ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった 作:東京大特価
アヴドゥルが倒れてから、ほんの数秒。蓮司には、それがやけに長く感じられた。額から流れた血が地面へ落ち、背中にも深い傷がある。少し前まで隣で走っていた男が、今は何の反応も返さず横たわっていた。魔虚羅の再生を使えないか。
考えなかったわけではない。だが今まで確認できた再生は、魔虚羅自身と傷を共有する蓮司にしか働いていない。何の根拠もなく、倒れたアヴドゥルへ未知の能力を試すことはできなかった。
「俺のせいだ」
ポルナレフが立ち上がる。
「俺が一人で突っ走ったから、アヴドゥルは俺を庇って……」
「だから今また一人で突っ込んだら、同じことになります」
蓮司も怒っている。魔虚羅へ命令を出していなければ、今頃とっくにホル・ホースへ飛びかかっていただろう。背後の魔虚羅も、頭上の方陣を僅かに傾けながらエンペラーへ意識を向けている。
「ポルナレフ」
花京院がアヴドゥルの傍らから立ち上がった。
「悔しいのは僕も同じだ。でも今の僕たちは、敵の能力をほとんど理解できていない。銃弾は自在に曲がる。もう一体は反射する物の中から突然攻撃してくる。この状態で感情のまま戦えば、アヴドゥルが君を庇った意味までなくなる」
「じゃあどうしろっていうんだ……!」
ポルナレフが振り向く。
「妹の仇がそこにいるんだぞ。アヴドゥルまで殺された。それで逃げろっていうのか?」
「逃げるんじゃない。一度下がって、倒す方法を考えるんだ。生きて倒すために退くんだよ」
花京院は視線を逸らさなかった。ポルナレフの拳が震える。その時、近くの店の窓ガラスに人影が浮かんだ。
『逃げるのか、ポルナレフ。お前の妹も情けない兄を持ったものだな』
歪んだ声が響く。ポルナレフの顔が変わった。
「てめえ……!」
「乗るな!」
花京院の制止より早く、シルバーチャリオッツが窓ガラスへ突進した。剣が振り抜かれ、ガラスが砕ける。しかしハングドマンは消えなかった。落下する破片の一つ、その表面へ姿を移している。
「割っても駄目なのか……!」
蓮司が魔虚羅を向かわせようとした瞬間、ホル・ホースの銃声が響いた。弾丸がポルナレフへ向かう。魔虚羅が掴もうとするが、直前で軌道を変えた。反対側からは、ガラス片の中のハングドマンが刃を構えている。二方向。
どちらかを防げば、もう一方が当たる。
「ポルナレフ!」
花京院がハイエロファントグリーンを出し、エメラルドスプラッシュを放った。狙ったのは敵ではない。直撃を受けたポルナレフの身体が横へ吹き飛び、弾丸とハングドマンの斬撃が空を切る。
「神代君、行くぞ!」
花京院が近くに停まっていた車へ飛び乗る。蓮司もポルナレフを引っ張ろうとしたが、本人はアヴドゥルを見たまま動こうとしなかった。
「待て。あいつを置いていけるか」
「ジョセフさんたちが来てます!」
遠くに承太郎たちの姿が見える。
「俺たちは敵を引き離します。ここに全員残ってまた狙われたら、それこそアヴドゥルさんが庇った意味がなくなる」
ポルナレフは歯を食いしばり、ようやく車へ乗り込んだ。
◇
花京院が車を走らせる。ホル・ホースの弾丸は距離が開くにつれて追ってこなくなった。エンペラーにはある程度の射程があるらしい。だが、ハングドマンは違った。
「神代君、後ろ!」
バックミラーの中に銀色のスタンドが映る。そのまま剣が伸びる。
「魔虚羅!」
狭い車内に全身を出す余裕はない。魔虚羅の腕だけを後方へ顕現させ、ポルナレフの前へ差し込んだ。刃が掌を切り裂く。蓮司の掌にも同じ傷が走った。
「っ……!」
「神代!」
「平気です。それより、こいつ……」
頭上の方陣が僅かに軋む。解析は始まっている。だがハングドマンは次の瞬間にはバックミラーから消え、窓の金属部分へ移っていた。
「右だ!」
シルバーチャリオッツが剣を振る。ハングドマンが映っていた部分を叩き割るが、その姿はまた別の反射面へ移る。
「追いつけない……」
「違う」
花京院が運転しながら呟いた。
「こいつは単純に速いんじゃない」
「どういうことだ?」
ポルナレフが聞く。
「君は、こいつが鏡の中にいると言ったね。でも鏡の中に別の世界なんてあると思うかい?」
ポルナレフが黙る。蓮司もバックミラーを見る。
「鏡に見えているのは、反射した光ですよね」
「そうだ。鏡の中に空間があるわけじゃない。僕たちが見ている像は、光が反射して目に入っているだけだ」
その時、ハングドマンがバックミラーから窓枠の金属へ移動した。一瞬だけ、光の筋が走ったように見えた。
「反射面から反射面へ……光として移動してる?」
「おそらくね。だから見えてから反応したのでは遅い。でも、次に移る場所が最初から分かっていれば話は別だ」
花京院の表情が変わった。そこでハングドマンがハンドルの金属部分へ移り、花京院の腕を狙った。急ブレーキ。車体が横滑りし、そのまま道端へ突っ込む。三人とも車外へ投げ出された。
◇
岩陰へ移動した三人は、周囲を警戒しながら状況を整理した。割れた車のガラス。金属片。水溜まり。光を反射する物なら、どれもハングドマンの移動先になり得る。
「原理が分かったところで、反射する物が多すぎる」
ポルナレフが低い声で言う。
「でも条件はあります」
蓮司は切られた掌を押さえながら答えた。
「必ず次の反射面へ移らないといけない。だったら、移動先を一つしか残さなければ出てくる場所も分かる」
「その通りだ」
花京院が頷く。その時、現地の少年が近づいてきた。
「事故ったの?」
「来るな!」
ポルナレフが叫ぶ。少年が驚いて足を止めた。蓮司が事情を説明しようとした、その瞬間、少年の瞳に小さなハングドマンが映る。
「……人の目まで使えるのか」
魔虚羅を出しかけて、止める。攻撃できない。瞳の中にいる相手へ力任せに攻撃すれば、少年まで傷つける可能性がある。ハングドマンの剣がポルナレフへ伸び、首元へ浅い傷を刻んだ。ポルナレフは血を押さえながら少年の目を見た。
「移動する時は、次の反射面へ行くしかないんだな」
「そうです」
「なら――」
ポルナレフが地面の砂を蹴り上げる。砂埃が少年の顔へ飛び、反射的に目を閉じさせた。その瞬間、ハングドマンが閉じられた瞳から次の反射面へ飛び出す。
「そこだ!」
シルバーチャリオッツの剣が光の軌道へ振り抜かれた。遠くから悲鳴が響く。
「当たった」
蓮司が顔を上げる。ポルナレフは既に走り出していた。
「本体はあっちだ!」
花京院と蓮司も続いた。
◇
悲鳴を辿った先で、最初に見つけた男の両手は普通だった。
「待ってください。その人、両方右手じゃない」
蓮司の言葉と同時に、背後からナイフが飛んでくる。魔虚羅の腕がそれを掴み、巨大な指の間で砕いた。別の岩陰から男が姿を現す。両方の手が右手だった。
「J・ガイル……!」
ポルナレフの声が震える。J・ガイルは悪びれる様子もなく、妹を殺した時のことまで愉快そうに語り始めた。それを聞いているうちに、ポルナレフの顔から理性が失われていく。
「殺す!」
「ポルナレフ、待て!」
花京院の制止も届かない。J・ガイルは突然周囲へ金をばら撒き、近くにいた人間たちを集めた。大勢の人間。無数の瞳。ハングドマンが使える反射面が、一気に増える。
「これでどうする! どの目からどの目へ移るか、お前らに分かるか!」
ハングドマンは一人の瞳から別の瞳へ、さらに次の瞳へと飛び移る。ポルナレフにも蓮司にも追えない。魔虚羅を出すこともできなかった。
この人数の中で巨体を暴れさせれば、敵より先に一般人を巻き込む。
「……気に入らない」
蓮司の口から、小さく言葉が漏れた。姿を見せない。触れさせない。こちらが何をしようとしても、一方的に能力を押しつけて逃げ続ける。アヴドゥルを傷つけたから腹が立っている。
一般人を利用するから腹が立っている。それは間違いない。なのに、それとは少し別の部分まで妙に苛立っていた。
「神代君」
花京院の声で我に返る。
「もう答えは出ているよ。移動先が多いから追えないなら、一つにすればいい」
花京院が硬貨を取り出し、高く放り投げる。陽光を反射した硬貨へ、周囲にいる人々の視線が一斉に集中した。蓮司にも狙いが分かった。
「全員が同じ場所を見る……!」
「ああ。あとは、ハングドマンのいる目を閉じさせればいい」
砂が蹴り上げられる。ハングドマンが潜んでいた人間が反射的に目を閉じる。行き先は一つ。宙を舞う硬貨。
「ポルナレフ!」
「分かってる!」
光が走った。その進路上に、シルバーチャリオッツの剣が待っている。一閃。ハングドマンの身体が切り裂かれ、離れた場所にいたJ・ガイルから血が噴き出した。
◇
ポルナレフはゆっくりとJ・ガイルへ近づいた。花京院も蓮司も止めなかった。
「随分長かった。シェリーが殺されてから三年、ずっとお前を探していた」
J・ガイルが後ずさる。
「待て。話を――」
「何を話す?」
シルバーチャリオッツが現れる。
「お前がシェリーに何をしたかは知っている。さっき自分で楽しそうに話していたじゃあないか」
「ポ、ポルナレフ……!」
「俺の名前を呼ぶな」
銀色の剣が動いた。何度もJ・ガイルの身体を貫き、その身体を宙へ浮かせる。最後の一撃で吹き飛ばされた男は離れた場所へ叩きつけられ、そのまま動かなくなった。終わった。三年間追い続けた妹の仇が、目の前で死んだ。
ポルナレフは長い間、その姿から目を離さなかった。
「……シェリー」
ようやく出た声は、ほとんど聞こえないほど小さかった。花京院が隣へ歩いていく。
「終わったね」
「ああ」
ポルナレフは答えたが、その顔に達成感はなかった。
「ずっと、この日が来れば少しは楽になると思っていた。こいつを見つけて、俺の手で殺せば……少しはシェリーに顔向けできると思っていたんだ」
拳を握る。
「何も変わらないな。シェリーは戻ってこない。それにアヴドゥルまで……俺が勝手なことをしなければ、あいつは」
「今それを考えても答えは出ないよ」
花京院の言葉は静かだった。
「少なくとも、アヴドゥルは君を助けると自分で決めた。君がそのことまで否定してはいけない」
「……分かっている」
そう答えても、ポルナレフは顔を上げなかった。蓮司にも気の利いた言葉など思いつかない。自分を庇った人間が目の前で撃たれ、その直後に妹の仇を討ったところで、簡単に喜べるはずがなかった。
「戻りましょう。ジョセフさんたちのところへ」
蓮司はそれだけ言った。ポルナレフはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
◇
戻る途中、花京院が足を止めた。
「ホル・ホースがいない」
周囲を見回しても、あの拳銃のスタンド使いの姿はない。J・ガイルとの戦いに集中している間に逃げたらしい。
「追いますか?」
蓮司が尋ねる。ポルナレフはしばらく何も答えなかった。やがて首を横に振る。
「……いや。今はアヴドゥルのところへ戻る」
それだけ言って歩き出す。花京院と蓮司も、何も言わず後を追った。少し前までなら、ポルナレフは間違いなくホル・ホースを追っただろう。けれど、その変化を褒める気にはなれなかった。代償が大きすぎる。
蓮司も歩きながら、アヴドゥルが倒れた瞬間を思い返していた。エンペラーの弾丸。ハングドマン。姿を見せず、反射面から反射面へ逃げ続け、こちらにはまともに触れさせようともしない敵。あの戦いで感じた苛立ちが、まだ消えていない。
アヴドゥルを傷つけたから。一般人を利用したから。当然だ。ただ、それだけではない気がした。まともにぶつかることさえ許さず、一方的に戦いそのものを成立させない能力。
それが、どうしようもなく気に入らなかった。理由を考えかけて、蓮司はやめた。今はそんなことより、アヴドゥルのことの方が大事だった。三人はそれ以上ほとんど言葉を交わさず、ジョセフたちの待つ場所へ戻っていった。