ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった   作:東京大特価

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第十八話 潜水艦ならさすがに大丈夫ですよね?ダメか…

 紅海へ潜った潜水艦は、これまで使ってきた乗り物とは比べものにならないほど静かだった。窓の外には青黒い海が広がり、ときおり魚の群れが船体の横を通り過ぎていく。飛行機のように揺れ続けることもなければ、ラクダのように突然立ち上がることもない。何より敵から姿を隠したままエジプト側へ近づけるという点では、かなり理にかなった移動手段だった。操縦席にいるのもジョセフではなくアヴドゥルである。

 

「……今回はかなり安心できますね」

 

 蓮司が呟くと、近くにいたポルナレフが嫌そうな顔をした。

 

「やめろ」

「何がです?」

「お前が乗り物を安心だと言うと、その後、ろくなことにならん」

「俺が壊してるわけじゃないでしょう」

 

「分かってる。分かってるんだが、念のため言わないでくれ」

 

 かなり真剣な顔だったので、蓮司はそれ以上反論しなかった。少し前では考えられないやり取りだった。アヴドゥルが生きていたと判明してから、ポルナレフの様子は明らかに変わっている。妹を失ったことまで消えたわけではないが、少なくとも自分を庇って死んだと思っていた仲間が戻ってきたことで、長く背負っていたものの一つは下ろせたのだろう。

 

「おいポルナレフ! 暇ならこちらを手伝え!」

 

 操縦席からアヴドゥルの声が飛ぶ。

 

「何で俺なんだ! 神代だって暇そうにしてるぞ!」

「私はお前を呼んだんだ!」

「生き返った途端に人使い荒くなってないか!?」

 

「最初からこんなものじゃ」

 

 ジョセフが笑いながら言う。

 

「生き返ったんじゃない!」

 

 アヴドゥルとポルナレフの声が綺麗に重なった。蓮司は少し笑いながら、再び窓の外へ目を向けた。このまま何も起きずにエジプトへ着いてほしい。それだけは、口に出さないことにした。

 

     ◇

 

 航行が安定したところで、ジョセフは潜水艦に備え付けられた衛星電話を使って家族へ連絡を入れていた。

 

「そうじゃそうじゃ、仕事は順調じゃよ。ちょっと外国を回っとるだけじゃ」

 

 聞こえてくる会話からすると、電話の相手は妻らしい。蓮司たちは少し離れた場所でコーヒーを飲んでいたが、ジョセフの声量が大きいため内容はほとんど筒抜けだった。

 

「ホリィ? 元気じゃよ! ちょっと風邪を引いとるが、大したことはない!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、場の空気が少しだけ変わった。旅が長くなり、次々と敵に襲われていると忘れそうになるが、そもそもこの旅には時間制限がある。日本では今もホリィが、自分のスタンドに身体を蝕まれている。蓮司は手元のカップを見る。早くDIOを倒さなければならない。

 

 だからこそ、ここまで来て誰かが欠けるわけにもいかなかった。

 

「……七つ?」

 

 花京院の声がした。

 

「何がです?」

 

「カップだよ」

 

 テーブルを見る。確かにコーヒーカップが並んでいる。承太郎、花京院、ポルナレフ、アヴドゥル、蓮司。電話中のジョセフの分も含めれば六人分。しかし、カップは七つあった。

 

「誰か二杯目ですか?」

 

「いや。僕は一杯しか取っていない」

 

「俺もだ」

 

 ポルナレフが自分のカップを持ち上げる。蓮司は余分な一つを見た。何の変哲もない白いカップだった。

 

「最初から七個出してたとか?」

 

「私が用意したのは六つだ」

 

 アヴドゥルが答えた瞬間、余っていたカップが動いた。

 

「え?」

 

 陶器だったはずの縁が鋭い刃へ変形し、一気にジョセフへ飛びかかる。

 

「ジョセフさん!」

 

 蓮司が立ち上がるのと、承太郎がスタープラチナを出すのはほぼ同時だった。しかし狙われたジョセフも反応していた。

 

「うおっ!?」

 

 身体を引いたことで首への直撃は避けたものの、刃が義手へ食い込み、そのまま右手首から先を切り落とす。金属製の手が床へ落ちた。

 

「わしの手が!」

 

「義手ですよね!?」

「義手でもわしの手じゃ!」

 

 ジョセフが電話を投げ捨てて後ろへ下がる。カップだったものは床へ落ちる前に形を崩し、金属の壁へ溶け込むように消えた。

 

「スタンドだ!」

 

 花京院がハイエロファントグリーンを出す。蓮司も魔虚羅を呼び出そうとしたが、すぐに止めた。通路の高さも幅も、三メートルの巨体を出せるようには作られていない。無理に完全顕現させれば、敵より先に潜水艦の内壁を壊しかねなかった。

 

「……ここ、本当に魔虚羅と相性悪いな」

 

 代わりに腕だけを顕現させ、自分と仲間の前へ置く。

 

「どこへ行った?」

 

 承太郎が周囲を見回す。壁。計器。照明。金属製の棚。

 

 潜水艦の内部は無機物だらけだった。アヴドゥルの表情が険しくなる。

 

「まさか……この能力は」

 

「知ってるんですか?」

 

「まだ断定はできん。だが、もし私の知っているスタンドなら厄介だ」

 

 その時、壁に並んだ計器の一つから針のようなものが伸びた。

 

「承太郎さん、右!」

 

 スタープラチナが拳を振る。計器を砕いたが、中身は既に普通の機械へ戻っている。直後、花京院の背後にあった照明器具が人の顔のように変形した。

 

「花京院!」

 

 アヴドゥルが叫ぶ。鋭く伸びた金属が花京院の首筋を掠め、血が散る。

 

「くっ!」

 

 花京院が振り返った時には、もう普通の照明へ戻っていた。

 

「無機物の間を移ってる……?」

 

 蓮司は周囲を見る。ラバーソールのように姿を変えているだけではない。目の前にある物へ溶け込み、その材質そのものを使って形を変えている。アヴドゥルが確信したように言った。

 

「ミドラーだ」

 

「知り合いですか?」

 

「直接の知人ではない。裏の世界では名の知られたスタンド使いだ。無機物へ同化し、その物質を利用して自在に姿を変える。タロットの『女教皇』を暗示するスタンド――ハイプリエステス」

 

「無機物って、どのくらいまでです?」

 

 蓮司の問いに、アヴドゥルが周囲を見回した。

 

「金属や鉱物なら、ほぼ何でもだと思った方がいい」

 

 全員が黙った。ここは潜水艦の中である。

 

「……最悪の場所じゃないですか」

 

「ああ」

 

 花京院が傷を押さえながら同意した。

 

     ◇

 

 ハイプリエステスは、一度姿を消してからなかなか攻撃してこなかった。それが余計に厄介だった。壁も床も天井も、計器も扉も配管も、どこから襲ってくるか分からない。魔虚羅の腕を出したままにしていても、そもそも攻撃される瞬間まで敵の位置を特定できない以上、守れる範囲には限界があった。

 

「いっそ魔虚羅を全部出せないんですか?」

 

 ポルナレフが尋ねる。

 

「出せなくはないと思います。でも、出した瞬間に天井と壁を押し広げる可能性があります」

「ここでそれやったら?」

「海水入ってきますね」

 

「やめろ」

 

「だからやりませんよ」

 

 アヴドゥルは操縦席へ戻り、潜水艦の状態を確認していた。そこで警報が鳴る。

 

「船体に異常だ!」

 

「どこです?」

 

「後部だ。何かに穴を開けられている!」

 

 嫌な音がした。遠くから、大量の水が噴き出す音が聞こえてくる。ミドラーは全員を一人ずつ倒す気ではない。潜水艦そのものを沈めるつもりだった。

 

「脱出の準備をする!」

 

 アヴドゥルの指示で全員が動き始める。備え付けられていた潜水用の装備を取り出し、酸素ボンベとレギュレーターを確認する。蓮司も自分の器具を手に取り、ホースや接続部を念入りに調べた。

 

「随分確認するな」

 

 承太郎が言う。

 

「敵が物に化けるって聞いた直後なので。これ口に入れた瞬間に噛まれたら嫌じゃないですか」

 

「それもそうだな」

 

 承太郎まで自分の器具を見直した。

 

「全員、装着したら急げ!」

 

 水位が上がっている。足首までだった水はすぐ膝まで達し、潜水艦も少しずつ傾き始めていた。アヴドゥルが脱出区画へ続く扉へ手を伸ばす。

 

「待ってください!」

 

 蓮司が止めた。

 

「何だ?」

 

「さっきから何にでも化けるんでしょう。それも確認した方が――」

 

 言い終わる前だった。アヴドゥルが掴もうとしたドアノブが、突然大きな口へ変形した。

 

「やはりな!」

 

 アヴドゥルが腕を引く。ハイプリエステスがドア全体から剥がれるように姿を現し、そのままアヴドゥルへ飛びかかった。

 

「魔虚羅!」

 

 蓮司が顕現させていた腕を横から差し込む。巨大な掌がハイプリエステスを壁へ押さえつけた。

 

「捕まえた!」

 

「そのまま押さえてろ!」

 

 承太郎のスタープラチナも加わり、両側からスタンドを拘束する。ハイプリエステスは人型に近い姿をしていたが、その身体が急に平たく広がり始めた。

 

「形が――」

 

 次の瞬間、巨大な剃刀へ変わった。

 

「神代君、離せ!」

 

 アヴドゥルの声とほぼ同時に、刃が魔虚羅の掌を深く切り裂く。

 

「っ!」

 

 蓮司の手にも同じ傷が走った。スタープラチナも拘束を解き、鋭い刃をかわす。ハイプリエステスはその隙に壁へ接触すると、再び金属の中へ溶け込んで姿を消した。

 

「痛……」

 

 蓮司は切れた掌を押さえる。魔虚羅を完全に出していないため頭上の方陣そのものは見えないが、傷を受けた瞬間から解析が始まっている感覚はあった。ただ、この狭い潜水艦の中で完全顕現させて適応の進み具合を確かめるわけにはいかない。

 

「神代君、大丈夫か?」

 

「深いですけど、手は動きます。それより早く出ましょう。ここにいる限り、相手の身体の中に閉じ込められてるようなものです」

 

 言い方は大袈裟ではなかった。ハイプリエステスにとって潜水艦の内部は、どこへでも潜める場所だった。

 

     ◇

 

 水は腰まで上がっていた。一行は潜水装備を身につけ、脱出用ハッチへ急ぐ。蓮司は先ほどのこともあり、自分のレギュレーターを何度も確認してから口へ咥えた。異常はない。

 

「全員大丈夫ですか?」

 

 花京院と承太郎が頷き、ジョセフも義手を失った腕で合図を返す。ポルナレフだけが妙に静かだった。

 

「ポルナレフさん?」

 

 返事がない。見ると、ポルナレフが両手で首を押さえている。

 

「んぐっ……!」

 

「ポルナレフ!」

 

 レギュレーターが変形していた。口へ咥えていた部分から鋭い脚のようなものが伸び、ポルナレフの顔へ絡みついている。

 

「そこだったのか!」

 

 花京院がハイエロファントグリーンを伸ばし、ジョセフもハーミットパープルを絡ませる。二体のスタンドで引っ張ると、レギュレーターの形をしていたハイプリエステスが口元から引き剥がされた。ポルナレフが激しく咳き込む。

 

「俺のだけだったのかよ……!」

 

「確認しなかったんですか?」

 

「見た! 普通だったんだよ!」

 

「見た後に入れ替わったんでしょうね」

 

「最悪だ!」

 

 引き剥がされたハイプリエステスは水中で形を変え、今度は銛を撃ち出す器具のような姿になる。鋭い銛が一行へ向けられた。

 

「開けろ!」

 

 アヴドゥルがハッチを操作する。海水が一気に流れ込み、全員の身体が外へ引っ張られた。ハイプリエステスから銛が放たれる。蓮司は反射的に魔虚羅を呼び出した。潜水艦の外なら、もう大きさを気にする必要はない。

 

 三メートルの巨体が海中へ現れ、蓮司の前へ腕を出す。銛が掌を貫いた。先ほど切られた場所とは別の傷が開き、蓮司自身の手からも血が海中へ流れる。魔虚羅の頭上で方陣が軋んだ。それでも巨体は銛を掴んだまま離さない。

 

 蓮司はレギュレーター越しに息を吐きながら、魔虚羅へ意識を向けた。そのまま引け。魔虚羅が銛ごとハイプリエステスを引き寄せようとする。しかし敵は形を崩し、銛そのものから海底の岩へ溶け込むように消えていった。

 

「逃げた……」

 

 声にはできない。代わりに花京院たちへ手で合図する。背後では潜水艦から大量の泡が噴き出し、そのまま海底へ沈み始めていた。蓮司はその姿を見送った。これで、飛行機、船、自動車に続き、潜水艦まで駄目になった。

 

 今はそれを考えている場合ではないので、口には出さなかった。

 

     ◇

 

 一行は海底を歩きながら、アフリカ側の岸を目指した。幸い、それほど遠くはない。問題はハイプリエステスだった。アヴドゥルの説明ではミドラー本人はかなり離れた場所からスタンドを操れる。つまり、潜水艦から脱出した程度では安全にならない。

 

 魔虚羅は蓮司の傍らを歩いていた。人間とは違い、スタンドである魔虚羅に酸素ボンベは必要ない。水の抵抗を受けながらも動きは鈍くならず、周囲の岩場を警戒している。蓮司の掌はまだ傷ついたままだったが、方陣の軋みは続いていた。ハイプリエステスの攻撃を二度受けた。

 

 最初は刃。次は銛。どちらも鉱物や金属を変形させた物理攻撃だった。解析はかなり進んでいるはずだ。そこへ海底の岩が突然伸びた。

 

 尖った石柱が蓮司の横腹を狙う。魔虚羅が間へ入り、腕で受けた。岩の先端が皮膚へ食い込む。今度は浅い。ガコン、と水中でもはっきり分かる音とともに、頭上の方陣が一回転した。

 

 掌と腕に残っていた傷が一気に塞がり、蓮司の手の傷も同時に消える。続けて海底から別の石柱が伸びた。魔虚羅は避けずに片手で受け止める。今度は皮膚をほとんど貫けなかった。鉱物を利用した刺突や斬撃への耐性を得たらしい。

 

 蓮司は内心で安堵した。これなら少なくとも、自分たちの前で盾にはなれる。ただし、問題は相手を倒す方法だった。魔虚羅が岩を掴んでも、その瞬間にはハイプリエステスが別の場所へ移ってしまう。適応によって攻撃を耐えられるようになっても、海底そのものへ潜られれば追いかけようがない。

 

 以前にもあった。適応できたからといって、それだけで勝てるわけではない。蓮司は魔虚羅へ無闇に岩を殴らせず、一行の護衛に専念させた。

 

     ◇

 

 海岸はもう近い。水深も少しずつ浅くなっている。このまま進めば岸へ上がれる。そう思った時だった。蓮司の足元にあった砂が大きく動いた。

 

 最初は海底の地形が崩れただけかと思った。しかし違う。前方にある岩壁。左右の岩。足元の砂地。

 

 それら全てが同時に動いていた。巨大な輪郭を作る。目。鼻。そして。

 

 途方もなく大きな口。蓮司は思わず足を止めた。潜水艦の内部へ潜んでいた時とは比較にならない。海底そのものが、ハイプリエステスの顔になっている。アヴドゥルの言葉を思い出す。

 

 鉱物なら、ほぼ何でも。この海底も例外ではない。巨大な口が開いた。逃げる間もなく、海水ごと全員が吸い込まれる。

 

     ◇

 

 次に蓮司が身体を起こした時、一行は巨大な口の中にいた。周囲には岩でできた歯が並び、下には舌のように蠢く巨大な岩盤がある。外から見れば海底だった場所そのものがスタンドなのだから、どこまでが本体でどこからがただの岩なのか判別できない。魔虚羅も一緒に飲み込まれていた。蓮司はレギュレーターを咥えたまま周囲を見る。

 

 完全に囲まれている。

 

『残念だったわね』

 

 水中なのに、女の声が明瞭に聞こえた。

 

『もう少しでエジプトだったのに』

 

 アヴドゥルが険しい顔をする。ミドラーの声なのだろう。

 

『あなたたち、本当にしつこいのね。潜水艦を沈めてもまだ生きてるなんて』

 

 巨大な舌が動いた。先端が伸び、最も前にいた承太郎へ襲いかかる。スタープラチナが受け止めるが、その横から別の岩が伸びて足を絡め取った。魔虚羅も動こうとする。蓮司は一瞬、奇妙な感覚を覚えた。

 

 さっきまでは、どこへ消えたのか分からない相手だった。触ろうとしても逃げ、岩から岩へ移り続ける。それが今は違う。周囲全てが敵で、巨大ではあるが、少なくともここにいる。――ようやく、ちゃんと殴れる。

 

「…………」

 

 自然に浮かんだ考えに、蓮司自身が一瞬遅れて気付いた。こんな状況で最初にそれを考えたのか。以前なら「逃げ道はどこだ」と考えていたはずなのに、今は違った。だが、考える暇はなかった。

 

 海底の岩が魔虚羅の両脚へ絡みつき、巨体を地面へ縫い止める。魔虚羅が力任せに引きちぎるが、壊した先から別の岩が伸びてきた。適応しているため傷こそ浅いものの、相手は海底全体だ。いくら壊しても終わりが見えない。

 

『そこの大きいスタンドも面倒ね。でも、この海底を全部壊せるかしら?』

 

 蓮司も同じ結論だった。魔虚羅が強くても、ここで海底そのものを無差別に破壊すれば、仲間まで巻き込む。退魔の剣を使って一部を斬ることもできるかもしれないが、この巨体のどこへ攻撃すればミドラー本人へ決定打になるのか分からない。その時。

 

『それにしても、承太郎。あなたは私の好みなのよ』

 

 全員の動きが少し止まった。承太郎が眉を寄せる。

 

『殺すのが惜しいくらい。でもDIO様の命令だから仕方ないわね』

 

 ポルナレフが承太郎を見る。花京院も見る。ジョセフまで見る。蓮司も何となく見た。

 

「何だ」

 

 承太郎が不機嫌そうに睨み返す。ポルナレフが何か思いついたらしく、ミドラーへ向かって話しかけ始めた。

 

「待て! そんなに承太郎が好みなら、俺たちを殺す必要ないだろ! あんたみたいな美人を敵に回すなんて、俺たちだって惜しい!」

 

 姿すら見えていないのに、よく言える。蓮司はそう思ったが、今は黙っていた。ジョセフと花京院も次々に調子を合わせる。ミドラーの声が少しだけ柔らかくなった。

 

『本当にそう思う?』

 

 可能性がある。蓮司も何か言うべきか迷ったが、嘘をつくのが下手というわけではないにしても、相手の顔すら見ていない状態で容姿を褒めるのは無理がある。その間に承太郎が口を開いた。

 

「俺もあんたみたいな女は嫌いじゃないぜ」

 

「…………」

 

 蓮司は承太郎を見る。声が完全に平坦だった。ミドラーも気付いたらしい。

 

『嘘おっしゃい!』

 

 巨大な口全体が激しく揺れた。ポルナレフが頭を抱える。

 

「もう少し感情込めろよ!」

 

「うるせえ」

 

『全員噛み砕いてやる!』

 

 上顎が動いた。巨大な歯が一斉に下がってくる。

 

「魔虚羅!」

 

 蓮司が命じる。魔虚羅が両腕を上げ、迫ってくる歯を支えた。凄まじい圧力が加わる。適応した斬撃や刺突とは違う。今度は巨大な質量による圧殺だった。

 

 魔虚羅の腕が軋み、蓮司自身の両腕にも骨を押し潰されるような痛みが走る。

 

「っ……!」

 

 頭上の方陣が再び軋み始めた。別の現象として解析している。しかし歯は魔虚羅だけを狙っているわけではない。別の場所ではスタープラチナが巨大な牙を支え、承太郎を守っていた。

 

『無駄よ! ハイプリエステスの歯はダイヤモンドより硬い! いくら力が強くても砕けるものですか!』

 

 蓮司は魔虚羅へ力を込めさせる。歯は僅かに持ち上がる。だが、砕けない。もう少し。もう少し受ければ方陣が回る。

 

 そう思った瞬間、また違和感が走った。自分は今。腕を潰されかけているのに、適応が完成するところまで見たいと思った。痛い。できれば今すぐ逃れたい。

 

 それも本心なのに、同時に、この硬さを魔虚羅がどう攻略するのか知りたいとも思っている。相反する感覚が、どちらも自分の中にあった。

 

「神代!」

 

 承太郎の声で意識が戻る。見ると、承太郎は自分を挟もうとしている二本の巨大な歯を睨んでいた。

 

「魔虚羅を下げろ」

 

 レギュレーター越しでは会話できないはずなのに、スタンドを介した状況では意図が伝わる。蓮司は一瞬迷った。だがすぐに命令する。魔虚羅、下がれ。巨体が歯から手を離し、仲間の前へ戻る。

 

 承太郎は一人で前へ出た。

 

『諦めたの?』

 

 ミドラーが笑う。上下の巨大な歯が承太郎を挟み込む。

 

『その歯は絶対に砕けない! そのまま潰れなさい!』

 

 承太郎は逃げなかった。スタープラチナの拳を引く。蓮司はその姿を見た瞬間、何をするつもりか理解した。

 

「……まさか」

 

「オラァッ!」

 

 拳が歯へ叩き込まれた。海底全体が揺れる。最初に亀裂が入った。次の拳でそれが広がり、三発目を待たずして巨大な歯が根元から砕けた。

 

『えっ――』

 

 反対側の歯へもスタープラチナの拳が叩き込まれる。次々と岩の牙が砕け、口の中へ破片が散った。

 

『いやあああああああッ! あたしの歯があああああッ!』

 

 ミドラーの悲鳴とともに巨大な顔が崩れ始める。岩壁が元の海底へ戻り、閉じていた口が開いた。一行はそこから一斉に泳ぎ出す。蓮司も魔虚羅を連れて外へ出ながら、砕けた大量の岩を振り返った。

 

 方陣は結局、回っていなかった。適応が完成するより先に、承太郎が力ずくで戦いを終わらせたのだ。それを確認した瞬間、蓮司はほんの僅かに「惜しい」と思った。

 

「…………」

 

 その感覚に気付いた瞬間、蓮司は考えるのをやめた。

 

     ◇

 

 岸へ上がった時には、全員かなり疲れ切っていた。酸素ボンベを外し、砂浜へ座り込む。すぐ近くには一人の女性が倒れていた。

 

「この人がミドラーですか?」

 

「ああ」

 

 アヴドゥルが答える。

 

「スタンドへのダメージが本体へ返ったらしい。気を失っているだけだ」

 

 ポルナレフが興味を持ったように近づく。

 

「さっき声だけ聞いた感じだと、結構美人そうだったよな」

 

「ポルナレフさん、今それ確認するんですか?」

 

「気になるだろ」

 

 倒れている女性の顔を覗き込むと、数秒後、ポルナレフは無言で立ち上がった。

 

「どうでした?」

 

「神代」

 

「はい」

 

「見ない方がいい」

 

「何があったんです?」

 

「聞くな」

 

 スタンドの歯を全部砕かれたという事実から、大体察した。蓮司は素直に見ないことにした。その横ではジョセフが壊れた義手を眺めていた。

 

「また修理じゃ……」

「義手で済んでよかったじゃないですか」

「お前は自分の手を切り落とされても同じことを言えるか?」

「俺のは修理できないので嫌です」

「魔虚羅で治るじゃろ」

「治るまで痛いでしょう。だから嫌です」

 

 結局そこへ戻る。アヴドゥルが苦笑しながら海を見る。

 

「ともかく、海は渡った。ここはもうアフリカ大陸側だ」

 

 全員の視線が自然に陸地へ向いた。ついにエジプトと同じアフリカ大陸へ入り、目的地はもう遠くない。蓮司も砂浜へ立ち上がりながら、その事実を噛み締める。

 

 同時に、海底でのことが頭へ残っていた。ハイプリエステスが海底全体へ姿を現した時、自分は確かに「ようやく殴れる」と考えた。巨大な歯に押し潰されそうになった時には、方陣が回るところを見たいとも思った。以前なら、そんなことを考えただろうか。

 

 太陽のようなスタンドとの戦いでも似たことがあった。一度だけなら偶然で済む。二度続けば、少し気になる。それでも答えは出ない。

 

「神代君」

 

 アヴドゥルに呼ばれ、蓮司は顔を上げた。

 

「行くぞ。スピードワゴン財団との合流地点は少し先だ」

 

「はい」

 

 蓮司は歩き出しながら、一度だけ魔虚羅を振り返った。戦いは終わっている。敵も倒れている。それなのに魔虚羅は消える直前まで、砕けた海底の方を見ていた。まるで、あと少し続いていれば何ができたのかを確かめたがっているように。

 

 蓮司は何も言わず、魔虚羅を消した。今はまだ、考えても分からない。エジプトへ着けば、今まで以上に強いスタンド使いが待っているかもしれない――そう考えた瞬間、胸の奥でほんの僅かに何かが弾んだ。

 

 蓮司はその感覚にも気付かないふりをして、仲間たちの後を追った。

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