バケモノサポート技術を持つ陰陽師の補佐役に転生 作:タルタル功夫
水無瀬術師を車で送った日から数日後。
俺は久々に二日連続で休暇を貰っていた。
陰陽師とその補佐役は、数が少ない。
そもそも、怪異の存在は公表されていないので、怪異を知る人間も限られているのだ。
数が限られている以上、一人一人の仕事の負担は重くなる。
給料はかなり良いが、陰陽師はブラックと言っても差し支えない職業だ。
そんな中で、二日も休みが取れたのだ。
その分を自己鍛錬に回さずしてどうする。
この休日の間に、俺は補佐役として、戦闘面でも陰陽師をサポートする力をつけてみせる。
と、いうことで。
「よし。霊力の増幅、強化術、弱化術、治癒術……そして結界術! これだけ揃えれば、とりあえず大丈夫だろ」
今、俺の目の前にあるのは計五冊の教本……陰陽術に関する指南書だった。
この指南書、陰陽師連盟の購買でも売られているほど、陰陽師にとってはポピュラーなものだ。
新米の陰陽師や補佐役は、皆これを隅々まで読んで実践し、力をつけていくのだ。
と言っても、記憶が戻る前の俺はいい加減な仕事ばかりしていたので、これらの指南書も読んでいなかったが。
とにかく、今までいい加減にやってきたことは、これからの努力で取り返さなければならない。
いっちょ気合い入れて頑張ってみよう。
「まずは霊力についての本からだ」
俺は『霊力の増幅』の指南書を開く。
この本に書いてあるのは、陰陽師や怪異が使う不可思議なエネルギー『霊力』の基本的な扱い方と、量の増やし方だ。
陰陽師はこの霊力を使って固有術を使う……のだが、あいにく俺は固有術を持っていない(だから陰陽師になれなかったのだが)。
それでも、固有ではなく汎用のサポート術を使うにも、霊力は必要だ。
だから、まずはここから勉強する必要があるのだ。
「えっと、なになに……?」
霊力の概要はもう十分知っているので流し読みしつつ、俺は増幅方法を調べていく。
基本的に霊力というものは、二十歳を迎えるころには総量がほぼ決まってしまう。
つまり、俺ぐらいの歳(二十歳)から自然に霊力が増えることはあり得ない。
ただし、きちんとした方法に則った鍛錬を行えば、その限りではないのだ。
霊力を増幅させる鍛錬方法……それは。
「自身の霊力の知覚・循環?」
要は、自分の霊力が今どういう形で、体の中でどういう風に巡っているのかをちゃんと認識する。
なおかつ、それを上手く体内で巡らせる練習をしろ、ということだ。
筋トレみたいだな。
俺はその場に立ち上がり、目を閉じる。
そして、体内を巡っている微かな霊力に、意識を集中させた。
「……」
五分、十分……それ以上経つが、中々感覚が掴めない。
中学生頃までは実家で何度も霊力の鍛錬を行ったものだが、才能が無いとわかるとやめてしまった。
だからもう、知覚の仕方をほとんど忘れてしまっている。
それでも、こんな最序盤でつまずくわけにはいかない。
俺はより意識を精神の奥へと深めていき……瞑想しているような状態へと突入した。
……すると、三十分ほど経った頃。
俺はようやく、胸の部分に朧げなモヤを感じ始めた。
「これだ!」
俺はモヤを見失わないよう、強く意識を集中させる。
モヤの細部まで形を認識することに努めるのだ。
モヤは少しずつ、少しずつではあったが、解像度を高めていき、よりクリアな形になっていく。
俺は目を開けた。
すると、胸の部分が流動的な白いオーラに覆われていた。
「これだ、これが俺の霊力!」
数年ぶりに俺の霊力を知覚しただけで、どうしようもなく嬉しくなってしまう。
確かに俺には陰陽師の才能がなかったが、しかしこういう未知の力を片鱗だけでも使えることは間違いなく嬉しかったのだ。
さて、霊力の形を捉えることは出来た。
次は霊力の増幅だ。
体中に霊力を循環させるのだ。
だが、俺はまだ霊力を知覚出来ただけで、霊力を動かすことは出来ない。
どうやって霊力を動かすのか……指南書を確かめる。
しかし、そこには『なんか気合いで、こう……頑張って!』みたいなことが書かれていた。
「いやふざけんなよ!」
気合でどうにかなるなら、指南書なんていらないだろ。
だが、念には念をと思い周辺のページを隅々まで読んでみる。
すると、どうやら『霊力は手足などの部位と同じで、脳で認識できているならば、動作へのとっかかりは出来ている』らしい。
まあ、気合でやるのは変わりないが。
つまり認識できているなら、動かせるまであと一歩だ。
頑張れ俺。
「ぐぐぐ……!」
俺は胸に手を当て、何とか霊力を動かそうと唸る。
霊力は小さな波を立て、ふよふよ動いてはいるものの、胸部以外へ進むそぶりはない。
「こ、こんな初歩的なところで……諦めてたまるか!!」
俺は再び意識を深く集中させ、霊力をもっとクリアに知覚した。
写真の解像度を上げるように、少しずつ、少しずつ鮮明にさせていく。
すると、霊力の一部が小さく波を立てた。
「そこだ!!」
俺は体ごと勢いをつけ、その波と共に動いてみた。
すると……どうだ、波が自分の念じた方向へ動いている!
「よし、そのまま……」
俺は不定形だった霊力を、勢いをつけた動きで一旦完全な円形にしてみた。
その円から、細い血管をいくつも出すように、体の隅々まで張り巡らせていく。
俺は完全に、霊力を操るコツを掴んだのだ。
いまや、霊力は俺の体中を忙しなくグルグルと動き回っていた。
第一の修行法、『霊力の知覚・循環』はここに完成した。
後はこれを絶えず行い、霊力を増やしていく……!
「陰陽師と同程度の霊力まで増やせるよう、やってみようじゃないか」
俺はニヤリと笑うと、『霊力の増幅』の指南書を閉じた。
次に『強化術』の本を手に取る。
この強化術というのは、『身体を霊力で強化すること』『武器やアイテムを霊力で強化すること』両方を言う。
シンプルな強化の上位に、特殊状態を付与する強化術もあるが……まずは、シンプル強化の練習から入った方がいいだろう。
俺は昨日、百均で買っておいた水風船セットを取り出し、簡単な水風船を作る。
水風船は普通、つまようじなど尖ったもので刺すと割れてしまう。
だが、強化術で強化すれば、つまようじ程度跳ね返せるぐらいの強度を持てるようになるのだ。
俺はまず、水風船の強化から入ることにした。
本当は、自身の肉体を強化することから入った方がいいのだが……狭い家の中で強度を確かめるために暴れてモノを壊してもいけないし、俺は補佐役だから武器強化の術の方が役立つだろう。
そういうことで、肉体強化の練習は後回し。
俺はだぷんとした水風船に手を当て、その形を慎重に捉えていく。
水風船は中に水が入っているので、絶えず形が変わる。
だから強化には難易度が高いのだ。
そういう意味で、俺は水風船を選んだ。
陰陽師や他の補佐役と同様に、固形物の強化から入ったのでは、同じぐらい修行時間がかかってしまう。
俺は、修行してなかった今までの分を取り返すため、ハイスピードに修行を行わなければならないのだ。
そのため、多少キツかろうが数段飛びで修行をこなしていく。
俺の根性の見せ所だ。
「ッ……!」
俺は霊力を少しずつ、少しずつ水風船に流し込んで、コーティングしていく。
しかし、すぐには成功しなかった。
一回、二回、三回……何度も何度も、水風船は割れ、そのたびに床に水がこぼれる。
「まだまだ……」
俺は新聞紙やタオルを何重にも敷き、床が濡れないようにしてから再び強化修行を再開した。
十回、二十回……三十回やっても、水風船強化は成功しない。
百均の水風船は沢山買ってあったが、どんどん量を少なくしていった。
だが、俺は諦めない。
今世は精一杯、他人のために生きると決めたんだ。
他人のために生きることに、努力が必要なんて当たり前のことだ。
沢山苦しい思いもすると、わかってたことだ。
だけど、それでも俺は他人の役に立ちたいんだ。
それが、巡り巡って自分の心も助けると、信じているから。
俺は何度も何度も、何度も何度も何度も何度も水風船に強化術を仕掛けた。
やっぱり俺には才能がないな、と自嘲しながらも、強化の手を止めない。
午前中に始めた修行は、昼を過ぎ、夕方になり……やがて夜になった。
その間、俺はずっと手を止めなかった。
ふと時計を見ると、いつも就寝している時間になっていた。
それでも、俺は強化修行をやめるつもりはなかった。
俺は何としてでも、この修行を成功させなければならない。
「よし、次」
俺は新しい風船を手に取る。それが買った分の最後だった。
全部で二百個。
最後、二百回目の挑戦が始まる。
俺は水を入れて風船を作ると、慎重にかつ丁寧に霊力を流し込んでいった。
繊細に、だが勢いが必要な部分は大胆に、霊力を込めていく。
『明日また、追加の風船を買わないとな』、そんなことは一切考えない。
この二百回目で、絶対に強化を成功させてみせる。
俺の夢は、願いは……こんなところで止まらない!
「……ふぅ」
俺は出来上がった水風船を置き、勢いよくつまようじを刺した。
……いや、刺そうとした。
「はは、はは……! よっしゃァ!!」
つまようじは強化された水風船によって、ついに半分に折れた。
この日、俺は初めて強化術を使うことに成功したのだった。