ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった 作:東京大特価
砂に沈んだ車の下で、何かが擦れるような音がした。
「来るぞ!」
アヴドゥルの声と同時に、全員が身構える。水のスタンドは車体の真下を一度通り過ぎると、すぐには攻撃せず、こちらの動きを窺うように周囲を回り始めた。姿は見えない。それでも砂のごく浅いところを移動するたびに、細い筋だけが地表へ浮かんでは消えていく。
「敵は音でこっちの位置を探ってる。だったら、音を立てずに本体を探すしかないってことか」
ポルナレフが小声で言うと、蓮司は周囲に広がる砂漠を見た。遮蔽物らしいものはほとんどなく、遠くにいる本体の位置も分からない。しかも足を一歩動かすだけで砂が鳴る。
「砂漠で音を立てるなって、無理じゃないですか?」
「だから考えているんじゃろうが」
ジョセフも声を落とす。花京院は目の傷を押さえたまま車内に横たわっており、今すぐ戦闘へ戻れる状態ではなかった。先ほどの一撃だけで一人を戦線から外した以上、水だからと侮れる相手ではない。
アヴドゥルはしばらく砂地を睨んでいたが、やがて両腕の金属製の腕輪へ手を掛けた。
「音を立ててはいけないのなら、逆に利用すればいい」
「どうするんじゃ?」
「奴が聞いているのは姿ではなく音だ。ならば、偽物の足音を聞かせる」
アヴドゥルは腕輪をいくつか外すと、砂の上へ放るのではなく、手の中で投げる順番を確かめた。一定の間隔で落とせば、人間が歩いている音に聞こえるかもしれない。敵がそれを追って姿を現した瞬間に、マジシャンズレッドで焼き払うつもりらしい。
「神代君。魔虚羅はまだ出さないでくれ。あの巨体が動けば、奴に別の音を与えることになる」
「分かりました」
「ポルナレフも動くな」
「俺だけ名指しかよ」
「お前が一番動きそうだからだ」
反論しようとしたポルナレフをジョセフが黙らせる。砂漠から余計な音が消えたところで、アヴドゥルは最初の腕輪を投げた。
金属が砂へ落ちる小さな音が響き、少し離れた位置に二つ目、さらにその先へ三つ目が落ちる。一定の間を置いて続く音は、注意して聞けば金属だと分かるものの、遠く離れた相手には砂を踏む足音と区別しにくいはずだった。
水の筋が動いた。
車の近くを回っていた気配が腕輪の方へ向かい、その速度を一気に上げる。最後の腕輪が落ちた場所から水が飛び出した瞬間、アヴドゥルも既に腕を向けていた。
「マジシャンズレッド!」
炎が砂の上を薙ぐ。
水と炎がぶつかれば、少なくとも無傷では済まない。蓮司もそう思ったが、水のスタンドは炎が届く直前に軌道を曲げた。まるで罠だと気付いたように砂へ潜り直し、そのままアヴドゥルのいる方向へ一直線に戻ってくる。
「避けろ、アヴドゥル!」
「くっ!」
アヴドゥルが身を捻る。しかし、水の刃はその動きまで追うように地面から跳ね上がり、肩から首筋にかけて深く切り裂いた。
「アヴドゥルさん!」
血を流しながら倒れたアヴドゥルへ、水がもう一度向かう。蓮司は考えるより先に魔虚羅を呼び出していた。
「魔虚羅、アヴドゥルさんを守れ!」
巨大な腕がアヴドゥルの前へ差し込まれ、水の刃を正面から受け止める。先ほどと同じ前腕が再び裂け、蓮司の腕にも鋭い痛みが走ったが、その直後、魔虚羅の頭上に浮かぶ方陣が大きく音を立てて回転した。
裂けていた腕が急速に塞がり、それと同時に蓮司の傷も消えていく。アヴドゥルへ届かなかった水は砂へ落ちたが、すぐに再び集まって魔虚羅の腕へ食らいついた。
今度は切れなかった。
高速で叩きつけられた水が皮膚の表面で弾け、ただの水滴となって周囲へ散る。
「回った!」
ジョセフが声を上げる。
「さっきの攻撃への適応が完成したんですね」
蓮司は治った腕を確かめながら魔虚羅を動かさず、その場で盾にする。水のスタンドも異変に気付いたのか、三度目の攻撃は仕掛けずに砂へ潜った。
「これであの水の攻撃は防げるのか?」
「少なくとも、今の切り方なら」
ポルナレフの問いに答えながらも、蓮司は安心できなかった。魔虚羅が傷つかなくなったところで、水を操る本体の居場所は分からない。しかも魔虚羅から離れた場所を狙われれば、庇うために動いた瞬間、その足音を相手へ教えることになる。
アヴドゥルの傷をジョセフが押さえる。
「しっかりせい! 首の急所は外れとる!」
「すまない……油断した」
「喋るな。花京院に続いてお前までやられおって!」
その声を聞いたように、砂の下の水が向きを変えた。魔虚羅ではなく、倒れているアヴドゥルへ回り込もうとしている。
「本当に頭がいいな、こいつ……」
蓮司が魔虚羅の位置をずらそうとした時、突然、承太郎が走り出した。
「承太郎さん!?」
「承太郎! 動くな!」
ジョセフの制止を無視し、承太郎は砂を蹴って一直線に駆ける。当然、その足音は砂漠へはっきり響いた。水のスタンドもすぐに標的を変え、アヴドゥルの近くから承太郎の進路へ向かう。
「何してんだあいつ!」
「いや……」
蓮司は承太郎の向かう先を見た。
そこには、先ほどから騒ぎを無視して寝ているイギーがいた。
「まさか」
承太郎は水の刃が足元へ迫る直前に大きく跳び、イギーのところまで一気に距離を詰めた。寝ていた犬の首根っこを掴み、そのまま持ち上げる。
「起きろ、てめー」
「ガウッ!」
突然捕まえられたイギーが暴れ、承太郎の腕へ噛みつこうとする。
「今までお前だけ攻撃されてねえ。敵がどこにいるか分かってやがるな」
イギーの動きが一瞬止まった。
「どういうことじゃ?」
「犬の鼻か」
アヴドゥルの傷を押さえながらジョセフが気付く。
「そうか! イギーはわしらよりずっと鼻が利く。最初から敵本体の臭いを感じ取っていたから、攻撃の来ない場所へ逃げたのか!」
「それで一人だけ寝てたんですか?」
「自分が狙われないと分かっていたなら、こいつならやる」
花京院を支えていたポルナレフが呆れた顔をする。
「最低な犬だな!」
遠くのイギーがこちらを睨んだように見えた。
「聞こえてるんじゃないですか?」
「この距離で聞こえるか!」
ポルナレフが言い返した直後、水の刃が承太郎へ襲いかかった。
スタープラチナが拳で弾き、承太郎はイギーを抱えたままさらに走る。だが、地面を走り続ける限り、相手へ自分の位置を知らせ続けることになる。水は何度弾かれても砂へ潜り、別方向からすぐに襲い直してきた。
「神代君、魔虚羅を!」
「駄目です。ここから離しすぎたら、今度はこっちを守れなくなります」
ジョセフたちのそばには重傷の花京院とアヴドゥルがいる。ここで魔虚羅まで承太郎を追えば、水のスタンドが戻ってきた時に二人を守れない。
承太郎自身もそれを分かっているらしく、こちらへ戻る様子はなかった。むしろイギーの顔を自分の方へ向け、低い声で何かを言っている。
次の瞬間、周囲の砂が舞い上がった。
「ザ・フール!」
イギーのスタンドが姿を現し、砂を巻き込みながら大きく形を変えていく。四肢を持つ姿が崩れ、翼のような面が左右へ広がった。
「……飛べるんですか、あれ」
蓮司が思わず呟く。
「俺に聞くな。今日会ったばかりだぞ」
ポルナレフも同じ顔をしていた。
砂で形作られたザ・フールへ承太郎が掴まり、スタープラチナが地面を強く蹴る。二人の身体は一気に宙へ浮かび、そのまま砂漠の上を滑るように進み始めた。空中へ出てしまえば、少なくとも足音は消える。
「なるほど、これなら砂を踏まん!」
「イギーが素直に協力しているようには見えませんけどね」
実際、空中でもイギーは何度か承太郎を振り落とそうとしていた。ザ・フールの翼が不自然に傾き、そのたびに承太郎が犬を掴み直している。
「あいつら、敵より先に喧嘩始めないでしょうね」
「承太郎なら何とかするじゃろ」
「イギーの方は?」
「……何とかしてもらうしかないのう」
かなり不安な組み合わせだった。
◇
数キロ離れた砂漠で、ンドゥールは杖の先を地面へ押し当てていた。
先ほどまで明瞭に聞こえていた一人分の足音が消えている。しかし、逃げたわけではない。直前までこちらへ向かって走っていた以上、何か別の方法で接近しているはずだった。
「空か」
ンドゥールはすぐに答えへ辿り着いた。
砂の下を走っていたゲブ神が地表へ浮かび、水を勢いよく噴き上げる。細かな砂粒まで一緒に巻き上げ、周囲の空気へばら撒いた。空中を進む物体があれば、その砂に触れるわずかな音さえ拾える。
遠くで、微かな擦過音がした。
「そこだ」
ゲブ神が跳ね上がる。
水の刃がザ・フールの翼を掠め、砂が大きく崩れた。
「見えてないのに空まで狙うのかよ」
承太郎が舌打ちする。
イギーもさすがに余裕を失い、翼を作り直しながら大きく進路を変えた。だがンドゥールは撒き上げた砂の音から位置を追い続け、水の刃を何度も空へ伸ばす。
「てめー、逃げる方向はそっちじゃねえ」
「ガウ!」
「敵のところへ行け」
当然のように拒否するイギーへ、承太郎はさらに強くしがみついた。
「嫌ならお前を先に投げるぞ」
イギーの耳が立った。
「俺は本気だぜ」
今度はザ・フールが露骨に安定した。
承太郎はそれ以上何も言わず、イギーが向けた進路の先を見る。まだ本体の姿は小さくしか見えないが、一人の男が砂漠の中でじっと座っているのが確認できた。
「見つけたぜ」
ンドゥールも接近を察した。
杖を通じて聞こえる砂の音は、もう遠くない。ゲブ神を自分の周囲へ戻しながら、空中の二つの気配を探る。
承太郎たちがさらに近づいたところで、イギーが突然ザ・フールを崩した。
「なに?」
承太郎の手から犬の身体が抜け、代わりに砂で作られた偽物が一瞬だけ残る。イギーはその隙に本物の身体を別方向へ落とし、自分だけ逃げるつもりだった。
「やりやがったな、あの犬」
承太郎も空中へ投げ出される。
そこへゲブ神が迫った。
地面へ落ちれば、着地音を狙われる。空中にいても、散った砂から位置を読まれている。承太郎は一瞬だけイギーの落下する方向を見たあと、スタープラチナの腕を大きく振った。
「オラァ!」
「ギャウンッ!?」
投げられたのはイギーだった。
突然ものすごい勢いで飛ばされた犬が悲鳴を上げる。その大きな音へゲブ神が反応し、空中で進路を変えた。
「ひとつに絞ったな」
ンドゥールは音だけを頼りに、最も大きな標的へゲブ神を向かわせる。だが、それこそが承太郎の狙いだった。
イギーへ意識が向いた一瞬の間に、承太郎はスタープラチナで砂を強く叩き、その反動でさらに前へ跳ぶ。ンドゥールのすぐ近くへ着地した時には、ゲブ神はまだ離れた場所にいた。
ンドゥールは杖を握ったまま静かに立ち上がった。
「近づいたか、空条承太郎」
「俺の名前まで知ってやがるのか」
「DIO様から聞いている。お前たちの中で、最も注意すべき男の一人だとな」
「そいつはどうも」
承太郎は帽子のつばを直す。
ンドゥールは盲目だった。閉じられた両目は承太郎を見ていないが、その耳は僅かな呼吸や衣擦れまで正確に捉えている。杖の先を砂へ触れさせたまま、承太郎との距離を測っていた。
「ゲブ神が戻るまで待ってくれるつもりはないだろう?」
「当たり前だ」
「ならば来い。私の杖と、お前の拳。どちらが先に届くか試そう」
ンドゥールが杖を構える。
承太郎もスタープラチナを前へ出した。
ほんの一瞬、砂漠から音が消えた。
先に動いたのはンドゥールだった。
鋭く突き出された杖が承太郎の顔へ迫る。しかし、その先端が届くより早くスタープラチナの拳が杖を弾き、そのままンドゥールの身体を打ち飛ばした。
「ぐっ……!」
ンドゥールが砂へ倒れる。
遠くから戻ってきていたゲブ神も、その動きを止めた。
◇
水の気配が消えたことに最初に気付いたのは蓮司だった。
「……止まった」
魔虚羅の周囲を警戒していた水が、完全に消えている。しばらく待っても戻ってくる様子はなく、アヴドゥルも苦しそうに息を吐いた。
「承太郎が本体へ辿り着いたようだな」
「勝ったんですかね」
「他に考えにくいじゃろ」
ジョセフはそう答えながらも、すぐには警戒を解かなかった。数分後、遠くからイギーが歩いて戻ってくるのが見え、そのさらに後ろから承太郎も姿を現す。
「承太郎!」
「敵は?」
ポルナレフが声を上げる。
「終わった」
承太郎は短く答えた。
「ンドゥール。スタンドの名はゲブ神だ」
「ゲブ神?」
「エジプトの神の名じゃ」
ジョセフの顔が険しくなる。
承太郎は、ンドゥールがDIOの配下であり、タロットとは別にエジプトの神々の名を冠したスタンド使いたちがいることを話した。先ほど財団から聞いた九人という人数とも一致する。
「じゃあ、あの人がその九人の一人だったんですか」
「ああ。残りは八人だそうだ」
「エジプトに入った途端に新しい組が出てきたってことかよ」
ポルナレフが顔をしかめる。
「しかも一人目で花京院とアヴドゥルがこれじゃぞ」
ジョセフも冗談を言う余裕はなかった。
蓮司は承太郎の後ろを見た。敵の姿はない。
「そのンドゥールって人は?」
「死んだ」
承太郎の声は平坦だった。
「俺がとどめを刺したわけじゃねえ。捕まった後、自分でゲブ神を使った。DIOの情報を吐くつもりはなかったらしい」
少しの沈黙が落ちる。
敵ではあった。花京院とアヴドゥルへ重傷を負わせ、財団の職員まで襲った相手でもある。それでも承太郎の表情には、単純に勝った相手を見下すような色はなかった。
「埋めてきたんですか?」
承太郎の靴と手には、戦闘で付いたものとは少し違う砂が残っていた。
「……ああ」
それだけ答えると、承太郎は横を通り過ぎ、花京院の様子を確認しに向かった。
蓮司もそれ以上は聞かなかった。
◇
戦闘が終わっても、問題はまだ残っていた。
花京院は目を負傷し、アヴドゥルも首筋から肩にかけて深い傷を負っている。車はタイヤだけでなく底まで壊され、その場から動かすのは難しかった。
幸い、無線機は生きていた。ジョセフがスピードワゴン財団へ連絡し、別の救援車両と医療班が到着したのは、それからしばらく後のことだった。
「花京院さんとアヴドゥルさんは?」
「すぐアスワンの病院へ運ぶそうじゃ。命に別状はないが、しばらく治療が必要になる」
「花京院さんの目は……」
「医者に任せるしかない。ただ、手遅れという話ではないそうじゃ」
蓮司は少しだけ息を吐いた。
救援車両へ運ばれていく二人を見送りながら、ポルナレフが難しい顔をする。
「エジプトに着いたその日に二人抜けるのか」
「休ませるしかないじゃろう。無理に連れて歩いて悪化させたら、それこそDIOの思うつぼじゃ」
「分かってるけどよ……」
「私たちなら大丈夫だ」
担架の上からアヴドゥルが声をかけた。
「先へ行ってくれ。治療が終われば必ず追いつく」
花京院も目元を覆われた状態で頷く。
「僕もすぐ戻るよ。それまで頼んだ、承太郎、神代君」
「はい。ちゃんと治してきてください」
「心配するな」
二人を乗せた車が走り去る。
残ったのは承太郎、ジョセフ、ポルナレフ、蓮司、そしてイギーだった。
そのイギーは、戦闘が終わった途端に救援車両から見つけたコーヒーガムを確保し、何事もなかったように砂の上で噛んでいる。
「結局、一番元気なのあいつじゃねえか」
ポルナレフが睨む。
「今日一番働いたのも、たぶんイギーですよ」
「認めたくねえ」
「承太郎さんを敵のところまで運んだんですから」
「途中で見捨てようとしてただろ!」
イギーがポルナレフの方を見た。
「ほら、また聞いてますよ」
「今度は何も言わねえからな」
さすがに一日で学習したらしい。
ジョセフは地図を広げ、次の目的地を確認する。
「ひとまずアスワンへ向かう。そこからナイル川沿いに北上してカイロを目指すぞ」
「ナイル川沿い?」
蓮司が聞き返した。
「そうじゃ。場合によっては船も使うことになる」
蓮司は黙った。
「何じゃ、その顔は」
「いえ」
「言いたいことがあるなら言え」
「船ですか……」
「その先を言うな!」
ジョセフとポルナレフの声が重なった。
承太郎だけが帽子のつばを下げ、イギーは興味なさそうにガムを噛み続けていた。