ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった   作:東京大特価

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第五話 船なら安心だと思っていた

 翌朝。港に停泊している船を見上げながら、蓮司は腕を組んでいた。思っていたより大きい。豪華客船というほどではないが、これなら多少波が荒れてもびくともしなさそうな船体をしている。

 

 スピードワゴン財団が手配した船で、船長を含めた乗組員の素性も調査済み。一般客を乗せず、一行と必要最低限の乗組員だけでシンガポールへ向かうという。昨日の飛行機よりは遥かに安全そうだった。

 

「本当に沈まないですよね?」

「船を見るなりそれか!」

 

 ジョセフが怒鳴る。

 

「だって昨日、船も沈めたことあるって言ったじゃないですか」

「あれは五十年近く前の話じゃ!」

「時間が経っても沈めた事実は変わらないでしょう」

 

「何の話だ?」

 

 ポルナレフが首を突っ込んできた。

 

「ジョセフさん、飛行機を何回か墜として船も沈めたことがあるらしいですよ」

「何ィ!?」

 

 ポルナレフが露骨に一歩離れた。

 

「おいジョースター! 本当にこの船は大丈夫なんだろうな!?」

「わしが操縦するわけじゃないわい!」

 

 その一言に、蓮司とポルナレフが同時に動きを止める。

 

「……それを先に言ってくださいよ」

「何だ。それなら安心じゃあないか」

 

「お前ら……」

 

 ジョセフのこめかみに青筋が浮かんだ。花京院は口元を押さえて笑っており、アヴドゥルも何となく明後日の方向を見ている。承太郎だけは会話に興味がないらしく、とっくに乗船していた。その背中を追いながら、蓮司はもう一度船を見上げる。飛行機とは違う。

 

 空から落ちることはない。乗組員も全員調査済み。敵が忍び込む余地も少ない。今度こそ普通に移動できるだろう。

 

     ◇

 

 出航からしばらくは、本当に平和だった。天気は良く、波も穏やか。甲板から見渡す限り、青い海が広がっている。ポルナレフは早くも旅を楽しみ始めたのか、手すりにもたれて香港で見かけた女性の話をしていた。花京院は椅子に座って本を読み、ジョセフとアヴドゥルは航路について話している。

 

 承太郎は相変わらず学生服だった。

 

「暑くないんですか、それ」

「別に」

「海の上まで制服で来るとは思いませんでした」

「てめえに関係ねえだろ」

 

 本人がいいならいいのだろう。蓮司は普通に着替えてきた。

 

「それにしても平和ですね」

 

 言ってから黙る。昨日も似たようなことを言った気がする。その後、飛行機が墜ちた。

 

「…………」

 

 余計なことは考えない方がいい。蓮司が黙って海へ視線を戻した時、甲板の反対側から怒鳴り声が響いた。

 

「待てッ! 捕まえろ!」

 

 見ると、水夫たちの間を小柄な少年が駆け抜けていた。身体に合っていない服と帽子。捕まえようとした水夫の脇をすり抜け、船縁へ向かって走っている。

 

「何です、あれ」

 

「密航者じゃ!」

 

 ジョセフが答えるより早く、水夫の一人が叫んだ。

 

「船倉に隠れてやがった!」

 

「離せよ!」

 

 少年が追いついた水夫の腕を振り払い、そのまま手すりへ飛び乗った。

 

「おい、待て! そこから逃げたって――」

 

 蓮司が止める間もなく、少年は海へ飛び込んだ。

 

「……嘘でしょ」

 

 全員が手すりへ駆け寄る。海面へ顔を出した少年は、船から少しでも離れようと必死に泳いでいた。

 

「戻れ! こんな沖で泳いでどこへ行く気じゃ!」

 

 ジョセフが怒鳴る。

 

「うるせー! 捕まるくらいなら――」

 

 少年の声が途中で止まった。少し離れた海面に、黒い背びれが出ている。蓮司も気付いた。

 

「後ろ!」

 

「え?」

 

 少年が振り返る。

 

「うわああああッ!?」

 

 今までの威勢が一瞬で消えた。サメが迫る。そして承太郎が、何の躊躇もなく手すりを越えた。

 

「承太郎さん!?」

 

 海へ飛び込むと同時に、紫色の人型スタンドが現れる。水面が大きく弾けた。サメが飛びかかった瞬間、その横っ面へ拳が叩き込まれる。

 

「……サメって殴って止められるんですね」

「普通は無理じゃ」

 

 ジョセフが答えた。

 

「安心しました」

 

 自分の常識が間違っていたわけではないらしい。承太郎は少年へ近づき、腕を掴んだ。そこで妙な顔をする。

 

「……こいつ、女だぜ」

 

「何しやがる!」

 

 即座に承太郎の顔へ拳が飛んだ。当然、当たらない。

 

「テメェ、どこ触ってんだこの変態!」

 

「確認しただけだ」

 

「確認で触るな!」

 

 どうやら男装していた少女らしい。蓮司が呆気に取られている、その時だった。海面の下。何かが動いた。

 

「……承太郎さん、そこ離れて!」

 

 サメではない。青黒い異形が海中から飛び出し、先ほど承太郎が倒したサメを一撃で切り裂いた。

 

「何だ、あれ……」

 

 少女には見えていない。当然だ。だが一行には見えている。

 

「スタンドだ!」

 

 アヴドゥルが叫ぶ。異形が承太郎たちへ迫った。

 

「ハイエロファントグリーン!」

 

 花京院のスタンドが触手を伸ばし、承太郎と少女をまとめて船上へ引き上げる。直後。海中から飛び出した敵の一撃が、救命浮輪を真っ二つにした。そのまま青黒い姿は再び海へ消える。

 

「……船に乗ってまだ何時間でしたっけ」

 

 蓮司が呟く。

 

「考えるな、神代君」

 

 アヴドゥルの声音が妙に優しかった。

 

     ◇

 

「だからオレは何も知らねーって!」

 

 救助された少女は甲板へ上がってからも怒鳴り続けていた。サメに追われ、得体の知れない何かに襲われた直後だというのに元気である。

 

「まず落ち着いてください。名前は?」

「教えねーよ」

「何で密航したんです?」

「それも教えねー」

「どこから乗ったんですか?」

「うるせー!」

 

「何も分からない……」

 

 蓮司は諦めた。少女がこちらを睨む。

 

「そもそも何なんだよ、お前ら! さっきから何もないところに向かって叫んだり、急に海が切れたりして!」

「さっき海にいた奴、見えてなかったんですね」

「見えるって何がだよ!」

 

 完全に一般人らしい。少女にはスタンドという言葉自体も通じていない。アヴドゥルが周囲を確認しながら低い声で言った。

 

「問題は敵の本体だ。この船から離れた場所にいるとは考えにくい」

 

「船の中にいるってことですか?」

 

「ああ」

 

 ジョセフも頷く。

 

「この船の乗組員は船長を含め全員、スピードワゴン財団が身元を確認しておる。そこへ素性不明の密航者が現れ、その直後に敵が出てきた」

 

 自然と視線が少女へ集まる。

 

「……何だよ」

 

 少女が一歩下がる。

 

「何でオレを見るんだよ」

 

「状況だけなら一番怪しいからじゃ」

 

「ちょっと待てよ! オレはあんな訳分かんねー化け物知らねーぞ!」

 

 蓮司は少女の様子を見た。少なくとも、あのスタンドは本当に見えていなかった。海で襲われた時にも明らかに何が起こっているのか理解していなかったし、今もスタンドという存在そのものを知らない。

 

「俺は違うと思います」

 

 蓮司が言うと、少女がぱっとこちらを見る。

 

「さっきの奴が見えてないみたいですし、襲われた時の反応も普通でした。ただ、完全に警戒を解いていいかまでは分かりませんけど」

 

「そこは信じ切れよ!」

 

「知り合って十分も経ってないでしょう」

 

「チッ!」

 

 もっともな反応ではある。その時、甲板へ一人の中年男性が上がってきた。

 

「何の騒ぎだ!」

 

 日に焼けた肌と屈強な体格。いかにも船乗りといった風貌の男だった。

 

「キャプテン・テニール」

 

 ジョセフが声をかける。船長らしい。事情を聞いたテニールは少女を見て顔をしかめた。

 

「密航者だと? すぐ船室へ連れていけ」

 

「離せよ! オレは何もしてねー!」

 

 船長は少女の抵抗など気にもせず水夫へ指示を出し、続いて承太郎へ目を向けた。

 

「それと、お前」

 

「……」

 

「船の上で煙草を吸うな」

 

 承太郎の指から煙草を取り上げ、火を消す。さらに帽子へ触れたのが悪かったらしい。承太郎の目つきが変わった。

 

「……おっさん」

 

「何だ?」

 

「てめえが敵のスタンド使いだな」

 

 甲板が静まり返った。

 

「承太郎?」

 

 ジョセフが驚く。アヴドゥルも眉を寄せた。

 

「それはあり得ない。キャプテン・テニールは財団が身元を調べている。スタンド使いではないことも確認してある」

 

 船長は不愉快そうに鼻を鳴らした。

 

「スタンド? 何の話だ。訳の分からんことを言うな」

 

 少女も同じような顔をしている。

 

「すたんど? 何だそれ」

 

 反応の違いは明白だった。だが承太郎は船長を見たまま煙を吐く。

 

「最近分かったことが一つある。スタンド使いには共通した特徴があるんだ」

 

「特徴?」

 

 蓮司も承太郎を見る。

 

「煙草の煙を少しでも吸うと、鼻の頭に血管が浮き出る」

 

「そんな特徴あるんですか?」

 

 聞いたことがない。蓮司は自分の鼻へ触れた。横を見ると、ジョセフもアヴドゥルも花京院もポルナレフも、揃って自分の鼻を確かめている。そして、船長も。

 

「…………」

 

 少女だけが一人、何をしているのか分からないという顔で一同を見ていた。

 

「何だよお前ら。急に」

 

 承太郎の口元が僅かに歪んだ。

 

「ああ、嘘だぜ」

 

「嘘!?」

 

 ジョセフが叫ぶ。蓮司も一瞬固まったが、すぐ意味を理解した。自分たちはスタンド使いだ。本当だと言われれば、知らない特徴を確認するのは当然。しかし。

 

「なるほど……スタンドなんて知らないって言った人が、自分の鼻を確認するのはおかしいってことですか」

 

「ああ」

 

 承太郎が船長を睨む。

 

「引っかかったな」

 

 船長の顔から、それまでの表情が消えた。数秒の沈黙。やがて口元が大きく歪む。

 

「……面白い小僧だ」

 

 声まで変わったように聞こえた。

 

「その通りだ。本物のテニールはとっくに海の底さ」

 

 ジョセフの顔色が変わる。

 

「何じゃと……!」

 

「俺が殺した。そしてこの船に乗り込んだ」

 

 蓮司は思わず眉間を押さえた。

 

「全員身元確認済みって何だったんですか……」

「本物は確認済みだったんじゃ!」

 

「成り代わりは想定外ですよね。分かってます」

 

 それにしても敵のやり方が容赦ない。

 

     ◇

 

「正体がバレたなら仕方ねえ」

 

 偽船長の背後へ、先ほど海中で見た青黒いスタンドが姿を現した。背びれ。鱗。水かき。いかにも水中戦向きの姿。

 

「暗青の月――ダークブルームーンだ」

 

 少女は何も見えていないため、偽船長が突然何かを名乗ったようにしか見えなかったらしい。

 

「何言ってんだ、こいつ……」

 

「そこは気にしなくていいです」

 

「お前ら本当に何と戦ってんだよ!」

 

「説明すると長いので後で」

 

「だから何なんだよそれ!」

 

 偽船長は笑いながら少女の側へ近づいた。

 

「なら分かりやすくしてやる」

 

 次の瞬間、少女の身体が宙へ持ち上がった。

 

「えっ!? 何だこれ! 離せ!」

 

 見えない何かに首と身体を掴まれているように見えるのだろう。

 

「テメェ、何しやがった!」

 

「人質だ」

 

「魔虚羅」

 

 蓮司の背後へ巨体が現れる。だが動かさない。少女には魔虚羅も見えていない。

 

「また何だよ! 急に空気重くなったぞ!」

 

「ちょっと我慢してください」

 

「何をだよ!」

 

 ここで魔虚羅に殴らせるわけにはいかない。ダークブルームーンを潰せても少女まで巻き込む。偽船長はそれを見抜いているらしく、得意げに笑った。

 

「その化け物についても聞いているぞ、神代蓮司。馬鹿みたいな力を持っているそうじゃないか」

 

「情報回るの早いですね」

 

「DIO様はお前にも興味を持っている。可能なら生きたまま連れて来いとのことだ」

 

「行く気はないです」

 

「だろうな!」

 

 偽船長が手すりへ足をかけた。

 

「俺のダークブルームーンは海の中でこそ本領を発揮する。空条承太郎、女を助けたければ追って来い!」

 

 そのまま海へ飛び込もうとした、その時だった。

 

「遅えぜ」

 

 承太郎のスタンドが先に動いた。蓮司の目でも何発殴ったのか数え切れない。ダークブルームーンが少女を掴んだまま海へ入るより早く、拳の連打が叩き込まれる。偽船長が吹き飛ぶ。少女が宙へ投げ出された。

 

「花京院さん!」

 

「ああ!」

 

 ハイエロファントグリーンの触手が少女を受け止める。

 

「な、何なんだよこれ!?」

 

 宙に浮かされ、今度は見えない何かに運ばれた少女が完全に混乱している。

 

「あとでちゃんと説明しますから!」

 

「絶対だぞ!」

 

 約束させられた。偽船長は甲板を転がりながらも笑っていた。

 

「捕まえたぜ」

 

 承太郎の顔色が変わる。その腕。正確にはスタンドの腕に、無数のフジツボのようなものが付着していた。

 

「何だ、それ」

 

 蓮司が顔をしかめる。フジツボは急速に増殖し、腕を覆っていく。

 

「相手の力を吸い取る能力か!」

 

 アヴドゥルが叫ぶ。承太郎の身体が傾いた。その隙を突き、ダークブルームーンが腕を掴む。偽船長が手すりを越えた。

 

「海の中でなら俺に勝てる奴はいねえ!」

 

 承太郎ごと海へ落ちる。

 

「承太郎さん!」

 

 蓮司が駆け寄った。

 

「魔虚羅を――」

 

「待て!」

 

 ジョセフに止められる。

 

「何を仕掛けているか分からん。闇雲に追わせるな!」

 

「でも!」

 

「承太郎を信じろ!」

 

 蓮司は歯を食いしばった。正論だ。魔虚羅の能力は強い。だからこそ、何でも適応に任せて突っ込ませればいいわけではない。

 

「……分かりました。でも、いつでも出せるようにしておきます」

 

 魔虚羅を甲板に残し、海中へ意識を集中させる。

 

     ◇

 

 水中では明らかに敵が有利だった。ダークブルームーンは魚のように動き回り、承太郎のスタンドは海水の抵抗に動きを阻まれている。さらに腕へ付着したフジツボが増殖し、力を奪っているらしい。

 

「助けに行けないのか!」

 

 ポルナレフが海を睨む。

 

「待て。敵が何かしている」

 

 花京院の言葉通り、海面が徐々に回転を始めた。渦。その中で、無数の鱗が光っている。ただの鱗ではない。刃物のように鋭い。

 

「これじゃ迂闊に入れない……」

 

 蓮司は魔虚羅を見る。もし海中へ入れれば、最初は普通に斬られるだろう。そこから方陣が回って適応が始まるとしても、それまでにどれだけ傷を受けるか分からないし、そのダメージは自分にも返ってくる。

 

 適応が完了する前に致命傷を受ければ。

 

「……まだだ」

 

 自分に言い聞かせる。承太郎はまだ戦っている。諦めていない。なら勝手に割り込むべきではない。やがてダークブルームーンが、勝利を確信したように承太郎へ接近した。

 

 次の瞬間、紫色のスタンドの指先が伸びた。

 

「…………え?」

 

 伸びた。どう見ても伸びた。一直線に伸びた二本の指が敵を捉え、ダークブルームーンの顔面を貫く。渦が崩れた。鱗が沈んでいく。

 

「……指って伸びるんだ」

 

 蓮司は呆然と呟いた。

 

「私も初めて見た」

 

 花京院が答えた。

 

「花京院さんも知らなかったんですか」

 

「知らない」

 

 少し安心した。スタンド使いにとっても普通の光景ではなかったらしい。

 

     ◇

 

 承太郎が海面へ上がってくる。全員で引き上げた。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ」

 

 フジツボも消えている。敵本体が倒れたことで能力も解除されたのだろう。蓮司は少し迷った後、聞いた。

 

「さっきの、指が伸びるのって元々できたんです?」

「知らねえ。やったらできた」

 

「そんな感じで新しい技って出るんですか」

 

「できたんだから仕方ねえだろ」

 

「それはそうなんですけど……」

 

 スタンドは本当に自由らしい。魔虚羅も自分が知らないだけで、まだ何かできるのだろうか。少し気になる。だからといって適当に試す気にはならないが。そこで少女が近づいてきた。

 

「おい」

 

「はい?」

 

「説明」

 

「…………」

 

「後で説明するって言っただろ!」

 

 覚えていた。

 

「そうでしたね」

 

「さっき何が起きてたんだよ。オレ、何にもないところに掴まれたんだぞ!」

 

 一行が顔を見合わせる。どこまで説明するべきなのだろう。結局、花京院が簡単に説明することになった。スタンドという、普通の人間には見えない力が存在すること。自分たちはそれを使う人間であること。

 

 さっきの偽船長も同じ力を持っていたこと。少女は最初こそ「そんな話信じられるか」と言っていたが、自分が宙に浮かされたことや海での出来事を考えると否定しきれないらしい。

 

「……じゃあ、お前らさっきから見えない化け物同士で喧嘩してたのか?」

 

「大体そんな感じです」

 

「大体って何だよ……」

 

 頭を抱えている。数日前の自分を少し思い出した。

 

     ◇

 

 戦闘が終わり、ようやく落ち着いた。――と思った。船内から水夫が飛び出してくるまでは。

 

「ジョースターさん! 大変です!」

 

「今度は何じゃ!?」

 

「爆薬が仕掛けられています!」

 

「…………」

 

 蓮司は無言でジョセフを見る。

 

「何じゃその目は!」

 

「何も言ってませんよ」

 

「絶対『また沈む』と思ったじゃろ!」

 

「思いましたけど今回はジョセフさんのせいじゃないのは分かってます!」

 

 それと沈むかどうかは別問題である。

 

「解除は間に合うのか!?」

 

「無理です! すぐ脱出を!」

 

 全員が動き出した。救命ボートを下ろす。乗組員を移す。荷物を最低限だけ運び出す。

 

「魔虚羅!」

 

 蓮司も呼び出す。巨大な腕で救命ボートを持ち上げ、海へ降ろす。ポルナレフがそれを見て目を丸くした。

 

「お前のスタンド、そんな使い方もするのか」

「使えるものは使いますよ!」

「もっとこう、強敵と正面から戦うための――」

「今、人命救助中ですよ!」

 

「それもそうだな!」

 

 納得が早い。全員が船を離れた直後、爆発が起きた。轟音と共に炎が上がる。船体が傾いていく。救命ボートの上。

 

 蓮司は燃える船を眺めた。

 

「……沈みましたね」

 

「今回はわしじゃない!」

 

 ジョセフが先回りした。

 

「分かってますよ」

 

「じゃあ言うな!」

 

 飛行機。墜落。船。爆破。エジプトへ向かうだけなのに、移動手段が次々と失われていく。

 

 少女がボートの反対側から顔を出した。

 

「なあ」

 

「何です?」

 

「さっきは……助かった」

 

「承太郎さんに言った方がいいですよ。俺はほとんど何もしてないので」

 

「分かってるよ! でもお前も心配してただろ!」

 

「まあ、それは」

 

「だったら礼くらい言わせろ!」

 

「はい。どういたしまして」

 

 少女は少し満足そうに頷いた。そして蓮司は思い出す。

 

「そういえば、結局名前聞いてませんけど」

 

「まだいいだろ」

 

「頑なですね」

 

「うるせー!」

 

 どうやら当分教えるつもりはないらしい。その時、乗組員の一人が声を上げた。

 

「船だ!」

 

 水平線の向こう。巨大な貨物船がこちらへ近づいていた。救助船にしては異様に大きい。だが海の真ん中で救命ボートに乗っている以上、選択肢はない。蓮司は貨物船を見上げ、少しだけ嫌な予感を覚えた。

 

「……今度こそ普通の船ですよね」

 

 誰も答えなかった。

 

「何で誰も答えないんです?」

 

 承太郎が帽子の鍔を下げた。

 

「やれやれだぜ」

 

「その反応やめてくださいよ」

 

 船なら安全。今朝の自分は、確かにそう考えていた。その考えは、もう捨てることにした。

 

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