ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった 作:東京大特価
国境近くの町へ着いたところで、アンとの旅は終わることになった。本人は最後まで納得していなかったが、ジョセフがスピードワゴン財団へ連絡を入れ、香港まで送り届ける手配を済ませてしまった以上、どうにもならない。ここから先はエジプトへ近づくほどDIOの刺客が増える可能性が高く、スタンドを見ることすらできない子供を連れ歩くには危険すぎた。
「だからオレは一人でも大丈夫だって言ってるだろ!」
「大丈夫じゃないから言っとるんじゃ! お前、自分がここまで何回死にかけたと思っとる!」
「お前らと一緒にいたからだろ!」
「それを言われると少し困るのう……」
「認めるんですか」
横から蓮司が口を挟むと、ジョセフは咳払いをして誤魔化した。アンはまだ不満そうだったが、最終的には諦めたらしい。搭乗口へ向かう直前、一行を順番に見回したあと、最後に蓮司の前で足を止めた。
「お前も死ぬなよ」
「アンも今度は密航しないで、ちゃんと帰ってください」
「分かってるよ。……多分」
「最後の一言で一気に信用できなくなりました」
「うるせえな」
アンは蓮司の足を軽く蹴ると、そのまま振り返らずに歩いていった。ポルナレフが小さく手を振り、花京院も黙って見送る。承太郎はいつも通り帽子の鍔を下げていたが、少女の姿が見えなくなるまでその場を離れなかった。
「静かになるな」
ポルナレフがぽつりと呟く。
「ポルナレフさんがいるので、そこまで静かにはならないと思います」
「どういう意味だ、神代」
「そのままの意味です」
ポルナレフは少しだけ笑ったが、それ以上は何も言わなかった。アヴドゥルを失ってから、まだそれほど日が経っていない。以前の調子は少しずつ戻りつつあるものの、完全に元通りというわけではなかった。蓮司もそこへ無理に触れることはせず、アンを見送ってから一行とともに再び車へ向かった。
◇
パキスタン方面へ向かってしばらく走ると、夕方が近づくにつれて周囲に霧が立ち込め始めた。最初は遠くの山が霞む程度だったものが、少し進む頃には道路の先まで見えないほど濃くなり、運転しているジョセフも速度を大きく落とさざるを得なくなる。
「妙な霧じゃな。さっきまでこんな天気ではなかったはずじゃが」
ワイパーを動かしながらジョセフが呟く。窓の外はほとんど白一色で、蓮司が身を乗り出して前を見ても、数十メートル先すら満足に見えなかった。
「またスタンドだったりしませんよね」
「何でもかんでもスタンド扱いするんじゃあない」
「ポルナレフさん、前回それを言った直後に車がスタンドだと判明したでしょう」
「……そうだったな」
前科があるせいか、ポルナレフも今回は強く否定しなかった。やがて霧の中から、古い建物が並ぶ小さな町が現れた。道には人の姿があり、いくつかの店には明かりもついている。霧のせいで静かに感じるだけかもしれないが、町全体に妙な重苦しさがあった。車を停めて降りた瞬間、蓮司は鼻をひくつかせた。
「何か臭いません?」
「霧で湿っておるからじゃろう」
ジョセフはそう答えたものの、蓮司が感じているのは湿気や土の匂いだけではなかった。黴臭さに混じって、わずかに腐ったような臭気が漂っている。気のせいかと考えていると、少し前を歩いていたポルナレフが道端の男へ声をかけた。
「すまない。この辺にホテルはあるか?」
男は返事をしなかった。
「おい、聞こえてるのか?」
ポルナレフが肩へ触れた途端、男の身体がぐらりと傾いた。慌てて支えるが、その頭は不自然な角度で垂れ、首元には虫まで這っている。
「……死んでる」
全員の表情が変わった。死斑まで浮かんでいる以上、今しがた死んだ人間ではない。それなのに、周囲の町人たちは誰一人騒がず、こちらへ視線を向けようともしなかった。承太郎が死体を一瞥し、町全体を見回す。
「ここは妙だな」
「ああ。長居しない方がよさそうだ」
花京院も同意したが、霧はますます濃くなっている。日が沈みかけた状態で無理に町を抜ければ、今度は交通事故の危険がある。どうするべきか話していたところへ、霧の中から杖をついた小柄な老婆が現れた。
「旅の方々かい? こんな霧の中を進むのは危ないよ。あたしのホテルがすぐそこにあるから、今夜は泊まっていきな」
愛想のいい笑顔だった。片方の手には包帯が巻かれている。ジョセフたちが顔を見合わせる中、蓮司は老婆を見つめた。特にスタンドらしいものは見えない。しかし、意識の奥で魔虚羅が僅かに身じろぎしたような感覚があった。
実際に顕現させているわけではない。それでも、スタープラチナやマジシャンズレッドのような強いスタンドを目の前にした時と似た反応が、内側から伝わってくる。蓮司はすぐにそれを抑えた。
「どうしたんだい、坊や?」
「いえ、何でもないです」
魔虚羅が反応したというだけで、目の前の老婆を敵だと決めつけるわけにはいかない。ただ、警戒はしておくべきだろう。
◇
老婆が営んでいるというホテルは、町の中心近くにあった。古い建物ではあるが、中はそれなりに整えられている。少なくとも外の濃霧の中で夜を過ごすよりはましだった。
「ここへ名前を書いておくれ」
老婆が宿帳を差し出し、一行は順番に名前を書いていく。蓮司も自分の番になると普通に「神代蓮司」と記入した。隣では承太郎も何かを書き込んでいたが、わざわざ覗き込むことはしなかった。
「部屋は二階だよ。食事も用意できるから、ゆっくりしておいき」
老婆は終始親切そうだった。それでも承太郎だけは、階段を上がる途中で一度振り返っていた。
「承太郎さん、何か気になります?」
「いや」
短い返事だったが、気になることがある顔をしている。今は口にするつもりがないらしい。部屋へ入ってしばらくすると、蓮司は窓際に立って外を眺めた。霧は晴れるどころかさらに濃くなり、道の反対側にある建物すら霞んでいる。
「神代君。さっきから霧を気にしているね」
花京院が隣へ来た。
「この霧そのものも気になりますけど、あのお婆さんを見た時に魔虚羅が少し反応したんです」
「スタンド使いだと思うのかい?」
「分かりません。強いスタンドを見ると反応することはありますけど、それだけで判断するのは危ないので。とりあえず警戒だけしておきます」
「その方がいいだろうね。僕も、この町は少し変だと思う」
花京院も霧へ視線を向ける。以前なら、魔虚羅が勝手に構えようとするのも「蓮司を守るため」と単純に考えられた。だが、あの暴走を経験してからは、それだけで説明していいのか分からなくなっている。その時、廊下の向こうからポルナレフの大きな声が聞こえた。
「婆さん! 風呂はどこだ?」
蓮司と花京院が顔を見合わせる。
「元気ですね」
「少しずつ戻ってきたようで何よりだよ」
以前のように何でも一人で抱え込んでいるよりは、騒がしいくらいの方がまだいい。
◇
その頃、ホテルの裏口から一人の男が忍び込んでいた。
「婆さん……いるんだろ」
ホル・ホースだった。J・ガイルを失ってからジョースター一行から逃げ続けていた男は、この町にいる老婆が何者なのか知っている。
「ちょっと話がある。俺だ、ホル・ホースだ」
返事はない。廊下を進んでいると、その背後から杖をついた老婆が静かに現れた。
「ホル・ホース……」
「うおっ!? 驚かせるなよ、エンヤ婆――」
言い終える前に、老婆の持っていた鋭い鋏がホル・ホースの手首を切り裂いた。
「ぎゃあっ! 何しやがる!」
先ほどまでの優しそうな表情は消え、老婆の顔は怒りで歪んでいる。
「よくもあたしの可愛い息子を見捨てて逃げたね」
「待て! J・ガイルがやられたのは俺のせいじゃねえ! 相手が増えたから一度退いただけだ。俺のエンペラーは相棒と組んでこそ――」
「黙りな!」
ホテルの中へ入り込んでいた白い霧が、一斉にホル・ホースの傷口へ集まり始めた。切られた手首の傷が不自然な丸い穴へ変わり、そこへ霧が糸のように入り込む。
「何だ……これ」
ホル・ホースの右腕が、本人の意思とは関係なく持ち上がった。
「お、おい! 動かねえ! 腕が勝手に!」
「正義――ジャスティス。傷口さえ作れば、その身体はもうあたしの人形さ」
ホル・ホースの手にエンペラーが現れる。銃口は自分自身の顔へ向けられていた。
「待て、婆さん! 冗談はよせ!」
「息子のところへ行きな」
ホテル内へ銃声が響いた。
◇
「今の音、銃ですよね?」
蓮司が椅子から立ち上がる。承太郎たちも同時に廊下へ出てきた。
「下だな」
「行きましょう」
階段へ向かおうとしたところで、反対側の廊下から老婆が姿を現した。
「どうしたんだい?」
「今、銃声がしました」
花京院が答える。
「銃声? そんなもの聞こえなかったけどねえ。この町じゃ時々、古い車が大きな音を立てることがあるから、それじゃないかい?」
明らかに不自然な説明だった。蓮司が何か言おうとしたところで、承太郎が低い声を挟む。
「神代。今はいい」
蓮司は少し迷ったが、承太郎の表情を見て頷いた。
「……分かりました」
何か確かめようとしているらしい。ここは合わせた方がいい。ポルナレフだけは別の方向へ視線を向けていた。
「俺、ちょっと下を見てくる」
「一人で行くなよ」
花京院がすぐ釘を刺す。
「分かってる。ホテルの中を確認するだけだ」
そう答えたポルナレフだったが、結局しばらくすると一人で別の通路へ入っていった。
◇
ホル・ホースは死んでいなかった。弾丸は急所を外れていたらしく、血を流しながら物陰へ這って逃げている。そこへポルナレフが現れた。
「ホル・ホース……!」
「静かにしろ……!」
今にも飛びかかりそうなポルナレフへ、ホル・ホースが必死に手を振る。
「婆さんだ。あの婆さんから逃げろ……あいつはJ・ガイルの母親だ!」
ポルナレフの表情が変わった。
「何だと?」
「エンヤ婆だ。DIOの側近で、スタンド使いだ。俺も殺されかけた」
その直後。
「見つけたよ」
背後から老婆の声がした。ポルナレフが振り返る。エンヤ婆は、もう正体を隠すつもりがないらしい。
「お前が……J・ガイルの母親か」
「ああ、そうさ。あたしの可愛い息子を殺したのはお前だね、ポルナレフ!」
「可愛い息子?」
ポルナレフの声が低くなる。
「人の妹を襲って殺した男がか」
「黙れ!」
エンヤ婆の叫びと同時に、ホテル全体へ白い霧が流れ込んできた。
◇
「神代君、外を!」
花京院の声に、蓮司が窓へ駆け寄る。町の様子が変わっていた。先ほどまで普通に歩いていた住人たちが、全員こちらへ顔を向けている。その中の一人の男の皮膚が崩れ、白い骨が露出した。隣の女も、老人も同じだった。
「……全員、死体だったのか」
町だと思っていた場所を濃い霧が覆い、その中で無数の死体が動いている。
「魔虚羅!」
三メートルの神将が室内へ顕現する。少し窮屈だが、完全に動けないほどではない。その直後、窓ガラスが砕け、死体が何体も室内へ飛び込んできた。
「下がってください!」
魔虚羅の腕が横薙ぎに動き、先頭の死体を掴んで後続へ投げつける。人間なら加減する必要があるが、既に死んでいると分かっている以上、少なくとも致命傷を気にする必要はない。何体もの死体がまとめて廊下へ転がったものの、それで終わりではなかった。霧の向こうでは別の死体が次々と立ち上がり、腕が折れても頭が割れても、白い霧の糸に引かれるようにして動き続けている。
「人形みたいに操ってるのか」
花京院がハイエロファントグリーンを展開しながら、周囲を覆う霧へ目を向けた。
「恐らく、この霧そのものがスタンドだ」
「霧そのものですか……」
蓮司は魔虚羅に拳を振るわせる。強烈な風圧で白い霧が一時的に吹き散らされたが、すぐに周囲から流れ込んできて元の濃さへ戻ってしまった。
「これじゃ、魔虚羅で殴っても意味がないですね」
退魔の剣を使うことも一瞬考えたが、霧はホテルどころか町全体を覆っている。どこを斬れば本体へ届くのかも分からず、闇雲に振り回す意味はない。その時、一体の死体が床を這うようにして飛びかかってきた。魔虚羅が受け止める。死体の手に握られていた釘が前腕へ突き刺さり、蓮司の同じ場所にも傷が開いた。
「っ……!」
すぐに死体を振り払うが、周囲の霧が傷口へまとわりつく。傷の形が不自然な丸い穴へ変わり、その中へ白い霧が入り込んだ。直後、魔虚羅の右腕が勝手に持ち上がる。
「え?」
同時に蓮司自身の右腕まで、意思に反して動き始めた。握られた拳がそのまま花京院へ向かって振られる。
「花京院さん、避けて!」
花京院が咄嗟に後ろへ飛び、蓮司の拳は壁へ叩き込まれた。身体の内側から糸で引かれているような感覚だった。
「傷口から入って、身体を操ってるのか……」
蓮司は右腕へ力を込めるが、自分の意思だけでは止めきれない。
「魔虚羅、右腕を押さえろ!」
奇妙な命令だった。魔虚羅の左手が自身の右手首を掴み、同時に蓮司も左手で右腕を押さえる。それでも霧は内部から腕を動かそうとし続けた。
「こういう能力、本当に面倒ですね……!」
魔虚羅の頭上で方陣が軋んだ。解析が始まっている。傷口から侵入した霧によって身体を操作する現象。適応が進めば解除できる可能性はある。ただし、それまで仲間を殴り続けるわけにもいかない。
「花京院さん、しばらく俺の右側には来ないでください。俺はこれを止めますから、死体の方をお願いします」
「分かった。無理をするなよ」
ハイエロファントグリーンが廊下へ伸びていく。蓮司は自分の腕を抑えながら、魔虚羅を前へ出した。
◇
その頃、ポルナレフも別の場所で追い詰められていた。ホテルの廊下を埋め尽くす死体をシルバーチャリオッツで切り倒しても、霧に操られた死体はすぐに立ち上がる。数が多いうえ、倒して終わりではない以上、このまま戦っていても消耗するだけだった。
「クソッ!」
ポルナレフは近くの浴室へ飛び込み、扉を閉めた。外から死体が扉を叩き続ける。
「何で俺はホテルに泊まるたびに、こういう目に遭うんだ……!」
デーボの時もそうだった。今度こそ普通に宿泊できると思っていたのだが、自分も蓮司の乗り物嫌いを笑えなくなってきたらしい。やがて、扉の外の音が不自然なほど急に止んだ。ポルナレフは警戒しながら鍵穴へ近づく。外には誰もいない。
「逃げたのか?」
次の瞬間、鍵穴の向こうへエンヤ婆の顔が現れた。
「見つけたよ!」
「うおっ!?」
驚いて口を開いた瞬間、鍵穴から鋭い物が突き出され、舌を傷つける。血が流れる。そこへ霧が侵入し、舌に丸い穴が開いた。
「な、なんらこれ……!」
「これでお前もあたしの人形さ!」
エンヤ婆が笑い、霧の糸に引かれたポルナレフの身体が、本人の意思とは関係なく動き始めた。
◇
蓮司の右腕を引く力が、少しずつ弱くなっていた。
「最初より動きが鈍くなってる……」
完全に自由になったわけではないが、魔虚羅の方陣は確実に回転へ近づいている。その時、別の場所からポルナレフの悲鳴が聞こえた。
「ポルナレフさん!」
意識を逸らした瞬間、押さえ込んでいた右腕が再び強く動き、魔虚羅の拳が壁を突き破った。
「危なっ……!」
蓮司はすぐに制御へ意識を戻す。
「今の状態で走り回るのは無理ですね」
「僕が行く」
花京院が言った。
「神代君はまず自分の身体を取り戻してくれ。君まで完全に操られたら、それこそ厄介だ」
「分かりました。傷をつけられたら、そこから霧が入ってきます。気をつけてください」
仕組みはほぼ分かった。僅かな切り傷一つで身体の一部を乗っ取られる。しかも町全体に霧が広がっている以上、単純に逃げても意味がない。花京院が廊下へ出た後、蓮司は右腕を抑えながら周囲を満たす霧を睨んだ。
「姿も見せないで、傷一つ作ったら勝手に身体を動かす……こういうの、本当に嫌いだな」
ハングドマンの時と似ていた。どう攻略するか考えること自体が嫌なのではない。こちらにまともな勝負をさせず、触れることすら許さないまま一方的に終わらせようとする能力を見ると、何故か胸の奥がひどくざわつく。その理由を考える余裕はなかった。ガコン、と方陣が回る。
右腕の傷が瞬時に塞がり、入り込んでいた霧が傷口から弾き出された。
「戻った……」
蓮司が右腕を動かす。今度は自分の意思通りに動く。魔虚羅の前腕も完全に再生し、周囲の霧が再び触れてきても、今度は皮膚の表面にまとわりつくだけで内部へ侵入してこなかった。
「傷口からの操作には適応したみたいですね」
ただし、霧そのものが消えたわけではない。死体もまだ動いている。適応できたのは、あくまで自分たちが操られる現象だけだった。
「なら、次は皆を助けないと」
蓮司は魔虚羅とともに廊下へ出た。
◇
承太郎は一人でホテルのロビーへ降りていた。そこには、まだ宿の主人を装ったままのエンヤ婆がいる。
「承太郎ちゃん、どうしたんだい?」
承太郎は答えず、宿帳を取り出した。
「婆さん。さっき俺を何て呼んだ?」
「何って……空条承太郎ちゃんだろ?」
「ああ。だが俺は、ここに本名なんぞ書いてねえ」
承太郎が宿帳を開いて見せる。そこに書かれていたのは「空条Q太郎」。エンヤ婆の顔から笑みが消えた。
「最初から怪しいと思ってたぜ。俺たちが名乗る前からジジイの名前を知っていたし、この町も妙だった。これで確定だな」
「おのれ……!」
エンヤ婆は杖を投げ捨て、怒りを隠そうともしなくなる。
「よくもあたしの可愛い息子を殺した連中が、のこのことこの町へ入ってきたね!」
「やっぱりJ・ガイルの母親か」
「そうさ!」
その叫びと同時に、ロビーへ大量の霧が流れ込んだ。扉や崩れかけた壁を突き破り、操られた死体が次々と押し寄せる。
「承太郎!」
二階からジョセフの声が飛ぶ。スタープラチナが現れ、拳の嵐が死体の群れをまとめて吹き飛ばした。
「オラオラオラオラオラオラオラァッ!」
一体、二体と粉砕しても、霧の中から次々と新しい死体が現れる。その反対側から蓮司もロビーへ駆け込んできた。
「承太郎さん!」
魔虚羅が死体の群れへ突っ込み、スタープラチナとは反対方向から一気に押し返す。巨大な両腕で数体をまとめて掴み、ロビーの端へ投げ飛ばした。
「神代、腕はどうした」
「一度操られましたけど、適応して抜けました。もう傷口から入られても動かされません。ただ、この霧そのものにはまだ何もできません!」
「十分だ。ジジイたちを守れ」
「分かりました!」
魔虚羅がジョセフと花京院の前へ立つ。エンヤ婆は大量の死体を盾にしながらロビーの奥へ下がり、余裕を取り戻したように笑った。
「無駄だよ! この町にいる死体は全部あたしの人形さ。何体壊したところで、霧がある限りいくらでも動かせる!」
魔虚羅が一体を床へ叩き伏せれば、別の死体が背後から飛びかかってくる。傷をつけられても操作されることはなくなったが、敵の数そのものが減るわけではない。適応したから戦える。しかし、それだけで勝てるわけではない。
「本体を倒すしかない!」
花京院が叫ぶ。
「でも死体と霧が邪魔で近づけない!」
蓮司がエンヤ婆へ向かおうとしたところで、小さな影が床を這った。赤ん坊の死体だった。
「承太郎さん、足元!」
スタープラチナが一瞬だけ反応を遅らせた隙に、小さな歯が承太郎の脚へ食い込む。
「チッ」
そこへ霧が集まり、傷口が丸い穴へ変わった。
「かかったね!」
エンヤ婆が声を上げる。
「これでお前もあたしの人形だよ!」
「承太郎!」
ジョセフが叫び、蓮司も魔虚羅を向かわせようとした。しかし承太郎は慌てなかった。自分の脚に開いた穴を一度見てから、周囲へ広がる霧へ視線を移す。
「なるほどな」
「何がおかしい!」
「霧ってことは、空気と一緒に動くんだろ」
エンヤ婆の表情が変わった。
「何を――」
「スタープラチナ」
紫色の巨人が大きく息を吸い込んだ。最初は風が起きただけに見えた。次の瞬間、ホテル中の霧が一斉に承太郎の方へ流れ始める。
「え?」
窓から、廊下から、壁の隙間から、町全体を覆っていた白い霧が渦を巻きながらロビーへ集まってくる。
「何してるんです、あの人……」
「わしにも分からん!」
ジョセフまで驚いていた。
「や、やめろ! あたしのジャスティスを吸い込むんじゃあない!」
エンヤ婆が苦しみ始める。町全体を覆っていた巨大な霧のスタンドが、逃げ場もなくスタープラチナへ吸い込まれていく。ジャスティスと繋がっているエンヤ婆自身も、次第に呼吸ができなくなっているらしい。蓮司は魔虚羅を出したまま、その光景を呆然と見ていた。
「霧を殴れないなら、全部吸うんですか……」
理屈だけなら単純だった。それを本当に実行できるスタープラチナの肺活量の方がおかしい。
「や、やめ……」
エンヤ婆の身体から力が抜ける。最後の霧まで吸い込まれたところで、老婆はその場へ倒れた。そして、町全体の景色も一変した。
◇
ホテルの壁が崩れ始める。いや、最初からそこにホテルなどなかった。立派に見えていた建物が霧とともに消え、その下から古びた墓石と崩れた石造りの壁が現れる。町だと思っていた店や家、道路も次々と姿を失い、最後に残ったのは荒れ果てた墓地だった。ホテルの客だと思っていた人間たちも、地面へ倒れた骸骨や腐乱死体へ戻っている。
「……町そのものが偽物だったんですか」
蓮司は周囲を見回した。
「霧で町に見せかけていたんだろうね。それと死体を生きた人間のように見せていた」
花京院の説明に、蓮司は改めてジャスティスの規模を実感した。
「魔虚羅が大きくなった時とは別方向で、とんでもないスタンドですね」
倒れているエンヤ婆を見る。
「生きてます?」
「ああ。気絶してるだけだ」
承太郎が答える。
「殺さなかったんですね」
「こいつはDIOの側近だ。聞きたいことが山ほどある」
ジョセフも頷く。
「DIOのスタンドについて何か知っている可能性が高い。エジプトへ連れていくぞ」
その時、崩れた壁の陰から弱々しい声がした。
「……誰か助けてくれ」
全員が振り向く。全身傷だらけのホル・ホースが、青い顔で這い出てきた。
「ホル・ホース!」
ポルナレフがシルバーチャリオッツを出す。
「待て待て! 今日は俺も被害者だ!」
「アヴドゥルを撃ったことは消えてないぞ」
ポルナレフの声は低い。
「それは……そうだが……」
ホル・ホースが後退しながら視線を泳がせる。その目が、少し離れたところに停めてある車で止まった。蓮司も気付く。
「あ」
「じゃあな!」
ホル・ホースは突然走り出した。
「待て!」
負傷しているとは思えない勢いで車へ飛び乗り、そのままエンジンをかけて走り去っていく。しばらく全員が遠ざかる車を見送った。
「……俺たちの車ですよね、あれ」
「ああ」
花京院が答える。
「盗まれましたね」
「ああ」
蓮司がさらに何か言おうとしたところで、花京院が先にこちらを見た。
「神代君。今は乗り物の話をしない方がいい」
ジョセフの顔を見る。かなり険しい。
「……そうですね」
蓮司は大人しく黙った。
◇
移動手段を手配するまでの間、一行は荒れ果てた墓地で休むことになった。捕らえたエンヤ婆は厳重に拘束し、ジョセフと承太郎が交代で見張っている。蓮司は少し離れた場所に腰を下ろし、先ほど操られた右腕を何度か動かしていた。違和感はなく、魔虚羅を呼び出して確認しても傷は完全に消えている。
「適応したみたいだな」
ポルナレフが近づいてきた。
「傷口から操られる現象には。でも、霧そのものには最後まで何もできませんでした」
「十分だろ。俺なんか最後まで操られたぞ」
ポルナレフが露骨に嫌そうな顔をする。何をされたのか詳しく聞くのはやめておいた。
「承太郎さん、相変わらず滅茶苦茶ですね。霧を全部吸うとは思いませんでした」
「普通は思いついてもできないけどな」
「ですよね」
蓮司は少し笑ったあと、傍らに立つ魔虚羅を見上げた。
「でも、ちょっと安心しました」
「何がだ?」
「魔虚羅が何にでも適応できるとしても、適応するまで敵の能力に付き合う必要はないんだなって。今回だって、長く戦っていれば霧そのものへ何か対応した可能性はあると思います。でも、その間に皆が危険になりますから」
適応は強力だ。ただし、それは敵の能力を受け、解析し、時間を使った先で得られるものでもある。
「もっと早く本体を倒せるなら、そっちの方がいいです。わざわざ痛い思いをしてまで魔虚羅に全部攻略させる必要もないですし」
「お前らしいな。痛いのは嫌なんだろ?」
「もちろんです」
蓮司は迷わず答えた。それは本心だった。傷つきたいわけではないし、苦しみたいわけでもない。今日だって、自分の腕を勝手に動かされた時は心底気分が悪かった。それなのに、ジャスティスへまともに触れられなかった時には、ハングドマンの時とよく似た苛立ちが胸の奥に残っていた。
攻撃が効かないからではない。強いからでもない。姿を見せず、こちらへまともに触れさせず、理解できない能力だけを押しつけて戦いを終わらせようとする。それがどうしてか、妙に気に入らなかった。蓮司はそこまで考えたところで、自分から思考を切った。
今はまだ答えの出ないことだ。
「それより、次の車どうするんでしょうね」
蓮司が話題を変えると、ポルナレフが微妙な顔をした。
「何です?」
「いや。お前が乗り物の話をすると、また何か起こりそうな気がしてきた」
「俺のせいじゃないでしょう」
「分かってはいる。分かってはいるんだが……」
ポルナレフは苦笑した。以前のように大声で騒ぐほどではない。それでも、こうして自然に軽口が出るくらいには戻ってきている。旅の空気も、少しずつ以前のものへ近づき始めていた。