ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった   作:東京大特価

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第十二話 だから乗り物は信用できない

 ベナレスを離れた一行は、パキスタンとの国境を目指して四輪駆動車を走らせていた。ここしばらく船や飛行機に散々な目に遭わされてきた蓮司としては、今度こそ自分たちで動かせる車なら多少は安心できるのではないかと思っている。ただし、その考えを口にすることだけはやめておいた。この旅で「今回は大丈夫そうだ」と考えた乗り物は、大抵その日のうちに酷いことになっている。

 

「神代、何でさっきから車の天井を見てるんだ?」

 

 運転席のポルナレフに聞かれ、後部座席に座っていた蓮司は視線を戻した。

 

「異常がないか確認してました」

「何の異常だよ」

「突然車内がスタンドになったりしないかなって」

「それは船で一回あっただけだろうが」

 

「一回あれば十分警戒する理由になりますよ」

 

 ポルナレフは呆れたように前へ向き直った。

 

「お前、そのうち椅子に座る前にもスタンドかどうか調べそうだな」

「人形が敵だった例もありますからね」

「その話を出すな!」

 

 助手席からジョセフが振り返る。

 

「朝から元気じゃのう、お前ら。ポルナレフも随分調子が戻ってきたじゃあないか」

「……まあな」

 

 ポルナレフの返事は少しだけ間があった。アヴドゥルを失ったことが消えたわけではない。それでも、いつまでも黙ったままではいられないことを本人なりに受け入れ始めたのだろう。蓮司もそこには触れず、窓の外へ目を向けた。

 

 荒涼とした景色が続いている。町を離れてから人の姿も少なくなり、道の両側には乾いた土地が広がっていた。しばらく走ったところで、花京院が前方を指した。

 

「誰かいるね」

 

 道路脇に、小さな人影が立っている。近づくにつれて、それがこちらへ向かって大きく手を振っていることが分かった。

 

「ヒッチハイクか?」

 

 ジョセフが目を細める。ポルナレフが速度を落とし、横へ近づいた。次の瞬間。

 

「やっと止まった!」

 

 聞き覚えのある声がした。全員がそちらを見る。

 

「…………」

 

 少年のような服装に短い髪――以前、船へ密航していた少女だった。

 

「お前!?」

 

 ポルナレフが驚いて身を乗り出した。

 

「何でこんなところにいるんだ!」

 

「オレだって好きでこんなところにいるんじゃねえよ! 途中まで来たはいいけど、乗せてもらった車から降ろされたんだ!」

 

 少女はそう言いながら、当然のように車のドアへ手を掛けた。

 

「ちょっと待て。お前、シンガポールからどうやってここまで来たんじゃ?」

「いろいろだよ。船とか車とか」

「説明になっとらん!」

 

 ジョセフが頭を抱える。蓮司も窓から少女を見た。

 

「一人でここまで来たんですか?」

「そうだよ」

「よく生きてましたね」

「何だよその言い方!」

 

「褒めてるんです」

 

 この旅を始めて以来、大人のスタンド使いですら何度も死にかけている。それを考えると、特殊能力もない子供が単独でここまで来ている事実は普通に凄い。

 

「とにかく乗せてくれよ。こんなところに置いていく気か?」

「仕方あるまい……乗れ」

 

 ジョセフが折れた。少女が後部座席へ乗り込み、蓮司と花京院の間へ身体を押し込む。

 

「狭いな」

「後から乗った人が言います?」

「オレは子供だからいいんだよ」

 

 よく分からない理屈だった。車が再び走り出したところで、蓮司はふと思い出した。

 

「そういえば、まだ名前聞いてませんでしたね」

「そうだったか?」

「船の時、ずっと教えてくれなかったでしょう」

 

 少女は少し迷うように視線を逸らしたが、やがて小さく息を吐いた。

 

「……アン」

「アン?」

「名前。いつまでも『お前』とか『密航者』とか呼ばれるのも面倒だから教えてやる」

 

「アンさんですね」

「さんはいらねえよ。オレの方が年下だろ」

 

「じゃあ、アン」

 

「それでいい」

 

 ようやく名前を知った。船に忍び込んでから随分経っている気がするが、実際に何日経ったのかを考えると旅の密度がおかしい。

 

     ◇

 

 山道へ入ってしばらくすると、前方に一台の車が見えてきた。赤い車だった。かなり古い。塗装も傷み、車体のあちこちに錆が浮いている。それ自体は別に珍しくもないのだろうが、問題は走り方だった。

 

「遅いな……」

 

 ポルナレフがハンドルを握りながら眉を寄せる。赤い車は道の中央をゆっくり走り、こちらが追いついても道を譲る様子がない。

 

「急ぐ旅じゃ。抜けんのか?」

「抜きますよ。こんなところでずっと後ろを走ってられるか」

 

 ポルナレフがアクセルを踏む。四輪駆動車が加速し、赤い車の横へ並んだ。蓮司は何となく運転席を見ようとしたが、角度のせいか運転手の姿まではよく見えない。

 

「何か嫌な感じするな……」

「何じゃ?」

「いえ。別にスタンドが見えるわけじゃないですけど」

 

 ポルナレフが赤い車を追い抜く。

 

「よし。これで――」

 

 後方からエンジン音が響いた。花京院が振り返る。

 

「追いついてくる」

 

「は?」

 

 ついさっきまで遅かったはずの赤い車が、猛烈な勢いで距離を詰めてきている。

 

「何なんだ、あいつ!」

 

 赤い車はすぐ真後ろまで来ると、今度は露骨に車間距離を詰め始めた。アンが後部窓から覗き込む。

 

「煽ってるぞ、あれ」

「見れば分かる!」

 

「さっき無理に抜いたから怒ったんじゃねえの?」

「俺が悪いのか!?」

 

「少しは」

 

 花京院が冷静に答えた。

 

「お前まで!?」

 

 ポルナレフが文句を言いながらも道を譲る。赤い車が勢いよく追い越していった。

 

「ほら。これで満足だろ」

 

 ところが、前へ出た直後。赤い車が急激に速度を落とした。

 

「おい!」

 

 ポルナレフが慌ててブレーキを踏む。衝突寸前で止まった。

 

「絶対わざとだろ、こいつ!」

 

 赤い車が再び加速する。追えば速度を上げ、離れれば待つ。明らかにこちらを挑発している。蓮司は先ほどまでの軽い気分が消えていくのを感じた。

 

「これ、ただの嫌がらせじゃないかもしれませんね」

 

「俺もそう思う」

 

 花京院も赤い車を見つめている。

 

「DIOの刺客か?」

 

 ポルナレフの表情も真剣になった。

 

「まだ決めつけるな」

 

 承太郎が後方から言う。

 

「ただの頭のおかしい運転手って可能性もある」

 

「どっちにしても嫌なんですけど」

 

 蓮司としては、スタンド使いでも危険運転をする一般人でも関わりたくない。しかし相手の方には、離れる気がないらしい。ポルナレフが再び追い越しをかけた瞬間、前方から大型トラックが現れた。

 

「ポルナレフ!」

 

「分かってる!」

 

 戻ろうとする。だが赤い車が横へ寄せ、進路を塞いだ。

 

「こいつ!」

 

 正面から迫る大型トラック。逃げる場所がない。

 

「魔虚羅を出します!」

 

 蓮司が叫んだが、それより早く承太郎が動いた。

 

「スタープラチナ!」

 

 紫色の腕が車外へ伸びる。強烈な力でこちらの車体を押し、衝突寸前で進路をずらした。大型トラックがすぐ横を通過する。車内に風圧が叩きつけられ、アンが悲鳴を上げた。どうにか道へ戻った時には、赤い車はそのまま走り去っていた。

 

「……今のは完全に殺しに来てましたね」

 

 蓮司が呟く。

 

「ああ」

 

 承太郎も赤い車が消えた方向を見ている。

 

「スタンド使いと考えた方がよさそうだ」

 

     ◇

 

 一行は少し先にあった小さな茶店で車を止めた。あの赤い車の運転手を確認するためだった。店の近くには例の車が停まっている。ということは、運転手もこの中にいる可能性が高い。

 

「どいつだ?」

 

 ポルナレフが店内にいる客を睨む。

 

「落ち着けよ。何の証拠もない人まで殴る気か?」

 

 アンが呆れたように言った。

 

「殴るとは言ってない!」

 

「顔がそう言ってる」

 

「子供にまで言われてますよ」

 

「神代は黙ってろ!」

 

 とはいえ、本当に敵が誰かは分からない。店内には複数の男がいる。誰か一人を問い詰めるにしても、判断材料がなかった。蓮司が窓の外へ視線を向けた時。

 

「あ」

 

 赤い車が動いている。

 

「逃げます!」

 

「追うぞ!」

 

 一行は慌てて店を飛び出した。

 

     ◇

 

 山道で再び追跡が始まった。赤い車は先ほど以上に速い。こちらが離されかけるたびに、ポルナレフも速度を上げる。

 

「見失うぞ!」

 

「分かってる!」

 

 曲がりくねった道を走っていくと、前方に道標が見えた。赤い車はそこで右へ曲がる。ポルナレフも迷わず後を追った。しばらくして。

 

「……道、狭くなってません?」

 

 蓮司が窓の外を見る。右側は岩壁。左側は急な崖。しかも先へ進むほど道幅が細くなっていく。

 

「おかしいね」

 

 花京院も前を見る。

 

「さっきの標識では、こっちが国境へ続く道だったはずだけど……」

 

 その先。道がなくなった。

 

「行き止まり!?」

 

 ポルナレフがブレーキを踏む。車が停止する。目の前は完全な崖だった。

 

「標識を変えられたのか」

 

 承太郎が呟いた。その時、背後からエンジン音が聞こえた。

 

「まさか……」

 

 振り返る。赤い車。こちらへ向かって加速している。

 

「ぶつける気だ!」

 

 アンが叫ぶ。

 

「全員掴まってください!」

 

 蓮司が魔虚羅を顕現させる。だが狭い車内に巨体は出せない。車の外、崖側へ部分的に腕を出し、岩壁へ掴ませようとする。赤い車が後部へ激突した。凄まじい衝撃。

 

 四輪駆動車が前へ押し出される。タイヤが崖から外れた。

 

「落ちる!」

 

 車体が傾く。アンを花京院が抱え込む。蓮司は魔虚羅へ命令した。

 

「掴め!」

 

 巨大な手が崖の岩へ食い込んだ。だが車そのものを持っているわけではない。魔虚羅が車体を下から支えようとした瞬間、車内の狭さと傾きのせいで十分な体勢が取れなかった。

 

「ハイエロファントグリーン!」

 

 花京院のスタンドが伸びる。触手が上にいる赤い車へ絡みついた。

 

「承太郎!」

 

「分かってる」

 

 スタープラチナがケーブルを掴み、猛烈な力で引く。同時に魔虚羅も崖を掴んだ腕を支点に、四輪駆動車の後部を押し上げる。三体のスタンドの力によって、落ちかけた車体が少しずつ上へ戻っていく。

 

「上がってる!」

 

 ポルナレフが叫ぶ。スタープラチナがさらに力を込めた。こちらの車体が崖の上へ戻る代わりに、絡みつかれていた赤い車が引っ張られる。

 

「今度は向こうが落ちるぞ!」

 

 赤い車が崖から転落した。その姿が下へ消える。全員がしばらく動かなかった。荒い呼吸だけが車内に響く。

 

「……助かった」

 

 アンがようやく顔を上げる。花京院が腕を離した。

 

「怪我は?」

「ない」

 

 蓮司も自分の身体を確認し、魔虚羅を消した。

 

「やっぱり車も信用できないな……」

 

「今のは車じゃなくて運転手が悪い!」

 

 ポルナレフが反論する。

 

「まだ分からないですよ」

 

「何がだ?」

 

「船の前例がありますから」

 

「まさかお前――」

 

 車内のラジオから声がした。

 

『その通りだ』

 

 全員が黙った。蓮司はポルナレフを見る。ポルナレフも蓮司を見る。

 

「……言ったでしょう」

 

「今は自慢するところじゃない!」

 

 ラジオから男の笑い声が響く。

 

『てめえらは根本的なところを勘違いしている! 俺のスタンドがどこかに隠れていると思っていたようだが――』

 

 地面が揺れた。崖の下。何かが岩肌を駆け上がってくる。赤い車だった。

 

「嘘だろ……!」

 

 さっき転落した車が、岩壁を垂直に近い角度で走っている。それだけではない。車体が変形していく。ボロボロだった外装が膨張し、タイヤが巨大化する。車体そのものが生き物のように形を変え、さっきまでとは比較にならないほど凶悪な姿へ変貌した。

 

『この車そのものが俺のスタンド! 運命の車輪――ホウィール・オブ・フォーチュンだ!』

 

「…………」

 

 蓮司は無言で巨大な車を見る。

 

「神代」

 

 花京院が呼ぶ。

 

「何です?」

「何か言いたそうだね」

「この旅、乗り物が敵になる率高すぎません?」

 

 誰も否定しなかった。

 

     ◇

 

 ホウィール・オブ・フォーチュンが突進してきた。

 

「魔虚羅!」

 

 今度は車外で、魔虚羅を完全に顕現させる。三メートルの神将と、異様に巨大化した自動車。正面から衝突した。轟音が山中へ響く。魔虚羅の両足が地面を削り、数メートル後ろへ押された。

 

「重っ……!」

 

 蓮司の腕と肩にも猛烈な圧力が伝わってくる。単純な重量だけではない。車体全体がスタンドなのだから、エンジンや鉄の重さを超えたスタンドパワーそのものが突進力へ加わっている。それでも魔虚羅は止めた。巨大な両手が車体前部へ食い込み、タイヤが激しく空転する。

 

『何だ、この馬鹿力は!』

 

「魔虚羅、ひっくり返せ!」

 

 魔虚羅が腕へ力を込める。車体が浮いた。その瞬間、ホウィール・オブ・フォーチュンの車体が変形した。

 

「え?」

 

 車高が一気に下がり、魔虚羅の手から滑るように抜ける。直後、車体の側面が刃のように突き出した。魔虚羅の脇腹が切り裂かれる。

 

「っ……!」

 

 蓮司の腹にも同じ傷が走った。

 

「神代君!」

 

「大丈夫です!」

 

 浅くはない。だがまだ動ける。魔虚羅が追おうとすると、敵の車は狭い岩場を異常な機動力で走り抜けた。壁。斜面。

 

 普通の自動車なら走れるはずのない場所を自在に移動する。

 

「車の形してる意味あります?」

 

 蓮司が腹を押さえながら呟く。

 

「スタンドに常識を求めるな!」

 

 ポルナレフが答えた。

 

「最近そればっかりですね!」

 

 再び車体から何かが飛んできた。見えないほど小さい。

 

「避けろ!」

 

 承太郎の声。全員が散る。蓮司の頬を何かが掠め、小さな傷ができた。

 

「水……?」

 

 触る。液体。だが匂いが違う。承太郎も自分の服に付着した液体を見ていた。

 

「ガソリンだ」

 

 その言葉と同時に、ホウィール・オブ・フォーチュンの車体で火花が散った。

 

「まずい!」

 

 魔虚羅が蓮司の前へ入る。火が走った。地面や衣服へ付着したガソリンが一斉に燃え上がる。特に多くの液体を浴びていた承太郎の全身が炎に包まれた。

 

「承太郎!」

 

「承太郎さん!」

 

 炎の中で身体が倒れる。アンが顔を青くした。

 

「お、おい……あいつ……」

 

 ホウィール・オブ・フォーチュンから笑い声が響く。

 

『勝った! これで終わりだ!』

 

 蓮司は魔虚羅を向かわせようとして、止まった。

 

「待て」

 

 花京院が小さく言う。

 

「何です?」

 

「承太郎が、あれで終わると思うかい?」

 

 蓮司は燃えている上着を見る。確かに。何か変だ。倒れたはずの身体が見えない。

 

『燃え尽きたか! 俺の勝ちだ!』

 

 敵が完全に油断した。その瞬間、地面が割れた。ホウィール・オブ・フォーチュンのすぐ横から承太郎が飛び出す。

 

「なっ!?」

 

 スタープラチナが現れた。

 

「オラァッ!」

 

 一撃。車体が大きく歪む。承太郎は炎が回る直前、スタープラチナで地面を掘って潜り、燃える上着だけを囮として残していたらしい。

 

「そんな避け方あります?」

 

 蓮司が思わず呟く。

 

「今まで見てきて、まだ承太郎に常識を求めてるのか?」

 

 ポルナレフに言われた。

 

「ポルナレフさんに言われると悔しいですね」

 

 だが反論はできなかった。

 

     ◇

 

 スタープラチナの拳がホウィール・オブ・フォーチュンへ叩き込まれる。車体が砕ける。凶悪な外装が崩れ、巨大なタイヤも縮んでいく。やがて中から、一人の男が投げ出された。

 

「こいつが本体か」

 

 蓮司は男を見る。腕だけは異様に太い。しかしそれ以外は、先ほどの巨大なスタンドから想像していたほどの体格ではなかった。ポルナレフも微妙な顔をする。

 

「何というか……もっとすごい奴を想像してたな」

「腕はすごいですよ」

「そこだけな」

 

 男――ZZは地面に這いつくばりながら、必死に後ずさった。

 

「ま、待ってくれ! 俺はDIOに金で雇われただけなんだ!」

 

 承太郎が近づく。

 

「さっきは随分楽しそうだったじゃあねえか」

 

「いや、あれは勢いというか……!」

 

 スタープラチナが拳を握る。ZZの顔色が変わった。

 

「分かった! もう二度と追わねえ! だから命だけは――」

 

「承太郎さん」

 

 蓮司が声をかける。承太郎が横目で見る。

 

「殺す必要まではないんじゃないですか。もうスタンドもまともに動かせないでしょうし」

 

「……そうだな」

 

 承太郎は拳を下ろした。代わりに、少ししてZZは岩へ厳重に縛りつけられた。

 

「これ、死にません?」

 

 蓮司が聞く。

 

「人が通る道じゃ。いずれ見つかる」

 

 ジョセフが答えた。

 

「それまでに暑さで倒れないといいですね」

「さっき殺されかけた相手を心配する必要あるか?」

 

 アンが言う。

 

「一応」

 

「変な奴だな、お前」

 

「よく言われます」

 

     ◇

 

 問題は、自分たちの車だった。ホウィール・オブ・フォーチュンとの戦闘で、まともに走れる状態ではなくなっている。そしてZZのスタンドが解除されたことで、あれほど巨大だった敵の車は元のボロ車へ戻っていた。全員がその車を見る。蓮司も見る。

 

「……これに乗るんですか?」

 

「他に車がないからのう」

 

 ジョセフが当然のように答える。

 

「さっきまで敵のスタンドだった車ですよ」

「今はただの車じゃ」

 

「それ、安心材料になります?」

 

「なら歩くか?」

 

 周囲を見る。山道。乾いた土地。国境まではまだ距離がある。

 

「乗ります」

 

「即答じゃな」

 

 全員で荷物を積み直す。アンも当然のように乗ろうとするが、ジョセフがその前で腕を組んだ。

 

「お前は次に空港へ着いたら香港へ帰すぞ」

「何でだよ!」

「何でじゃない! ここから先はもっと危険になる!」

 

「今までだって危険だっただろ!」

「だから言っとるんじゃ!」

 

 アンは納得していない顔だったが、大人たち全員から同じような視線を向けられ、最後には渋々座席へ乗り込んだ。蓮司も後から乗り込もうとして、一度だけ車の外装へ手を触れた。

 

「……普通の車ですよね」

 

「まだ言っとるのか」

 

 ジョセフが呆れる。

 

「念のためです」

 

「さっきまでスタンドだった車が、今は普通の車じゃ。それで満足せい」

 

「その説明、普通って言葉の意味がおかしくなってません?」

 

 ジョセフは答えなかった。蓮司は座席へ腰を下ろす。エンジンがかかる。普通に動く。特に襲ってくる気配もない。

 

「……大丈夫そうですね」

 

 隣に座ったアンが怪訝そうな顔をする。

 

「お前、本当に乗り物嫌いになったんだな」

「嫌いなんじゃなくて、信用してないだけです」

「同じじゃねえか」

 

「違います。嫌いなら最初から乗りませんから」

 

 少し考えて。

 

「信用してなくても乗らないとエジプトに着けないので」

 

「面倒くさい奴だな」

 

 否定はできなかった。車は再び山道を走り始める。これで少なくとも、しばらく乗り物に関する事件は起きないだろう。蓮司はそう考えたところで、すぐにその考えを打ち消した。口に出さなければ大丈夫という問題でもない気がしてきた。

 

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