バケモノサポート技術を持つ陰陽師の補佐役に転生 作:タルタル功夫
「……ウソ、だろ」
仕事に向かう直前、車の鍵を取った時。
俺・
洪水のように頭に流れ込んでくる記憶。
全て知らないはずなのに、紛れもなく”俺自身”の記憶で間違いはなかった。
二十数年分の記憶を、俺は再び咀嚼していた。
前世の俺は体が病弱で、一生のほとんどを病室で過ごしていた。
事切れる直前なんて、ほぼベッドに寝たきりだった。
そうだ、全て思い出した。
俺は病室のベッドから起き上がることすら出来ずに、ひたすら自分の運命を呪っていたんだ。
そうして、若くして死んでいった。
『何で俺は皆と違って、外を自由に歩き回れないんだろう』
『何で俺は、やりたい事をやれるだけの体力が無いんだろう』
『何で俺は……夢を見ることすら許されないのだろう』
そんな中でも俺は、自分の体を診察し、労わってくれるお医者さんと、熱心に介護してくれる看護師さんを尊敬していた。
ああやって、他人のために自分の力を使うことが出来たら、どんなにやりがいのある人生だっただろうか、と。
そう、だから俺は最後にひたすら祈ったんだ。
『願わくば、次は健康な体で生まれますように』、と。
「は、はは。そうか……その祈りが届いたんだ!」
俺は思わず顔に手を当て、すすり泣きにも近いような笑みを漏らす。
どこの誰が聞いてくれたのかは知らないが……俺の祈りは受け入れられ、こうして五体満足の健康体で生まれ変わることが出来たのだ!
今の俺は、仕事にだって行ける。
握った車の鍵が、突然とても有難いもののような気がしてきた。
思わず、着ているスーツのネクタイをもう一度締め直す。
そうだ。今の俺なら、他人の役に立つことだって出来るはずだ。
……もっとも、俺の仕事は普通の職業とは少し違うが。
俺の仕事は……病気を治す医者。
子供たちに勉強を教える教師。
冤罪を暴き、罪なき人を助ける弁護士。
磨いた技術でゴールを狙うサッカー選手。
前人未到の領域に挑戦する宇宙飛行士。
いや、そのどれとも違う。
俺の仕事は……陰陽師の補佐役だ。
― ― ― ― ―
科学では説明出来ない怪現象を起こす、人類の見えざる敵。
人々は彼奴らを『怪異』と呼んだ。
その怪異たちを狩る、不可思議な力を持つ者共。
人々は彼らを『陰陽師』と呼んだ。
夜闇に紛れ、今日も陰陽師は怪異を一閃する。
― ― ― ― ―
前世の記憶を思い出すまでの俺は、職務に怠慢だった。
異能を操って、怪異と派手に戦う陰陽師!……なら張り切っただろうが、正直その補佐役なんて地味極まりない職業だ。
無いと困るが、少なくとも花形ではない。
そんな仕事だ。
だから、これまでの俺はそこそこに職務をこなしつつ、セーブした体力で休日に趣味のゲームをひたすらやり込む。そんな生活を送っていた。
だが、今日からは違う。
陰陽師をサポート出来る職業に就いているのなら、全力で陰陽師をサポートしようじゃないか。
前世で果たせなかった『他人のために自らの力を使う』という目標を、今度こそ叶えるんだ。
と言っても、補佐役として仕事しているぐらいだ。
勿論、陰陽師が使うような派手な術は使えない。
今世の俺は、とある陰陽師一家の分家に生まれた。
小さい頃は『将来は立派な陰陽師になるんだ!』と燃えていたが、中学生、高校生にもなると現実が見えてきた。
なかったのだ、陰陽師の才能が。
陰陽師になるには『
しかし俺には、それがどうしても出来なかった。
結局、それが原因で俺は陰陽師になれなかった。
だから、普通に就職活動をしなければならなかったのだが。
幸い、補佐役なら親のコネもあり、顔パスで就職できたのだ。
そういうわけで高校卒業後、イマイチやる気のない補佐役が一人、出来上がったわけだ。
余談だが、陰陽師になるような人間はほとんどが高卒だ。
若い内からバリバリ働いた方がスキルが磨かれるので、大学生活に現を抜かしている暇はない……らしい。悲しき職業。
まあ、陰陽師のような固有術が使えなくても、やりようはいくらでもある。
今までの俺は”面倒くさかったから”やらなかっただけだ。
これからは、仕事で使える術をバリバリ磨いていくぞ……!
そう思いながら、車に乗り込んだ時。
仕事場から電話がかかってきた。
見ると、上司の補佐役だ。
『北条君、今しがた
早速仕事だ。
「ハイ、喜んでー!!」
『え、えらい元気が良いな? じゃあ頼んだぞ』
電話を切った俺は、急いで水無瀬術師を迎えに行く。
仕事用のスマホに、現在地が送られてくる。
これをカーナビ代わりにすればいいわけだ。
陰陽師なんて古式ゆかしい職業でも、現代の科学技術は頼りになる。
車を走らせること、およそ三十分ほど。
東京にしては自然豊かな街。
そのとある道沿いに、陰陽師の少女・水無瀬ハクア術師は立っていた。
車を近くに停止して、窓を開ける。
「補佐役の北条です。お迎えに上がりました」
「あ、ありがとうございます……」
見ると、水無瀬術師の姿はボロボロだった。
着ているスーツはあちらこちらが破け、血が飛び散っている。
普段は綺麗に整えているであろう青い長髪もボサボサだ。
そして、強い疲労を感じる目は、今にも気絶しそうなことを表していた。
俺は急いで車から出ると、水無瀬術師をそっと支える。
「大丈夫ですか……!?」
そのまま、車の後部座席にそっと乗せると、助手席に置いてあった救急箱を取り出した。
中に入っているのは、どの家庭にもあるような普通の救急セットだが、使わないよりはマシだろう。
水無瀬術師のスーツ、上着を脱がせ、腕や首に出来ていた裂傷を止血、殺菌して清潔にしていく。
「……ッ」
「痛かったですか? すみません、でももう少しだけ辛抱しててくださいね」
俺は手早く包帯を巻いて、処置を済ませた。
いくら職務に怠慢でも、これぐらいのことは新人の頃に一通り叩き込まれた。
それが、今になって活きてきたわけだ。
水無瀬術師の顔は、先ほどとは違って少し楽になったように見える。よかった。
「……ありがとう、ございます。こんな的確に処置をしていただいて」
「いえ、補佐役ならこれぐらい当然ですよ」
そう言いながら、俺は水無瀬術師にシートベルトをかけてから、車に乗り込む。
「行先は陰陽連の本部で構わなかったですよね?」
「ええ」
陰陽師連盟、略して陰陽連は陰陽師や補佐役が集う組織だ。
日々、日本中、時には世界中の怪異を祓うために連携して仕事を行っている。
俺はゆっくりと車を発進させるが、水無瀬術師の姿をバックミラーでちらりと見た。
俺より四つほど年下……十六歳ぐらいだろうか。
まだあどけない雰囲気が残っている、美少女だ。
こんな高校生ぐらいの年齢から、陰陽師として怪異を祓わねばならないのは、さぞかし大変だろう。
陰陽師のほとんどは高卒だが、中には水無瀬術師のように高校在学中から陰陽師として活動している者もいる。
子供に頼らねばならないほど、陰陽師の人手が足りないのだ。
嫌な世の中だ。
ふと、俺は聞いてみたくなった。
「あの、水無瀬術師」
「なんでしょう」
「何故、あなたは陰陽師になったんですか?」
俺のように小さい頃から陰陽師に憧れていた、という印象は水無瀬術師になかった。
仕事で何度か顔を合わせていれば、何となくわかるのだ。
「……」
「あ、いえ答えたくないようでしたら、全然いいので」
「……父と、母は怪異に殺されたんです」
「……!」
思っていたよりハードな理由に、俺は少し緊張する。
「その怪異は、まだ見つかってない。私が陰陽師になったのは、両親を殺した怪異を見つけて祓うためなんです」
「そう、でしたか」
「ただ……私には、荒事はあまり向いてなかったみたいで。陰陽師の才能はあるけど、戦う才能がないんです。今も、敵と真正面で向き合うたびに、怖くて震えます」
水無瀬術師はそういうと、沈痛な面持ちで視線を落とした。
そんな水無瀬術師に、俺は言葉を選びつつ再び話しかけた。
「……水無瀬術師は気配りが出来る性格なんだろうな、と俺は思います」
「気配り、ですか?」
「そう。今までお会いして話した経験からするに、周囲のことをとてもよく見ている。避難が遅れた民間人を助けた回数は、水無瀬術師がダントツで多いはずです」
「そ、そんな」
「誇張してるわけではないですよ。ただ、周囲のことをよく見ているが故に、怪異の恐ろしさや、自分の力量もハッキリわかってしまうんだと思います。俺なんかより余程、世界に対して真剣に向き合っているんですよ」
「……」
「真剣だからこそ、戦う時の一挙手一投足が怖くなる。勿論、じゃあ適当に考えればいいというワケではないです。真剣なのは水無瀬術師の長所ですから。でも……もう少し、一人で抱え込まずに、他人と共有してもいいと思います」
俺はそれだけ言うと、額に滲んだ汗を拭う。
他人を真剣に慰めることなんてほとんどやったことないので、これでいいのかは分からないが……とにかく、水無瀬術師の負担を少しでも軽くしてあげたい。
俺は、陰陽師を補佐するためにいるのだから。
「そういう、ものでしょうか」
「そうですよ。水無瀬術師は、多くの人を助けてきた。多くの人に頼られてきたんです。だったら反対に、水無瀬術師が他人を頼ってもいいじゃないですか」
俺は赤信号で止まると、水無瀬術師の方を振り向く。
「これからは、俺のことも少しは頼ってください。出来る範囲ですが、頑張りますから」
「……ッ!」
瞬間、水無瀬術師は大粒の涙を滲ませ、ボロボロと泣き出した。
慌てた俺はハンカチを差し出そうとするが、その前に信号が青になったので、仕方なく車を発進させる。
「す、すみません。余計なことを言ってしまいましたかね?」
「ぜ、全然。こんなに他人に励ましてもらったの、久しぶりで……」
水無瀬術師は、袖で涙を拭いながらそう言ってくれた。
これは……とりあえずセーフだろうか。
「わ、私、北条さんはイマイチ掴み処の無い人だと思っていました。でも、これだけ言ってくれるなんて……本当に、ありがとうございます」
「い、いえ。少しでも気持ちが楽になれたのなら、よかったです」
「少しなんてモノじゃないです。これだけ頼れる補佐役の方がいるなら、私も安心して陰陽師の仕事を続けられます」
水無瀬術師の眼は少し赤くなっていたが、それでもニッコリ笑うと俺に言った。
「ありがとうございます、北条さん。これからは、北条さんのことも頼らせてください」
「はは、俺でよければ喜んで」
そうして、少し表情が明るくなった水無瀬術師を乗せ、俺は陰陽連の本部へ向かうのだった。
水無瀬術師みたいに、ギリギリの状態で戦っている陰陽師は沢山いる。
だから俺は、そんな陰陽師たちを精一杯サポートしたい。
そのために俺は、陰陽師に必要な『固有術』以外の全てをマスターしてみせる。
精神面だけでなく、戦闘面でももっと役に立ちたいのだ。
この日、水無瀬術師の笑顔を見た時、俺はそう決意したんだ。
『北条ナオト』
20歳。黒髪黒目の長身痩躯、黒スーツ。陰陽師の補佐役。戦闘はナイフで行う。サポートのための汎用術を練習中。
『水無瀬ハクア』
16歳。青髪銀目、黒スーツ。オドオドしがちで薄幸そう。二等陰陽師。刀使い。光線を操る固有術持ち。