サポート特化陰陽師補佐転生 作:タルタル功夫
神宮司術師と俺が怪師に襲われた日から数日後。
俺は新たな術を身につけようとしていた。
「次は……治癒術だな」
机の上に、新たに一冊の本を広げる。
怪師との戦いから、俺は自分の肉体の脆さを改めて学んだ。
治癒術があれば、相当の手傷を負っても霊力さえ残っていれば回復できる。
戦線に復帰できるのだ。
今の俺では、一回やられたらアウトだ。
他の人に治癒してもらえるまで、倒れたまま耐え忍ぶしかない。
実際、怪師との戦いでも致命傷を貰いそうな瞬間が何度かあった。
今回学ぶ治癒術で、そういった『戦闘不能になる可能性』を少しでも減らしていきたい。
だが、治癒術は今の俺が使える強化術・弱化術とは、若干霊力の操作方法が異なる。
何せ、身体を強化したり弱くしたりするのではなく、傷を治すのだ。
傷を負った部位がどのような構造をしているのか、深く学ばなければならない。
「と、いうことで」
俺はさらに、二、三冊の本を机の上に置いた。
これらは全て、人体の構造について学べる本だ。
普通の本屋で、医学書や図鑑のコーナーから吟味して買ってきた。
まずはこれを、徹底的に読み込む。
それから治癒術の練習に入るのだ。
俺は休日三日分ほどをかけて、本を丁寧に読み込んでいった。
勿論、専門用語などがバーッと並んでいるところは雰囲気でしか読めなかったが……それでも、読む前より確実に人体構造について知ることが出来たと思う。
休日は本を読み込む時間に使えるが、それ以外は働かないといけない。
陰陽師の補佐役は激務だ。日付を回ってから、ようやく帰れることも少なくない。
そんな時でも、俺は本を読み込みたかったが……睡眠をしっかりとらないと、日中全く動けなくなる。
それはマズいので、睡眠は少しでも多く寝られるよう、努力した。
補佐役としてのサポート術の向上は、日常生活の細かな行動から鍛えなければならない。
睡眠も大事な修行と言える。
そうこうしているうちに、俺は人体構造についての本を読み終わった。
次はいよいよ、治癒術の実践だ。
最初から、戦闘時の傷を癒すことで鍛えるのもナシではなかったが、流石にそれは危険すぎるということで、まず自分で傷をつけていくことにした。
用意するのは、いつものナイフ。
自傷行為などやったことがないので、自分の腕にナイフを軽く当てるだけでも震えてしまう。
「落ち着け、落ち着けよ……?」
俺は二、三度深呼吸をした後、軽くナイフで肌を撫でた。
「ッ」
薄っすらと赤い線が出来、血が滲みだす。
まずはこのぐらいの軽い怪我から治癒術の練習を始めよう。
俺は傷口にそっと手をかざす。
そして、手に霊力を集中させた。
手に集まった霊力は、やがて傷口に移っていく。
後はもう、ひたすら『イメージ』して治していくのだ。
思いのほか力業な治し方だが、元々陰陽術というのは人間の精神に深く根差したものだ。
願いやイメージ自体が、現象を引き起こすと言ってもいいぐらいなのだ。
人体構造についての本を読んだのは、イメージをより鮮明にするため。
鮮明なイメージは、より具体的な現象を引き起こすことが出来る。
皮膚や筋肉、骨がどういう風に組織されているのかを知れば、そこをピンポイントで治していくことも可能になるのだ。
俺はひたすら、念じる、念じる、念じる……。
『治れ』『元の状態に戻れ』『欠けた部分を補完しろ』。
そうすることで、俺の腕につけられた赤い線は、徐々に元の色に戻っていき……皮膚も完全に修復された。
初めての治癒術は、とりあえず成功だ。
心の中で小さくガッツポーズをする。
だが、戦闘時にこれだけ時間をかけて治癒することは出来ない。
治癒している間に次の攻撃を貰って倒れては、元も子もないだろう。
だから俺は、これから何度も色んな所を自分で斬りつけて、霊力が尽きるまで素早く治していく練習を行わなければならない。
傍から見れば、かなり狂気の沙汰だとは思う。
自分も本当はこんなことは行いたくはない……けれど、こうでもしないと、俺は治癒術を鍛えられないのだ。
目標に向かっていくためには、『自分の身を切る』覚悟も必要というワケだ(絶対そういう意味じゃないだろうが)。
だから俺は、とにかく体の至る所を斬っていった。
最初は一か所から始め、慣れてきたら二カ所、三カ所……最終的には十カ所以上同時に斬ることもしていた。
そうしていくうちに、俺の治癒術の速度は少しずつ、だが確実に向上していき……。
一ヶ月以上練習を行った頃には、既に皮膚を撫でるだけで治癒が完了できるようになった。
ちなみに、治癒術は霊力を思いのほか大量に消費する。
そのため、俺は霊力の増幅法を絶えず行っていた。
寝る時でも増幅法を行えるよう、意識して寝るようにしている。
最初は度々失敗していたが、今では見違えるように霊力も伸び……修行を始める前の、あの貧相な霊力量だった俺とは別人のような肉体になっていた。
俺に必要だったのは、『夢』とそれを成し遂げるために必要な努力を行う『覚悟』だったのだ。
やることが明確に決まった人間は強い。
後は、夢に向かってひたすら進んでいけばいいだけだ。
勿論、その過程で多くの障害にもぶつかるが……俺はそんな事では止まらない。
いつか、最高の補佐役になってみせる。
治癒術もほぼほぼ使いこなせるようになり、霊力も増えてきたころ。
「そろそろ……もう一度狩りに行ってみるか」
最近は怪異の溜まり場に行くこともなかったが、治癒術もマスターした今、自分の実力がどれだけ伸びているか確かめておきたい。
そういうワケで、俺はまた怪異のたまり場である廃ビルへと向かった。
そっと足を踏み入れた後は、ずんずん中へと進んでいく。
ここ最近はずっと鍛えていたことで、俺はある程度実力に自信が出てきた。
今なら、低級怪異ぐらいなら急に襲い掛かられても、ちゃんと反撃できる気がする。
だから俺は、周囲に必要以上に気を張る事なく進んでいたのだが。
「おかしいな……?」
怪異がどこにも現れてこない。
ここにはまだ、大量の低級怪異が住みついているはずだ。
なのに、どれだけ進んでも一向に出会わない。
何か異常事態が起こっているのだろうか。
それとも……。
俺はさらに進んでいき、ようやく数体の低級怪異を発見する。
前に戦った時と同じ、人魂に手足が生えたような奴らだ。
だが、俺がナイフを構えるよりも早く、怪異たちは俺を見つけると恐怖したように逃げ去ってしまった。
……。
どうやら、俺が薄々予想していたことが当たっていたみたいだ。
低級怪異と比べると、俺は強くなり過ぎたのだ。
最早、会敵してすぐさま瞬殺できるレベルになっているのだろう。
一人で籠ってずっと修行していたからわからなかったが、正直これは嬉しい。
ここまで俺の実力が伸びているなら、更なる修行でより上も目指すことが出来そうだ。
記憶が戻る前の俺は、固有術が無いと判明し、陰陽師になれないと分かった時点で修行を止めてしまった。
だが、今思えばとても勿体ないことをしていたのだ。
固有術が使えずとも、こうやって汎用術をひたすら鍛錬していったら、それなりには戦えるようになる。
低級怪異が逃げたことで、それが証明された気がした。
だが、戦える怪異がいないのは困る。
せっかく治癒術を試したかったのに、これでは……と思っていると。
「アイツは……戦ってくれそうだな」
目の前に、(恐らく)三等級の怪異が立ちふさがった。
水無瀬術師と一緒に戦った鬼の怪異を、少し小さくした感じの怪異だ。
鬼の怪異は、震えながらも俺に金棒を向ける。
俺はそれを見て、ナイフに強化術を仕込んだ。
咆哮する鬼。
次の瞬間、金棒を一気に振り上げ襲い掛かって来た。
しかし。
「……遅いな」
俺は金棒をサッと避けると、そのままナイフで鬼の胴体を一閃した。
断末魔を上げる暇もなく、鬼の体はぱっくりと割れ、消滅してしまう。
三等の怪異でも、もう俺の敵ではないようだった。
こうなると、二等以上の怪異と戦わなければ、治癒術の試し打ちは出来なさそうだ。
だが二等怪異と戦うには、祓滅の依頼を貰わなければならない。
そして、祓滅の依頼を貰えるのは陰陽師だけだ。
二等怪異以上のたまり場は、発見され次第すぐに完全に祓われてしまう。
つまり、俺が二等怪異と戦う術は『陰陽師の祓滅について行き、怪異と戦わせてほしいと頼む』以外になかった。
そんな頼みを受け入れてくれる人はいないだろうし……どうしたものか。
「……あ」
そこで、俺はとある手を思いついたのだった。