ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった   作:東京大特価

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第十七話 願いを三つ叶えてくれるそうです

 あの妙に花京院を怖がっていた赤ん坊と別れてから、一行はさらに西へ進み、ようやく紅海まで辿り着いた。日本を出発した時にはエジプトなど地図の向こう側にあるような感覚だったが、今ではもう海を挟んだ先に目的地がある。ホリィに残された時間を考えれば喜んでいる場合ではないものの、確実にDIOへ近づいていることだけは実感できた。その日の一行は小型の船を借り、紅海に浮かぶ小さな島へ向かっていた。

 

「エジプトへ行くなら、そのまま海を渡ればいいんじゃないですか?」

 

 蓮司が尋ねると、船を操縦していたジョセフが首を振った。

 

「その前に会っておきたい人物がおる。今後の移動手段についても協力してもらう予定じゃ」

「スピードワゴン財団の人ですか?」

「いや。アヴドゥルの父親じゃ」

 

 その名前が出た途端、それまで海を眺めていたポルナレフの表情が僅かに強張った。

 

「……アヴドゥルの親父?」

 

「ああ。この辺りの島で暮らしておる。息子から連絡が途絶えたままというわけにもいかんからな」

 

 ジョセフの説明を聞きながら、蓮司はポルナレフを横目で見た。J・ガイルを倒してから時間は経っている。ポルナレフも以前のように話すようになり、馬鹿なことでジョセフと言い合う姿も戻ってきた。それでもアヴドゥルの名前を出されれば、あの日のことまで消えるわけではない。

 

「……俺から話す」

 

 ポルナレフが言った。

 

「親父さんには、俺から話したい。あいつが死んだ時のことも……俺を庇ったことも」

 

 ジョセフはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。

 

「分かった」

 

 それ以上、誰も何も言わなかった。

 

     ◇

 

 島は想像していた以上に小さかった。岩と砂の多い土地に簡素な家が一軒建っており、その周囲を何羽かの鶏が歩き回っている。こんな場所で一人暮らしをしているのなら、かなりの変わり者なのかもしれない。一行が船を降りて家へ向かう途中、白髪と髭を伸ばした老人が姿を現した。

 

「……あの人ですか?」

 

 蓮司が小声で尋ねる。

 

「ああ」

 

 ジョセフはそれだけ答えた。老人は一行を見回し、最後にポルナレフへ目を止めた。その瞬間、蓮司は妙な感覚を覚えた。意識の奥で、魔虚羅が僅かに反応した。

 

「…………」

 

 スタンドを出しているわけではない。それでも、強いスタンド使いと対面した時に感じるあの気配がある。蓮司は隣にいる承太郎へ小声で話しかけた。

 

「承太郎さん。あの人、もしかしたらスタンド使いかもしれません」

「そうかもな」

「……随分軽いですね」

「アヴドゥルの親父だ。別におかしくはねえだろ」

 

 言われてみれば、それもそうかもしれない。スタンド能力に遺伝的な要素があるのかは分からないが、承太郎とジョセフのように血縁者同士で発現している例もある。アヴドゥルの父親がスタンド使いでも、それだけなら不思議ではなかった。老人がジョセフを見る。

 

「何をしに来た」

 

「久しぶりじゃな。少し話があってな」

 

「息子はどこだ」

 

 直球だった。ジョセフが答えるより先に、ポルナレフが前へ出る。

 

「親父さん。アヴドゥルは……」

 

「聞きたくない」

 

 老人が背を向けた。

 

「だが――」

「息子がいない時点で分かる。わざわざ聞かせに来なくていい」

 

 ポルナレフの言葉が止まる。

 

「待ってくれ。俺はあいつに――」

「帰れ!」

 

 老人の怒鳴り声が響いた。鶏が驚いて散っていく。

 

「お前たちの顔も見たくない。息子について何も聞くつもりはない!」

 

 老人はそのまま家へ戻っていった。ポルナレフはしばらく動かなかった。

 

「……俺の顔を見たからだ」

 

「ポルナレフさん」

 

「俺が一人でJ・ガイルを追わなければ、アヴドゥルは死ななかった。親父さんだって、それくらい分かったんだろ」

 

「それは――」

 

 蓮司は言葉を続けられなかった。違う、と簡単に言うことはできる。実際、アヴドゥルは自分でポルナレフを庇ったし、花京院も以前そう伝えている。しかし本人が罪悪感を抱く理由まで否定することはできなかった。

 

「ちょっと一人にしてくれ」

 

 ポルナレフはそれだけ言い残し、海岸の方へ歩いていった。蓮司が追おうとすると、ジョセフが腕を伸ばした。

 

「今は行かせてやれ」

「でも、この島だって安全とは限りませんよ」

「遠くへ行くわけではない。少しだけじゃ」

 

 蓮司はポルナレフの背中を見た。敵のスタンド使いがいつ現れるか分からない以上、一人にするのは不安だった。それでも今すぐ誰かが隣へ行ったところで、素直に話すとも思えない。

 

「……少しだけですよ」

 

 そう言って、蓮司はその場に残った。

 

     ◇

 

 ポルナレフは一人、島の海岸を歩いていた。波の音だけが聞こえる。J・ガイルを倒した時、三年越しの復讐を終えたはずだった。もっと何かが変わると思っていたが、シェリーは戻ってこなかったし、自分を庇ったアヴドゥルまで失った。

 

「仇を討てば全部終わると思ってたんだけどな……」

 

 自嘲気味に呟く。足元の砂を蹴ると、何か硬い物に靴先が当たった。

 

「ん?」

 

 砂の中から古びた金属製のランプが出てくる。ポルナレフは拾い上げ、砂を払った。

 

「何だこれ。随分古いな」

 

 表面は汚れ、錆びついている。何となく袖で擦った。その瞬間、ランプの口から煙が噴き出した。

 

「うおっ!?」

 

 ポルナレフが飛び退く。煙は空中で集まり、やがて巨大な人型へ変わった。鎧とも機械ともつかない奇妙な姿をした存在が、腕を組んでポルナレフを見下ろす。

 

『お前の願いを三つ叶えてやろう』

 

「…………」

 

 ポルナレフは黙ってその姿を見る。

 

『どうした? 驚きすぎて声も出ないか? 私はランプの精だ。お前の望みを三つ――』

 

「スタンドだろ、お前」

 

『…………』

 

「最近そういうのばっかり見てきたからな。ランプから変なのが出てきて素直に魔法だと思えるほど、俺も純粋じゃあない」

 

 人型は少し黙った。しかしすぐに大きく笑う。

 

『疑い深い男だ! ならば試してみるがいい。三つだけ、どんな願いでも叶えてやろう! HAIL 2 U! 君に幸あれ!』

 

「願いねえ……」

 

 どう見ても怪しい。それでも目の前の存在がすぐ攻撃してくる様子もない。ポルナレフは少し考え、試すように言った。

 

「じゃあ、金持ちにしてみろ。そこら中に金が余るくらいにな」

 

『その願い、叶えてやろう!』

 

 人型が両腕を広げる。地面が盛り上がった。砂の中から古びた宝箱が姿を現し、蓋が開く。中には大量の金貨が詰まっていた。

 

「……マジかよ」

 

 ポルナレフが一枚拾う。重さもある。噛んでみても妙な感触はない。

 

「本物なのか?」

 

『疑うなら好きなだけ調べるがいい。さあ、残り二つだ』

 

 ポルナレフは金貨を見つめた。これが本当に願いを叶える力なら、と考えた瞬間、頭の中に一人の少女が浮かぶ。

 

『どうした?』

 

「……死んだ人間を生き返らせることもできるのか?」

 

 人型の目が僅かに光った。

 

『もちろんだとも』

 

 ポルナレフが息を呑む。

 

「本当に?」

 

『願いとは心から望むものだ。死者を蘇らせたいという願いも、当然叶えられる』

 

 普通なら信じない。死んだ人間が戻るわけがない。それでも、目の前には先ほどまで存在しなかった金貨がある。そしてこの旅に出てから、常識では説明できないものを何度も見てきた。

 

「……シェリー」

 

 妹の顔が浮かび、それと同時に、倒れたアヴドゥルの姿も脳裏をよぎった。

 

「二人……駄目か?」

 

『願いはあと二つだ』

 

「なら二つ使う」

 

 ポルナレフは迷わなかった。

 

「俺の妹、シェリーを生き返らせてくれ。それから――」

 

 一度だけ声が詰まる。

 

「アヴドゥルも生き返らせてくれ」

 

『HAIL 2 U!』

 

 人型が高らかに叫び、そのまま地面へ沈んで消えた。

 

     ◇

 

「遅くないですか?」

 

 蓮司は海岸の方向を見た。ポルナレフが一人になってから、かなり時間が経っている。

 

「確かにな」

 

 花京院も立ち上がる。

 

「探しに行った方がいいだろう」

 

 ジョセフが頷くより早く、遠くから何かが砕けるような音が聞こえた。蓮司は即座に立ち上がった。

 

「今の、戦ってる音ですよね」

 

「ああ」

 

 承太郎も既に海岸へ向かっている。一行が走り出す。蓮司は途中で魔虚羅を呼び出そうとして、少し躊躇した。先ほどから妙だった。島へ着いた時、アヴドゥルの父親を見た瞬間にも魔虚羅は反応した。

 

 そして今も、海岸の方向から複数の強い気配を感じている。

 

「……何がいるんだ?」

 

 答えは分からない。蓮司はそのまま走った。

 

     ◇

 

「シェリー……?」

 

 ポルナレフの目の前に、死んだはずの妹が立っていた。少し離れた草むらから現れた姿は、記憶にある妹そのものだった。髪。顔。声。

 

「お兄ちゃん」

 

 呼ばれた瞬間、疑う気持ちなど消えた。

 

「シェリー!」

 

 ポルナレフが駆け寄る。抱き締める。温かい。夢でも幻でもないように感じた。

 

「本当に……生き返ったのか」

 

「会いたかった」

 

「ああ。俺もだ。ずっと……」

 

 声が震える。三年間。J・ガイルを追い続けたのも、全てはこの妹のためだった。

 

「腹が減った」

 

「え?」

 

 シェリーが顔を上げる。その顔の右半分が崩れ始めた。

 

「すごく、お腹が空いてるの」

 

 次の瞬間、ポルナレフの肩へ歯を立てた。

 

「ぐあっ!?」

 

 突き飛ばす。

 

「シェリー……?」

 

 妹だったものが笑う。口が人間ではあり得ないほど大きく裂け、歯が何本も伸びていた。

 

「お兄ちゃんを食べたら、もっと元気になれる」

 

「違う……お前はシェリーじゃない!」

 

 シルバーチャリオッツが現れる。しかし剣を構えたところで、ポルナレフの腕が止まった。顔も声も、あまりにも妹そのものだった。

 

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 

 偽物だ。頭では分かっている。それでも剣を振れない。

 

『HAIL 2 U!』

 

 地面から先ほどの人型が現れた。

 

「てめえ……!」

 

『私は魔法使いではない。スタンド、審判――ジャッジメント! お前の心が望んだものを、土から作ってやっただけだ!』

 

 人型が大笑いする。

 

『人間は欲望に負ける。死者が戻らないと知りながら、それでも戻ってほしいと願う! だから騙されるのだ!』

 

「シェリーを消せ! これが最後の願いだ!」

 

『残念だったな』

 

 ジャッジメントが指を振る。

 

『三つ目はもう使っている』

 

「何……?」

 

『お前はもう一人、生き返らせてほしい男の名を言っただろう』

 

 背後から足音がした。ポルナレフの身体が硬直する。

 

「まさか……」

 

 振り向く。そこにアヴドゥルが立っていた。

 

「ポルナレフ」

 

「アヴ……ドゥル……」

 

 見覚えのある顔。いつもの服。額には、あの日撃ち抜かれた痕が残っている。

 

「お前のせいだ」

 

 アヴドゥルが言った。

 

「お前が勝手な行動をしなければ、私は死ななかった」

 

 ポルナレフの顔から血の気が引く。

 

「……違う」

 

「何が違う?」

 

「俺は……」

 

「お前を庇ったせいで死んだんだ。今度はお前が償え」

 

 偽アヴドゥルの口が裂ける。シェリーと同じ、怪物の歯が現れた。二体が同時に襲いかかる。

 

「クソッ!」

 

 シルバーチャリオッツが迎撃するが、ジャッジメントが間へ入り、その腕を掴んだ。

 

『無駄だ! お前にはこいつらを斬れまい!』

 

 確かに斬れない。偽物だと分かっていても。シェリーの顔。アヴドゥルの顔。二人を自分の手でもう一度殺すような真似が、どうしてもできなかった。

 

 偽シェリーが腕へ噛みつき、偽アヴドゥルが反対側から肩を押さえ込む。

 

「ぐっ……!」

 

『どうした? これが望みだったのだろう? 死んだ者に会いたかったのだろう!』

 

 ジャッジメントが笑う。ポルナレフは抵抗をやめかけた。シェリー。アヴドゥル。二人とも自分のせいで死んだ。

 

 もし、これが罰なのだとしたら。

 

「……悪かったな」

 

 小さく呟いた。その時、偽アヴドゥルの頭が、突然炎に包まれた。

 

「え?」

 

 炎が一気に全身へ広がり、土人形を焼き尽くしていく。

 

『何ッ!?』

 

 ジャッジメントが振り向いた。

 

「全く……何をやっているんだ、ポルナレフ」

 

 聞き覚えのある声に、ポルナレフがゆっくり顔を上げる。そこには、もう一人のアヴドゥルが立っていた。

 

「…………」

 

「久しぶりだな」

 

「…………」

 

 ポルナレフは何度も瞬きをした。先ほどまで自分を食おうとしていたアヴドゥルの偽物は炎の中で崩れているのに、その向こうには普通のアヴドゥルが立っている。

 

「また偽物か……?」

 

「失礼な奴だな」

 

「いや、だって今一人増えたし……」

 

「本物だ」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「アヴドゥル?」

 

「ああ」

 

「生きてる?」

 

「ああ」

 

 ポルナレフが恐る恐る指を差した。

 

「本当にアヴドゥルなのか?」

 

 アヴドゥルは胸を張った。

 

「YES! I AM!」

 

「…………」

 

 ポルナレフの顔が歪んだ。

 

「生きてたのかよおおおおおおッ!」

 

 飛びつこうとしたところで、偽シェリーが再び襲いかかる。

 

「今は感動している場合ではない!」

 

「お前が出てきたからだろうが!」

 

 シルバーチャリオッツの剣が動く。今度は迷いがなかった。目の前にいるアヴドゥルが本物なら、こちらは偽物だ。偽シェリーの腕を切り落とし、すぐに距離を取る。そこへマジシャンズレッドの炎が直撃した。

 

 土人形が一瞬で焼け崩れる。

 

『き、貴様! 何者だ!』

 

 ジャッジメントが後退した。

 

「見れば分かるだろう。私はモハメド・アヴドゥルだ」

 

『ならばお前にも願いを叶えてやろう! 三つだ! 三つまで何でも――』

 

「四つだ」

 

『何?』

 

「私の願いは四つある」

 

 アヴドゥルがマジシャンズレッドを前へ出す。

 

「一つ。お前の作ったシェリーを完全に始末する。二つ。偽物の私も始末する。そして三つ目――」

 

 炎がジャッジメントの周囲を取り囲んだ。

 

「お前を叩きのめす」

 

『三つ目まで全部攻撃じゃないか!』

 

「まだ四つ目が残っている」

 

「四つ目は何だ?」

 

 ポルナレフが聞く。アヴドゥルは笑った。

 

「地獄へ落ちてもらう」

 

 マジシャンズレッドの炎が炸裂した。

 

     ◇

 

「今、炎が見えました!」

 

 海岸へ向かっていた蓮司が足を速める。

 

「あれは……」

 

 ジョセフが遠くの炎を見る。

 

「マジシャンズレッド……?」

 

 蓮司が聞き返す。

 

「え?」

 

 承太郎と花京院は、何故か驚いていない。

 

「ちょっと待ってください」

 

 蓮司は走りながら三人を見る。

 

「今、マジシャンズレッドって言いました?」

「ああ」

 

「アヴドゥルさんのスタンドですよね」

「ああ」

 

「アヴドゥルさん、死んだんですよね」

 

 誰も答えない。

 

「……何で皆黙るんです?」

 

「行けば分かる」

 

 承太郎がそれだけ言った。

 

「俺、何か聞かされてないことあります?」

 

 やはり答えはなかった。嫌な予感がする。ただし今までの敵に関する嫌な予感とは種類が違った。

 

     ◇

 

 ジャッジメントは強力なスタンドだった。シルバーチャリオッツの攻撃を受け止めるだけの力があり、正面から殴り合っても簡単には崩れない。しかし、マジシャンズレッドとは相性が悪かった。ジャッジメントが拳を振り抜くと、アヴドゥルは炎で軌道を逸らし、そのまま腕へまとわせる。土で作られた身体の表面が焼け、ジャッジメントが慌てて炎を振り払おうとした隙をシルバーチャリオッツが狙った。

 

 銀色の剣が脇腹へ突き刺さる。

 

『ぐあっ!』

 

「さっきまで随分好き勝手してくれたな!」

 

 ポルナレフが剣を引き抜く。

 

「シェリーの姿を使った分も返してもらうぞ!」

 

『待て! 話し合おう!』

 

「さっきまで俺を食わせようとしていた奴が言う台詞か!」

 

 ジャッジメントが後退する。その足元で、地面が僅かに動いた。アヴドゥルが気付く。

 

「ポルナレフ。本体は近いぞ」

 

「どこだ?」

 

「スタンドがここまで力を持っている以上、そう遠くにはいない。それにさっきから声の響き方が妙だ」

 

 二人が周囲を調べる。やがて地面から一本の細い管が出ていることに気付いた。ポルナレフがしゃがみ込む。

 

「……何だこれ」

 

 管へ耳を近づける。向こうから息遣いが聞こえた。

 

「おい」

 

『…………』

 

「本体、地面の下に隠れてるんじゃあないか?」

 

『…………』

 

 返事はない。アヴドゥルが管を見る。

 

「なるほど。ここから呼吸していたわけか」

 

 ポルナレフの顔に笑みが浮かんだ。

 

「アヴドゥル」

 

「何だ」

 

「こいつ、俺に妹の偽物をけしかけたんだよな」

 

「ああ」

 

「お前の偽物も作った」

 

「ああ」

 

 二人は同時に管を見た。地面の中から、微かな声が聞こえる。

 

『お、おい……何する気だ……?』

 

「まず出てきてもらおうか」

 

 ポルナレフが管を掴むと、地中の男は慌ててジャッジメントを動かした。しかしアヴドゥルの炎が先に地面を走り、隠れていた場所の周囲を焼く。

 

『熱い! 分かった、出る! 出るからやめろ!』

 

 土を押しのけて男が這い出した瞬間、ポルナレフが胸倉を掴んだ。

 

「お前がカメオか。人の妹と仲間の顔を使って、随分楽しそうだったな」

 

「ま、待て! 願いならまだ――」

 

「もう願い事は結構だ」

 

 アヴドゥルも隣へ立つ。

 

「今度は我々の方が、お前に用がある」

 

 カメオの顔が引きつった。その少し後、海岸に男の悲鳴が響いた。

 

     ◇

 

 蓮司たちが海岸へ着いた頃には、戦いはほとんど終わっていた。焼け焦げたジャッジメントが消え、その少し離れた場所では、地面から引きずり出された男が倒れている。しかし蓮司は敵を見る余裕がなかった。

 

「…………」

 

 目の前にアヴドゥルがいる。普通に立っている。少し痩せたようには見えるが、どう見ても幽霊ではない。

 

「アヴドゥルさん?」

 

「ああ。久しぶりだな、神代君」

 

「…………」

 

 声も本人だ。

 

「生きてたんですか?」

 

「生きていた」

 

 蓮司はジョセフを見る。

 

「知ってたんですか?」

 

「……まあな」

 

 承太郎を見る。

 

「承太郎さんも?」

「ああ」

 

 花京院を見る。

 

「花京院さんも?」

「すまない、神代君」

 

「…………」

 

 ポルナレフが横から口を挟んだ。

 

「待て。お前も知らなかったのか?」

 

「知りませんよ! 今初めて聞きました!」

 

「仲間だ!」

 

「こんなことで仲間意識持ちたくないです!」

 

 ポルナレフはすぐジョセフたちへ向き直った。

 

「どういうことだ! 何で俺たちに黙ってた!」

 

「落ち着け!」

 

「これが落ち着いていられるか!」

 

 その勢いに押され、蓮司は一度口を閉じた。騙されていたことには腹が立つが、それ以上に、アヴドゥルが生きていたという事実の方が大きかった。

 

「アヴドゥルさん、本当に大丈夫なんですか?」

 

「ああ。ホル・ホースの弾丸は頭蓋を掠めた。出血は酷かったが、急所までは届いていなかったんだ」

 

 アヴドゥルが額の傷を指す。

 

「意識を失っていたから、あの場では死んだように見えただろう。その後スピードワゴン財団に保護され、治療を受けていた」

 

「じゃあ、あの時……」

 

 蓮司はカルカッタで倒れたアヴドゥルを思い出した。流れていた血も、呼びかけても返事がなかったことも、自分には何もできなかったと思ったことも覚えている。

 

「良かった……」

 

 自然に言葉が出た。

 

「本当に」

 

「心配をかけたな」

 

 アヴドゥルが静かに答える。その隣では、ポルナレフがまだ納得していなかった。

 

「だったら何で教えなかった! 俺がどれだけ――」

 

 途中で言葉が止まる。シェリーの仇を倒した後も、アヴドゥルの父親に会った時も、ポルナレフはずっと自分を責めていた。ジョセフの表情も少し真剣になる。

 

「敵を欺くためじゃ。アヴドゥルが生きていると知れれば、DIO側も対策してくる。情報が漏れる可能性を少しでも減らすため、知る者を絞った」

 

「だからって俺にまで!」

 

「お前に教えたら、絶対顔に出るじゃろうが!」

 

「出ない!」

 

「出る」

 

 承太郎が即答した。花京院も目を逸らしながら小さく頷いている。

 

「お前ら……!」

 

 蓮司は自分を指した。

 

「俺まで知らされなかった理由は?」

「人数を増やす必要がなかったからじゃ」

 

 ジョセフが今度は普通に答えた。

 

「お前なら秘密を守れるとは思っておる。じゃが知っている者が一人増えれば、それだけ何かの能力で情報を抜かれる可能性も増える。この旅では何が起きるか分からんからな」

 

 蓮司は少し考えた。

 

「……それなら、まあ分かります」

 

「納得するの早くないか!?」

 

 ポルナレフが振り向く。

 

「生きてたならそれでいいじゃないですか」

「俺だって生きてたこと自体は嬉しい! それと騙されてたことは別だ!」

 

「それは確かに」

 

「どっちなんだお前は!」

 

 少なくとも、アヴドゥルが生きていた。それだけで十分だった。

 

     ◇

 

 落ち着いたところで、もう一つの疑問が残った。

 

「じゃあ、さっき会ったアヴドゥルさんのお父さんは?」

 

 蓮司が尋ねる。アヴドゥルが何とも言えない顔をする。

 

「私だ」

 

「…………」

 

「変装していた」

 

「…………」

 

 蓮司は朝に会った白髪の老人を思い出した。確かに魔虚羅は反応していた。承太郎へ「スタンド使いかもしれない」と相談までした。

 

「承太郎さん」

「何だ」

「知ってて俺に『そうかもな』って言ったんですか」

「ああ」

 

「…………」

 

 少し腹が立った。ポルナレフはそれどころではない。

 

「待て! じゃあ親父さんに息子を死なせたって謝ろうとしてた俺を、お前本人がずっと聞いてたのか!?」

 

「そういうことになるな」

 

「ふざけるなああああッ!」

 

 島中にポルナレフの声が響いた。アヴドゥルは笑いながら避け、ポルナレフが追いかける。少し前までなら、アヴドゥルの名前が出るだけで表情を曇らせていた男が、今は本人へ怒鳴りながら走っている。蓮司はその姿を見ているうちに、何も言う気がなくなった。

 

「……まあ、本当に良かったですね」

 

「ああ」

 

 花京院も穏やかに二人を見る。

 

     ◇

 

 アヴドゥルがこの島へ来ていたのには、治療以外にも理由があった。

 

「潜水艦ですか?」

 

「ああ。この先は紅海を渡る。陸路より敵に居場所を把握されにくい方法を用意していた」

 

 島の反対側へ回ると、小型とはいえ本格的な潜水艦が停泊していた。蓮司はそれを見つめた。船。飛行機。自動車。

 

 そして次は潜水艦。

 

「神代君」

 

 花京院が先に呼びかける。

 

「まだ何も言ってませんよ」

「顔を見れば分かる」

「海の中で故障したら逃げ場ないなと思っただけです」

 

「縁起でもないことを言うな!」

 

 少し離れた場所からジョセフの声が飛んできた。

 

「今回はスピードワゴン財団が整備した潜水艦じゃ! そう簡単に壊れるものか!」

 

 蓮司は返事をしようとして、やめた。これまでの経験上、「大丈夫」と言われた乗り物ほど不安になる。蓮司は潜水艦を見ながら何とも言えない気分になったが、さすがに今から徒歩で紅海を渡るわけにもいかない。結局は乗るしかないのだろうと諦めていると、隣に立っていたアヴドゥルがこちらへ視線を向けた。

 

「そういえば神代君。あの時以来、魔虚羅に妙な変化はないのか?」

 

「あの時って、俺が気絶した時ですか?」

 

「ああ。君が意識を失った途端、魔虚羅が六メートル近くまで巨大化した時だ」

 

 アヴドゥル本人も、あの場にいた一人だった。蓮司が意識を失っている間に魔虚羅が敵を圧倒し、その後はスタープラチナやマジシャンズレッド、シルバーチャリオッツにまで向かっていったところを直接見ている。

 

「今のところ、あれ以来一度もありません。普通に呼び出せばいつもの大きさですし、命令にもちゃんと従います」

 

「そうか。なら、少なくとも常にあの状態になるわけではないようだな」

 

 アヴドゥルは少し考え込んだあと、続けた。

 

「あの時の魔虚羅は、普段の状態とは明らかに違っていた。単に巨大化して力と速度が増しただけではない。君から命令を受けて動いている時よりも、ずっと積極的に戦おうとしていたように見えた」

 

「敵とですか?」

 

「最初はな。しかし二人の敵を倒した後も止まらず、今度は我々のスタンドへ向かった。特にスタープラチナ、マジシャンズレッド、シルバーチャリオッツのような戦闘向きのスタンドを選んでいたように思える」

 

 蓮司も、その話は意識を取り戻した後に聞いている。ただ、改めて実際に対峙した本人から言われると奇妙さが際立った。

 

「俺を守るために、強そうな相手を警戒してた……ってだけじゃ説明できませんよね。敵はもう倒れてたわけですし」

 

「ああ。しかも私が炎で引き離しても、ポルナレフのチャリオッツの速度へ適応した後も、戦意が落ちなかった。君が目を覚まして『止まれ』と命じるまで、あれは本気で我々と戦うつもりだった」

 

 日本で初めて顔を合わせた時にも、魔虚羅はスタープラチナとマジシャンズレッドへ勝手に構えようとした。その時は未知の強敵から蓮司を守ろうとしたのだと思っていたが、同じ反応が何度も続いている。

 

「……何なんでしょうね」

 

 蓮司が呟くと、アヴドゥルはすぐには答えなかった。

 

「一つ気になっていることはある」

 

「何です?」

 

「魔虚羅が君の意思と無関係に動いているのか、本当にそうなのかということだ」

 

 蓮司は眉を寄せた。

 

「でも、あの時の俺は完全に気絶してましたよ」

 

「意識して命令を出していなかった、という意味では確かにそうだ。しかしスタンドは精神の力だ。自分で自覚している考えだけが、全てとは限らない」

 

「……無意識ってことですか?」

 

「可能性の話だ。断定するつもりはない」

 

 アヴドゥルはそう前置きした。

 

「ただ、日本で初めて会った時から、魔虚羅は君が止めるより先に強いスタンドへ反応していた。あの時も、君自身は戦うつもりがなかったはずだ。それでも魔虚羅は構えた。そして君の意識が完全になくなった時には、普段より遥かに強い姿になって、敵を倒した後も戦いを続けようとした」

 

 蓮司は黙り込む。言われてみれば、確かに妙だった。魔虚羅が自分を守ろうとしているだけなら、危険がなくなった時点で止まるはずだ。まして、仲間であるアヴドゥルたちへ向かう理由はない。

 

「でも俺、戦いたいなんて思ってないですよ」

 

 反射的にそう答えた。

 

「痛いの嫌ですし、怪我もしたくないです。わざわざ強い人を見つけて戦おうとも思いません」

 

「それは私も知っている。君が無駄な負傷を避けようとしているのは、この旅で何度も見てきた」

 

 アヴドゥルは否定しなかった。

 

「だからこそ、私にも分からないんだ。魔虚羅が何を表しているのか。それとも私たちが、あのスタンドの性質をまだ理解しきれていないだけなのか」

 

「……そうですか」

 

 そこで話は途切れた。蓮司の頭には、最近の戦いで感じた小さな違和感が浮かんでいた。ハングドマンやジャスティスのように、こちらへまともに触れさせない能力へ妙に苛立ったこと。太陽のようなスタンドと戦った時には、適応を早めるためなら「もう一発受ければいい」と、ごく自然に考えたこと。どれも単独なら、戦いに慣れてきた結果だと説明できる。

 

 敵の能力を攻略しようとして苛立つことも、魔虚羅の能力を効率よく使う方法を考えることも、それほどおかしくはない。ただ、アヴドゥルの言葉を聞いた後では、それらが少しだけ気になった。

 

「……まあ、考えても今は分からないか」

 

 蓮司はそこで思考を切り上げた。分からないことを無理に結論づけても仕方がない。少なくとも今の魔虚羅は命令に従っているし、普通に意識がある状態で勝手に六メートルへ巨大化したこともない。それより今は、アヴドゥルが生きて戻ってきたことを喜ぶ方が先だった。少し離れたところでは、ようやくポルナレフもアヴドゥルを追い回すのをやめていた。

 

「アヴドゥル! 一つだけ聞かせろ!」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「俺があんたの親父さんだと思って謝ってた時、お前は内心どう思ってたんだ?」

 

 アヴドゥルが僅かに視線を逸らした。

 

「……非常に申し訳ないと思っていた」

 

「今の間は何だ!」

 

 再びポルナレフの声が島へ響く。蓮司はそのやり取りを眺めながら、小さく息を吐いた。少なくとも、しばらくは以前より騒がしい旅になりそうだった。

 

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