ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった   作:東京大特価

16 / 21
第十六話 夢の中では魔虚羅も呼べない

 太陽のようなスタンドを倒した後、一行は敵が使っていた車を拝借して砂漠を抜け、その日のうちに近くの町へ辿り着いた。砂漠で一日中焼かれていたこともあり、宿へ入った頃には全員かなり疲れていた。夕食を済ませると自然に解散し、蓮司も久しぶりにまともなベッドへ身体を沈める。

 

 魔虚羅を呼び出し、太陽の熱へ適応したことについて少し確認しておきたい気持ちはあった。しかし今すぐ確かめなければならないことでもないし、何より眠かった。意識を失った時の暴走が頭をよぎることはあっても、普通に眠るだけで魔虚羅が勝手に現れたことは一度もない。蓮司は目を閉じ、そのまま眠りに落ちた。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

「花京院さん、その手どうしたんです?」

 

 宿を出る準備をしていた蓮司は、花京院の右手に傷があることに気付いた。鋭い刃物で浅く切られたような傷だった。

 

「僕にも分からないんだ」

 

 花京院自身も気になっているらしく、傷口を見つめている。

 

「朝起きたらできていた。寝る前にはなかったはずなんだけどね」

「寝てる間にどこかで切ったとか?」

「ベッドの周りも調べた。でも、こんな傷を作りそうな物はなかったよ」

 

 そこへポルナレフがやって来た。

 

「どうした?」

「花京院さんが寝てる間に手を切ったみたいで」

「ああ、それか。夜中に随分うなされてたぞ。起こしたらすぐ静かになったが」

 

「僕が?」

 

 花京院が眉を寄せる。

 

「どんな夢を見てたか覚えてます?」

 

 蓮司が尋ねると、花京院は少し考えたものの、やがて首を横に振った。

 

「ほとんど何も。ただ……遊園地にいたような気がする」

 

「遊園地?」

 

「それすら曖昧なんだ。夢だったからと言われれば、それまでなんだけど」

 

 実際、夢の内容を覚えていないこと自体は珍しくない。ただし、現実の手に傷まで残っているとなると話は別だった。

 

「一応、覚えておいた方がよさそうですね」

「ああ。僕もそう思う」

 

 二人はそれ以上結論を出せず、荷物を持って宿を出た。町の外へ向かう途中、花京院が突然足を止めた。

 

「……あの犬」

 

 道の脇に犬が倒れている。既に死んでいた。蓮司も近づこうとしたが、花京院が腕を伸ばして止める。

 

「待って」

 

 犬の身体には大きな切り傷があった。花京院の顔色が変わる。

 

「知ってる犬ですか?」

 

「いや……」

 

 否定しながらも、目を逸らさない。

 

「見たことがある気がする。どこで見たんだ……?」

 

 花京院は自分の傷ついた手を見る。夢の内容は思い出せない。それでも何かが一致している。蓮司にも、そう見えた。

 

     ◇

 

 町の外では、ジョセフが一人の男と揉めていた。

 

「話が違うじゃあないか! 昨日は飛行機を貸すと言ったじゃろう!」

「事情が変わったんだ! 急病人を運ばなきゃならない!」

 

 横には一人の女性がいて、腕の中に赤ん坊を抱いている。

 

「何の騒ぎです?」

 

 蓮司が近づくと、承太郎が簡単に説明した。

 

「砂漠を越えるために小型機を借りる予定だったが、あの赤ん坊を病院へ運ぶのに使いたいらしい」

 

「それなら一緒に乗せればいいんじゃないですか?」

 

 蓮司が言うと、ジョセフがこちらを見た。

 

「わしも今そう言ったところじゃ。どうせ行く方向は同じじゃからな」

 

 女性は赤ん坊を抱えながら、何度も頭を下げる。

 

「お願いします。この子を病院へ連れていってください」

 

「母親は一緒に来ないんですか?」

 

 蓮司が尋ねると、女性の表情が僅かに強張った。

 

「私は……この子の母親じゃないんです。井戸の近くで見つけて、具合が悪そうだったから預かっていただけで」

 

「親が分からない?」

 

「ええ。それに、この子……」

 

 女性は一度赤ん坊を見る。

 

「歯が生えているんです。まだこんなに小さいのに、妙に鋭い歯が」

 

 言われて赤ん坊を見る。見た目だけなら普通の乳児だった。大人しくこちらを見ている。

 

「まあ、病院に連れていけば分かるじゃろう」

 

 ジョセフが赤ん坊を引き受けた。蓮司も特に異論はなかったが、その横で花京院だけは何とも言えない顔をしていた。

 

「花京院さん?」

 

「……いや。何でもないよ」

 

 そう言ったものの、視線はしばらく赤ん坊から離れなかった。

 

     ◇

 

「ジョセフさん」

 

「何じゃ」

 

「一応聞きますけど、この飛行機の操縦経験は?」

 

「昔取った杵柄じゃ!」

 

「経験あるんですね」

 

「あるぞ。飛行機くらい何度も操縦したことがある」

 

 蓮司は少し安心した。直後、後ろからポルナレフが余計な情報を追加する。

 

「墜落経験も多いらしいがな」

 

「それ今言う必要ありました?」

 

「先に知っておいた方がいいだろ」

 

 安心が半分ほど消えた。小型飛行機はどうにか離陸し、砂漠の上空へ出た。ジョセフが操縦席に座り、承太郎がその横。後部には蓮司、花京院、ポルナレフと赤ん坊が乗っている。しばらくは何事も起きなかった。

 

 昨日の疲れが残っていたのか、花京院とポルナレフは程なく眠り始める。蓮司は窓から砂漠を眺めていたが、隣で眠る花京院の表情が徐々に苦しそうになっていくことに気付いた。

 

「花京院さん?」

 

 声をかけても起きない。額には汗が浮かび、指先が何かを避けるように動いている。その隣ではポルナレフも眠ったまま顔をしかめていた。

 

「二人とも、随分うなされてますね」

 

 前方へ声をかける。

 

「昨日の疲れじゃないか?」

 

 承太郎が振り返る。その時、ポルナレフが突然身体を跳ねさせた。

 

「うおっ!?」

 

 目を開ける。

 

「何だ!? ここは……飛行機?」

 

「最初から飛行機ですよ」

 

 蓮司が言う。ポルナレフはしばらく周囲を見回していたが、自分が何に驚いたのか思い出せないらしい。

 

「変な夢でも見たんです?」

 

「夢……?」

 

 首を傾げる。

 

「いや、覚えてない」

 

 ジョセフが赤ん坊を指す。

 

「起きたならちょうどいい。おむつを替えてやれ」

 

「何で俺なんだ!」

 

「わしは操縦中じゃ!」

 

「神代がいるだろ!」

 

「何で俺に振るんです?」

 

「若い者同士助け合え!」

 

「赤ちゃんのおむつ交換と年齢関係ないでしょう」

 

 結局、ジョセフの強い指名によってポルナレフが担当することになった。本人は文句を言いながら赤ん坊を抱え、後部でおむつを取り替え始める。一方。花京院はまだ眠っていた。

 

「花京院さん、起きませんね」

 

 蓮司が肩へ触れようとした時だった。花京院の身体が突然激しく動いた。

 

「花京院さん!?」

 

 腕が座席へぶつかり、身体が横へ倒れかける。眠ったままだ。しかも右手には、いつの間にか小さなナイフが握られている。

 

「何してるんです!」

 

 蓮司が慌てて手首を掴んだ。花京院は自分の腕へ刃を押し当てていた。

 

「おい、花京院!」

 

 ポルナレフも赤ん坊を抱えたまま近づく。その直後、花京院が大きく身体を捻り、蓮司の手から抜けた。飛行機の重心が崩れる。

 

「うおおおおっ!?」

 

 機体が突然傾いた。

 

「暴れるな! 操縦できん!」

 

 ジョセフの叫びと同時に高度が落ち始める。

 

「また墜ちるんですか!?」

 

「好きで墜としてるんじゃあない!」

 

 蓮司は座席へ身体を固定しながら魔虚羅を呼び出した。当然、機内に三メートルの身体を出すことはできない。外側へ腕だけを顕現させ、翼と胴体を支えるように配置する。

 

「魔虚羅、機体を支えろ! 壊すなよ!」

 

「注文が細かいわ!」

 

「この大きさで雑に掴んだら折れますから!」

 

 機体は完全には立て直せなかった。それでも魔虚羅の腕が衝撃を和らげ、ジョセフがどうにか砂地へ機首を向ける。小型機は何度も地面を跳ね、翼の一部を失いながら砂漠へ滑り込んだ。最後に大きな衝撃が来たが、どうにか全員生きていた。

 

「…………」

 

 静かになった機内で、蓮司は前方を見る。

 

「ジョセフさん」

 

「何じゃ」

 

「飛行機、何機目です?」

 

「数えるな」

 

 短い返事だった。

 

     ◇

 

 救援を待つことになり、一行は墜落した飛行機の近くへ簡単な野営地を作った。そこで花京院は、自分の腕に残された文字を見つけた。

 

「BABY……STAND?」

 

 刃物で皮膚へ刻まれている。本人には書いた記憶がない。

 

「赤ん坊……スタンド?」

 

 蓮司も文字を見る。

 

「自分で書いたんですか?」

「分からない。でも、このナイフを持っていたのは僕だ。それに飛行機の中で、僕は自分の腕を切ろうとしていたんだろう?」

 

「はい。寝たままですけど」

 

 花京院は赤ん坊を見る。

 

「もしかして……」

 

 声が低くなる。

 

「この赤ん坊がスタンド使いなんじゃないか?」

 

 ポルナレフが呆れたように眉を寄せた。

 

「おいおい。いくら何でも赤ん坊だぞ」

 

「オランウータンがスタンド使いだったこともある」

 

 花京院は譲らない。

 

「年齢や種族で否定できるものじゃない」

 

 その点については、蓮司も同意だった。

 

「赤ちゃんだからスタンド使いじゃない、とは言い切れないと思います」

 

 ジョセフが驚いたように振り返る。

 

「神代まで何を言い出すんじゃ」

 

「可能性の話ですよ。スタンド使いになれる条件自体、俺たちもよく分かってないでしょう。ただ……」

 

 蓮司は花京院の腕を見る。

 

「今の段階で、この赤ちゃんが敵だと決めるのも早いです。文字だけだと、何を意味してるのか分からないので」

 

 花京院もそこは否定できなかった。

 

「……分かっている。僕も証拠が欲しい」

 

 その時、赤ん坊が入れられている籠の近くへ、一匹のサソリが這ってきた。誰も気付いていない。花京院だけを除いて。赤ん坊の目が動く。小さな手に、安全ピンが握られた。

 

 一瞬。花京院が立ち上がった。

 

「今だ!」

 

「何がです?」

 

 全員が振り返った時には、赤ん坊は普通に寝転がっていた。

 

「今こいつがサソリを殺した!」

 

「サソリ?」

 

 ポルナレフが籠を覗き込む。

 

「どこにいるんだ」

 

「いたんだ! 今確かに――」

 

 花京院は籠の中を探す。しかし死骸は見つからない。赤ん坊は何も知らない顔をしている。

 

「花京院さん」

 

 蓮司も近づいて確認する。

 

「本当に見たんですか?」

 

「見た。安全ピンで一瞬で刺した」

 

「死骸は?」

 

「それが……」

 

 ない。赤ん坊は小さく口を動かしていたが、それだけだった。ジョセフが花京院の肩へ手を置く。

 

「少し休んだ方がいい。昨日からまともに眠れておらんのじゃろう」

 

「違う! 僕は正気だ!」

 

 花京院が強く振り払う。

 

「この腕の文字もある! 夢の中で何かが起きているんだ。僕は寝ている間に何かに襲われて、それを忘れさせられている!」

 

 蓮司は黙って聞いていた。話としては異常だ。しかしスタンド能力として考えれば、「あり得ない」と切り捨てるほどではない。

 

「夢の中で攻撃して、起きたら忘れるスタンド……」

 

「神代君!」

 

 花京院がこちらを見る。

 

「信じてくれるのか?」

 

「そういう能力があってもおかしくないとは思います。ただ、この赤ちゃんが本体だというところまではまだ――」

 

「なら、確かめればいい!」

 

 ハイエロファントグリーンが現れた。赤ん坊へ向かう。

 

「花京院さん!」

 

 蓮司も反応した。証拠を確かめるためとはいえ、いきなり赤ん坊へスタンドで攻撃するのは許容できない。しかし蓮司が動くより早く、ポルナレフが花京院の顔を殴った。

 

「頭を冷やせ!」

 

 花京院の身体が地面へ倒れる。

 

「ポルナレフさん、強くないですか!?」

 

「こいつが赤ん坊を殺そうとしたからだろ!」

 

「止めるのには賛成ですけど!」

 

 花京院は完全に気を失っている。その傍らには、先ほど出したハイエロファントグリーンがまだ残っていた。ポルナレフが少し困った顔をする。

 

「……殴りすぎたか?」

 

「今さら言っても遅いです」

 

 蓮司はしゃがみ込み、呼吸を確認した。

 

「気絶してるだけみたいです」

 

「なら寝かせておこう。相当疲れてるんだろう」

 

 ジョセフがそう判断し、花京院を毛布の上へ寝かせる。蓮司はその隣に残るハイエロファントグリーンを見た。本人が気絶しても消えていない。シンガポールで意識を失った時の魔虚羅を思い出す。ただ、花京院のスタンドが今にも勝手に暴れ出すような様子はなかった。

 

「神代、どうした?」

 

 承太郎に聞かれる。

 

「いえ。本人が気絶してても、出したままならスタンドって残ることあるんだなと思って」

 

 承太郎もハイエロファントグリーンを見る。

 

「スタンドによるんだろうな」

 

 蓮司は頷き、自分の魔虚羅は呼び出さなかった。敵がいると確定したわけでもなく、赤ん坊のすぐそばに巨大な神将を出したまま眠る理由もない。夜が深まり、見張りを終えた蓮司もやがて毛布へ横になった。

 

     ◇

 

 目を開けると、遊園地にいた。

 

「……は?」

 

 蓮司は立ち上がって周囲を見回した。夜のように暗い空の下、派手な照明に照らされた回転木馬や観覧車、屋台が並んでいる。さっきまで砂漠で寝ていたはずなのに、どう見ても別の場所だった。少し離れたところには承太郎、ジョセフ、ポルナレフもいる。

 

「ここはどこじゃ?」

 

「遊園地……ですよね」

 

 蓮司は自分の腕をつねった。痛い。

 

「夢じゃないんですか?」

 

「夢なら痛くないって誰が決めたんだ?」

 

 承太郎が周囲を警戒する。ポルナレフだけが青い顔をしていた。

 

「ここ……知ってる」

 

「来たことあるんですか?」

 

「分からない。だが、前にもここにいた気がする」

 

 その言葉を聞いて、蓮司は花京院の話を思い出した。夢。遊園地。起きれば忘れる。

 

「これ、花京院さんが言ってたやつじゃ……」

 

 空に一枚のカードが浮かんだ。タロットの死神。その絵が大きく歪み、巨大な人型へ変わっていく。道化師のような顔に、大きな鎌。

 

『ようこそ。ここは夢の世界だ』

 

 その声を聞いた瞬間、全員の表情が変わった。

 

「やっぱりスタンドか!」

 

 ポルナレフがシルバーチャリオッツを出そうとする。

 

「シルバーチャリオッツ!」

 

 何も起こらない。

 

「……え?」

 

「スタープラチナ」

 

 承太郎も呼ぶ。現れない。ジョセフのハーミットパープルも同じだった。

 

「魔虚羅!」

 

 蓮司も叫んだ。しかし、いつもなら背後へ現れる巨体の気配がどこにもない。

 

「呼べない……?」

 

 夢の中では、スタンドが出せない。死神のスタンドは楽しそうに鎌を振った。

 

『ここでは俺だけがスタンドを使える。お前たちはただの人間だ』

 

 蓮司は無意識に一歩下がった。魔虚羅がいない。スタンドへ対抗する手段がない。これまで魔虚羅が通用しない状況はいくつもあったが、呼び出すことすらできないのは初めてだった。

 

『特にお前だ』

 

 死神の顔が蓮司へ向く。

 

『大きな化け物がいなければ、ただのガキじゃないか』

 

「……否定はしませんけど」

 

 実際、スタンド相手に素手で勝てるとは思っていない。蓮司は周囲を見ながら逃げ道を探した。

 

「でも花京院さんは、ここから一度出てるんですよね」

 

『起こされたからだ。だが今夜は違う。全員まとめて殺す』

 

 巨大な鎌が振り下ろされる。

 

「散って!」

 

 蓮司たちはそれぞれ違う方向へ飛んだ。地面が真っ二つに裂ける。承太郎が近くの椅子を投げつけるが、死神の身体をすり抜けた。スタンドへ生身の人間が攻撃できないという基本的なルールは、夢の中でも変わらないらしい。

 

「一方的すぎるでしょう……!」

 

 蓮司は走りながら歯を食いしばった。こちらから触れない。魔虚羅も出せない。相手だけが好きなように能力を使える。胸の奥で、またあの感覚が膨らんだ。

 

 怖い。それと同時に腹が立つ。まともに戦うことすら許さず、ルールそのものを押しつけて終わらせようとする敵。

 

「本当にこういう能力嫌いだな……!」

 

 蓮司が吐き捨てた瞬間、死神の鎌が再び迫る。避けきれないと思った時、緑色の触手が横から伸びて鎌を弾いた。

 

「え?」

 

 全員が振り向くと、そこには花京院が立っていた。

 

「随分好き勝手してくれたね」

 

 その背後にはハイエロファントグリーンがいる。

 

「花京院さん!」

 

「何でお前だけスタンドを出せるんだ!?」

 

 ポルナレフが叫ぶ。花京院は死神から目を離さずに答えた。

 

「簡単なことだったんだ。夢の中に入ってからスタンドを出すことはできない。でも、眠る前からスタンドを出していれば、そのまま一緒に夢へ入れる」

 

 蓮司は現実で見た光景を思い出した。ポルナレフに殴られた花京院。その横に残っていたハイエロファントグリーン。

 

「だから……!」

 

「そう。ポルナレフが僕を気絶させた時、既にハイエロファントは出ていた」

 

「俺が殴ったおかげということか?」

 

「そこを誇るのは違うと思います」

 

 蓮司が言うと、ポルナレフは黙った。死神のスタンドが後退する。

 

『そんな馬鹿な!』

 

「これで一方的じゃなくなったね」

 

 花京院の表情は落ち着いていた。蓮司は少し離れたところまで下がる。ここからは花京院の戦いだ。魔虚羅を呼べない自分が無理に前へ出れば、むしろ邪魔になる。ハイエロファントグリーンが伸びる。

 

 死神は夢の世界そのものを歪め、地面から巨大な腕や刃を生み出して迎撃する。遊園地の遊具まで形を変えて花京院へ襲いかかった。それでも花京院は焦らなかった。触手状の身体を細く伸ばして攻撃の隙間を抜け、死神の首へ絡みつく。

 

『離せ!』

 

「この夢の中では何でもできるんだったね。だから僕たちが勝てるはずがないと思っていた」

 

 花京院はさらに締め上げる。

 

「でも、スタンド同士なら話は別だ」

 

 死神が鎌を消し、背後から別の巨大な刃を出現させた。ハイエロファントグリーンを真っ二つにするつもりらしい。

 

「花京院さん、後ろ!」

 

 蓮司が叫ぶ。刃が振り下ろされた。しかし、花京院は避けなかった。代わりに、死神の身体が突然硬直する。

 

『な……何だ!?』

 

「もう遅いよ」

 

 花京院が静かに笑った。

 

「ハイエロファントの一部は、とっくに君の身体の中へ入っている」

 

 死神の体内から緑色の触手が浮き出る。

 

『や、やめろ!』

 

「現実にいる本体は赤ん坊だろう。僕たちを夢へ入れた時点で分かったよ」

 

 ジョセフとポルナレフが同時に赤ん坊のことを思い出す。

 

「本当にあの赤ん坊だったのか……」

 

「花京院の言った通りだったじゃあないか」

 

「だから言ったんだ」

 

 花京院の声には若干の棘があった。ポルナレフが目を逸らした。

 

「……悪かった」

 

「起きてからもう一度聞くよ」

 

「起きたら忘れるんだろ!?」

 

「そうだったね」

 

 死神が苦しみながら夢の世界を歪める。花京院の身体についた傷が消えていく。周囲の遊園地も元へ戻り始めた。

 

「僕たちの傷を全部治せ。そしてこの夢から出せ」

 

『わ、分かった! だからやめろ!』

 

「もう一つ。二度と僕たちを襲うな」

 

 死神が必死に頷く。花京院はしばらく相手を見つめ、それからハイエロファントグリーンの拘束を僅かに緩めた。

 

「赤ん坊だから殺しはしない。でも、次はないよ」

 

 夢の景色が白く染まり始める。蓮司は消えていく遊園地を見ながら、自分の隣に誰もいないことを改めて意識した。魔虚羅は最後まで現れなかった。もし花京院がいなければ。自分たちは何もできずに殺されていた。

 

 それは怖いはずなのに、胸の奥に残っている感情は恐怖だけではなかった。魔虚羅さえ出せれば、あのスタンドと戦えたのに。そんな考えが浮かんだところで、意識が途切れた。

 

     ◇

 

「……朝?」

 

 蓮司は目を開けた。砂漠。毛布。壊れた飛行機。昨夜と何も変わらない。

 

「変な夢見た気がするな……」

 

 身体を起こす。しかし内容が出てこない。遊園地だったような。何か巨大なものがいたような気もする。肝心なところだけが綺麗に抜け落ちている。

 

 隣ではジョセフや承太郎、ポルナレフも起き始めていた。花京院だけは、妙にすっきりした顔をしている。

 

「おはよう、神代君」

「おはようございます。何か機嫌いいですね」

 

「よく眠れたからね」

 

 昨日あれだけ騒いでいた人間とは思えない。蓮司は少し不思議に思ったが、花京院の腕に刻まれていた「BABY STAND」の文字も消えており、傷まで綺麗になくなっている。

 

「腕、治ってますね」

「ああ。もう問題ないよ」

 

 花京院は赤ん坊を抱き上げた。赤ん坊の方は何故か酷く怯えた顔をしている。花京院が見つめるだけで身体を震わせていた。

 

「どうしたんでしょう、その子」

 

「さあ」

 

 花京院は穏やかに笑った。

 

「昨日は随分大変だったし、お腹が空いているのかもしれないね」

 

 おむつを替えたあと、花京院は赤ん坊用の食事を用意し始める。蓮司は何となくその手元を見ていた。

 

「花京院さん」

「何だい?」

「今、何入れました?」

 

 花京院の手が止まる。

 

「気のせいじゃないかな」

 

「いや、何か――」

「神代君」

 

 にこやかに名前を呼ばれた。

 

「……何でもないです」

 

 見なかったことにした方がいい気がした。少しして、ジョセフが赤ん坊を抱き上げる。

 

「腹が減ったのか? ほれ、飯じゃぞ」

 

 赤ん坊が全力で首を振る。

 

「何じゃ、好き嫌いか?」

 

「赤ん坊に好き嫌いなんてあるのか?」

 

 ポルナレフも覗き込む。

 

「せっかく花京院が作ってくれたんだ。食え食え」

 

 赤ん坊は泣き出した。花京院だけが静かに笑っている。蓮司はその顔と食事を交互に見て、深入りしないことを改めて決めた。

 

     ◇

 

 近くの町へ着くと、赤ん坊は病院と現地の人間へ預けることになった。結局、母親が誰なのかは分からないままだった。一行が再び移動を始めた後、蓮司は隣を歩く花京院へ声をかけた。

 

「花京院さん」

 

「何だい?」

 

「昨日、本当に何もなかったんですよね」

 

 花京院は少しだけ笑った。

 

「どうしてそう思うんだい?」

 

「何となくです。赤ちゃんが花京院さんだけ妙に怖がってたので」

 

「気のせいだよ」

 

「そうですか」

 

 これ以上聞いても答えないだろう。蓮司は諦めた。ただ。昨夜の夢だけが妙に気になる。何を見たのかは全く思い出せないのに、起きた時から一つだけ変な感覚が残っていた。

 

 魔虚羅を呼ぼうとして。呼べなかったような。

 

「…………」

 

 そこで胸の奥が僅かにざわつく。怖かったからなのか。それとも。戦えるはずなのに戦えなかったことが、気に入らなかったのか。そこまで考えたところで、蓮司は首を振った。

 

 内容すら覚えていない夢について考えても仕方がない。

 

「神代君、行くよ」

 

「はい」

 

 花京院に呼ばれ、蓮司は一行の後を追った。その日の花京院は、旅を始めてから見た中でもかなり機嫌が良かった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。