ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった 作:東京大特価
吸血鬼は実在する。しかも太陽の光を浴びると死ぬし、人間の血を吸うし、頭を吹き飛ばした程度では死なないこともあるらしい。昨夜ジョセフから改めて説明された蓮司は、空条家から帰宅した後もしばらくその事実を飲み込めずにいた。スタンドについてはまだいい。
自分の背後に魔虚羅がいる時点で、超能力の存在を否定する方が無理がある。前世の知識から「ジョジョにはそういう能力があった」とも知っていたので、多少の違和感はあっても受け入れられた。だが吸血鬼は別だ。フィクションの世界へ転生した以上、今更そこに突っ込むのもおかしい気はするものの、少なくとも蓮司が昨日まで十七年間暮らしてきた日本では、吸血鬼が実在するなどという話は一度も聞いたことがなかった。
「しかも百年前から生きてるのか……」
朝食を食べながら呟く。DIOについて蓮司が知っていたのは名前と顔をなんとなく見たことがある程度で、詳しい設定までは知らなかった。人間ではないと聞いた記憶すらない。ネットミームというものは、肝心なところで役に立たない。とはいえ、吸血鬼だろうが何だろうが、やることは昨日決めた。
DIOを倒すため、承太郎たちとエジプトへ向かう。ホリィの状態を考えれば悠長にはしていられないが、出発の準備には最低限の時間が必要らしく、今日すぐ日本を発つわけではない。そして蓮司自身にも、学校や家族へ説明する必要があった。十七歳の高校生が突然、
『ちょっとエジプトまで吸血鬼を倒しに行ってくる』
などと言えるはずもない。当然ながら理由は誤魔化すことになる。
「海外研修ってことでなんとかならないかな……」
無理がある気しかしなかった。
◇
学校へ向かう途中、蓮司は前を歩いている大柄な背中を見つけた。空条承太郎だった。
「おはようございます」
「……」
返事はない。まあ、そういう人なのだろう。昨日半日ほど一緒にいただけでも、なんとなく分かってきた。蓮司は気にせず横へ並ぶ。
「学校、普通に行くんですね」
「てめえも来てるだろうが」
「俺はまだ色々説明しないといけないので。承太郎さんは今日休んでも誰も驚かないかと思ってました」
「余計なお世話だ」
昨日まで警察署の留置場に自分から居座っていた人間の発言とは思えない。しかし考えてみれば、出発まで何日もあるわけではない。学校生活をまともに続ける気があるというより、必要なことだけ済ませに来たのかもしれない。そんなことを考えながら歩いていると、承太郎が突然足を止めた。蓮司も一歩遅れて止まる。
「どうしました?」
返事はなかった。承太郎は道の先を見ている。そこにいたのは一人の男子生徒だった。自分たちと同じ学校の制服を着ている。赤みがかった髪を特徴的な形に整えた、どこか上品そうな顔立ちの少年だった。
蓮司には見覚えがない。少なくとも知り合いではないし、前世の記憶にも引っかからなかった。
「空条承太郎だね」
少年が穏やかな声で話しかけてきた。
「僕は花京院典明。昨日転校してきたばかりなんだ」
転校生らしい。それだけなら何もおかしくない。だが、蓮司の視線が、花京院の背後へ向いた。いる。
人型ではあるものの、魔虚羅や承太郎のスタンドとは随分形が違う。細長い身体に緑色の装甲のようなものを纏った異形が、花京院の背後からこちらを見ていた。向こうも蓮司の視線に気付いたらしい。ほんの僅かに目が合う。
「……」
蓮司は何も言わなかった。昨日教わったばかりだが、スタンド使い同士は引かれ合うことがあるらしい。となれば、同じ学校にもう一人いたところで不思議ではない。ただ。何か嫌な感じがする。
魔虚羅も同じらしく、呼び出していないにもかかわらず、蓮司の意識の奥で僅かに反応しているのが分かった。
「神代君、だったかな」
突然名前を呼ばれ、蓮司は花京院を見る。
「俺のこと知ってるんですか?」
「昨日少し聞いただけだよ。空条君と一緒に警察署にいたそうだね」
笑顔。口調も穏やかだ。けれど、どうにも引っかかる。昨日警察署にいたことを、転校してきたばかりの人間がどこで聞いたのか。
「情報早いですね」
「転校したばかりだからね。クラスに馴染むには色々話を聞いておいた方がいいと思って」
「そういうものですか」
蓮司はそれ以上突っ込まなかった。承太郎は最初から花京院を警戒しているようで、一言も返さずその横を通り過ぎる。蓮司も後に続こうとした、その時、花京院の背後にいた緑色のスタンドが動いた。ほんの一瞬。
細い何かが伸びる。
「――魔虚羅」
考えるより先に呼んでいた。巨大な腕が蓮司の横から現れ、飛来したものを掴み取る。甲高い金属音が鳴った。魔虚羅の掌には、鋭い触手のようなものが食い込んでいる。痛みが蓮司の掌にも走った。
「いっ……!」
反射的に手を押さえる。皮膚が浅く裂け、血が滲んでいた。同時に魔虚羅が花京院のスタンドを睨みつける。頭上の方陣が僅かに軋んだ。まだ回ってはいない。
「やっぱり、そっちもスタンド使いなんですね」
蓮司が言うと、花京院の笑みが消えた。
「驚いたな。今のを防ぐとは思わなかったよ」
「俺もいきなり攻撃されるとは思いませんでしたけど」
承太郎が振り返る。その背後には既にスタンドが出ていた。
「てめえ、何者だ」
花京院は答える代わりに、一歩下がった。緑色のスタンドが完全に姿を現す。
「僕のスタンドはハイエロファントグリーン。君たちに恨みはないけれど、これは命令なんだ」
「命令?」
「DIO様からのね」
その名前を聞いた瞬間、空気が変わった。蓮司も表情を引き締める。昨日の今日で早すぎる。
「……本当に来るんですね、敵のスタンド使い」
「だから言っただろう」
承太郎が帽子の鍔に手を添える。
「DIOが黙ってるとは限らねえってな」
「言ったの俺ですけどね」
状況が状況でなければ突っ込みたいところだった。花京院のハイエロファントグリーンが身体を低くする。何か来る。そう感じた瞬間、蓮司は魔虚羅を前に出した。
「エメラルド――」
緑色の光が一斉に放たれる。
「魔虚羅!」
巨大な身体が蓮司と承太郎の前へ割り込んだ。無数の光弾が魔虚羅へ叩き込まれる。轟音。地面が抉れ、周囲の塀が砕けた。
「ぐっ……!」
蓮司の身体にも同時に衝撃が走った。胸、肩、脇腹。実際に穴が開いたわけではないが、全身を何発も殴られたような痛みが走り、思わず膝をつきそうになる。魔虚羅の身体には複数の傷が刻まれていた。深い。
だが致命傷ではない。次の瞬間、ガコン。方陣が回った。魔虚羅の身体に刻まれていた傷が塞がっていく。
蓮司の痛みも、それに合わせて急速に引いていった。
「……これが」
花京院が目を見開く。
「君のスタンド能力か」
「そういうことです」
蓮司は胸を押さえながら立ち上がる。痛みは消えた。そして感覚で分かる。今の攻撃。魔虚羅はもう解析を始めている。
完全適応には程遠いが、少なくとも同じ性質の攻撃に対して一段階耐性がついた。試したいとは思わないけれど。
「もう一発やってみます?」
花京院が僅かに表情を強張らせる。実際には蓮司も二発目を食らいたくない。ただの強がりだった。
「神代」
承太郎が前へ出る。
「下がってろ」
「大丈夫です。もう治りました」
「そういう意味じゃねえ」
承太郎のスタンドが拳を握る。
「こいつは俺を狙ってきた。なら俺がやる」
有無を言わせない声だった。蓮司は少し迷ったが、一歩下がる。魔虚羅の能力を見せる目的は達成した。それに、承太郎のスタンドがどれくらい強いのかは自分も知っておきたい。昨日は殴り合いを断ったので、実際の戦闘能力をまだ見ていなかった。
結果。
「……強っ」
思わず口から出た。花京院のスタンドも弱くはない。遠距離から攻撃でき、細い身体を紐のように伸ばして周囲へ潜り込むこともできる。単純な殴り合いではない、かなり厄介そうな能力だった。それでも承太郎のスタンドは強かった。
速い。何より精密だった。飛んでくる攻撃を見切り、必要最低限の動きで弾き、そのまま一気に距離を詰める。魔虚羅とは方向性が違う。あちらは圧倒的な身体能力と適応能力で正面から問題を解決する怪物だが、承太郎のスタンドは一つ一つの動作が異常なほど正確だった。
「なるほど……」
昨日試しに殴り合わなくてよかった。たぶん普通に痛い。
◇
戦いは、そのまま学校まで続いた。正確には、花京院が一度退き、校内で再び仕掛けてきた。そこで蓮司は一つ学んだ。スタンド使いとの戦いでは、本人だけを見ていてはいけない。
「保健室の先生に入った……?」
目の前の女性教師が、明らかにおかしい動きをしていた。先ほどまで普通に話していたはずなのに、突然表情を失い、機械のような動きでこちらへ襲いかかってきたのだ。その身体の中に、花京院のハイエロファントグリーンが入り込んでいる。
「スタンドってそんなこともできるんですか」
「全部ができるわけじゃねえ。あいつの能力だ」
承太郎は冷静だった。一方の蓮司は、少々困っていた。
「これ、魔虚羅出せないんですけど」
「何でだ」
「先生ごと殴りそうなので」
魔虚羅には精密動作ができないわけではない。だが人間の体内に潜り込んだ細長いスタンドだけを、宿主を傷つけず引きずり出せと言われると自信がない。最悪、教師が壁ごと吹き飛ぶ。使うべきではない。
「向き不向きってあるんだな……」
万能ではないことを改めて実感する。結局、教師の救出は承太郎に任せることになった。それを見ながら、蓮司は自分の役割を考える。魔虚羅は強い。だが強いからといって、どんな場面でも最適というわけではない。
人質。狭い場所。一般人が大量にいる場所。そういう状況では、この巨体と火力はむしろ扱いに困る。呪術廻戦では式神として暴れ回るだけでも脅威だったが、こちらではスタンド使い本人が周囲への被害まで考えなければならない。
今まで単純に「魔虚羅がいるなら相当有利だろう」と思っていたが、案外そうでもないらしい。もちろん、純粋な戦闘になれば話は別だが。
◇
最終的に花京院は承太郎に敗れた。蓮司が再び花京院を見た時、彼は気を失っていた。
「殺してないですよね?」
「見りゃ分かるだろ」
「いや、殴られた音がすごかったので」
壁が壊れている。床にもひびが入っている。これで生きている方がおかしい気もするが、確認するとちゃんと呼吸していた。頑丈だな、スタンド使い。そんなことを考えていたところで、承太郎が花京院の額を見て表情を変えた。
「……なんだ、こいつは」
髪をどけた先。皮膚の下に、何かいる。
「うわ」
蓮司は思わず顔をしかめた。肉の芽のようなものが、花京院の額へ食い込んでいた。植物とも寄生虫ともつかないそれが、脈動するように動いている。
「これ、DIOがやったんですか?」
「たぶんな」
「吸血鬼ってこんなこともできるんです?」
「俺に聞くな」
それはそう。
◇
花京院を空条家へ運ぶと、ジョセフとアヴドゥルが肉の芽を見るなり険しい顔になった。
「肉の芽……やはりDIOに操られていたか」
アヴドゥルの言葉に、蓮司は花京院を見る。命令だから、と言っていた。本心ではなかったらしい。
「取れるんですか、これ」
「非常に危険じゃ。脳へ直接伸びておる。無理に引き抜けば、この少年もただでは済まん」
ジョセフの説明を聞きながら、蓮司は無意識に眉間を押さえた。想像しただけで嫌だ。承太郎は平然と花京院の額へ手を伸ばす。
「取ればいいんだろ」
「簡単に言うな! 一歩間違えれば脳を傷つけるぞ!」
「なら傷つけなきゃいい」
承太郎の背後にスタンドが現れた。蓮司はその手元を見る。細かい。昨日から思っていたが、本当に精密動作が得意らしい。魔虚羅ならどうする。
少し考えて、すぐやめた。無理だ。剣で肉の芽だけ斬れと言われても怖すぎる。
「やっぱり俺のスタンド、治療には向いてないな……」
「神代君」
ジョセフが振り返る。
「何かできそうか?」
「魔虚羅の再生は自分専用なので、花京院には使えないと思います。ただ……」
蓮司は肉の芽を見る。気になる点はあった。魔虚羅の右腕。そこに備わっている退魔の剣。呪術廻戦の魔虚羅が持つそれは、正のエネルギーを纏い、呪霊に対して極めて強い効果を持っていた。
この世界で同じ性質なのかは分からない。そして肉の芽が吸血鬼由来のものなら、何らかの効果があるかもしれない。しかし、人の頭で試すには不確定要素が多すぎる。
「……いや、やめときます」
「何か思いついたのか?」
「魔虚羅の剣に普通じゃない性質がある可能性はあるんですけど、確認できてません。人の頭で実験することじゃないです」
「賢明だな」
アヴドゥルが頷いた。結局、肉の芽を取り除いたのは承太郎だった。異常な精密さで脳を傷つけずに引き抜き、そのまま完全に除去してしまう。蓮司は素直に感心した。
「承太郎さんのスタンド、めちゃくちゃ器用ですね」
「てめえのは無理なのか」
「多分できますけど、力加減をミスった時が怖すぎます」
魔虚羅が花京院の頭を掴むところを想像する。やめよう。
◇
しばらくして、花京院が目を覚ました。先ほどまでの冷たい雰囲気は消え、随分穏やかな表情になっている。肉の芽による支配が解けた影響なのだろう。花京院は、エジプトでDIOと出会い、肉の芽を埋め込まれて逆らえなくなったこと、そしてDIOが恐ろしい存在であることを話した。蓮司は黙って聞いていた。これで敵のスタンド使いが実在することも分かった。昨日考えた通りだった。
もし一人で日本に残っていたら、花京院のような人間が自分を狙ってきた可能性もある。旅への参加を決めた判断は間違っていなかったらしい。
「神代君」
花京院がこちらを見る。
「さっきはすまなかった。君にも怪我をさせた」
「もう治ってるので大丈夫です。それに、操られてたなら花京院さんが悪いわけじゃないでしょう」
「それでも攻撃したのは僕だ」
「じゃあ今度何か奢ってください。それでいいです」
花京院が少し驚いたような顔をした後、静かに笑った。
「分かった。そうしよう」
変な人ではなさそうだ。少なくとも、さっきまでの敵としての印象とは随分違う。その後、花京院はDIOを倒す旅へ同行したいと申し出た。自分を支配したDIOへの怒り。そして、ホリィを助けたいという意思。
これで同行者が一人増えた。空条承太郎。ジョセフ・ジョースター。モハメド・アヴドゥル。花京院典明。
そして神代蓮司。五人。蓮司は並んだ面々を見ながら、ぼんやりと思う。確かジョジョ第三部は何人かで旅をする話だった。こういうメンバーだったのだろうか。
分からない。前世の記憶を漁ってみても、承太郎とDIO以外はほとんど出てこない。花京院という名前にも、未だに覚えがなかった。まあいい。知らないなら知らないで、その方が余計なことを考えずに済む。
「明日には出発の手続きを進めるぞ」
ジョセフの言葉に全員が頷いた。蓮司も頷きかけて、ふと花京院の額を見る。さっきまで肉の芽が入っていた場所だ。
「……」
肉の芽。脳に寄生。人間を操る。しかも作ったのは吸血鬼。昨日は吸血鬼そのものに驚いた。
今日は人間の脳に寄生する謎の肉塊である。この世界、思っていたよりだいぶ怖い。
「どうした、神代君」
花京院に尋ねられ、蓮司は少し迷ってから口を開いた。
「いや、ちょっと思ったんですけど」
「何を?」
「吸血鬼って血を吸うくらいだと思ってたんですが、脳に変な肉埋め込んで洗脳までしてくるんですね」
ジョセフが渋い顔になる。
「DIOを普通の吸血鬼と一緒にするな。あやつは特別じゃ」
「特別……」
蓮司は数秒考えた。
「普通の吸血鬼もいるんです?」
「…………」
ジョセフが黙った。アヴドゥルが顔を逸らした。花京院は状況が分からず二人を見比べ、承太郎だけが深く溜息を吐く。
「やれやれだぜ」
「いや、そこ結構重要じゃないですか?」
エジプトへ向かう以前に、この世界について知らないことが多すぎる。どうやら蓮司の旅は、敵との戦いだけでは済まないらしかった。