ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった 作:東京大特価
アヴドゥルを失ってから数日が経った。ポルナレフは以前ほど喋らなくなっていた。食事の最中も一人で考え込んでいることが増え、誰かに話しかけられれば普通に返事はするものの、自分からくだらない話を始めることはほとんどない。妹の仇であるJ・ガイルを倒したことと、その直前に自分を庇ったアヴドゥルを失ったこと。その二つが同時に起きたのだから、数日程度で元通りになれという方が無理だろう。
蓮司も無理に元気づけようとはしなかった。下手な励ましをするより、今は本人が自分の中で整理する時間を待つ方がいい。ジョセフたちも同じように考えているらしく、一行は以前より少し静かな空気のまま旅を続けていた。そんな中、朝食の席で蓮司はジョセフの右腕に小さな腫れ物があることに気付いた。
「ジョセフさん、その腕、昨日からそうでした?」
「これか? 昨日どこかで虫にでも刺されたんじゃろう。こんなもの、大したことはない」
見たところ確かに虫刺されと大差はない。少し赤く腫れている程度だったので、蓮司もその時は深く気にしなかった。旅をしていれば虫に刺されることくらいある。少なくとも、その時はそう思っていた。
◇
昼頃、一行は街を歩いていた。承太郎と花京院が少し前を歩き、その後ろをポルナレフがついていく。蓮司はジョセフの隣で、次の移動について話を聞いていた。そこで、小さな声が聞こえた。
「ねえ」
蓮司が振り返る。
「今、何か言いました?」
「わしは何も言っとらんぞ」
「ですよね」
周囲を見るが、こちらに話しかけている人間はいない。聞き間違いかと思って前を向こうとした時、今度は先ほどよりはっきりと声が聞こえた。
「ねえってば」
声はジョセフのすぐ近くから聞こえている。蓮司は嫌な予感を覚え、ゆっくりジョセフの右腕へ視線を落とした。
「ジョセフさん。ちょっと腕を見せてください」
「何じゃ急に」
「いいから」
怪訝そうな顔をしながらジョセフが袖をまくる。昨日まで虫刺され程度だった腫れ物は、一回りどころか明らかに大きくなっていた。しかも中央には、傷口とは思えない横長の裂け目がある。二人が黙って見ている前で、その裂け目が開いた。中には歯が並んでいた。
数秒、蓮司とジョセフは無言でそれを見つめる。
「……ジョセフさん」
「何じゃ」
「腕に口がついてます」
「見れば分かるわい!」
ジョセフの叫びに、前を歩いていた承太郎たちも振り返った。ポルナレフも思わず目を見開く。
「何だそれは!?」
「わしが聞きたい!」
腕の腫れ物が甲高い声で笑った。
「ヒヒヒヒヒ! ようやく気付いたのかい、ジョセフ・ジョースター!」
一行の表情が一斉に変わる。
「スタンドだな」
承太郎が低く言った。
「これがですか?」
蓮司も改めて見る。言われて意識を向ければ、確かに普通の腫瘍ではない。ジョセフの腕へ張りついたそれから、明確なスタンドの気配が感じられる。
「女帝――エンプレス! あたしはお前の身体を食べて育つスタンドさ!」
エンプレスが笑いながらジョセフの皮膚へ歯を立てた。
「痛ぁッ!」
ジョセフが腕を押さえる。蓮司は魔虚羅を呼び出しかけて、すぐに止めた。
「これ、魔虚羅で引き剥がせますかね」
「待て、神代君」
花京院がすぐに止める。
「こいつはジョースターさんの身体そのものと繋がっている。無理に掴めば、スタンドだけではなく腕まで傷つける可能性がある」
「ですよね。俺もそれが怖くて」
魔虚羅なら力任せに掴むこと自体は簡単だろう。問題は、その先である。敵だけを綺麗に剥がせる保証はない。まして退魔の剣など、何が起きるか分からないものをジョセフの腕へ押し当てる気には到底なれなかった。
「とりあえず病院へ行きませんか?」
「スタンドを医者に見せてどうするんじゃ」
「スタンドは見えなくても、腕の状態くらいは診てもらえますよ。何か分かるかもしれません」
ジョセフも少し考え、結局その案に同意した。判断自体は間違っていなかったと思う。少なくとも、病院へ入るまでは。
◇
「これは……何でしょうな」
医者がジョセフの腕を覗き込んでいる。当然ながら、エンプレスそのものは見えていない。医者の目には、異様に膨らんだ腫瘍のようなものとして映っているらしい。
「かなり奇妙な状態です。切除して詳しく検査する必要がありそうですね」
「切るのか?」
「局所麻酔をしますから心配ありません」
蓮司たちは少し離れた場所からその様子を見守っていた。エンプレスは医者が近づいてきても妙に静かで、先ほどまでの騒がしさが嘘のように黙っている。そのことが逆に不気味だった。
「何か嫌な感じがします」
「ああ」
承太郎も同じことを感じていたらしい。医者が器具を手にした瞬間、エンプレスが突然大きく口を開いた。
「先生、離れて!」
蓮司が叫んだが、間に合わない。ジョセフの腕から小さな腕が伸び、医者へ掴みかかった。
「な、何だ!?」
医者には何に襲われているのかすら分からない。器具が床へ落ち、エンプレスがさらに身体を伸ばして医者を引き寄せる。
「魔虚羅!」
蓮司は魔虚羅の手だけを顕現させ、医者の身体を掴んだ。エンプレスを直接攻撃するのではなく、襲われている人間だけを引き離す。
「うわあああっ!?」
「すみません、ちょっと我慢してください!」
「何が起こってるんだ!?」
一般人には魔虚羅も見えない。医者からすれば、自分の身体が突然空中へ引っ張られたようにしか感じないだろう。どうにか安全な場所まで移動させた頃には、エンプレスは何事もなかったようにジョセフの腕へ引っ込んでいた。
「こいつ……最初から医者を襲うつもりじゃったな」
「ヒヒヒ! 気付くのが遅いよ!」
その直後、廊下から悲鳴と慌ただしい足音が聞こえてきた。先ほどの騒ぎで人が集まり始めている。
「ここで続けるのはまずいな」
花京院が周囲を見る。
「外へ出ましょう。これ以上ここにいたら、関係ない人まで巻き込みます」
蓮司の言葉に全員が同意し、混乱する医者たちを残して病院を離れた。
◇
しばらく歩いたところで、蓮司はジョセフの腕を見て顔をしかめた。
「……大きくなってません?」
「言うな。わしも気付いとる」
もう腫れ物と呼べる大きさではなかった。小さな人間の上半身のようなものが、ジョセフの右腕から生えている。承太郎が横から見て、淡々と言った。
「随分育ったな」
「他人事じゃと思って好き勝手言いおって! 少しは心配する顔をせんか!」
「心配しても小さくはならねえだろ」
「お前という奴は……!」
数日ぶりに、ポルナレフの口元が僅かに緩んだ。笑い声までは出なかったものの、以前なら間違いなく何か茶々を入れていただろうという表情だった。蓮司もその変化には気付いたが、わざわざ触れることはしなかった。エンプレスがジョセフの腕から身を乗り出す。
「もっと食べれば、もっと大きくなるよ! 最後にはお前自身を全部食い殺してやる!」
「好き勝手言いおって……!」
ジョセフがハーミットパープルを出し、茨状のスタンドをエンプレスへ絡みつかせようとする。ところが力を加えた瞬間、ジョセフの皮膚まで一緒に引っ張られた。
「痛っ!」
「やっぱり完全に繋がってますね」
蓮司も様子を見ながら眉を寄せた。
「単純に殴るだけじゃ駄目ですね。こういう相手は魔虚羅と相性が悪いです」
「お前のスタンドにも苦手な相手がおるんじゃな」
「敵だけ殴れない状況は大体苦手ですよ。魔虚羅が強い分、加減を間違えた時の被害も大きいので」
ジョセフは自分の腕を睨み、それからハーミットパープルへ視線を移した。
「なら、こいつを直接どうにかするのではなく、本体を探すしかないな」
「その方が安全だと思います」
ジョセフのスタンドには念写能力がある。こういう時こそ、単純な戦闘力ではない能力が役に立つのだろう。
◇
本体を探して街を歩いている間にも、エンプレスは成長を続けた。今ではジョセフの腕から、人間の子供ほどの上半身が完全に生えている。蓮司は横を歩きながら、その異様な姿を見た。
「これ、かなりすごい絵面ですね」
「お前はもう少し心配そうに言えんのか!」
「かなり心配してますよ。ただ、腕から人が生えてるので、どうしてもそっちに目が行くだけです」
「わしだって好きで生やしとるわけじゃない!」
ジョセフが声を荒らげる。そのやり取りを聞いていたポルナレフが、少し間を置いてから口を開いた。
「……まあ、確かに変ではあるな」
以前の彼なら大声で笑いながら何か言っていただろう。今はまだそこまで戻っていない。ただ、自分から会話へ入ってきたこと自体が、ここ数日ではほとんどなかった。ジョセフもそれに気付いたのだろう。何も特別な反応は見せず、いつもの調子で鼻を鳴らした。
「変なのは分かっとるわい。だから早く何とかしようとしておるんじゃろうが」
ポルナレフはほんの少しだけ笑った。蓮司も花京院も、そのことには触れない。今はそれで十分だった。
◇
「見つけたぞ」
ジョセフが足を止める。少し離れたところに、一人の若い女性が立っていた。こちらを見ている。一見すると何の変哲もない女性だが、エンプレスが突然甲高い笑い声を上げた。
「ヒヒヒヒヒ!」
それだけで十分だった。
「お前が本体か」
ジョセフが女を睨む。女性は即座に背を向けて逃げ出した。
「追うぞ!」
一行が動き出す。しかしエンプレスも黙ってはいない。ジョセフの腕から完全に上半身を起こし、そのまま本人の顔へ掴みかかった。
「ぐっ!」
「ジョセフさん!」
蓮司は魔虚羅を出したが、エンプレスには触れさせなかった。代わりにジョセフの胴体を背後から支え、腕へ無理な力が加わらないよう身体を固定する。
「魔虚羅、ジョセフさんを押さえてろ!」
「押さえるって、わしの方か!?」
「暴れた拍子に腕ごと持っていかれたら困るでしょう!」
「それはそうじゃが、もう少し言い方というものがあるじゃろ!」
三メートル近い神将に抱えられながら、右腕から生えた小人と格闘する六十九歳の老人。状況だけを抜き出すと、かなり意味が分からない。蓮司が思わず黙っていると、ジョセフが睨んできた。
「神代、お前今何か変なこと考えとるじゃろ」
「何も言ってませんよ」
「顔に出とる!」
これだけ喋る余裕があるなら、まだ大丈夫そうだった。
◇
ジョセフは周囲を見回しながら、何か使えるものがないか探していた。その視線が道路工事に使われている黒い粘着質の物質で止まる。
「……そうか」
「何か思いつきました?」
「ああ。剥がせないなら、逆にこいつを動けなくしてやればいい」
ジョセフはエンプレスごと右腕を黒い物質へ突っ込んだ。
「何するんだい、このジジイ!」
「わしを食って大きくなるのは結構じゃが、身体が大きくなった分だけ捕まりやすくなったことを忘れたようじゃな!」
黒い物質がエンプレスの身体へまとわりつく。暴れれば暴れるほど絡みつき、動きを奪っていく。
「離せ! こんなもの――」
「今じゃ!」
ジョセフがハーミットパープルを動かす。今度は無理に引き剥がすのではなく、黒い物質で固定されたエンプレスをさらに押さえ込む。逃げ道を奪った状態で一気に腕を振り抜くと、エンプレスが絶叫した。同時に、逃げていた女も身体を押さえて倒れる。
「本体にも返った!」
蓮司がそちらを見る。エンプレスの身体が崩れ始め、ジョセフの腕から少しずつ剥がれていく。最後には跡形もなく消え、残ったのは傷だらけになった右腕だけだった。ジョセフが大きく息を吐く。
「……終わったか」
魔虚羅も支えていた身体を離す。蓮司は念のため、ジョセフの右腕を覗き込んだ。
「もう口はないですよね」
「ないわ」
「歯も?」
「ない」
「喋ったりもしません?」
「喋らん!」
「なら大丈夫ですね」
ジョセフがじろりと蓮司を見る。
「お前、途中から少し面白がっとらんかったか?」
「最初から最後まで心配してましたよ。今笑ってるのは無事だったからです」
「本当かのう……」
花京院がそのやり取りを聞いて小さく笑う。すると、隣からもう一つ声が聞こえた。
「腕から口が生えるなんて、ジョースターも妙なスタンドに好かれるな」
ポルナレフだった。以前のような明るさが完全に戻ったわけではない。それでも、数日間ほとんど自分から冗談を言わなかった彼が、ようやく少しだけいつもの調子を取り戻し始めている。ジョセフも特別扱いすることなく、その言葉へ即座に反応した。
「お前にだけは言われたくないわい。人形にベッドの下へ縛りつけられた男が!」
「その話を持ち出すな!」
ポルナレフの声が、久しぶりに大きくなった。完全に元通りになったわけではない。アヴドゥルを失ったことが消えるわけでもない。それでも、旅は続く。ずっと沈んだままでは進めないことを、ポルナレフ自身も少しずつ受け入れ始めているのかもしれない。
蓮司は二人のやり取りを見ながら、何も言わずに笑った。