ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった   作:東京大特価

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第七話 隣の部屋から変な音がするんですけど

 シンガポールに着いた。今度こそ、本物の陸地である。巨大な貨物船が実はオランウータンのスタンドだった、という意味の分からない事件を乗り越え、一行はようやく当初の目的地へ到着した。港を離れて街へ入ってからも、蓮司は何度か後ろを振り返っていた。

 

「何見てんだ?」

 

 ポルナレフが聞いてくる。

 

「いや、船が追いかけてこないなと思って」

「追いかけてくるわけないだろう」

「昨日までは俺もそう思ってましたよ」

 

 船そのものがスタンドになる世界である。もう乗り物に対して常識を当てはめるのはやめた。

 

「お前、ずいぶん疑り深くなったな」

「旅に出る前はもう少し人と乗り物を信用してました」

 

 この数日で両方ともかなり信用できなくなった。隣を歩く家出少女は、そんな二人の会話を聞いて呆れた顔をしている。

 

「お前ら、ずっとこんな話してんのかよ」

「大体こんな感じですね」

「何か疲れそうだな」

「実際疲れてます」

 

「おい神代! 勝手に俺まで一緒にするんじゃあない!」

 

「ポルナレフさんは元気ですよね」

 

 飛行機は墜ち、船は爆発し、次に乗った船はスタンドだった。それなのにこのフランス人は、シンガポールへ到着するなり街中の女性へ視線を送っている。生命力が違う。

 

「せっかくシンガポールまで来たんだぞ? 美しい女性を見ずに何を見る!」

「敵じゃないですかね」

「現実的すぎるぞ、お前!」

 

 敵が毎日のように襲ってくるのだから仕方ない。

 

     ◇

 

 ホテルへ入った蓮司は、ロビーを見回して少しだけ感動していた。普通だ。ちゃんとした建物。床は勝手に動かない。壁も襲ってこない。

 

 天井からクレーンが飛んでくることもない。

 

「ホテルっていいですね……」

 

 思わず漏れた言葉に、花京院が笑う。

 

「宿泊する前から随分気に入ったみたいだね」

「自力で動かなそうなので」

「普通の建物は動かないよ」

 

「そうですよね」

 

 昨日までなら素直に同意できた。今は若干自信がない。チェックインを済ませたジョセフが鍵を配っていく。ジョセフとアヴドゥル。承太郎と花京院。

 

 そしてポルナレフは一人部屋。蓮司も一人部屋だった。

 

「俺も一人ですか?」

「人数が奇数なんじゃから仕方ないじゃろ。幸い部屋は余っとる」

 

「別に俺と同室でもいいぞ!」

 

 ポルナレフが肩を組んでくる。

 

「遠慮します」

「即答!?」

 

「夜うるさそうなので」

「俺を何だと思ってるんだ!」

 

「ポルナレフさんです」

 

「どういう意味だ!」

 

 それ以上の意味はない。蓮司の部屋は、偶然にもポルナレフの隣だった。

 

「何かあったら壁叩いてください」

「何も起きん! 今日はゆっくりシャワーを浴びて寝る!」

「そうだといいですね」

 

「お前が言うと不吉なんだよ!」

 

 確かに最近、蓮司が「何も起きなければいい」と考えた直後に何かが起きている気はする。今度から黙っておこう。

 

     ◇

 

 部屋へ入った蓮司は、荷物を置いてベッドへ腰掛けた。

 

「……疲れた」

 

 ようやく一人になった。旅に加わってから、常に誰かと一緒だった。敵がいつ襲ってくるか分からない以上、それ自体はありがたいのだが、一人の時間がないというのも地味に疲れる。蓮司は上着を脱ぎ、ベッドへ仰向けになった。魔虚羅。

 

 適応。スタンド。DIO。少し前までは全部、自分の日常とは無関係だった言葉だ。それが今では、吸血鬼を倒すために海外を旅している。

 

「人生分からないな……」

 

 天井を見る。普通の天井だ。安心する。その時、隣の部屋から物音がした。

 

 ガタン。

 

「…………」

 

 蓮司は天井を見たまま黙る。ポルナレフだろう。荷物でも落としたのかもしれない。少しして。ドン。

 

 今度は大きい。

 

「……何してるんだ?」

 

 さらに、ガシャーン、と明らかに何かが割れる音がして、蓮司は身体を起こした。

 

「ポルナレフさん?」

 

 壁越しに呼んでみる。返事はない。しばらく待つ。何も聞こえない。

 

「…………」

 

 嫌な予感がする。この旅で嫌というほど覚えた感覚だった。蓮司は立ち上がる。

 

     ◇

 

 その少し前。ポルナレフは、自室へ入った瞬間から違和感を覚えていた。部屋には先客がいた。冷蔵庫の中。人間が一人、身体を無理やり押し込むようにして潜んでいる。

 

「……何者だ、てめえ」

 

 返事の代わりに男が飛び出した。全身に無数の傷跡を持つ、不気味な男。呪いのデーボ。DIOに雇われた殺し屋だった。デーボは奇妙なほど正面からポルナレフへ姿を晒し、わざと挑発するように笑った。

 

 当然、ポルナレフも黙ってはいない。シルバーチャリオッツの剣が男を切り裂く。傷を負いながらも、デーボは笑っていた。普通ならあり得ない。自分から殺されに来たようにしか見えない。

 

 そして傷を負ったデーボは窓から逃げ、部屋には小さな人形だけが残された。

 

     ◇

 

「ポルナレフさん?」

 

 蓮司は隣室の扉を叩いた。返事がない。鍵が掛かっている。

 

「寝てる……わけないよな」

 

 さっきまであれだけ音がしていたのだ。フロントへ行って合鍵を借りるべきか、それとも皆を呼ぶべきか。蓮司が考えていると、部屋の中から微かに声がした。

 

「……この野郎……!」

 

 ポルナレフだ。

 

「やっぱり何かいる!」

 

 ノブへ手を掛ける。開かない。

 

「魔虚羅で壊すか?」

 

 一瞬考える。だがホテルの廊下。一般客もいる。魔虚羅に扉を殴らせれば、扉だけで済む保証がない。

 

「こういう時に限って不便だな!」

 

 フロントへ走ろうとした、その時。

 

「神代」

 

 後ろから承太郎の声がした。振り返る。

 

「承太郎さん。ちょうどよかった、ポルナレフさんの部屋から変な音がして――」

 

「どけ」

 

 承太郎が扉の前へ立つと、紫色のスタンドが現れ、鍵の周辺へ指を差し込んだ。小さな金属音とともに鍵が外れる。

 

「そういうの便利ですね」

 

「入るぞ」

 

 部屋へ踏み込むと、中は酷い有様だった。瓶は割れ、家具は倒れ、床には水が広がっている。

 

 その時、ベッドの下から声がした。

 

「ポルナレフさん?」

 

「おい! 来るな!」

 

「え?」

 

「今、片付ける!」

 

「そんな状態で何を片付けるんです?」

 

 覗き込もうとした瞬間。

 

「見るんじゃあない!」

 

 怒鳴られた。蓮司は止まる。

 

「……何でです?」

 

「いいから見るな!」

 

 妙に必死だった。承太郎は気にせずベッドを持ち上げた。

 

「おい承太郎ォ!」

 

「…………」

 

 蓮司も見た。ポルナレフはベッドの下で、かなり酷い格好になっていた。手足を拘束され。服もあちこち切られ。顔には怒りと屈辱が浮かんでいる。

 

 そして床の隅。小さな人形が、シルバーチャリオッツの剣で壁へ縫い付けられていた。

 

「……何があったんです?」

 

「聞くな」

 

「敵ですよね?」

 

「聞くなと言ってるだろう!」

 

 どうやら相当腹が立っているらしい。

 

     ◇

 

 ジョセフたちも集まり、ポルナレフから事情を聞いた。部屋へ入った直後にデーボという男に襲われ、シルバーチャリオッツで傷を負わせたところ相手が逃げたこと。その後、残されていた人形が動き出したこと。

 

「人形がスタンド?」

 

 蓮司は床に転がった人形を見る。

 

「正確には、あの人形へスタンドが取り憑いたと考えるべきだろう」

 

 アヴドゥルが答える。

 

「呪いのデーボ……名を聞いたことがある。恨みを利用して相手を殺す殺し屋だ」

 

「恨み?」

 

「自分が相手から傷つけられれば傷つけられるほど、その怨念をスタンドの力へ変える」

 

 蓮司は少し黙る。

 

「……それ、かなり嫌な能力ですね」

 

「ああ」

 

 自分を傷つけさせてから強くなる。魔虚羅とは似ていない。適応とは全く違う。だが「一度攻撃を受けること」が能力発動の前提になる点では、妙な共通点を感じる。ポルナレフはその性質を知らず、まんまと相手の狙い通りに傷を負わせてしまったらしい。

 

「それで人形が急に強くなったと」

 

「ああ」

 

 ポルナレフは不機嫌そうに腕を組む。

 

「あの野郎、ベッドの下に俺を縛りつけて好き放題やりやがった。真正面から出てきたなら、あんな人形に負ける俺じゃあない!」

 

「人形、小さいですからね」

 

「大きさの問題じゃあない!」

 

「すみません」

 

 怒っている。今はあまり弄らない方がいい。

 

「でも、どうやって倒したんです?」

 

 蓮司が聞く。ポルナレフは少しだけ得意げな顔になった。

 

「俺のチャリオッツはな、見えてさえいればあの程度の敵に遅れを取ったりはしない。問題はベッドの下からじゃ敵の位置が見えなかったことだ」

 

「それで?」

 

「奴が部屋中の瓶を割ったおかげで、床にはガラスが散らばっていた」

 

 蓮司は床を見る。鏡の破片も落ちている。

 

「反射で見た?」

 

「そういうことだ」

 

 見えない位置にいる相手を、鏡の破片に映して捉えた。そこからシルバーチャリオッツで反撃。人形を切り刻んだ。つまり。自力で勝ったらしい。

 

「……普通に強いじゃないですか」

 

「今頃気付いたか!」

 

「いや、アヴドゥルさんに負けたところから見てるので」

 

「お前は本当に一言余計だな!」

 

 ポルナレフが立ち上がる。まだ怒る元気はある。大丈夫そうだ。

 

     ◇

 

「問題は本体だ」

 

 花京院が言う。

 

「スタンドへのダメージは本体にも返る。人形があれだけ切られたなら、デーボも無事では済まないはずだ」

 

「探しますか?」

 

「その必要はねえ」

 

 承太郎が扉の方を見る。ホテルの従業員が慌てた様子で立っていた。

 

「お客様、その……こちらで、負傷した男性が発見されまして……」

 

 一同が顔を見合わせる。案内された先はホテル内のトイレで、そこにはデーボが倒れていた。

 

 ポルナレフの攻撃がそのまま本体へ返ったのだろう。全身に深い傷を負い、既に動かなくなっている。蓮司はしばらく黙って男を見る。また人が死んだ。タワー・オブ・グレーの老人もそうだった。

 

 オランウータンも。この旅では今後も、こういう場面を見ることになるのだろう。慣れたいとは思わない。

 

「神代君」

 

 花京院が声をかける。

 

「大丈夫かい?」

 

「はい」

 

 蓮司は頷く。

 

「ただ……殺さずに済む相手ばかりじゃないんだなって思って」

 

 花京院は何も言わなかった。ポルナレフも、少しだけ表情を変える。自分だって、殺されかけた。躊躇すれば逆に死ぬ。そういう相手もいる。

 

 分かってはいる。それでも、簡単に割り切れる話ではなかった。

 

     ◇

 

 部屋へ戻る途中。ポルナレフが蓮司の肩を叩いた。

 

「まあ、そう難しく考えるな」

 

「ポルナレフさん?」

 

「俺たちは殺されるために旅してるわけじゃあない。相手が殺しに来るなら、こっちも生き残るために戦う。それだけだ」

 

 珍しくまともなことを言っている。

 

「……はい」

 

「それに、今回は俺が一人で倒したんだぞ。もっと褒めてもいい」

 

「台無しですよ」

 

「何がだ!」

 

「さっきまでちょっと格好よかったのに」

 

「ずっと格好いいだろうが!」

 

 いつものポルナレフだった。少し安心する。

 

     ◇

 

 その夜。蓮司は自室へ戻った。隣ではホテルの従業員がポルナレフの部屋を片付けている。瓶。家具。

 

 ベッド。修理代が凄そうだ。

 

「スピードワゴン財団が払うのかな……」

 

 そこは考えない方がいいかもしれない。ベッドへ腰掛ける。今日は戦わなかった。魔虚羅も出していない。それでも仲間は敵を倒した。

 

 当たり前の話だ。自分だけで旅をしているわけではない。承太郎も。花京院も。アヴドゥルも。

 

 ポルナレフも。ジョセフも。全員、自分より長くスタンドを使っている。魔虚羅が強いからといって、何でも自分が出しゃばる必要はない。

 

「……それでいいか」

 

 適応という能力は、確かに強い。だが、魔虚羅が適応する前に、仲間が答えを見つけることだってある。それなら、その方がいい。痛い思いもしなくて済む。

 

「うん」

 

 非常に重要である。その時、ドン。壁が叩かれた。隣の部屋。

 

「神代!」

 

 ポルナレフの声。

 

「何です?」

 

「さっき何かあったら壁を叩けって言ったよな!」

 

「言いましたね」

 

「酒飲むぞ!」

 

「それ何かあった時の使い方じゃないでしょう!」

 

「細かいこと言うな! 今日は俺の勝利祝いだ!」

 

「俺、未成年なんですけど」

 

「…………」

 

 壁の向こうが静かになる。数秒後。

 

「ジュースでいいか?」

 

「最初からそうしてください」

 

 少しして、また壁が叩かれた。

 

「神代!」

 

「今度は何です?」

 

「人形持ってないよな?」

 

「持ってませんよ」

 

「本当だな?」

 

「さすがに怖くなったんですか?」

 

「怖くない! 確認だ!」

 

「はいはい」

 

「その言い方やめろ!」

 

 蓮司は笑いながらベッドから立ち上がった。ホテルなら安心。どうやら、それも少し違ったらしい。ただ。飛行機や船と違い、今回は建物そのものが壊れなかった。

 

 それだけでも十分進歩だろう。蓮司はそう考えることにした。

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