ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった 作:東京大特価
ンドゥールとの戦いから一夜が明け、一行はアスワンの病院にいた。花京院の両目はしばらく治療が必要だったが、失明の危険はひとまずないらしい。アヴドゥルも肩から首筋にかけて縫合を受け、医者から安静を言い渡されていた。
「今日一日は二人ともここに残ってもらう。わしらは食料と今後の移動手段を整えるぞ」
ジョセフがそう言うと、ベッドに横たわったアヴドゥルが不満そうに眉を寄せた。
「私はもう動けるぞ」
「首の近くを切られた翌日に何を言っとる。医者の言うことを聞け」
「ジョセフさんがそれを言うんですか?」
蓮司が口を挟むと、ジョセフがこちらを振り返った。
「どういう意味じゃ、神代君」
「いえ、特に」
「今、何か含みがあったじゃろ」
花京院が目元を包帯で覆ったまま小さく笑う。重傷者が二人出た直後ではあるが、少なくとも命に別状はない。昨日に比べれば空気はだいぶ軽くなっていた。
「じゃあ、僕たちの分まで先へ進む準備をしてきてくれ。数日もすれば追いつけると思う」
「無理はしないでくださいね、花京院さん」
「神代君に言われると説得力があるような、ないような感じだな」
「俺は無理して怪我してるわけじゃないですよ」
「結果だけ見ると結構な回数怪我してるけどね」
それについては否定できなかった。
病院を出たのは承太郎、ジョセフ、ポルナレフ、蓮司の四人とイギーだった。砂漠を抜けて町へ入っただけで景色は一変し、人や車の往来も多い。敵の姿を警戒する必要はあるものの、どこを見ても砂しかなかった昨日よりは随分と落ち着く。
「しかし、腹減ったな」
ポルナレフが通りを見回しながら言った。
「まず何か食おうぜ。病院の飯じゃ腹にたまらねえ」
「お前は入院しとらんかったじゃろうが」
「見舞いってのは疲れるんだよ」
「見ていただけでしょう」
「精神的にだよ、精神的に」
結局、一行は近くの喫茶店へ入ることになった。イギーを連れているため店員には嫌な顔をされたが、ジョセフが多めに金を払うことでどうにか店の端の席へ収まる。
蓮司は運ばれてきた紅茶へ口をつけようとして、ふと手を止めた。
「どうした、神代」
「いや、別に何も」
向かいの承太郎に聞かれ、蓮司はカップを見下ろす。毒が入っている気がしたわけでも、何か妙なものが見えたわけでもない。ただ、この旅に出てから食事中に敵が来たことも一度や二度ではなかった。
「最近、食べる前に一瞬考える癖がついたんですよね」
「何をじゃ?」
「今から何か起きないかなって」
「縁起でもねえこと言うなよ」
ポルナレフが露骨に嫌な顔をする。
「昨日あんな目に遭ったばっかりなんだから、今日くらい普通に飯を食わせろ」
「俺だってそう思ってますよ。……敵に会わない日ってあるんですかね?」
「まだ一日始まったばかりだぞ!」
言った瞬間、少し離れた席から大きな悲鳴が上がった。全員が反射的に身構えたが、原因はイギーだった。いつの間にか席を離れ、隣の客が注文していたケーキへ顔を突っ込んでいる。
「イギー!」
「てめえ、人のケーキを!」
怒った客が立ち上がり、イギーが皿を咥えて逃げる。その拍子に椅子が倒れ、店員が盆を落とし、周囲の客まで巻き込んだ小さな騒ぎになった。
「何やってんだ、あの犬!」
「ポルナレフ、捕まえろ!」
「何で俺が!」
ポルナレフが立ち上がった拍子にテーブルが揺れ、蓮司も危うく紅茶を服へ零しかけた。ジョセフは口に含んだ紅茶を咳き込みながら吐き出し、承太郎も面倒そうにカップを置く。
結局、食事どころではなくなった。
店の外、建物の陰からその様子を見ていた二人の男は、揃って固まっていた。
「……飲まなかった」
小柄な少年――ボインゴが呟く。
「見れば分かる!」
兄のオインゴが頭を抱えた。さきほど一行へ出された紅茶には、店員の目を盗んで毒を入れてある。本来なら今頃全員が倒れている予定だった。
「どうなってるんだ! お前の本には、あいつらが紅茶を飲むって出てたんじゃないのか!」
「飲んだよ。ちゃんと口には入れた」
「吐き出したじゃねえか!」
「そこまでは描いてなかった」
「役に立たねえ!」
ボインゴは抱えていた奇妙な本を開いた。漫画のような絵と文章がひとりでに浮かび上がり、ページが勝手に捲れていく。それこそがボインゴのスタンド、未来を漫画として予知する『トト神』だった。
新しく現れた絵を見た途端、ボインゴの顔が変わる。
「兄ちゃん、次が出た」
「今度こそ大丈夫なんだろうな」
「絶対だよ。トト神の予言は必ず当たる」
そこには、オレンジが爆発し、承太郎らしき男の顔が吹き飛ぶ絵が描かれていた。
オインゴはしばらくそれを見つめたあと、ゆっくり笑った。
「そういう分かりやすいのを待ってたんだよ」
◇
喫茶店を出たあと、一行は二手に分かれた。ジョセフとポルナレフは車に積む物資の確認へ向かい、承太郎と蓮司は花京院たちに頼まれた日用品を買ってから病院へ戻ることになった。イギーはジョセフについていったが、誰の指示に従ったというより、ジョセフの持っているコーヒーガムが目的だった。
「花京院さん、果物も欲しいって言ってましたよね」
「ああ」
「何がいいですかね」
「適当に買えばいい」
「承太郎さんに聞いた俺が間違ってました」
そんな会話をしながら二人が市場へ消えていく。
少し離れた路地からそれを確認したオインゴは、すぐに行動を始めた。トト神の予言通り、爆弾を仕込んだオレンジを一行の車へ紛れ込ませる。あとは承太郎が戻ってきてそれを手に取れば終わりだった。
「よし、これで――」
「おい! そこで何してやがる!」
背後から声が飛んできた。
振り向けばポルナレフとジョセフが立っている。オインゴの背中を冷たい汗が流れたが、逃げれば怪しまれる。顔を見られた瞬間に正体を知られる可能性もあった。
次の瞬間、オインゴの顔と体格がぐにゃりと変わった。
『クヌム神』。肉体の形を自由に変えるオインゴのスタンドである。
「……承太郎?」
ポルナレフが首を傾げた。
そこに立っていたのは、見た目だけなら間違いなく空条承太郎だった。服装までは変えられないため多少の違和感はあるものの、オインゴは帽子の形まで髪を変化させて強引に似せている。
「こんなところで何やってんだ?」
「……散歩だ」
「神代はどうした?」
「先に病院へ行った」
苦し紛れに答えると、ジョセフは特に疑わず車の荷物を確認し始めた。
「ちょうどいい。承太郎、お前も乗れ。買い忘れがあったから別の店へ寄るぞ」
オインゴの顔が引きつる。
爆弾入りのオレンジは車内にある。そしてトト神に描かれていたのは『承太郎の顔をした男』が爆発する未来だった。
今、承太郎の顔をしているのは自分だった。
「……俺は歩いて戻る」
「何でだよ。乗れって」
ポルナレフに背中を押され、オインゴは車内へ押し込まれた。
その後の時間は、オインゴにとって敵との戦闘より遥かに長く感じられた。
「そういや承太郎、お前この前やってたあれ、また見せてくれよ」
「あれ?」
「タバコだよ。五本まとめて口に入れるやつ」
聞いたこともない。
だが、できないと言えば怪しまれる。オインゴは震える手で五本のタバコを咥え、どうにか火をつけた。
「そうそう。それで火を消さずにジュース飲むんだよな」
聞いていない。
ポルナレフが面白がって注文を増やすたび、オインゴの寿命だけが縮んでいく。さらにイギーが道端へ捨てたはずの爆弾オレンジを拾って車へ持ち込み、オインゴは本気で悲鳴を上げかけた。
「どうした、承太郎?」
「……牛がいた」
「牛?」
「今、外に」
「そんなことで叫ぶか?」
ポルナレフの目が少しずつ疑わしげになる。
オインゴは必死だった。トト神の予言は必ず現実になる。ならば自分が承太郎の顔をしている限り、いつ爆発に巻き込まれてもおかしくない。
車が信号で止まった瞬間、オインゴはとうとう耐えられなくなった。
「俺はここで降りる」
「病院までまだあるぞ?」
「用事を思い出した」
返事も待たず、車から飛び降りる。ポルナレフが何か叫んでいたが無視し、人目のない路地まで走った。
「兄ちゃん!」
待っていたボインゴが駆け寄ってくる。
「何で承太郎のままなんだよ!」
「うるせえ! 危うく俺が予言通りになるところだったんだぞ!」
オインゴは息を整え、ようやく変身を解こうとした。その時、足元で柔らかいものを踏んだ。
「……ん?」
地面を見る。
見覚えのあるオレンジがあった。
イギーが車へ持ち込んだあと、汚れているからとポルナレフが窓から捨てたものだった。
トト神のページが風もないのに捲れる。
描かれているのは、承太郎の顔をした男が爆発する絵。
「あ」
オインゴの変身は、まだ解けていなかった。
爆発音が町に響いた。
◇
夕方、蓮司と承太郎は買い物袋を抱えて病院へ戻っていた。
「さっき、どこかで爆発しませんでした?」
「工事じゃねえのか」
「そうですかね」
病院ではジョセフとポルナレフもすでに戻っており、イギーはアヴドゥルのベッドの下で勝手に寝ていた。蓮司が花京院へ頼まれていた荷物を渡していると、ポルナレフが承太郎を見て妙な顔をした。
「……お前、さっき俺たちと車に乗ってたよな?」
「乗ってねえ」
「いや、乗っただろ。途中でいきなり降りてったじゃねえか」
「承太郎さんなら、その時間は俺と一緒でしたよ」
蓮司が答えると、ポルナレフの表情が止まった。ジョセフもゆっくりこちらを見る。
「神代君、それは間違いないんじゃな?」
「はい。買い物して、そのまま一緒に戻ってきました」
「……では、わしらの車に乗っとった承太郎は誰じゃ?」
数秒の沈黙のあと、承太郎が帽子のつばを押さえた。
「化けるタイプのスタンド使いだろうな」
「敵じゃったのか!」
「だと思います」
「何で途中で勝手に逃げたんだ、あいつ!」
「失敗したんじゃないですか?」
蓮司は遠くで聞こえた爆発音を思い出した。何があったのかは分からないが、少なくとも今ここに襲撃者はいない。
「……敵に会わない日って、やっぱりないんですね」
「二度と言うな」
ポルナレフが即座に返した。
その頃、町外れでは全身を煤だらけにしたオインゴが担架へ乗せられ、その横をボインゴが泣きながらついて歩いていた。一行は最後まで兄弟の名前すら知らなかった。
◇
同じ頃、カイロ。
窓を閉ざした館の一室で、DIOは一枚の写真を眺めていた。
そこに写っているのは、六メートル近くまで巨大化した魔虚羅だった。普段の姿とは明らかに違う巨体。その手にある剣は、写真越しでも分かるほど白い光を帯びている。
写真は今日撮られたものではない。シンガポールで二人の刺客との連絡が途絶えた夜、DIOがジョナサンの肉体から伸びる茨を使って念写したものだった。
「波紋……ではない」
DIOは指先で写真の剣をなぞった。
「だが、よく似ている。このDIOの肉体にとって、決して好ましいものではあるまい。それこそ、ジョセフの波紋よりも遥かに」
正体までは分からない。それでも十分だった。百年前、波紋が自分を殺し得る力だったことをDIOは誰より知っている。似た性質を持つ可能性がある以上、わざわざ剣を受けて確かめる理由などない。
扉が開き、男たちに連れられた数人の人間が入ってくる。DIOはその中の一人を呼び寄せ、首筋へ口をつけた。しばらくして離れると、以前よりも強く指を握り込む。
ジョナサンの肉体はまだ完全には馴染んでいない。それでも大量の血を取り込み、毎夜のように自らのスタンド能力を繰り返し試すことで、身体の反応は少しずつ変わっていた。
DIOの背後に、人型のスタンドが一瞬だけ姿を現す。
「……まだ足りん」
以前より確実に扱いやすくなっている。だが、DIOが望む完成には届いていない。
DIOは椅子へ戻り、連れてこられた人間たちを見た。
「全員を殺す必要はない。血を取る者は地下へ回せ。街で役に立つ者には肉の芽を植え、元の生活へ戻せ」
傍らの男が頭を下げる。
「警官、運転手、ホテルの従業員、医者、商人。ジョースターどもがカイロへ入った時、どこにいてもこちらから見えるようにしておけ。ただし、命令するまでは普通に生活させろ」
「襲撃には何人ほど?」
「数は惜しむな。だが一度にすべて使う必要もない」
DIOの視線が再び写真へ戻る。
「神代蓮司は、無関係な人間を躊躇なく殺せる男ではない。ならば、その強さは人間の群れで縛れる」
写真の中で、白い剣だけが月明かりのように浮いていた。
「あの男を、この館まで来させるな。殺せるなら殺せ。無理なら拘束しろ。あの白い剣だけは、このDIOの間合いへ入れさせるな。
そして────もしこのDIOの前まで来たなら、遊びはせん。真っ先に本体を殺してやろう」