万年薬草拾いは生き延びたい   作:たぬきのたいり

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第2話 人生最悪の日

「師匠、何飲みます?」

「……当たり前のように師匠って呼ぶな。お前と俺の間に接点なんて殆どねぇだろ」

「えー? だって師匠は師匠ですもん」

 

 この女、ルーナとは昔駆け出しの時に少し面倒を見てやっただけの仲だ。

 本当に数日だけ。基礎の基礎を教えただけ。

 それなのに師匠呼ばわりされるもんだから、たまったもんじゃない。

 

「おい、あれって……」

「なんで万年Fランクの臆病者と一緒にいるんだ……?」

 

 ほら、こういう陰口が聞こえてくる。

 ギルドのど真ん中で、顔も隠さずに当たり前のようにしてるんだから当然なんだが。

 

「まあまあ、奢りますから」

「……飯も頼むからな」

「ええ、どうぞ」

 

 恥? 今更知ったことか。

 どうせ逃げられねぇのなら、最大限活用してやる。

 今日の稼ぎは少なかったんだ。こいつで補填してやる。

 そもそも少なくなったのもこいつに怯えて魔物どもが姿を隠したせいだしな。

 

 ギルドに併設されている酒場で酒と軽食を頼みつつ、目の前のこいつを観察する。

 昔軽く面倒見た時は十二、あれから十年経つからこいつももう二十二か。

 五年前にはSランク冒険者になってたんだから、本当に異次元の存在だ

 

「そんなに見つめないでくださいよ。私照れちゃう」

「ふざけたこと言ってんじゃねぇよ。そんなタマじゃねぇだろ」

「駄目ですよ、女の子相手に玉とか言ったら」

「……俺はもう帰ってもいいんだが?」

「そしたらまた明日も会えますね。幸せなことです」

 

 こいつ、正気か?

 いや、俺を師匠なんて呼んでいる時点で正気ではなかったな。

 冷静になれ。

 まともにとり合うと損するのはこっちだ。

 

「お前……」

「だって、師匠は冒険者ギルドの他にお仕事の当てなんてないでしょう?」

 

 この野郎……っ。

 満面の笑みで言い切りやがって。

 その通りだけどよ。

 

「お噂はこの町を離れていても、ずっと耳にしてましたよ。アマヌトスの臆病者。万年Fランク冒険者。才能なしの根性無しなどなど」

「お前、俺を馬鹿にしに来たのか?」

「まさか! 敬愛する師匠を馬鹿にするわけないじゃないですか!」

 

 その割には笑顔が深まってやがんだよなぁ!

 まるで、俺が酷い扱いされているのが嬉しいかのように。

 

 昔っから嫌な奴だった。

 何もかもを見透かしたようなガキ。才能に溢れたガキ。

 十年、姿を見なかったとしてもその根本が変わるわけじゃねぇか。

 

「私だけですよ。師匠の価値を知っているのは」

「きもいぞ」

「誉め言葉として受け取りますね」

 

 俺の価値? 価値だって?

 冒険者の出来損ないに何の価値があるって言うんだ。

 

 本当に昔っからそうだ。

 こいつは出会った当初から、俺の事を子馬鹿にしやがって。

 覚えてるぞ、俺の顔を見た第一声を。

 

『ねぇ、どうしてあなたはこんなところでこんなことしてるの?』

 

 ものの知らねぇ十二歳が!

 ほんっとうに腹が立ったからなあの時は。

 

 だが、こいつの才能は本物だ。

 魔物は殺す、薬草は見つける、基本のきの字は絶対に外さない。

 たった五年でFランクからSランクに上りつめたその手腕は偽りじゃない。

 

 ゴトリと音を立てて、酒のジョッキが俺の前に置かれる。

 ルーナの目の前には酒じゃなくてミルクが入ったコップだ。

 二十を超えてまだ酒も飲めねぇのか?

 

「……それで、一体今更何の用だ」

「弟子が師匠に会いに来るのに理由が必要ですか?」

「そもそもお前は俺の弟子じゃねぇ」

 

 初心者冒険者たちに、先輩冒険者が講習を行うことがある。

 一種のバイトだな。

 そのバイトに俺が応じて、その時の新人にこいつがいた。

 それだけの関係だ。

 

 こてんと首を傾げ、何を言われたかわからないと表現してくる。

 こいつ……っ。

 

 俺がいら立ったのを確認したからか、また嬉しそうに笑いだす。

 どこまで人を馬鹿にした態度をとりやがるんだ。

 

「ふふっ、そう怒らないでください」

「怒らせてるのはお前だからな?」

 

 コロコロ笑いやがって。

 俺はお前の玩具じゃねぇぞ?

 

「言ったじゃないですか。仕事を持ってきたって」

「……仕事だぁ?」

 

 こいつが、俺に?

 

 Sランクが最底辺のFランクに仕事を持ってくるなんて、あり得ない話だ。

 自分でやりゃあいい。

 割に合わない仕事なら、そもそも受けなくていい。

 それができる身分がSランク冒険者なんだ。

 

「実は私に、イドイラス魔境の探査依頼が来ています」

 

 ――イドイラス魔境。

 俺だってその名を知っているような危険な魔境だ。

 Aランク冒険者が挑んで死んだって話を定期的に耳にする程度には。

 魔境ってのは、魔物が済むだけでなく通常では考えられないほどの異常環境が取り巻く場所を指し示す。はっきり言って、人間が立ち入っていい場所じゃない。

 

 そのくせ、毎年のように魔物が溢れ出てくる危険な場所でもある。

 国としては何とかしたいと、毎年のように議題に上がっているらしい。

 魔境を作り出している元凶さえ何とかできれば無力化できるらしいが……。

 Aランク冒険者が何人も死んでるってのは、そういうことだ。

 

 結論を言えば、イドイラス魔境には手を出すべきじゃないってことだ。

 あそこは人間の手に負えるような土地じゃない。

 

 そこに行くってことは、ついにこいつとの縁も切れるな。

 別れの言葉ぐらいは言ってやるか。

 

「そうか。それで生きているうちに別れにってか?」

「いいえ? 師匠も来るんですよ?」

 

 ……は?

 待て。今こいつは何を言った?

 

 嘘を言っている気配はない。

 人が嘘を言う時には予兆がある。

 こいつは今の今まで嘘を一つも言っていない。

 心の底から、ずっと本心で話している。

 

 だからこそ馬鹿にされていると感じるわけで……。

 だとしても、イドイラス魔境に俺が?

 悪い冗談だろ? 許可が下りるはずがない。

 

「師匠、これ何か分かりますか?」

「――通信石か。珍しいな」

 

 トントンと、ルーナは指先で通信石を軽く叩く。

 それだけで石は軽く光を放つ。

 

『——ルーナ嬢か?』

「ご無沙汰してます、ヘイロン閣下」

 

 ヘイロン。ヘイロンだと?

 この国でヘイロンと言えば、北方の鉄血城と呼ばれるヘイロン大公しかいない。

 イドイラス魔境に領地を接している、まさしく話の中核となる人物だ。

 本人も魔境探査に何度も加わり、数多くの魔物を屠ってきた大英雄。

 

 子供のころには良く聞かされたもんだ。

 ヘイロン大公のような男になれと。

 

『通信が来た、ということは君が言う最後のピースとの連絡は取れたのだね?』

「ええ。私の師匠が目の前にいます。口説くのを手伝ってください」

 

 俺はそのお声を拝聴したことはないが、声からにじみ出る威厳が本人であることが分かる。

 風格が違う。どれだけのものを背負っているのか、声だけでも想像が容易だ。

 

『——良かろう。ロック・グラム君だったかな?』

「は、はい!」

 

 嘘だろ。ヘイロン大公が俺の名前を知っているだって!?

 こいつ、一体何を大公に吹き込んだんだ?

 

『正式に我が名を以て依頼しよう。冒険者ロック・グラム。イドイラス魔境の探査任務に参加していただきたい』

 

 全てを仕組んだであろう、目の前の性悪女は。

 今の俺の顔を見て、ニコニコとこの世の春みたいな顔をしてやがる。

 

「――謹んで、拝命いたします。閣下」

 

 断れるわけが、ないだろう。

 大公閣下に逆らった日には、もうこの国にはいられねぇ。

 

 予感が的中しやがった。

 本日は、人生で最悪の日だ。

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