ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった 作:東京大特価
出発の日は、思っていたより早くやってきた。両親への説明はジョセフがどうにかしてくれた。スピードワゴン財団という聞き慣れない組織が間に入り、海外で行われる短期研修だの国際交流だの、蓮司自身もよく分かっていない理由を並べた結果、驚くほどあっさり許可が下りてしまったのである。十七歳の息子を突然エジプトまで連れていく話が、どうして数日で通るのだろう。大人の力は怖い。
「スピードワゴン財団って何なんです?」
「わしの古い友人が遺した財団じゃ。医療から科学研究まで世界各地で活動しておる」
「その財団、海外研修の捏造まで業務内容に入ってるんですか?」
「言い方!」
成田空港を歩きながらジョセフが叫ぶ。隣では花京院が小さく笑っており、アヴドゥルは慣れているのか特に反応しない。承太郎に至っては最初から会話を聞いていなかった。花京院が仲間になってから数日。蓮司もようやく、この奇妙な一行の雰囲気に慣れ始めていた。
ジョセフは見た目より遥かに騒がしい。アヴドゥルはその抑え役になることが多く、花京院は比較的常識人に見える。承太郎については、会話する気がある時とない時の差が激しい。そして自分。スタンドが魔虚羅。
冷静に考えると一番おかしい。
「神代君、海外は初めてかい?」
「初めてです。まさか最初の海外旅行がエジプトになるとは思いませんでしたけど」
花京院に聞かれ、蓮司は空港内を見回した。前世を含めれば海外へ行った経験があったような気もするが、記憶は曖昧だし、今となってはどうでもいい。少なくとも神代蓮司として国外へ出るのは初めてである。
「しかも観光じゃなくて、吸血鬼を倒しに行くためですからね」
「普通なら一生経験しない旅行だろうね」
「普通じゃないどころか、家族に説明できないのが一番困りましたよ」
今回の旅について、両親には当然ながら本当のことを話していない。
『エジプトにいる吸血鬼を倒さないと知り合いのお母さんが死ぬので、スタンドを連れて行ってきます』
そんな説明をしたところで、病院へ連れていかれるのが先だろう。
◇
飛行機に乗り込んでからしばらくは、驚くほど何も起きなかった。当然と言えば当然なのだが、昨日まで吸血鬼だの肉の芽だのという話を聞かされていたせいで、普通に機内食を食べていることに妙な違和感がある。窓の外には青空が広がり、機内では一般の乗客たちが思い思いに時間を過ごしていた。平和そのものだ。
「……何か逆に怖いな」
小さく呟くと、隣に座っていた花京院がこちらを見る。
「何がだい?」
「敵が来るかもしれないって話だったじゃないですか。それなのに普通すぎるので」
「何もないなら、それに越したことはないさ」
「そうなんですけどね」
それは分かっている。ただ、花京院がDIOに送り込まれてきた以上、他にも敵がいる可能性は高い。どこから来るか分からないというのが一番困る。スタンドというものは、本体の見た目から能力を推測できるわけでもないらしい。
昨日までで分かっただけでも、承太郎は超高速で動く人型。花京院は身体を紐状に伸ばしたり他人へ入り込んだりできる緑色の人型。アヴドゥルは炎を操る鳥人型。ジョセフは茨のようなスタンドらしい。統一感がない。
魔虚羅を知っている蓮司に言えたことではないが。
「ところで花京院さん。スタンドって、どんな形でもありなんですか? 人型じゃないのもいるとか」
「いるだろうね。スタンドは持ち主の精神が形になったものだと言われている。能力も姿も千差万別だよ」
なるほど。つまり、怪しい人間を見つければいいという話ですらない。虫みたいなスタンドが飛んできてもおかしくないわけだ。そこまで考えた時だった。羽音が聞こえた。
「…………」
蓮司はゆっくり顔を上げる。通路の上を、大きなクワガタムシが飛んでいた。
「花京院さん」
「何だい?」
「……今の、嫌な前振りになった気がします」
「前振り?」
花京院が怪訝そうにしたが、説明している場合ではなかった。ジョセフも同じものに気付いたらしく、表情が変わっている。承太郎は既に帽子の鍔へ手を添えていた。
「あれ、普通の虫じゃないですよね」
「ああ」
アヴドゥルが低い声で答える。
「スタンドだ」
「でしょうね」
分かりやすすぎる。次の瞬間、クワガタ型のスタンドが消えた。いや、消えたように見えただけだ。承太郎の背後に人型のスタンドが現れ、その拳が空中を薙ぐ。しかしクワガタは拳の間を縫うように回避し、逆に鋭い口吻を承太郎のスタンドの手へ突き刺した。
「速っ……!」
目で追えない。承太郎のスタンドですら完全には捉えられていない。クワガタはそのまま顔面へ突っ込んだが、承太郎のスタンドが寸前で受け止める。アヴドゥルが険しい表情で立ち上がった。
「あれは灰の塔――タワー・オブ・グレー。事故に見せかけて大量の人間を殺す、極めて危険なスタンドだ」
「……大量に?」
蓮司が聞き返した時には、もう遅かった。クワガタが再び消える。乗客の間を一筋の影が駆け抜け、数人がほぼ同時に崩れ落ちた。何が起きたのか理解するまで、一秒ほどかかった。血。
口元から大量の血を流した乗客たちが倒れている。
「…………」
蓮司の顔から血の気が引いた。さっきまで普通に座っていた人たちが、ほんの数秒で死んでいる。これがスタンド同士の戦いなのだ。
昨日まではどこか現実感が薄かったのかもしれない。花京院との戦闘でも教師が巻き込まれはしたが、最終的には助かった。今回は違う。一般人が死んだ。しかも、目の前で。
「クソ……!」
別の乗客へ向かうクワガタが見えた。
「魔虚羅!」
巨大な腕が蓮司の背後から現れる。狭い機内では全身を出す余裕がない。意識して必要な部分だけを前へ押し出すように顕現させ、乗客の前へ掌を差し込んだ。甲高い音が響く。魔虚羅の掌に穴が開いた。
「っ……!」
同じ場所に鋭い痛みが走り、蓮司の右手から血が滲む。だが、乗客は無事だった。タワー・オブ・グレーは即座に上昇し、天井付近へ逃れる。魔虚羅が掴もうとするが、指が閉じた時には既にそこにいない。
「駄目だ、速すぎる……!」
力なら圧倒できるし、当たりさえすれば潰せる。しかし、その一撃が当たらない。魔虚羅の頭上に現れた方陣が小さく軋む。今受けた刺突と、相手の動きの解析が始まっているのが感覚的に分かった。
だが、まだ足りない。
「神代君」
花京院が立ち上がった。
「僕がやる」
「でも、あれ速いですよ。承太郎さんのスタンドでも――」
「だからこそだ。承太郎のスタンドや魔虚羅では、この機内では力が強すぎる。アヴドゥルの炎も使えば乗客を巻き込む可能性がある」
花京院の背後にハイエロファントグリーンが姿を現す。
「僕のスタンドなら、もう少し細かく動ける」
蓮司は一瞬迷った。花京院が強いのは知っている。昨日、自分たちを襲ってきた時に身をもって経験した。だが、あのクワガタは明らかに速すぎる。
「援護します」
「いや、魔虚羅は乗客を守ってくれ。あれが戦っている最中に別の人間を狙わない保証はない」
「……分かりました」
合理的だった。蓮司は魔虚羅を自分たちと乗客の間へ配置する。花京院が通路へ出た。
「ハイエロファントグリーン」
緑色のスタンドが腕を広げる。そこから宝石のような光が放たれた。無数の緑色の弾丸がタワー・オブ・グレーへ殺到する。しかし。
「当たらない……!」
一発、二発、三発。全て避けられる。狭い機内を縦横無尽に飛び回るクワガタは、明らかに花京院を馬鹿にしているようだった。それどころか、わざと攻撃の間をすり抜けているようにすら見える。花京院の額に汗が滲む。
タワー・オブ・グレーが急旋回した。
「花京院さん!」
緑色の影が花京院の喉へ向かう。それより一瞬早く、魔虚羅の腕を割り込ませた。再び掌が貫かれる。
「ぐっ……!」
右手に激痛が走る。それでも、今度は目で追えた。完全ではない。だが最初より明らかに軌道が見える。そして。
ガコン。方陣が回転した。魔虚羅の掌に開いた二つの穴が塞がり、蓮司の傷も同時に消えていく。視界が変わった。正確には、自分の目ではない。
魔虚羅が捉えている情報が流れ込んでくる。
「……見える」
タワー・オブ・グレーが飛ぶ。今度は消えない。速いことに変わりはないが、その軌道を魔虚羅が追っている。
「適応したのか?」
承太郎がこちらを見る。
「完全じゃないです。でも、さっきよりは追えます」
魔虚羅が腕を振るう。タワー・オブ・グレーが避ける。だが、先ほどまでのような余裕はない。巨大な指先が翅を掠め、クワガタの体勢が僅かに崩れた。いける。
もう何度か攻撃を受ければ、完全に捉えられるかもしれない。そう思った瞬間。
「神代君、追わなくていい」
花京院の声。
「え?」
「十分だ」
花京院は笑っていた。その表情を見て、蓮司は気付く。何か仕掛けている。タワー・オブ・グレーは魔虚羅を警戒するように大きく迂回し、そのまま花京院へ突っ込んだ。その瞬間。
座席の下から無数の緑色の触手が伸びた。タワー・オブ・グレーの身体を、ハイエロファントグリーンの触手が四方から貫く。クワガタの動きが止まった。蓮司は目を瞬いた。
「……最初から?」
「エメラルドスプラッシュを避けられていた間に、ハイエロファントの身体を座席の下へ伸ばしていたんだ」
花京院は平然と答えた。
「速さで勝てないなら、逃げ道を塞げばいい」
「…………」
蓮司は魔虚羅を見る。魔虚羅は拳でどうにか捕まえようとしていた。自分も「あと何回か食らえば適応できる」などと考えていた。花京院は、その間に罠を張っていた。
「スタンド戦って頭使うんですね……」
「今更か」
「承太郎さんに言われたくないです」
承太郎は基本的に殴っているようにしか見えない。実際は相当頭を使っているのかもしれないが。
◇
タワー・オブ・グレーが倒れた直後、一人の老人が座席から崩れ落ちた。どうやら本体だったらしい。花京院の攻撃を受けた影響なのか、口元から血を流している。しかし完全には意識を失っていなかった。
「無駄……じゃ……お前たちは……エジプトには……辿り着けん……」
老人は途切れ途切れに笑った。DIOには大勢のスタンド使いが従っている。これから先も次々と刺客が送り込まれてくる。そんな内容を吐き捨てるように話し、老人は動かなくなった。蓮司は黙ってその姿を見る。
やっぱり。昨日考えていた通りだった。一人で日本に残っていたら安全、なんてことはなかったのだろう。
「……初日からこれですか」
まだエジプトどころか、日本を出て数時間しか経っていない。この調子で五十日近く続くと考えると頭が痛い。その時、機体が大きく揺れた。
「うわっ!?」
乗客たちの悲鳴が上がる。飛行機が傾いている。ジョセフの表情が変わった。
「まさか……操縦席じゃ!」
嫌な予感がする。この数日で何度目か分からない嫌な予感だった。一行が操縦席へ向かうと、そこには最悪の光景が待っていた。操縦士たちが倒れている。口元は血まみれ。
先ほどの乗客たちと同じだった。
「先にやられてたのか……」
蓮司は青ざめる。敵は最初から、自分たちを殺すことだけが目的ではなかった。タワー・オブ・グレーが倒されても、飛行機そのものを墜落させればいい。ジョセフが操縦席へ座った。
「仕方ない、わしがやる!」
その言葉に蓮司は一瞬安心した。なるほど。ジョセフは飛行機を操縦できるらしい。年齢的にも経験豊富そうだし、こういう時は年長者がいると頼りになる。
「ジョセフさん、飛行機の操縦できるんですね」
「任せろ! なに、墜落はこれで三回目じゃ!」
「…………」
蓮司は笑顔のまま固まった。
「今なんて?」
「三回目じゃ!」
「聞き間違いじゃなかった」
後ろにいた承太郎が盛大に顔をしかめる。
「ジジイ……まさか、また墜とす気じゃねえだろうな」
「人聞きの悪いことを言うな! 好きで墜としてるわけじゃないわい!」
また。蓮司は聞き逃さなかった。
「ちょっと待ってください。三回目ってことは過去二回墜としてるんですか?」
「事情があったんじゃ!」
「事情があったら飛行機って二回も墜ちるんです!?」
「神代君、今はジョースターさんに任せよう」
花京院が肩へ手を置いてくる。
「花京院さん、顔引きつってますよ」
「気のせいだ」
絶対に気のせいではない。アヴドゥルだけが妙に落ち着いている。いや、よく見ると目を閉じて何か祈っている。この人も信用してない。
「魔虚羅って飛行機事故に適応できますかね……」
「試すな!」
ジョセフの叫びと同時に機体が大きく傾いた。
◇
結論から言えば、生きていた。機体は海面へ不時着し、乗客たちも救助された。どうやって助かったのか途中からよく覚えていない。蓮司は救助船の上で毛布に包まりながら、遠くに浮かぶ半壊した飛行機を眺めていた。隣では承太郎が何事もなかったような顔をしている。
花京院も濡れた髪を拭きながら比較的冷静だった。一方のジョセフは――
「見ろ! ちゃんと全員助かったじゃろう!」
何故か得意げだった。
「結果論ですよね?」
「結果が全てじゃ!」
「飛行機は墜ちてますよ」
「不時着じゃ!」
蓮司は深く息を吐いた。エジプトへ向かう旅が始まった。飛行機へ乗った。敵に襲われた。飛行機が墜ちた。
まだ一日目である。前世で第三部は外国を旅する話だった、という程度の知識はあった。しかし。
「……もしかして、こういう旅なんですか?」
誰にともなく呟く。
「覚悟しておいた方がいい」
答えたのはアヴドゥルだった。蓮司はゆっくり振り向く。
「その言い方、本当に怖いんですけど」
アヴドゥルは何も答えなかった。やめてほしい。否定してほしかった。やがて一行は香港へ向かうことになった。民間人を巻き込む危険を考え、今後は飛行機ではなく海路でエジプトを目指すらしい。
その説明を聞きながら、蓮司は心の底から安堵する。船なら、少なくとも飛行機のように墜落はしない。もちろん沈没する可能性はあるが、今は考えないことにした。
「…………」
考えないことにした。この世界では、余計なことを考えると本当に起こりそうで怖かった。