時に、西暦1192年。
鎌倉幕府の成立の年、初代将軍となるはずはずだった源頼朝は、虜囚として西の果ての地にいた。
「……何故だ!」
今もこうつぶやいてばかりだ。鎌倉を攻め滅ぼされ、自分の気持ちに整理がつかないからである。
今彼がいたのは、鎌倉を滅ぼした勢力の本拠地だ。オノンと呼ばれる土地らしい。日ノ本にある土地ではない。海を渡り、長い長い航海と陸路の旅を続けての
しかし鎌倉、いや、途中で立ち寄った燕京や西安とはまるで違う。
ゲルと呼ばれるテントが並び、めええ、と啼く羊の群れとひいいんと吠える蒙古馬ばかりの荒野である。
彼は弟の範頼や比企能員、あるいは、北条の義理の父と弟らと共に、その天幕の前に立っていた。
その中でも一番話しやすく諸事情に通じる義理の弟、義時が声をかけてきた。
「公方様。いつまで現実逃避を為されているおつもりですか?」
「あ、いや……何故儂はここに連れてこられたのかと思ってな」
自分は戦にやぶれた。虜えられたとなれば当然、首を斬られるはずだった。なのに生かされてここまで連れてこられた。何故だ?
「そもそも、儂とそなたと同じく和田も畠山はどうしたのじゃ?」
「和田と畠山はムカリという将軍の麾下に加えられ、南宋攻めへと向かったそうです。
「では、梶原と常胤は? 大江は? 少弐はどうした?」
「梶原殿と千葉殿は台湾に建設するという南宋攻めの都の建設に。大江殿は燕京にて、在野の様々な賢人達を探しているようです」
それから、少弐は水軍衆に組み入れられた。南宋及び越南攻めの準備に取り掛かるらしい。
「……蒙古人め、何を考えておるのじゃ? いや、匈奴じゃったか?」
「どちらも使ってはなりません。蔑称というものらしいですから。彼等は自分たちのことを、モンゴル、と呼ぶそうですよ」
太宰府を攻め、鎌倉を襲ったのはそのモンゴルだった。かの集団はかつていくつかの部族による割拠が続いていたが、そのうちの1つが統一を果たしし、モンゴルを名乗りだしたそうだ。それが6年前のことらしい。
そしてモンゴルはたった5年で金を滅ぼし、朝鮮を征伐し、日ノ本に攻め込んだ。
蝦夷の十三湊と赤間関。その両方同時にだ。太宰府も平泉もまたたく間に陥落した。鎌倉は半年近く持ちこたえたが、海側から攻められてとうとう白旗を上げることとなった。
「うぬぬ……切通しの守りは万全であったのに……」
「まさか、鎌倉が海からの攻略に弱かったとは思いませんでしたね。公方様、我らは陸路のことばかり気にし過ぎておりましたな?」
「ああ、まったくじゃ。石橋山のいくさことをすっかり忘れておったわい。海を制するのがどれほどものを言うか……」
海側のことを良く知っていたから、うまく安房に逃げられたのだ。ちなみにだが水軍衆も増強しようと思った矢先に、モンゴルに攻められた。
ああ、くやしい。
頼朝は眉間に皺を寄せ、ぶつぶつとつぶやくばかり。
すると目の前の大きな天幕から、毛皮を纏った重装の若武者が現れた。
大柄なその男は、モンゴルの中でも屈指の猛将と言われていた。ジェベという名だ。彼は頼朝達の監視役についていた。ぶっきらぼうな口調の男だが、頼朝は嫌いではなかった。
「日ノ本の衆。入れ。大王にお目通りせよ」
頼朝らは大天幕の中に入った。
その奥にはひときわと高い台が設えていて、そこにモンゴルの大王があぐらをかいて座っていた。
武者の中の武者と呼ばれた畠山よりも華々しく、それでいて和田や木曾といった猛者達よりも猛々しい。巨大な野獣、それも大きな狼にも思える凄みがあった。
その大王は蒼き狼と呼ばれていた。チンギス=ハーン。あるいは、テムジン。その男が
「お前が日ノ本の大ハーン、ヨリトモか?」
「はーん? いや、儂は日本国の大王ではないぞ。大王様というなら……後白河院様がそれに当たると思うのじゃが……」
「安心しろ。『テング』の一味はヘイアンと呼ばれるあの都に置いておる。そなたの国の一番高貴な
誰だそれ?
頼朝は事情通の義時に尋ねた。モンゴルでとても尊敬されている道教の先生ですよ。
「ええと、まあそんなところじゃったかな? 帝を刃を向けなかったことは感謝するぞ、大ハーン。ではさっさと首を切るがいい」
ここまで連れてこられたのは、処刑を受けるのがその理由のはずだ。しかも頼朝は相手に強い恨みがあった。大ハーンが、妻の政子を妾にし、手籠めにして子を孕ませたというのがそれだ。それが一番悔しくてたまらない。
「国を滅ぼされ、妻を奪われた武者がおめおめと生きるつもりは無いぞ。はようさっさと斬れ」
「そのつもりはない、鎌倉のハーンよ。儂は有能な男には寛大だ……おい、ジュチ。あれをもってこい」
チンギス=ハーンは息子の1人に行ってそれを持ってこさせた 宋からよく船で来る巻き紙だ。ジュチはそれを広げると、頼朝らに見せてやった。
「ここには皆様のことが詳細に書かれております」
その巻物の中に、源頼朝という文字があった。
「ええと、政治……? なんじゃこれは?」
政治86。
戦闘68。
智謀76。
それから各兵科適正がアルファベットで書かれ、内政の特技が記載されていた。
「なんじゃこれは?」
「皆様方と、それから我々モンゴルの戦士や大ハーン様の能力値が記された巻物でございます。いやあ、鎌倉殿は素晴らしい能力値ですよ。まさに帝国の宰相に相応しきお方、とも言えましょう」
「まあよくわからんが、その巻物、なんという名じゃ?」
そこだけは見たこともない文字で書かれていたが、ジュチはこう教えた。『激流ユーラシア』という題名らしい。
これは秘本中の秘本だそうだ。これがあと数十巻もあるそうである。
「これを手にして我々は、世界各国から名将賢臣を探し出し、そして大ハーンの手でこの大陸を統一するよう役立てるつもりです」
世界帝国。源頼朝にはあまりにも雄大過ぎる夢だった。そして
でもここで1つ疑問が。ここに来る前からずっと思っていたことでもある。
「いやそもそもの話じゃ。どうして儂とそなたらは、通訳を介せず話せるのじゃ?」
「そういうことになっているのですよ。詳しく考えてはいけません、鎌倉の
頼朝は合点がいかない。大体考えるなとはどういうことだ?
「とにかく、深く考えてはなりませぬ。それは我々モンゴルの流儀にも反する行いでもあります」
「う、うむ……そうか……詳しくは探ってはならぬ、か……」
頼朝は流されることにした。そう言えば、とつぶやいた。
「ところで、鎌倉を攻める前に平泉を攻め滅ぼしたと聞いておったが、あそこで儂の弟の噂を聞いたはずじゃ」
「弟君とは、ええと……」
源義経。鎌倉最強の武将であり、その首をあげぬ限りは安心して枕に頭をつけられぬ、とんでもない厄介者であった。
3年ほど前に頼朝は平泉を滅ぼしたが、義経とその一党の行方は掴めなかった。奥州藤原をそそのかして襲わせたのだが、取り逃がしてしまったのがそもそもの原因だ。
義経はとにかく強い。その郎党もだ。特に、武蔵坊弁慶という荒くれ僧侶が恐ろしい武勇の持ち主だった。同時期に弓の与一と呼ばれた那須資隆も、やりたいことがあるからと書き置きを残して出奔した。
あいつらがいればモンゴルなんか。そう思いながら頼朝はジュチに、弟の名前を告げた。それを聞いていたチンギス=ハーンは何やら、意味ありげに含み笑いをしていた。
「ああ、ヨシツネ様ですか! 今お連れしますよ!」
ジュチは嬉々として駆け出した。頼朝ほか皆がぽかんと口を開けていた。
しばらくして、ジュチとともにやって来たのは義経だった。武蔵坊ほか多くの郎党たちとともに。いや、那須資隆の姿もあった。
皆がモンゴルの将軍の鎧をまとい、自身ありげな顔をしていた。
それから義経と弁慶は、まだ年若い女の子にべったりとまとわりつかれていた。かわいいかわいい姫君たちだ。
それを見て頼朝はその姫君は誰だと尋ねた。大ハーンはカッカッと笑ってこう答えた。
「クロウヨシツネは儂の娘婿じゃ、それとムサシボウもな!」
チンギスの笑い声は止まらない。頼朝はただただ呆然としていた。
義経にひっつくあのモンゴルの姫は、我が娘の大姫とさして変わらぬ背格好ぞ。武蔵坊に至っては三幡の年頃だ。嫁ではなく養女ではないかと思えた。
「鎌倉の王よ! これは良きめぐり合わせ、再会であるぞ!」
「こ、これがよ、良き再会とは……?」
「そうじゃ! 大テングリの思し召しよ! さあヨシツネ、我が義理の息子よ! そなたの兄上と抱き合い、兄弟仲良く抱き合うがよい!!」
呼びかけられた義経は、大ハーンには笑ってみせたが頼朝を見るなり、無表情で冷え切った視線を投げかけていた。ゴミを見るような目である。
「く、九郎。久しいのう……」
「征東大将軍様と呼べ、頼朝!」
「ハァ? 征東大将軍? なんじゃそれはッ?」
あのうですねえ、と言いながら、ジュチがとことことやって来た。
「実はですね、ヨシツネ兄様こそ、日ノ本攻めの総大将様だったのですよ」
「なんじゃとう!!」
頼朝は悲憤慷慨した。いや、腹がすねかえて盛大に屁を放った。
まさか、我が幕府を滅ぼしたのが、よりにもよってこの恐るべき弟だったとは。