ジョジョ三部に転生したら、スタンドが魔虚羅だった   作:東京大特価

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第九話 鏡の中にスタンドがいる

 シンガポールを出てから数日。魔虚羅が暴走した一件については、結局何も分からないままだった。人目のない場所で一度だけ呼び出してみても、大きさは以前と同じ三メートルほど。命令にも普通に従い、勝手に巨大化する様子もない。だからといって、もう一度気絶して確かめるなど論外だった。

 

 自分の知らない何かがある。今はそれだけ分かっていればいい。そして一行は、久しぶりに何事もなくインドへ到着した。

 

「……普通に着いた」

 

 港へ降りた蓮司が思わず呟く。

 

「当たり前だろうが。船は港に着くためにあるんだぞ」

 

 ポルナレフに言われ、蓮司は黙って彼を見る。

 

「飛行機は墜落しましたよね」

「……ああ」

「船も爆発しましたよね」

「……ああ」

「次の船はスタンドでしたよね」

「もういい。お前の気持ちは分かった」

 

 普通に目的地へ辿り着けたというだけで感動する身体になってしまったらしい。

 

     ◇

 

 カルカッタの街は、日本とも香港ともシンガポールともまるで違っていた。人が多く、自動車や自転車、人力車が入り乱れ、その間を当然のように牛まで歩いている。聞き慣れない言葉とクラクションの音があちこちから響き、空気には香辛料や排気ガス、土埃など様々な匂いが混じっていた。

 

「道路に普通に牛がいるんですね」

「インドでは牛は神聖な動物として扱われている。こちらが避けるんだ」

 

 アヴドゥルの説明に、蓮司は素直に頷いた。

 

「なるほど。そういう文化なら――ポルナレフさん、下」

「ん?」

 

 少し前を歩いていたポルナレフが足を止める。遅かった。本人の顔を見る限り、何を踏んだのか説明する必要はなさそうだった。

 

「……これは」

「言わない方がいいですか?」

「言うな」

 

 しばらくして、ポルナレフの悲鳴が街中へ響いた。

 

     ◇

 

 一行は街中のレストランへ入った。暑さと人混みで、到着したばかりだというのにかなり疲れている。比較的落ち着いた店内へ入り、料理が運ばれてくる頃には、全員ようやく一息ついていた。蓮司は食事をしながら、時折自分の右手へ視線を落とす。あの暴走以降、魔虚羅には変化がない。

 

 それ以上に気になっているのは、意識を失っていた時に見た前世の記憶だった。道場。幼かった自分。何度も何かを語っていた記憶。言葉そのものは残っているのに、誰と話していたのかがどうしても出てこない。

 

「神代君、また考えているのかい?」

「少しだけ。でも考えても分からないので、今は放っておくことにしてます」

 

 花京院に答える。

 

「無理に確認しようとしない方がいいだろうね。もう一度意識を失えば同じことが起きる、という保証もないし」

「起きたら起きたで困ります。街中で六メートルの魔虚羅が暴れたら、敵より俺たちの方が問題になりますよ」

 

「それは否定できないな」

 

 そこでポルナレフが席を立った。

 

「俺はトイレへ行ってくる」

「今度は足元に気をつけてください」

「店の中に牛はいない!」

 

 ポルナレフは不機嫌そうに言い残し、店の奥へ消えていった。数分後。戻ってきたポルナレフの顔を見て、蓮司はすぐに異変へ気付いた。さっきまでの騒がしさが消えている。表情が硬い。

 

「ポルナレフさん?」

 

「……何でもない」

 

 声まで違った。ジョセフやアヴドゥルも気付いたらしく、視線を向ける。

 

「何かあったのか?」

 

 アヴドゥルが尋ねても、ポルナレフはすぐには答えなかった。

 

「鏡だ」

 

 やがて低い声が返ってくる。

 

「トイレの鏡の中に、スタンドがいた。俺の後ろに立っていたから振り返ったが、誰もいなかった。もう一度鏡を見ると、またそこにいた」

 

 ポルナレフの拳が強く握られる。

 

「そいつには、右手が二つあった」

 

 アヴドゥルの表情が変わった。

 

「知っているんですか?」

 

 蓮司が尋ねると、答えたのはポルナレフだった。

 

「俺には妹がいた。シェリーという名前だった」

 

 以前にも、妹の仇を探して旅をしていることは聞いていた。だが詳しい話を聞くのは初めてだった。

 

「三年前、シェリーは一人の男に襲われて殺された。犯人を直接見た人間はほとんどいなかったが、目撃者が一つだけ変わった特徴を覚えていた。両方の手が右手だったんだ」

 

 ポルナレフが顔を上げる。

 

「ずっと探していた。そいつを殺すために旅をしていた。ようやく見つけた」

 

「ポルナレフ」

 

 アヴドゥルの声が厳しくなる。

 

「一人で行くな。相手の能力が分からない以上、焦って動けば殺される」

「分かっている」

 

 返事は早かった。だからこそ、蓮司には信用できなかった。

 

     ◇

 

 予想は当たった。食事を終えて宿泊先へ向かう途中、少し目を離した隙にポルナレフが消えた。

 

「やっぱり……」

 

「馬鹿者が!」

 

 アヴドゥルが周囲を見回す。承太郎とジョセフは別方向から探し、アヴドゥル、花京院、蓮司の三人がポルナレフの向かったと思われる方角へ走った。

 

「何年も探していた仇が目の前に現れたんです。止まれる方が珍しいのかもしれません」

「だからこそ、我々が止めなければならない」

 

 アヴドゥルの言葉に、蓮司は頷いた。もし自分だったらどうする。同じように一人で追うかもしれない。だからポルナレフだけを責める気にはなれなかった。

 

     ◇

 

 ポルナレフを見つけたのは、人通りの少ない建物の一角だった。向かいには見知らぬ男がいる。帽子に長い髪、西部劇にでも出てきそうな服装をしており、手には拳銃を持っていた。

 

「俺はホル・ホース。スタンドは皇帝――エンペラーだ」

 

 男が構えた拳銃そのものが、スタンドだった。

 

「妹を殺した男はどこだ」

 

 ポルナレフの視線はホル・ホースだけを見ている。

 

「J・ガイルなら近くにいるぜ。お前がずっと探していた、両方の手が右手の男だ」

 

 その名前を聞いた瞬間、シルバーチャリオッツが現れた。

 

「待てポルナレフ!」

 

 アヴドゥルの制止より早く、銀色の騎士がホル・ホースへ突っ込む。銃声。エンペラーから放たれた弾丸へ、シルバーチャリオッツの剣が振り下ろされる。だが弾丸は刃に触れる寸前で軌道を変えた。

 

「曲がった!?」

 

 横からポルナレフの頭を狙う。

 

「魔虚羅!」

 

 蓮司の背後から巨大な腕が伸び、弾丸を掴む。一度は拳の中に収まった。しかし次の瞬間、弾丸は指の隙間を縫うように軌道を変え、再び飛び出した。

 

「捕まえても逃げるのか……!」

 

 魔虚羅が追う。掌で叩き落とそうとすれば曲がり、指で挟もうとすれば逆方向へ逃げる。単純な速さだけではなく、ホル・ホース自身が弾丸を自在に操っているらしい。

 

「俺のエンペラーの弾丸は普通の鉄砲玉じゃあない! 俺が好きなように軌道を変えられるのさ!」

 

 ホル・ホースが笑う。その時だった。

 

「神代君、鏡を見ろ!」

 

 花京院の声に、蓮司が振り向く。近くの店先にあるガラス。そこに、人型のスタンドが映っている。細い身体。刃。

 

 そして両方の手が右手だった。

 

「J・ガイル……!」

 

 ポルナレフの意識が完全にそちらへ向く。

 

「待て!」

 

 アヴドゥルが叫ぶ。鏡の中にいたスタンドが消えた。次の瞬間、ポルナレフの瞳の中にその姿が浮かぶ。

 

「目の中……?」

 

 蓮司には何が起きたのか分からない。鏡。ガラス。人間の瞳。反射する場所を移っているのか。

 

 そう考えた瞬間、アヴドゥルがポルナレフを突き飛ばした。刃が閃く。ハングドマンの一撃がアヴドゥルの背中を深く切り裂いた。

 

「アヴドゥルさん!」

 

 魔虚羅を向かわせる。だが既にハングドマンは消えている。その直後、銃声が響いた。エンペラーの弾丸。狙いはアヴドゥル。

 

 魔虚羅が腕を差し込む。しかし弾丸は直前で急角度に曲がり、その腕を避けてアヴドゥルの頭部へ向かった。距離がない。もう間に合わない。銃弾が命中した。

 

「アヴドゥル!」

 

 ポルナレフの叫びと同時に、アヴドゥルの身体が地面へ倒れる。蓮司は一瞬、何もできなかった。さっきまで話していた。一緒に走っていた。その人が動かない。

 

「アヴドゥルさん……?」

 

 返事はなかった。血が地面へ広がっていく。

 

「まず一人だな」

 

 ホル・ホースの声が聞こえる。

 

「残りも同じところへ送ってやる」

 

 その言葉に反応するように、魔虚羅の頭上で方陣が僅かに軋んだ。蓮司もホル・ホースを見る。胸の奥で何かがざわついている。怒り。恐怖。

 

 それだけではない、もっと形の分からない何か。魔虚羅が一歩前へ出ようとした。

 

「神代君、待て」

 

 花京院の声で、蓮司は我に返る。

 

「今追えば相手の思う壺だ」

 

「……分かってます」

 

 蓮司は魔虚羅へ意識を向ける。止まれ。まだ動くな。魔虚羅はその場で足を止めた。ただし、構えは解かなかった。

 

 まるで次に戦える瞬間だけを待つように、二人の敵へ向き続けていた。

 

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