ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった 作:東京大特価
シンガポールに着いた。今度こそ、本物の陸地である。巨大な貨物船が実はオランウータンのスタンドだった、という意味の分からない事件を乗り越え、一行はようやく当初の目的地へ到着した。港を離れて街へ入ってからも、蓮司は何度か後ろを振り返っていた。
「何見てんだ?」
ポルナレフが聞いてくる。
「いや、船が追いかけてこないなと思って」
「追いかけてくるわけないだろう」
「昨日までは俺もそう思ってましたよ」
船そのものがスタンドになる世界である。もう乗り物に対して常識を当てはめるのはやめた。
「お前、ずいぶん疑り深くなったな」
「旅に出る前はもう少し人と乗り物を信用してました」
この数日で両方ともかなり信用できなくなった。隣を歩く家出少女は、そんな二人の会話を聞いて呆れた顔をしている。
「お前ら、ずっとこんな話してんのかよ」
「大体こんな感じですね」
「何か疲れそうだな」
「実際疲れてます」
「おい神代! 勝手に俺まで一緒にするんじゃあない!」
「ポルナレフさんは元気ですよね」
飛行機は墜ち、船は爆発し、次に乗った船はスタンドだった。それなのにこのフランス人は、シンガポールへ到着するなり街中の女性へ視線を送っている。生命力が違う。
「せっかくシンガポールまで来たんだぞ? 美しい女性を見ずに何を見る!」
「敵じゃないですかね」
「現実的すぎるぞ、お前!」
敵が毎日のように襲ってくるのだから仕方ない。
◇
ホテルへ入った蓮司は、ロビーを見回して少しだけ感動していた。普通だ。ちゃんとした建物。床は勝手に動かない。壁も襲ってこない。
天井からクレーンが飛んでくることもない。
「ホテルっていいですね……」
思わず漏れた言葉に、花京院が笑う。
「宿泊する前から随分気に入ったみたいだね」
「自力で動かなそうなので」
「普通の建物は動かないよ」
「そうですよね」
昨日までなら素直に同意できた。今は若干自信がない。チェックインを済ませたジョセフが鍵を配っていく。ジョセフとアヴドゥル。承太郎と花京院。
そしてポルナレフは一人部屋。蓮司も一人部屋だった。
「俺も一人ですか?」
「人数が奇数なんじゃから仕方ないじゃろ。幸い部屋は余っとる」
「別に俺と同室でもいいぞ!」
ポルナレフが肩を組んでくる。
「遠慮します」
「即答!?」
「夜うるさそうなので」
「俺を何だと思ってるんだ!」
「ポルナレフさんです」
「どういう意味だ!」
それ以上の意味はない。蓮司の部屋は、偶然にもポルナレフの隣だった。
「何かあったら壁叩いてください」
「何も起きん! 今日はゆっくりシャワーを浴びて寝る!」
「そうだといいですね」
「お前が言うと不吉なんだよ!」
確かに最近、蓮司が「何も起きなければいい」と考えた直後に何かが起きている気はする。今度から黙っておこう。
◇
部屋へ入った蓮司は、荷物を置いてベッドへ腰掛けた。
「……疲れた」
ようやく一人になった。旅に加わってから、常に誰かと一緒だった。敵がいつ襲ってくるか分からない以上、それ自体はありがたいのだが、一人の時間がないというのも地味に疲れる。蓮司は上着を脱ぎ、ベッドへ仰向けになった。魔虚羅。
適応。スタンド。DIO。少し前までは全部、自分の日常とは無関係だった言葉だ。それが今では、吸血鬼を倒すために海外を旅している。
「人生分からないな……」
天井を見る。普通の天井だ。安心する。その時、隣の部屋から物音がした。
ガタン。
「…………」
蓮司は天井を見たまま黙る。ポルナレフだろう。荷物でも落としたのかもしれない。少しして。ドン。
今度は大きい。
「……何してるんだ?」
さらに、ガシャーン、と明らかに何かが割れる音がして、蓮司は身体を起こした。
「ポルナレフさん?」
壁越しに呼んでみる。返事はない。しばらく待つ。何も聞こえない。
「…………」
嫌な予感がする。この旅で嫌というほど覚えた感覚だった。蓮司は立ち上がる。
◇
その少し前。ポルナレフは、自室へ入った瞬間から違和感を覚えていた。部屋には先客がいた。冷蔵庫の中。人間が一人、身体を無理やり押し込むようにして潜んでいる。
「……何者だ、てめえ」
返事の代わりに男が飛び出した。全身に無数の傷跡を持つ、不気味な男。呪いのデーボ。DIOに雇われた殺し屋だった。デーボは奇妙なほど正面からポルナレフへ姿を晒し、わざと挑発するように笑った。
当然、ポルナレフも黙ってはいない。シルバーチャリオッツの剣が男を切り裂く。傷を負いながらも、デーボは笑っていた。普通ならあり得ない。自分から殺されに来たようにしか見えない。
そして傷を負ったデーボは窓から逃げ、部屋には小さな人形だけが残された。
◇
「ポルナレフさん?」
蓮司は隣室の扉を叩いた。返事がない。鍵が掛かっている。
「寝てる……わけないよな」
さっきまであれだけ音がしていたのだ。フロントへ行って合鍵を借りるべきか、それとも皆を呼ぶべきか。蓮司が考えていると、部屋の中から微かに声がした。
「……この野郎……!」
ポルナレフだ。
「やっぱり何かいる!」
ノブへ手を掛ける。開かない。
「魔虚羅で壊すか?」
一瞬考える。だがホテルの廊下。一般客もいる。魔虚羅に扉を殴らせれば、扉だけで済む保証がない。
「こういう時に限って不便だな!」
フロントへ走ろうとした、その時。
「神代」
後ろから承太郎の声がした。振り返る。
「承太郎さん。ちょうどよかった、ポルナレフさんの部屋から変な音がして――」
「どけ」
承太郎が扉の前へ立つと、紫色のスタンドが現れ、鍵の周辺へ指を差し込んだ。小さな金属音とともに鍵が外れる。
「そういうの便利ですね」
「入るぞ」
部屋へ踏み込むと、中は酷い有様だった。瓶は割れ、家具は倒れ、床には水が広がっている。
その時、ベッドの下から声がした。
「ポルナレフさん?」
「おい! 来るな!」
「え?」
「今、片付ける!」
「そんな状態で何を片付けるんです?」
覗き込もうとした瞬間。
「見るんじゃあない!」
怒鳴られた。蓮司は止まる。
「……何でです?」
「いいから見るな!」
妙に必死だった。承太郎は気にせずベッドを持ち上げた。
「おい承太郎ォ!」
「…………」
蓮司も見た。ポルナレフはベッドの下で、かなり酷い格好になっていた。手足を拘束され。服もあちこち切られ。顔には怒りと屈辱が浮かんでいる。
そして床の隅。小さな人形が、シルバーチャリオッツの剣で壁へ縫い付けられていた。
「……何があったんです?」
「聞くな」
「敵ですよね?」
「聞くなと言ってるだろう!」
どうやら相当腹が立っているらしい。
◇
ジョセフたちも集まり、ポルナレフから事情を聞いた。部屋へ入った直後にデーボという男に襲われ、シルバーチャリオッツで傷を負わせたところ相手が逃げたこと。その後、残されていた人形が動き出したこと。
「人形がスタンド?」
蓮司は床に転がった人形を見る。
「正確には、あの人形へスタンドが取り憑いたと考えるべきだろう」
アヴドゥルが答える。
「呪いのデーボ……名を聞いたことがある。恨みを利用して相手を殺す殺し屋だ」
「恨み?」
「自分が相手から傷つけられれば傷つけられるほど、その怨念をスタンドの力へ変える」
蓮司は少し黙る。
「……それ、かなり嫌な能力ですね」
「ああ」
自分を傷つけさせてから強くなる。魔虚羅とは似ていない。適応とは全く違う。だが「一度攻撃を受けること」が能力発動の前提になる点では、妙な共通点を感じる。ポルナレフはその性質を知らず、まんまと相手の狙い通りに傷を負わせてしまったらしい。
「それで人形が急に強くなったと」
「ああ」
ポルナレフは不機嫌そうに腕を組む。
「あの野郎、ベッドの下に俺を縛りつけて好き放題やりやがった。真正面から出てきたなら、あんな人形に負ける俺じゃあない!」
「人形、小さいですからね」
「大きさの問題じゃあない!」
「すみません」
怒っている。今はあまり弄らない方がいい。
「でも、どうやって倒したんです?」
蓮司が聞く。ポルナレフは少しだけ得意げな顔になった。
「俺のチャリオッツはな、見えてさえいればあの程度の敵に遅れを取ったりはしない。問題はベッドの下からじゃ敵の位置が見えなかったことだ」
「それで?」
「奴が部屋中の瓶を割ったおかげで、床にはガラスが散らばっていた」
蓮司は床を見る。鏡の破片も落ちている。
「反射で見た?」
「そういうことだ」
見えない位置にいる相手を、鏡の破片に映して捉えた。そこからシルバーチャリオッツで反撃。人形を切り刻んだ。つまり。自力で勝ったらしい。
「……普通に強いじゃないですか」
「今頃気付いたか!」
「いや、アヴドゥルさんに負けたところから見てるので」
「お前は本当に一言余計だな!」
ポルナレフが立ち上がる。まだ怒る元気はある。大丈夫そうだ。
◇
「問題は本体だ」
花京院が言う。
「スタンドへのダメージは本体にも返る。人形があれだけ切られたなら、デーボも無事では済まないはずだ」
「探しますか?」
「その必要はねえ」
承太郎が扉の方を見る。ホテルの従業員が慌てた様子で立っていた。
「お客様、その……こちらで、負傷した男性が発見されまして……」
一同が顔を見合わせる。案内された先はホテル内のトイレで、そこにはデーボが倒れていた。
ポルナレフの攻撃がそのまま本体へ返ったのだろう。全身に深い傷を負い、既に動かなくなっている。蓮司はしばらく黙って男を見る。また人が死んだ。タワー・オブ・グレーの老人もそうだった。
オランウータンも。この旅では今後も、こういう場面を見ることになるのだろう。慣れたいとは思わない。
「神代君」
花京院が声をかける。
「大丈夫かい?」
「はい」
蓮司は頷く。
「ただ……殺さずに済む相手ばかりじゃないんだなって思って」
花京院は何も言わなかった。ポルナレフも、少しだけ表情を変える。自分だって、殺されかけた。躊躇すれば逆に死ぬ。そういう相手もいる。
分かってはいる。それでも、簡単に割り切れる話ではなかった。
◇
部屋へ戻る途中。ポルナレフが蓮司の肩を叩いた。
「まあ、そう難しく考えるな」
「ポルナレフさん?」
「俺たちは殺されるために旅してるわけじゃあない。相手が殺しに来るなら、こっちも生き残るために戦う。それだけだ」
珍しくまともなことを言っている。
「……はい」
「それに、今回は俺が一人で倒したんだぞ。もっと褒めてもいい」
「台無しですよ」
「何がだ!」
「さっきまでちょっと格好よかったのに」
「ずっと格好いいだろうが!」
いつものポルナレフだった。少し安心する。
◇
その夜。蓮司は自室へ戻った。隣ではホテルの従業員がポルナレフの部屋を片付けている。瓶。家具。
ベッド。修理代が凄そうだ。
「スピードワゴン財団が払うのかな……」
そこは考えない方がいいかもしれない。ベッドへ腰掛ける。今日は戦わなかった。魔虚羅も出していない。それでも仲間は敵を倒した。
当たり前の話だ。自分だけで旅をしているわけではない。承太郎も。花京院も。アヴドゥルも。
ポルナレフも。ジョセフも。全員、自分より長くスタンドを使っている。魔虚羅が強いからといって、何でも自分が出しゃばる必要はない。
「……それでいいか」
適応という能力は、確かに強い。だが、魔虚羅が適応する前に、仲間が答えを見つけることだってある。それなら、その方がいい。痛い思いもしなくて済む。
「うん」
非常に重要である。その時、ドン。壁が叩かれた。隣の部屋。
「神代!」
ポルナレフの声。
「何です?」
「さっき何かあったら壁を叩けって言ったよな!」
「言いましたね」
「酒飲むぞ!」
「それ何かあった時の使い方じゃないでしょう!」
「細かいこと言うな! 今日は俺の勝利祝いだ!」
「俺、未成年なんですけど」
「…………」
壁の向こうが静かになる。数秒後。
「ジュースでいいか?」
「最初からそうしてください」
少しして、また壁が叩かれた。
「神代!」
「今度は何です?」
「人形持ってないよな?」
「持ってませんよ」
「本当だな?」
「さすがに怖くなったんですか?」
「怖くない! 確認だ!」
「はいはい」
「その言い方やめろ!」
蓮司は笑いながらベッドから立ち上がった。ホテルなら安心。どうやら、それも少し違ったらしい。ただ。飛行機や船と違い、今回は建物そのものが壊れなかった。
それだけでも十分進歩だろう。蓮司はそう考えることにした。