しかし、それはレイバー犯罪と呼ばれる新たな社会的脅威をも生み出すことになる。
新エリー都治安局は続発するレイバー犯罪に対抗すべく治安局部内に特殊車輌二課を設立し、これに対抗した。
通称特車二課。
パトロール・レイバー中隊――パトレイバーの誕生である。
第一話はゼンゼロ要素がほぼないです。
新エリー都治安局、特殊車輌二課整備工場。
「……暇だねぇ」
泉野明は椅子に座ったまま天井を見上げていた。その隣では篠原遊馬が端末を操作している。
「暇なのは結構なことだろ」
「そうだけど……」
「レイバー犯罪が起きない。つまり、俺たちの仕事もない」
「でも、こう毎日暇だと……」
野明は大きく伸びをした。
「眠くなるよ」
「お前なぁ……」
遊馬が呆れた顔をした、その時だった。
「おーい! 遊馬! 野明!」
整備工場の奥から大きな声が響く。
二人が振り向くと、そこには工場長の実山が立っていた。
「なんですか?」
「ちょっと来い!」
「何かあったんですか?」
「いいから来い!」
遊馬と野明は顔を見合わせると、揃って整備工場の奥へ向かった。
そこには、いつもとは違う空気が漂っていた。整備員たちが慌ただしく動き回り、何台もの作業車両が行き交っている。その中心では、大型の輸送車両が整備員たちによって確認されていた。
「……何やってるんです?」
遊馬が尋ねる。
実山はニヤリと笑った。
「決まったんだよ」
「何が?」
「念願の新型レイバーだ」
「……え?」
野明が目を丸くする。
「新型?」
「ああ。篠原重工から正式に導入が決定した」
遊馬の表情が変わった。
「本当ですか?」
「本当だ」
「イングラムの後継機種……ってことですか?」
「そういうことだ」
実山が頷く。
「純警察用として開発された試作レイバー。篠原重工が特車二課向けに製造した最新鋭機だ」
そして、実山はその名を口にした。
「機体名称――零式だ」
「零式……」
野明は思わず呟いた。
「どんなレイバーなんですか?」
「見てからのお楽しみだ」
実山がそう言った時だった。
整備工場の外から、慌ただしい足音が聞こえてきた。
「す、すみません!」
全員が振り向く。
そこには、一人の青年が立っていた。黒髪に少し乱れた制服。息を切らしながら、入口に手をついている。
「……遅くなりました!」
実山が眉をひそめる。
「君は?」
青年は姿勢を正した。
「本日付で、特殊車輌二課第二小隊への配属を命じられました」
そして敬礼する。
「柊零有翔と申します」
「……柊零?」
遊馬が反応する。
「はい」
「君が新しいパイロットか?」
「はい。零式の操縦担当として配属されました」
「パイロット……」
野明が目を輝かせる。
「零式の?」
「はい」
有翔は野明に気づくと、慌てて頭を下げた。
「初めまして。よろしくお願いします」
「こちらこそ!」
野明も笑顔で頭を下げる。
「泉野明です。よろしくね」
「はい!」
その直後、再び外から声が聞こえた。
「待ってくださーい!」
全員が振り返る。
今度は一人の少女が走ってくる。肩で息をしながら、何とか工場内へ入ってきた。
「はぁ……はぁ……」
「君は?」
実山が尋ねる。
少女は息を整えると敬礼した。
「空谷みどりです! 零式のバックアップ担当として、本日付で配属されました!」
有翔が振り返る。
「みどりさん」
「柊零さん!」
二人は互いに顔を見合わせた。
「やっと追いつきました……」
「すみません。僕が先に行ってしまったので」
「それはいいんですけど……」
みどりは少し呆れたように言った。
「柊零さん、走るの速すぎます」
「すみません……」
「謝らなくてもいいですけど」
そのやり取りを見ていた遊馬が苦笑する。
「なるほど。こいつがパイロットで、そっちがバックアップか」
「はい!」
みどりが答える。
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
有翔も頭を下げる。
実山は満足そうに頷いた。
「よし。これで人員も揃った」
「人員……?」
遊馬が聞き返す。
「そうだ」
実山は整備工場の外を指差した。
「せっかくだ。零式を見ていけ」
「零式を?」
野明の目が輝く。
「行きましょう!」
「おい、野明」
「新型ですよ、新型!」
野明は遊馬の腕を引っ張った。
「早く!」
「分かった分かった」
こうして二人は、零式が搬送されている場所へ向かった。
――――
整備工場の外には、一台の巨大なトレーラートラックが停車していた。
大型の牽引車。その後ろには三軸のセミトレーラーが連結されている。巨大な荷台には、レイバーを固定するための伸縮シャフト式の固定具や、起動用の機器が取り付けられていた。
そして、その荷台の上には――一体の人型レイバーが仰向けの状態で固定されていた。
「……!」
野明の目が輝く。
「このトラックが……?」
「ああ」
実山が頷く。
「レイバーキャリアだ」
遊馬が言った。
「そうだ」
実山は荷台を見上げる。
「人型レイバーを現場まで運ぶための専用輸送車両だ。こいつなら道路を高速で移動できる。レイバー自身が歩いて向かうより、脚部への負担も少ないし、バッテリーも節約できる」
「なるほど」
遊馬が頷く。
「現場に着いたら?」
「荷台ごと立てる」
実山は親指を立てた。
「デッキアップだ」
「デッキアップ……」
野明は目を輝かせる。
「見てみたい!」
「残念だが、今日は搬入だけだ」
実山が笑った。
「今は零式を整備工場へ運び込むところだからな」
野明は少し残念そうな顔をした。
「そっか……」
だが、その視線はすぐに荷台の上へ戻った。
そこにいる零式。
白を基調とした装甲。洗練されたフォルム。仰向けに寝かされているにもかかわらず、その存在感は圧倒的だった。
「すごい……」
野明が呟く。
遊馬も目を見開いた。
「これが零式……」
純警察用試作レイバー。
篠原重工が次世代の警察用レイバーとして開発した機体であり、イングラムの後継機種として設計されたその機体は、既存の警察用レイバーとは一線を画していた。
「性能もイングラム以上だ」
実山が説明する。
「出力、運動性能、反応速度。全部上だ」
「本当に最新型なんですね」
遊馬が感心する。
その時、有翔が零式を見上げた。
「……」
その目は、まるで少年のように輝いていた。
「すごい……」
「柊君?」
野明が振り返る。
「ずっと憧れてたんです」
有翔は零式を見つめたまま言った。
「特車二課に入って、警察官としてレイバーに乗ることが」
「そうなんだ」
「はい」
有翔は小さく笑った。
「だから……実物を見ると、ちょっと感動しますね」
みどりが微笑む。
「分かります」
しかし、その直後だった。
「――ん?」
遊馬が何かに気づいた。
「実山さん」
「なんだ?」
「この98式特殊運搬車……運転手は?」
「え?」
二人が牽引車へ視線を向ける。
運転席には――知らない男がいた。
「……おい」
遊馬の表情が変わる。
「まさか――」
突然、エンジンが唸りを上げた。
「え?」
野明が振り返る。
「動いた!?」
98式特殊運搬車が動き出す。
「おい! 止まれ!」
遊馬が叫ぶ。
だが、車両は止まらない。そのまま特車二課の敷地内を走り抜ける。
「零式が!」
野明が叫んだ。
「盗まれた!?」
遊馬が走り出す。
「誰か追え!」
「警備車両を出せ!」
整備員たちが叫ぶ。
だが、巨大なレイバーキャリアはすでにゲートへ向かっている。
そして――ゲートを突破。
公道へ飛び出していった。
「くそっ!」
遊馬が拳を握る。
「よりによって新型を……!」
その騒ぎを、少し離れた場所から見ていた青年がいた。
柊零有翔。
有翔は拳を握る。
念願だった特車二課。パトロール・レイバー。そして――零式。
その零式が、目の前で盗まれた。
「……許せない」
有翔は走り出した。
「柊さん!?」
みどりが叫ぶ。
「どこへ行くんですか!?」
「零式を追います!」
「え!?」
有翔は振り返らない。
「絶対に取り戻します!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
みどりも慌てて追いかけた。
――――
新エリー都。
道路を大型の98式特殊運搬車が疾走していく。その荷台には、仰向けに固定された零式。伸縮シャフト式の固定具によって、機体はしっかりと押さえつけられている。
その姿を追いながら、有翔は必死に走っていた。
「……っ!」
息が苦しい。
それでも止まらない。
やがて交差点で信号が変わり、98式特殊運搬車が速度を落とした。
「今だ!」
有翔は道路脇から飛び出した。
トレーラー後部へ飛び乗る。
「うおっ!」
荷台へ転がり込む。
「……!」
目の前には、仰向けに固定された零式。
「零式……!」
有翔は機体へ駆け寄り、固定具の状態を確認する。
「……よし」
操縦席は胸部にある。機体が仰向けになっているため普段とは違う角度になっているが、緊急時の整備を考慮したアクセスハッチが設けられていた。
有翔はハッチを開く。
「……!」
中には最新鋭の操縦システムが並んでいた。
「これが……零式のコクピット」
有翔は息を呑む。
その時、後ろから声が響いた。
「柊さん!」
みどりだった。
「何してるんですか!」
「零式に乗ります!」
「えぇ!?」
「このまま盗ませるわけにはいきません!」
「でも、まだ搬送中ですよ!?」
「分かっています!」
有翔はコクピットへ身体を滑り込ませる。
「だったら……僕が止めます!」
「柊さん!」
みどりは頭を抱えた。
「もう……!」
その時だった。
零式のコクピットへ、98式特殊運搬車側から起動用ケーブルが接続されていることに、みどりが気づいた。
「……」
「みどりさん?」
「待ってください」
みどりは端末を確認する。
「レイバーキャリアの起動用機器と、零式のシステムが接続されています」
「ということは?」
「運搬中の整備・電源供給用みたいです」
みどりは唇を噛む。
「……これなら」
有翔を見る。
「零式を起動できます」
「本当ですか?」
「でも、危険です」
「……」
有翔は操縦桿を見る。
そして、決意した。
「それでも、やります」
みどりはしばらく黙っていた。
やがて。
「……分かりました」
「みどりさん?」
「こうなった以上、私がバックアップします」
「ありがとうございます!」
「ただし!」
みどりの声が鋭くなる。
「私の指示には絶対に従ってください!」
「了解です!」
有翔は起動スイッチへ手を伸ばす。
「零式――」
スイッチを押す。
次の瞬間、機体内部へ電源が流れ込む。モニターが一斉に点灯した。
《SYSTEM START》
「起動した……!」
零式のカメラアイが輝く。
98式特殊運搬車の荷台が大きく揺れた。
「柊さん!」
「大丈夫です!」
「まだ立ち上がらないでください!」
「はい!」
零式は仰向けのままシステムを起動させる。
「まずは固定具を外します!」
「分かりました!」
「左腕を動かしてください!」
「はい!」
有翔が操縦桿を操作する。
零式の腕がゆっくりと動き、固定具へ手を伸ばす。
「もう少し右!」
「こうですか!」
「そのまま!」
ガキンッ!
固定具が外れる。
「よし!」
続いて反対側。
「右腕!」
「はい!」
ガキンッ!
二つ目の固定具も外れた。
零式は自由になった。
「これで動けます!」
「でも、荷台の上です!」
「分かっています!」
有翔は前方を見つめる。
「どうします?」
「この先に広い道路があります!」
みどりが地図を確認する。
「そこで飛び降りてください!」
「分かりました!」
零式がゆっくりと起き上がる。
98式特殊運搬車の荷台が大きく揺れる。
「うわっ!」
有翔が操縦桿を握り直す。
「大丈夫です!」
零式が片膝をつく。
そして――荷台から飛び降りた。
ズンッ!
巨大な人型レイバーが道路へ着地する。
周囲から悲鳴が上がった。
「レイバーだ!」
「何だあれ!?」
「治安局!?」
有翔は操縦桿を握り締めた。
「零式……行きます!」
零式が走り出す。
――――
前方。
98式特殊運搬車が逃走している。
「見えました!」
「距離を詰めてください!」
「了解!」
零式が速度を上げる。
一歩。
二歩。
三歩。
巨大な機体が道路を駆け抜けていく。
「すごい……」
有翔は驚きながらも、操縦を続ける。
「この機体なら……!」
トレーラーへ追いつく。
「柊さん、右!」
「はい!」
零式が進路を変える。
「そのまま!」
「了解!」
「次、左!」
「はい!」
みどりの指示に従い、零式が98式特殊運搬車を追い詰めていく。
「今です!」
「はい!」
零式が車両の前へ回り込む。
「止まってください!」
有翔が叫ぶ。
しかし、犯人たちは停止しない。
「構わず突っ込んでくる!」
「柊さん!」
「分かっています!」
零式が身構える。
そして、98式特殊運搬車が突っ込んできた瞬間――零式が横へ移動する。
「今!」
有翔は操縦桿を倒した。
零式の腕が伸びる。
車両の前部を掴む。
「うおおおっ!」
巨大な機体が踏ん張る。
タイヤが道路を削る。
「止まれぇぇぇっ!」
零式が力を込める。
98式特殊運搬車の速度が落ちる。
そして――完全に停止した。
「……止まった」
有翔が呟く。
みどりが息を吐く。
「やりました……!」
「はい!」
有翔が笑った。
「取り戻しました!」
だが、その直後。
複数の治安車両が現場へ到着した。
「新エリー都治安局だ!」
「全員、車両から降りろ!」
犯人たちは抵抗しようとした。
しかし、零式が目の前に立つ。
巨大な機体が、静かに彼らを見下ろした。
「……」
犯人たちは動きを止めた。
「……降参する」
こうして、零式は無事に取り戻された。
――――
数時間後。
特車二課。
「……」
実山は腕を組みながら、有翔を見ていた。その隣にはみどり。そして、遊馬と野明。
「柊零有翔」
「はい」
「君は何をしたか分かっているか?」
「……はい」
「配属初日に新型レイバーを勝手に起動」
「はい……」
「しかも無許可で犯人を追跡」
「はい……」
「挙げ句の果てに、搬送中の零式を勝手に動かした」
「……はい」
有翔は背筋を伸ばした。
「申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
「ただ……」
顔を上げる。
「盗まれたままにすることだけは、どうしてもできませんでした」
沈黙。
実山はしばらく有翔を見つめる。
やがて。
「……ったく」
ため息をついた。
「とんでもない奴が来たもんだ」
「すみません」
「だがな」
実山は笑った。
「零式を扱える人間が必要なのも事実だ」
「え?」
有翔が顔を上げる。
実山は一枚の書類を差し出した。
「正式な配属命令だ」
「……!」
有翔は震える手で受け取る。
「本日付で、柊零有翔を――」
一拍。
「特殊車輌二課第二小隊所属、零式専任操縦員とする」
「……!」
有翔の目が大きく見開かれる。
「僕が……」
「そうだ」
実山は頷いた。
「今日からお前も、特車二課の一員だ」
有翔は書類を強く握った。
そして、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます!」
その声は、整備工場中に響き渡った。
野明が笑う。
「よかったね、柊零君」
「はい!」
遊馬は苦笑する。
「しかし、初日からこれじゃ先が思いやられるな」
「篠原さん」
「なんだ?」
「これからよろしくお願いします」
有翔は頭を下げる。
遊馬は少し驚いた後、笑った。
「ああ。よろしくな」
みどりも隣で微笑む。
「これから大変ですよ、柊零さん」
「はい」
有翔は頷く。
そして、整備工場の奥へ視線を向けた。
そこには、静かに佇む一体のレイバーがあった。
純警察用試作レイバー――零式。
その隣には、先ほど零式を運んできた98式特殊運搬車が停まっている。
今日。
新エリー都に、新たなパトレイバーが誕生した。
そして。
これから始まるのは、レイバー犯罪、ホロウ災害、エーテリアス――そして、新エリー都で巻き起こる様々な事件へ立ち向かう、特車二課第二小隊の物語である。
「……零式」
有翔は小さく呟く。
「これから、よろしくお願いします」
零式は何も答えない。
ただ、そのカメラアイだけが静かに輝いていた。
息抜きで書き始めました。
零式にはHOSは積んでないです。