなんだろ。

 

 もうちっと若いころはそれを受け入れられずに何とかしようとしていたが……まあ、全部無駄に終わったさ。

 

 才能の無さを受け入れた頃には、もはや別の生き方は早々できない年齢だ。

 産まれた時から決められた職業に就くのが当たり前な社会では、一度冒険者になるってのはそういうことなんだ。

 

「世界ってのは残酷だよなぁ。なぁ、おい」

 

 返事するわけもない草木に話しかける。空しいな、とすぐに自戒した。

 周囲に魔物の気配はない。少しぐらい愚痴ったところで、命の危険に脅かされることはない。

 ここらに出てくる魔物は縄張り意識が強いからな。

 バレたら地の果てまで追い掛け回されちまう。

 

「……いや、にしても何もなさすぎるな」

 

 森がやたらと静かだ。

 まるで、魔物どもが何かを気取(けど)っているかのように、息をひそめてやがる。

 

 ――何か大物でも出たか?

 稀に突然変異のバケモンみたいな個体が生まれることもある。

 そういった場合には、今みたいに魔物がスンと息をひそめるのさ。

 

 こういう時に、運が良いと見るか、運が悪いと見るかは人それぞれだ。

 魔物が息をひそめているうちに行動できると考える奴もいる。

 だが、俺は凶兆として見る。

 

 軽く臭いをかぐ。

 魔物特有の腐った肉のようなにおいがしない。

 本当に、森全体から魔物が消え失せてしまったかのようだ。

 

 音を聞く。

 風が木々を撫でて、葉が擦れる音が聞こえてくる。

 爽やかさに塗れたそれは、本来魔物が跋扈する森には不釣り合いなものだ。

 

 つまり、あいつらの生存本能が身を隠すことを選んだということだ。

 臭いなんていう残りやすい痕跡すら徹底的に消して。

 

 ……今日はもう店じまいにするべきだな。

 あまり量はとれていないが、一日分の稼ぎと考えれば十分。

 何事も命あっての物種だ。

 撤収だな。

 

 帰る途中も細心の注意を払う。

 なるべく魔物どもの痕跡を探しながら。

 魔物どもは賢い。普通の獣とは比べ物にならないぐらいの知能がある。

 こいつらがどれだけ警戒しているかで、潜在的な危機の規模が分かるってもんだ。

 

 リスクはある。が、調査はした方がいいだろう。

 少し周辺を探索してみるか。

 これだけ怯えられる存在なら、予兆は必ずある。

 それにさえ気を付けていれば、死ぬことはないだろう。

 

 何せ、予兆もなく殺されるような存在なら、痕跡が残るはずだ。

 隠している余裕もなく死ぬってことだからな。

 

「痕跡がほぼないな。警戒度合最大ってところか」

 

 軽く見て回った結果、驚愕の事実を目の当たりにした。

 臭い、足音、食事や排便の痕。

 それらの一切が見当たらない。そもそも、この森に生物が存在してないかのように。

 全部が全部、被食者のようにふるまっている。

 

 ふざけた話だぜ。人間なんて軽く踏みにじれるような化け物連中が、子ウサギのように怯えてやがる。

 

 これは冒険者ギルドに報告を挙げておくべきだな。

 逆に気になるのは、警戒されているであろう対象の痕跡も残っていないところだ。

 一体何に怯えてやがる?

 

 考えられるのは環境によるもの。疫病か?

 だが、深くに潜っても様子がおかしな木は一本もなかった。

 その線は薄い。

 

 やはり、何かやばいのが近づいてきている説が濃厚か。

 だとしたら接触する前にさっさと撤退するに限る。

 

 一旦の調査はここまでだな。

 これ以上は後日ギルドの方が何とかするだろう。

 俺が責任を持つべきことではない。

 

「聞いてもらえるかどうかはわからんが、数日は森を立ち入り禁止にするべきだろうな」

 

 無事に森から出て、一息入れる。

 本当に生物の気配が最後までなかったな。

 周りを見ると、ちらほらと魔物を狩りに森に入ってた連中が出てきているのが見える。

 あいつらも目標の魔物が見つからなくて撤収してきたみたいだな。

 

 浅いところの比較的知能が低い魔物も逃げてるってことか。

 こりゃ相当深刻だな。

 

「はぁ、どうやって稼ぐかな」

 

 森に入れないとすると、生活費をどうやって稼いだものか。

 期間にもよるが、俺は貯金が多いわけでもない――。

 

「――おい、嘘だろ?」

 

 向こう側からこっちにやってくる人影が見える。

 その顔は遠くからでもよくわかる。

 今朝見た顔だ。嫌な気分になるほど、印象に残っている。

 

 同時に、森の異変の元凶も把握した。

 ああ、そうか。

 天敵がこんなに近くにいるんだ。そりゃ魔物どもも怯えるわけだ。

 ――要は、俺は避けるべき最大の脅威を避けられなかったってことか。

 

「お久しぶりですね。お師匠様」

「……なんで、お前がここにいる」

「会いたかったではいけませんか? それとも、私の事を忘れてしまいましたか?」

「忘れるわけがないだろう。——Sランク冒険者、ルーナ・インバータ」

 

 ルーナ・インバータ

 今朝の新聞に載っていたSランク冒険者。

 この間、竜種を単騎で討伐したらしい化け物女。

 

 それだけじゃない。

 数多くのスタンピードや大型魔物を討伐してきた実績を持つ。

 一部では、英雄なんて呼ばれてすらいる。

 本物の、才能がある冒険者だ。

 

「はい。覚えて頂いていて、光栄です」

 

 長く伸ばした栗色の髪を揺らし、翠緑の瞳を細めて笑う姿は。

 間違いなく、捕食者の姿だった。

 

「今日はお師匠様に、冒険者として依頼を持ってきました」

 

 これは長年冒険者やっていた俺の直感だが。

 今日は、最悪な日になる。

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