ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった 作:東京大特価
巨大貨物船へ乗り移って最初に感じたのは、安心ではなかった。静かすぎる。救命ボートから見上げた時には、その大きさに圧倒されて気付かなかった。実際に甲板へ足をつけてみると、妙な違和感がある。
「誰もいませんね」
蓮司の声が、だだっ広い甲板へ響く。大型貨物船なのだから、普通なら何十人もの船員がいてもおかしくない。ところが姿がない。
「救助に来たわけではなさそうだな」
アヴドゥルが周囲を警戒する。船は動いている。エンジンも稼働している。照明も点いている。なのに人だけがいない。
「自動操縦とかですか?」
「ここまで大型の船で、乗組員が一人もいないということは考えにくい」
花京院が答える。
「ですよね」
「何をビビっているんだ!」
ポルナレフだけが妙に元気だった。
「せっかく助かったんだぞ! まずは食い物と部屋を探そうじゃあないか!」
「警戒心どこに置いてきたんです?」
「腹が減っては戦はできん!」
「それはそうですけど」
間違ってはいない。ジョセフが水夫たちへ船内を調べるよう指示を出し、一行も手分けして探索することになった。
「絶対に一人になるな」
承太郎が言う。
「敵の船かもしれねえ」
「分かってます」
蓮司は素直に頷いた。この旅を始めてから、警戒しすぎて困ったことはまだ一度もない。
◇
船内にも人の気配はなかった。食堂にも船員室にも倉庫にも、誰もいない。
それなのに、置かれている物には生活の痕跡がある。途中まで飲まれたコーヒー。開いたままの本。つけっぱなしの照明。
「急に全員消えたみたいですね」
「縁起でもないことを言うな」
ジョセフが嫌そうな顔をする。
「俺だって言いたくないですよ」
だが、それ以外に表現のしようがない。花京院がハイエロファントグリーンを細く伸ばし、通路の先へ這わせていく。
「僕のスタンドで先を調べる。全員で一部屋ずつ確認していたら時間がかかりすぎる」
「便利ですね、花京院さんの」
「魔虚羅にはできないのかい?」
「この巨体を偵察に行かせたら、隠密も何もないでしょう」
魔虚羅が廊下を歩く姿を想像する。狭い。壁に肩が当たりそうだ。何なら見つかる前に船内設備を壊す。
「向き不向きってありますね」
適応能力の強力さとは別の話である。
◇
「うわっ!」
少し離れた場所から少女の声が聞こえた。一行が走る。辿り着いた先には、鉄格子の檻があった。中にいるのは――
「猿?」
「オランウータンだ」
花京院が訂正する。大きい。かなり大きい。普通のオランウータンがどれくらいなのか詳しく知らないが、それでも目の前の個体が相当なサイズであることは分かる。少女は檻の前で目を輝かせていた。
「すげー! こんなのまで乗ってんのか!」
「知らない船の知らない動物に近づかない方がいいですよ」
「平気だろ、檻に入ってんじゃん」
そう言いながら、少女がさらに近づく。オランウータンはじっとこちらを見ていた。
「…………」
妙だ。蓮司は足を止めた。
「どうした?」
ポルナレフが聞く。
「いや……何か」
視線。動物に見られているというより、人間に観察されているような感じがする。オランウータンは蓮司と目が合うと、ゆっくり口元を上げた。
「今、笑いませんでした?」
「猿だって笑うだろう」
ジョセフは気にしていない。
「そういうものですかね」
承太郎だけは蓮司と同じように、しばらく檻を見ていた。
「……」
「承太郎さんも気になります?」
「別に」
そう言いつつ目は離していない。気になっているらしい。
◇
甲板へ戻る。結局、他の乗員は見つからなかった。花京院のハイエロファントグリーンでも、生きている人間の気配は確認できなかったという。
「じゃあ、あのオランウータンしかいないってことですか」
「ああ」
「それで船は動いてる」
「そうなるね」
「嫌すぎるな……」
蓮司は頭を掻く。その時だった。甲板上のクレーンが突然動いた。
「危ない!」
巨大なフックが振り子のように振れ、水夫の一人へ襲いかかる。魔虚羅を出すより早く、承太郎のスタンドが腕を伸ばした。だが、間に合わない。フックが水夫を捉え、悲鳴が上がった。
「何だ!?」
「誰が動かした!」
水夫たちが騒ぎ始める。クレーンの操縦席には誰もいない。
「スタンド……?」
蓮司が呟く。
「可能性は高い」
アヴドゥルが辺りを見回す。
「全員、船内へ移動しろ。甲板は危険だ」
水夫たちを安全な場所へ下がらせる。だが、どうにも引っかかる。
「スタンド本体、どこにいるんでしょう」
「それを探している」
花京院がハイエロファントグリーンを再び船内へ送り込む。敵が人間とは限らない。昨日、スタンドの形には決まりがないと教わったのだから、使い手にも決まりがあるとは限らないのではないか。
「…………」
蓮司の頭に、檻の中のオランウータンが浮かんだ。いや。まさか。
◇
しばらくして、少女がいないことに気付いた。
「さっきまでここにいただろ?」
ポルナレフが辺りを見回す。
「どこ行ったんだ、あいつ」
「一人になるなって言ったのに……!」
蓮司は嫌な予感がして走り出した。行き先には心当たりがある。オランウータンのいた場所へ向かうと、案の定、檻は空になっていた。
「……開いてる」
鍵が外されている。少女が開けたのか、それとも自分で外したのか。
「自分で……?」
足元を見る。皮を剥かれた果物の残骸。近くには開かれた雑誌まで置かれている。
「動物がやったにしては器用ですね」
承太郎が後ろから来た。
「おい」
「はい」
「あいつを探すぞ」
「ですよね」
やはり承太郎も疑っているらしい。二人で船内を進む。
◇
「離せよ!」
少女の声が聞こえ、蓮司は走った。扉を開けると、オランウータンが少女の進路を塞いでいた。少女は壁際まで追い込まれ、手近にあった物を投げつけている。
「来んな! この馬鹿猿!」
だがオランウータンは避けもしない。むしろ面白がるように近づいていく。
「魔虚羅!」
蓮司の背後へ巨大な腕が現れる。オランウータンが振り返った。驚いた。確実に魔虚羅を見た。
「承太郎さん!」
「ああ」
間違いない。
「こいつ、見えてます!」
「なら話が早え」
承太郎が少女の前へ割り込む。
「下がってろ」
「何だよ! こいつ急におかしくなったんだよ!」
「今度説明しますから!」
「またかよ!」
少女を蓮司の後ろへ下がらせる。オランウータンは逃げるどころか、どこから拾ったのか煙草を咥えた。火をつける。
「…………」
蓮司は目を疑った。
「煙草吸ってますよ」
「見りゃ分かる」
「動物って煙草吸うんですか?」
「俺に聞くな」
それもそうだ。オランウータンは煙を吐き、得意げに胸を叩いた。さらに壁に描かれていたタロットカードの「力」を示すような絵を指差す。
「まさか」
承太郎の目が鋭くなる。
「こいつがスタンド使いか」
「人間じゃなくてもなれるんですか!?」
返事の代わりに、天井の換気扇が動いた。突然。羽根が外れ、刃物のように承太郎へ飛んでくる。
「危ない!」
スタープラチナが弾く。だが別方向から配管が飛び出した。
「何だこれ!」
船そのものが襲ってくる。壁。床。天井。全てが変形する。
蓮司は少女を庇いながら魔虚羅を出した。
「魔虚羅、守れ!」
巨大な腕が変形した金属板を受け止める。轟音。
「ぐっ……!」
蓮司の腕にも衝撃が返ってきた。魔虚羅の皮膚が裂ける。しかし、そこで一つ、おかしなことに気付く。
「敵のスタンド、どこです?」
オランウータンはいる。攻撃も来る。だが、肝心のスタンド像が見えない。承太郎も同じ疑問を抱いたようだった。周囲を見回し。
そして、船の壁に触れる。
「まさか……」
船体が脈動するように歪んだ。
「この船がスタンドだ」
「…………は?」
聞き間違いかと思った。
「船全部?」
「ああ」
「こんなデカいのが?」
「見りゃ分かるだろ」
「分からないから聞いてるんですよ!」
スタンド。本当に何でもありだった。
◇
その頃、甲板でも異変が起きていた。床が波打つ。手すりが曲がる。扉が勝手に閉じる。船そのものが一行を飲み込もうとしている。
「何だこれは!」
ポルナレフがシルバーチャリオッツで壁を斬る。だが切断面がすぐ別の金属へ変化し、剣を挟み込む。
「船全体が敵だと!?」
「スタンドだ!」
花京院が叫ぶ。ハイエロファントグリーンを伸ばすが、どこへ逃げても船体の内部。完全に敵の懐だった。蓮司は魔虚羅へ攻撃を命じる。
「壊せ!」
拳が壁へ叩き込まれた。鉄板が大きくへこむ。だが、すぐ戻る。
「硬い……というか、形が変わってる?」
単純な船ではない。相手の意志で構造そのものを動かせるらしい。さらに床が隆起し、巨大な鉄柱のようになって魔虚羅を殴り飛ばす。
「っ!」
蓮司の身体にも衝撃が走る。魔虚羅が壁へ叩きつけられた。オランウータンが楽しそうに歯を見せる。
「完全に馬鹿にされてますね、これ」
腹が立つ。だが、感情任せに動くのは駄目だ。船全部が敵なら、何も考えず暴れれば自分たちまで海へ落ちる。
「神代。デカブツはそっちの護衛に回せ」
承太郎が言う。
「承太郎さん?」
「こいつは俺がやる」
オランウータンを見る。
「本体を倒せば船も消える」
「でも――」
「デカブツで船を壊すより早え」
「……それはそうですね。魔虚羅、あの子を守れ」
非常に納得できる。魔虚羅は少女の護衛へ回り、船体から伸びる配管や鉄板を弾いて攻撃を防ぐ。その間に承太郎がオランウータンへ近づいていった。
◇
オランウータンは知能が高かった。いや、高すぎる。単に船を操っているだけではない。こちらの動きを見て罠を張り、逃げ道を塞ぎ、承太郎が近づけば壁の中へ身体を沈ませる。
「壁に入った!?」
「船全部があいつのスタンドなら、自由に動けるんだろう」
蓮司は少女を背後へ庇いながら辺りを見る。
「厄介すぎる……」
自分たちは常に敵の体内にいるようなものだ。魔虚羅に船そのものへの適応を進めさせるという方法もある。実際、何度か船体からの攻撃を受けたことで、頭上の方陣が軋み始めている。もう少し受ければ回るかもしれない。蓮司はそこまで考え、すぐに首を振った。
「……必要ないか」
承太郎が何かを指先で弾いた。小さな金属。ボタン。高速で飛んだそれが、壁から顔を出したオランウータンへ当たる。
「ウギャッ!」
「そんな使い方もできるんですね」
精密動作とパワーを利用すれば、小さな物でも弾丸になるらしい。オランウータンが怒り狂い、壁から飛び出して承太郎へ襲いかかる。
「挑発した?」
「そういうことみたいですね」
少女と二人で見守る。オランウータンが拳を振り上げる。だが真正面から承太郎と殴り合うのは、あまりにも分が悪い。一瞬でスタープラチナに捕まった。
「終わりだ」
スタープラチナの拳の連打でオランウータンが吹き飛び、それと同時に船全体が大きく歪んだ。
「うわっ!」
床が消えるように変形する。
「魔虚羅!」
少女を掴ませ、蓮司自身も魔虚羅の腕へしがみつく。周囲の巨大な船体が溶けるように縮んでいく。壁が消える。甲板が消える。やがて。
「…………」
海の上に残ったのは、小さな船だった。さっきまでの巨大貨物船は影も形もない。
「船……全部本当にスタンドだったんですね」
分かっていたはずなのに、実際に見ると意味が分からない。小さな船の上で、倒れたオランウータンが気絶している。救命ボートに残っていたジョセフたちも、呆れたようにこちらを見ていた。
「無事か!」
「何とか!」
蓮司は少女を降ろす。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど……」
少女は小さくなった船とオランウータンを交互に見る。
「今の船、消えたよな?」
「はい」
「猿が倒れたら?」
「はい」
「お前らが言ってたスタンドってやつ?」
「多分」
「…………」
少女はしばらく海を見た。
「やっぱりオレ、降りたい」
「気持ちは分かります」
非常によく分かった。
◇
救命ボートへ戻ったあと、蓮司は腕を確認していた。先ほど船体から受けた攻撃の痛みは、まだ少し残っている。方陣は結局回らなかった。適応が完成する前に本体を倒したからだ。
「今回は適応なしだったな」
承太郎が言う。
「その方がいいですよ」
「そうなのか?」
「毎回わざわざ殴られて適応する必要ないでしょう。普通に敵を倒せるなら、その方が楽です」
魔虚羅の能力は切り札だ。便利だから使うのではなく、必要な時に使えばいい。今回のように本体が分かっているなら、承太郎が直接倒す方が早かった。
「それにしても……」
蓮司は倒れたオランウータンを見る。
「動物もスタンド使いになるんですね」
「ああ」
「これから犬とか鳥とか出てきても警戒した方がいいってことですか?」
アヴドゥルが少し考える。
「可能性だけなら、そうなるだろうな」
「野生動物全部疑うの嫌なんですけど」
旅の難易度が一段上がった気がする。ポルナレフが笑う。
「そんなもの、怪しかったら一発殴って確かめればいい!」
「一般の動物だったらどうするんです」
「…………」
「何で黙るんです?」
「まあ、そういうこともある」
「やめてください」
◇
数時間後。一行はようやくシンガポールへ辿り着いた。地面へ降りた瞬間、蓮司は無意識に足元を確認する。
「また地面見てるのかい?」
花京院が笑う。
「今回は船まで信用できなくなったので」
「次はホテルだから安心だよ」
「……」
蓮司は黙って花京院を見る。
「何だい?」
「そういうこと言うと何か起きそうなので、やめません?」
「さすがにホテルまで敵にはならないと思うけど」
確かにホテルそのものがスタンドということはないだろう。――多分。そう考えかけて、今日、巨大貨物船そのものがスタンドだったことを思い出した。
「…………」
「どうした?」
「何でもないです」
考えるのをやめた。この世界で「さすがにこれはない」と考えること自体が危険な気がしてきた。そんな蓮司の不安をよそに、一行はホテルへ向かった。その頃、ホテルの一室では――
一体の人形が、静かに彼らを待っていた。