ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった 作:東京大特価
香港へ着いた時、蓮司が最初に感じたのは安堵だった。地面がある。ただそれだけで素晴らしい。飛行機という乗り物に対する信用を一日で失った蓮司は、空港から市街へ移動する間も何度か足元を確認していた。もちろん地面が突然なくなるはずはないのだが、数時間前まで空を飛んでいた乗り物が海に浮かんでいたことを考えると、無意味な確認とも思えなかった。
「神代君、さっきから何を見ているんだい?」
「地面です」
「地面?」
「ちゃんとあるなと思って」
「……飛行機が相当堪えたみたいだね」
花京院が苦笑する。そりゃ堪える。人生初の海外旅行で飛行機が墜ちたのだ。普通なら一生に一度あるかどうかすら怪しい事故を、初回で経験してしまった。しかもジョセフ曰く、自分はこれで三回目。
絶対に何かがおかしい。
「次から船なんですよね?」
「ああ、その予定じゃ」
ジョセフの返答に、蓮司は心底安心した。
「よかった……」
「そんなに飛行機が嫌になったのか?」
「ジョセフさんと一緒に乗る飛行機は嫌になりました」
「わし限定!?」
アヴドゥルが横で咳払いをした。笑いを堪えているように見えたのは気のせいではないだろう。
◇
香港の街は、蓮司にとって何もかもが新鮮だった。看板には見慣れない字体の漢字が並び、道には日本とは違う匂いが漂っている。行き交う人々の言葉も当然ながらほとんど分からない。
「すごいな……」
思わず周囲を見回していると、承太郎がちらりとこちらを見た。
「観光に来たんじゃねえぞ」
「分かってますよ。でも見るくらいいいでしょう」
「浮かれて迷子になるんじゃねえ」
「子供じゃないんですから」
十七歳なので、大人とも言い難いが。もっとも承太郎も同年代である。その体格と態度のせいで忘れそうになる。一行が最初に向かったのは食事処だった。
長い移動と戦闘、それに墜落まで挟んだせいで全員かなり疲れている。エジプトへの経路を考えるにしても、まずは腹を満たそうということになった。店に入り、料理が並ぶ。蓮司は箸を手に取ったまま、目の前の皿をしばらく眺めた。
「これ何です?」
「食えば分かるじゃろ」
「分からないから聞いてるんですけど」
「香港まで来て好き嫌いするな」
「好き嫌いじゃなくて正体を知りたいだけです」
ジョセフが適当に取った料理を蓮司の皿へ放り込む。仕方なく口に入れてみる。
「……うまい」
「じゃろ?」
「でも何なのかは分からないままなんですよ」
結果的には美味しいので問題ない。花京院もいくつか料理を試しており、アヴドゥルは慣れた様子で食べている。承太郎はというと、食事中ですら妙に様になっていた。何なんだこの高校生。そんなことを考えていた時だった。
「失礼」
声がした。振り向く。金髪の男が立っていた。
外国人。年齢は二十代前半くらいだろうか。整った顔立ちをしているが、何より目を引くのは髪型だった。上へ向かって伸びている。すごく伸びている。
蓮司は数秒見つめた。どうやって固めているんだろう。
「何か?」
アヴドゥルが男を見る。
「私はジャン=ピエール・ポルナレフ。フランス人だ」
ポルナレフ。聞き覚えはない。少なくとも蓮司の曖昧な記憶には引っかからなかった。ただ、男の視線は明らかに自分たちを狙っている。そして、その背後。
銀色の何かが立っていた。騎士。そう表現するのが一番近い。全身を銀色の鎧で覆い、手には細身の剣を持った人型のスタンド。蓮司は箸を置いた。
「……またですか」
昨日から敵が来るまでの間隔が短すぎる。
「見えているようだな」
ポルナレフが笑う。
「なら話が早い。DIO様の命令で、お前たちを始末する」
その言葉に店内の空気が変わった。承太郎が立ち上がりかける。だがポルナレフの視線は、アヴドゥルへ向けられていた。
「特にお前だ、モハメド・アヴドゥル。お前のマジシャンズレッドと、私のシルバーチャリオッツ。どちらが強いか試してみたい」
「私を指名するということか」
「ああ。正々堂々、一対一でだ」
蓮司は一瞬だけ目を瞬いた。殺しに来たはずなのに、妙に律儀だ。花京院の時とは随分違う。その花京院も、ポルナレフを見ながら僅かに眉を寄せていた。
「おかしいな」
小声で呟く。
「何がです?」
「DIOの刺客なら、もっと確実な方法で僕たち全員を狙ってもいいはずだ。それなのに彼は決闘を望んでいる」
確かに。昨日のタワー・オブ・グレーなど、最初から一般人ごと飛行機を墜とすつもりだった。一方で目の前の男は、わざわざ名乗り、一対一で戦うと言っている。
「花京院さんの時も、操られてましたよね」
「僕も同じことを考えていた」
額。肉の芽。蓮司はポルナレフを見る。髪型のせいで額がよく見える。とはいえ、さすがにここから肉の芽があるかどうかまでは分からない。
アヴドゥルは立ち上がった。
「いいだろう。その勝負、受ける」
「アヴドゥルさん、本当に一人でやるんですか?」
蓮司が聞くと、アヴドゥルは頷いた。
「彼が私を指名している。それに、あのスタンドの能力も見極めたい」
「でも相手、DIOの手下ですよ」
「心配はいらない。君は見ていてくれ」
自信があるらしい。蓮司は魔虚羅を呼び出すべきか迷ったが、結局やめた。一対一で戦うと言っているところへ三メートル近い化け物を乱入させるのは、さすがに空気が読めなさすぎる。それに、アヴドゥルの強さを自分はまだまともに見ていない。
◇
戦う場所として選ばれたのは、店から離れた場所にある庭園だった。人が少なく、スタンド同士が暴れても被害が出にくい。ポルナレフが前へ出る。
「シルバーチャリオッツ!」
銀色の騎士が剣を構えた。対するアヴドゥルもスタンドを呼び出す。
「マジシャンズレッド!」
炎を纏う鳥人と銀色の騎士が向き合う。蓮司は少し離れたところから戦況を見ていた。剣と炎なら、相性だけで言えばどう考えても炎の方が有利そうに思える。だが、その予想はチャリオッツが踏み込んだ瞬間に崩れた。
「速い」
シルバーチャリオッツが踏み込むと、次の瞬間にはもうマジシャンズレッドの眼前まで距離を詰めていた。剣が閃き、アヴドゥルが避ける。そこへ間を置かず二撃、三撃と続く。
一発一発が速い。昨日のタワー・オブ・グレーとは違う種類の速度だった。あちらは虫のように飛び回って捉えられない。こちらは剣技そのものが速い。
「魔虚羅とやったらどうなるんだろうな……」
思わず呟く。斬撃を受ければ適応できる可能性は高い。だが、その前に連続して致命傷を受けない保証はないし、あの速度をどこまで捌けるかも分からない。適応能力があるからといって、相手の攻撃を全部正面から受ければいいわけではない。
「神代君」
花京院が横目で見る。
「戦うつもりかい?」
「いや、考えてただけです。アヴドゥルさんが戦ってるところに割って入る気はないですよ」
その間にも戦いは続く。マジシャンズレッドが炎を放つ。普通なら避けられないような範囲を炎が覆った。ところがシルバーチャリオッツは、剣を高速で振るい、迫る炎を次々と切り裂いていく。
「炎って剣で斬れるんですか?」
蓮司が思わず聞いた。
「普通は無理だろうな」
ジョセフが答える。
「じゃあ今何してるんです?」
「わしに聞くな!」
スタンド、自由すぎないか。ポルナレフが得意げに笑った。
「どうした、アヴドゥル! 炎など私のチャリオッツには通用しないぞ!」
さらにシルバーチャリオッツが動く。だが次の瞬間、蓮司は違和感を覚えた。
「……遅くなった?」
先ほどまでより僅かに動きが鈍い。気のせいかと思ったが、承太郎が口を開く。
「鎧だ」
「鎧?」
「あいつのスタンド、わざわざ鎧を着てやがる」
なるほど。スタンドにも装備重量があるらしい。ポルナレフ自身も同じことを考えたようで、笑みを浮かべた。
「なら見せてやろう。シルバーチャリオッツの本当の速さを!」
銀色の鎧が弾け飛んだ。
「脱げるんだ……」
蓮司は素直に驚いた。スタンドが脱衣するという発想はなかった。鎧を外したシルバーチャリオッツが動く。今度こそ見えなかった。いや。
複数いる。
「え?」
アヴドゥルを囲むように、何体ものシルバーチャリオッツが現れている。
「分身?」
「残像だろう」
花京院が目を細める。
「それだけ速く動いているんだ」
「そういうレベルなんですか、あれ」
目がおかしくなったわけではないらしい。何体もの銀色の騎士が一斉にアヴドゥルへ迫り、蓮司は反射的に魔虚羅を出しかけた。しかし、すぐに承太郎の声が飛ぶ。
「待て」
承太郎の一言で止まる。
「アヴドゥルはまだ負けちゃいねえ」
見る。確かにアヴドゥルは焦っていない。
「クロスファイヤーハリケーン!」
炎が炸裂した。しかしポルナレフはそれを避ける。勝ち誇った笑み。そして次の瞬間、その表情が変わった。
「なにっ!?」
炎が回り込んだ。単純に直進するだけではない。避けた先へ追いかけるように炎が迫っている。
「曲がった……」
蓮司は思わず声を漏らす。
「炎って曲がるんですね」
「そこに驚くのか?」
花京院に聞かれる。
「昨日からずっと思ってるんですけど、スタンドって何でもありすぎません?」
反論はなかった。最終的に、アヴドゥルの炎がシルバーチャリオッツを捉えた。ポルナレフの身体にも炎が燃え移る。勝負は決まった。
「アヴドゥル!」
ジョセフが声を上げる。だがアヴドゥルは追撃しなかった。ポルナレフは地面へ膝をつき、それでもなお剣を握っている。
「なぜとどめを刺さない」
「お前にはまだ戦士としての誇りがあるからだ」
アヴドゥルが静かに答える。ポルナレフは、敗北したからといって命乞いをしなかった。炎に包まれながらも背中を見せず、最後まで相手へ向き合っている。DIOの命令に従っている人間にしては、あまりにも潔い。蓮司は花京院を見る。
「やっぱり……」
「ああ」
花京院も頷いた。
「おそらく僕と同じだ」
◇
ポルナレフの額から見つかったものを見て、蓮司は嫌そうに顔をしかめた。
「また肉の芽……」
予想は当たっていた。髪を掻き分けた額の皮膚下に、花京院に埋め込まれていたものと同じ肉の芽が蠢いている。これで確定だった。ポルナレフもDIOに操られていたのだ。
「これを植えつけられた者は、DIOに逆らうことができなくなる」
花京院が自分の額へ触れる。
「僕も同じだった」
ポルナレフ本人は戦闘で意識を失っている。ジョセフが状態を確認し、承太郎を見る。
「承太郎。花京院の時と同じようにできるか?」
「やるしかねえだろ」
承太郎のスタンドが現れる。相変わらず名前を聞いていない気がする。いや、どこかで聞いたかもしれない。今度確認しておこう。蓮司は承太郎の作業を眺めながら、ふと魔虚羅の右腕を思い浮かべた。
そこに備わっている剣。あれが単なる武器ではないことを、蓮司は知っている。では、吸血鬼から生み出されたらしい肉の芽にはどう作用するのか。
「…………」
蓮司は考えて、すぐにその案を捨てた。効くかもしれない。何も起きないかもしれない。最悪の場合、肉の芽だけではなくポルナレフ本人にも何か起こる。それを確かめるために人間の頭を使う気にはなれなかった。
「神代君、どうかしたか?」
アヴドゥルに声をかけられ、蓮司は首を振る。
「いえ。魔虚羅で何かできないかと思っただけです。でも、できるか分からないことをポルナレフさんで試す必要はないかなって」
「それがいいだろう。花京院の時と同じ方法で取り除けるのだからな」
「ですよね」
それ以上は何も言わなかった。魔虚羅については、実際に確認できた能力だけを周囲へ説明している。適応と再生は自分の身をもって確認した。だが、右腕の剣については何も試していない。なら、今の蓮司が知っていることにはできない。
使うなら、まずは誰も危険に晒さない状況で確かめるべきだろう。やがて承太郎の手によって、肉の芽は無事に取り除かれた。
◇
目を覚ましたポルナレフは、状況を聞くとしばらく黙っていた。DIOに操られていたこと。自分がアヴドゥルと戦ったこと。そして命を救われたこと。
「……そうか」
ポルナレフは自分の額を押さえた。先ほどまでの敵意は消えている。代わりに残っているのは、強い怒りだった。
「私はDIOを追っていたわけじゃあない。奴に会ったのも、ある男を探す旅の途中だった」
ポルナレフには妹がいた。その妹を殺した男を探して旅をしていたところ、DIOに出会い、肉の芽を植えつけられたのだという。蓮司は黙って話を聞いた。昨日の花京院もそうだった。DIOの配下だからといって、全員が自分から従っているわけではない。
これから襲ってくる敵にも同じような人間がいるかもしれない。魔虚羅で敵を完全に叩き潰すのは簡単でも、相手が操られている可能性を考えるなら話が変わってくる。殺さずに倒す。できるなら、それが一番いい。
「難しいな……」
思わず呟く。
「何がだ?」
承太郎がこちらを見る。
「いや、敵が全員悪人とは限らないんだなと思って。魔虚羅って加減を間違えたら洒落にならないので、これからは余計に気をつけないと」
「今更気付いたのか」
「まだスタンド使いになって一週間も経ってないんですよ」
むしろ順応している方ではないだろうか。ポルナレフは少し迷った末、自分も一行に加わると言った。DIOには借りがある。そして妹を殺した男を探すためにも、旅を続けるつもりらしい。
「私はジャン=ピエール・ポルナレフだ。改めてよろしく頼む」
「神代蓮司です。さっき名乗ってましたけどね」
「細かいことを言うな!」
随分明るくなった。肉の芽が取れただけでここまで性格が変わるものなのだろうか。
「それにしても」
ポルナレフが蓮司を見る。
「お前のスタンドも見てみたかったな。かなり強力だと聞いたぞ」
「戦わないですよ」
「まだ何も言っていないだろう!」
「目がアヴドゥルさんに勝負を挑んだ時と同じなんですよ」
「一戦くらいいいじゃあないか!」
「嫌です」
即答した。
「なぜだ!」
「痛いので」
ポルナレフが固まる。アヴドゥルが肩を揺らしている。花京院はもう事情を知っているので普通に笑っていた。
「お前、本当にあんなスタンドの使い手なのか?」
「みんな同じこと言いますね」
別にいいではないか。スタンドが強面だからといって、本体まで戦闘狂になる義務はない。
◇
その日の夕方。一行は今後の経路を確認していた。飛行機は使わない。少なくとも当面は。香港から船で移動し、海路でエジプトを目指す。
蓮司に異論はなかった。むしろ大歓迎だった。
「船なら安心ですね」
蓮司が言う。ジョセフが妙な顔をした。
「何を根拠に言っとるんじゃ」
「少なくとも墜落しないじゃないですか」
「まあ、それはそうじゃが……」
歯切れが悪い。嫌な感じがする。
「何です?」
「いや、別に」
「何かあるんですか?」
「何もないわい」
怪しい。非常に怪しい。承太郎が横から口を挟む。
「ジジイの乗り物運を信用する方が悪い」
「そういうこと言うのやめてくださいよ!」
笑えない。明日から海路である。蓮司は少し考え、恐る恐る尋ねた。
「……ジョセフさんって、船を沈めたことは?」
「あるぞ」
即答だった。
「…………」
「どうした?」
「いや」
蓮司は顔を覆った。
「何で先に言わないんですか」
飛行機だけではなかった。どうやら問題は乗り物ではなく、ジョセフ・ジョースター本人らしい。魔虚羅は様々な現象へ適応できる。炎にも、斬撃にも、未知の能力にも、時間さえあれば対応できるのかもしれない。しかし、この老人の乗り物運に適応できるかだけは、今のところ全く自信がなかった。