またべつの日のことでした。
今日もわんぱく姫はお外に出かけています。
お城にいると、色々なものをこわしてしまうからです。
それだけでも自分のいばしょがないような気がして。だれもが自分にえんりょしていること、なによりも本当はおびえてしまっていることを知っています。だからいつもひとりぼっちです。
お城から出ることを止められるひともいないので、今日もひとりですごせる場所をさがすのでした。
「姫様!?」
ですが。へんそうしているわけでもないので、町の人みんなにおどろかれてしまいます。
「ウォォー! 姫様ァー!」
「手振ってぇー!」
「…………」
「グワッー!?」
「うーわウーワウーワ……」
「あれは…
「なにっ」
わんぱく姫の主観的には怯えているように映る国民でしたが、民衆は割りと狂っていました。
姫さまが何をしようとも、きほんてきによろこびます。それどころか……。
「姫様に傷つけられちゃった…!」
「羨ましいなぁ!」
「これでお前も立派な王国民じゃあ!」
「おおー……!」
「おおじゃねぇよ」
「あの方は王女だろ」
「おお」
「王じゃなくて王女だっつってんだろ」
お姫さまからうけたキズを、くんしょうあつかいしているほどです。
じつのところ、お姫さまはドン引きしています。なのでひとりでゆっくりできる場所をさがしているのでした。お花畑も好きですが、たまにはちがう場所も。お姫さまは意外とぼうけんが好きなのです。
そうして、お姫さまが町の中でもすこしだけ暗い場所に入りました。
色んなところが明るくて、みんなが楽しそうな王国ですが、暗い場所もあります。たとえば働けなくなって、まいにちごはんが食べられない人や、ぼろぼろのふくや、ぽっかりと穴のあいてしまったお家にすんでいる人たちのおおい場所です。
それでもお姫さまのお父さん。つまりハゲの王さまは、おしごとをしょうかいしたり、食べ物をくばったりしていたのです。
なので。
「身なりのいいお嬢ちゃんじゃねーのォ…!」
「カモがネギしょってやってきたぜェ、グヘヘヘ…」
「…………」
わるそうな人たちに、お姫さまがさらわれそうになっても。
「待ていッ!!」
「なにっ」
「な、なんだあっ!」
燦然と輝く日を浴びて、顔が逆光で暗く見えない何者か───。
「この国の民には二種類いる。
平和を愛し、王の背中を押す者と。
停滞を好み、人を害そうとする者。
だが、躊躇わず前に進まぬ限り明日は訪れない。生きとし生ける者ならば誰しもが持ち得るべき心の輝き。振り向かず前に進む者が人に持ち得るもの、そして王の背中を押すものが持ち得るもの。
人、それを『愛』という!」
「だ…誰だ貴様はっ!?」
「貴様らに名乗る名前は無いッ!!」
彼の者を覆うマスクが風を切る音と共に顔の前面に展開し、天空まで跳び上がり宙を駆けるッ!
「とああーっ!」
「き、きよった!」
「やってやる、やってやるぞ!」
「サンダァーボルトスクリューッ!」
「ぐわあぁぁ!」
「がああっ! パ、パワーが違いすぎる……」
「…………」
というようなことも多く、お姫さまが腕を振るわなくても人知れず悪漢は更生するのでした。そう、王族にはかなり熱狂的な支持層がいるのです。
そうしてお姫さまが暗がりの道をすすんで、少しだけひらけたところにいくと。
「ヒューッ! 見ろよヤツの筋肉を、まるでモヤシみてえだ。こいつは無理かもしれねえ…!」
「だろうよ、相手はマハムドだぜ?」
人ががやがやと集まっている場所で、そんな声が聞こえました。
「アッ! 姫様だッ!」
「えー嘘ぉー?」
「嘘じゃないよ」
「じゃあ証明して」
「君への愛ならすぐにでも……ね」
「だっ、ダメよ…こんな所でキスなんて……っ!」
「…………」
国民は狂っていました。
そんな国民がたくさんの人だかりになっている場所へ、お姫さまがむかうと。まんなかには男の子が二人、しずかに立っています。
「口だけの野郎を殴れるのは気分がいいぜぇ」
「品性下劣だな、ハッキリ言ってクズの部類に入る」
「その減らず口と鼻っ柱をへし折ってやるよ」
『勝負はどうなるかわからな……チッ、どうやってだ」
「あー? 何言ってるのかわかんねえよ。わかるかボウズ、ボクシングで俺の右に出る者はいねぇってんだ」
「空いた左手には哺乳瓶でも握っているのか、それとも蝶々を捕まえる為に空けているのか?
それとお前の図体だけは立派なものだが、ぼくはボウズじゃない。頭に栄養は行ってないみたいだな」
「てめぇー……」
一人はお姫さまの知らないだれか。もう一人はまえにお花畑で会った男の子です。
手を守るバンテージも巻かず、二人ともいまにもたたかおうとしています。
「勝てよヒョロ・ボーイ!」
「お前に賭けてんだぞ!」
『大穴狙いは口だけ達者だな』
「ぶちのめしちまえマハムド!」
「こんなの10秒もいらねえよ。
……ゴングを鳴らせっ戦闘開始だ」
これは賭けボクシングだったのです。
どこからか聞こえてきたゴングのこ高い音が、ボクシングのはじまりをつげました。
「死ねやボゲェ!」
『たしかに10秒も要らないな』
「いっ!?」
「アイツ、何しやがった!?」
「手を開いてマハムドの顔に当てた!」
「あれは…
「知っているのかマイデン」
「ああ」
古代中国。春秋戦国時代において、名が残る事すら許されぬ愚将が、自らに歯向かう民を制圧する時に使用した手段。
その愚将は自らの醜い姿を見られるのを好まず。特に顔を見てしまったものならば、鞭打ちの刑で殺してしまうほどだったという。
しかし愚将に治められた地域の民衆はある時、あまりの仕打ちに耐え切れず反旗を翻した。これに焦った愚将は、己の姿を隠し民の戦闘能力を奪う事を閃いた。武器すら持たずに高台から掌だけを掲げた愚将に注がれる、奇行とも取れる行動に対する衆目、だがどうしたことか反旗を翻した民は目を抑えて頭を垂れていくのだ。
その正体は高所から撒かれる砂である。
愚将は高台より砂を撒き散らし、注視してきた民草の目を潰した。砂民愚とはこの出来事に由来する呼び名である。
なお現代では本来の砂民愚ではなくカタカナ表記で「サミング」というが。日本においては中国の故事が米国に伝わった結果生まれたボクシング用語を由来としているのは、聡明な読者諸君には言うまでもないだろう。
民平書房 刊
『中華愚将伝 春秋戦国時代編』より
※嘘です
「あれは砂民愚の流れを継ぐ目潰しの技法!」
「むむー! あのマハムドが一方的にやられているっ! なんとも恐ろしい技じゃわい…!」
「指を眼に当てる『点』の目潰しではなく、虎拳の形…掌打にて眼に触れていく『面』の目潰し。あの子供、とんだ食わせ者だ。
グローブをしないストリートボクシングの利点をよく知っている…っ!」
『野垂れ死ね!』
「ヒィィー! も、もうやめてくれぇー!」
「……クソッ」
「マハムドのギブ・アップだあっ!」
「待てよ。ロック・アップは名作なんだぜ」
「関係ないじゃねえかよ、あーっ?」
「な…なんだあっ」
「小僧の勝ちだ!」
お花畑にいた男の子がかちました。
ですが、はれがましい顔ではなくて。とても気分のわるそうな、つらそうな顔をしながら。
『さっさと金を寄越せ、全部だ』
「あ、ああ……」
「…………」
「おっ、おい!」
そういって、どこかに行ってしまいました。らんぼうな手つきでしたが、自分に賭けられたお金の取り分を、ぜんぶはとらないようにして。
「相変わらず素っ気ねえヤツだぜ」
「自分と同い年ぐれぇのガキを殴っても、良心ってのが痛まないのかね。さっさと金、金、金って、裏側の市民として恥ずかしくねえのか! ったくよお」
「お前は裏通りじゃなくて表側に住んでるだろ」
「裏通りに住んでいる者以外の発言は認めない!」
「裏通り住まいではありませんが、発言宜しいかしら?」
「どうぞ、フラメンコ殿」
「何であの子供は、こんな野蛮なことをしているのかしら。マハムド坊やだって普段は靴磨きをしているのに」
お姫さまもふしぎに思いました。
男の子はあんなにいやそうだったのに、なんで賭けボクシングなんてしていたのだろうと。
「真っ当に稼げねえってのも大変だってコトよ」
「お前は…何だかやたら色んな事情に詳しいオッサンのジージョ!」
「へへっ、よせやぁい」
「褒めてねえよ」
わけ知り顔をしたヒゲもじゃのおじさんがどこからともなく出てきて、とくいげにしゃべり始めました。
「あのガキはよ。オオカミ伯の息子なんだよ」
「なにそれ知らん……怖……」
「このオッサン喋りたがりなだけじゃねえの?」
「オオカミ伯ってのは辺境伯サマだったヤツのアダ名よォ。この国が隣の国からの攻撃されたことがあっただろ?」
「表側が焼けたってヤツか?」
この国はへいわな国。お姫さまはそう教えられていました。だから変なおじさんがしゃべるじけんも知りませんでした。
「そうそう、それだよ。表向きは隣国で虐げられてきたカワイソウな団体だか何だか知らねえけど、辺境伯サマはそれを素通りさせちまった。しかもご丁寧なコトに、自分でここまで引き連れたのさ。
んで、後はお前も知ってる通りよ。連れてきた連中が急に火を付け出すわ自爆するわでな」
「なるほどねぇ、そんな事と関わってたのか」
「そうさ。そんで辺境伯だったお人に付いたアダ名はオオカミ伯、スパイを入れた嘘つきの内通者ってな。後の結果だけどよ、オオカミ伯は妻と一緒に死んだ。
ウチの王様は優しいから、名誉を守る為の自害を許して道連れに妻も死なせてやったのさ」
「面目は保ったって訳か。やっぱ王様は優しいぜ」
おじさんの話にききみみを立てているお姫さまのかおが、どんどん青くなっていきます。
「でもよ。だからこそあのガキは仕事を斡旋されても働けない、こんな事をして稼ぐしかねえのよ」
「ほー、まあそりゃそうか。また燃やされたらたまんねえもんな」
「何せ裏通りに住んでる俺だって知ってるぐれえよ。この国の大半は知ってるっての」
「あら、私は知りませんでしたが?」
「全員ではねえって事で」
そんな話をきくと、お姫さまはいてもたってもいられなくなってしまいました。そのままひとりであるいて、だれもいないところへ。
だって知らなかったんです。
そんなこわいことがあったことも。
そしてひどい目にあった人がいたことも。
それでかなしいことになった子がいたことも。
お姫さまはなにも知りませんでした。
お城の中の先生も、お父さんである王さまも、お母さんである王妃さまも、教えてくれなかったのです。
そのことがかなしくて、お姫さまはふさぎこんでしまいました。なんだかくやしいような、いちにんまえとしてあつかわれていないような、そんな気がして。
お姫さまのまわりの人たちも、どうすればいいのか、わかりませんでした。
『姫さま……』
「……」
姫さまのともだちも、なにも言えません。
それからすこしだけ日がたちました。
「……」
お姫さまはふさぎこむのをやめました。けれどいつもよりよけいにお城から出るようになりました。
止められる人はいませんから、おそとに出るのはかんたんなことでした。それで朝の早くから、ばんごはんの時間まで、ずっと外をあるいていました。
きょうも、ひとり。
おちこんでいるお姫さまが、うらどおりをあるいていると、お店のちかくに人だかりがあります。あつまっている人たちはみんなこまったような、またはこわがっているように見えました。
「……」
「おい何事だよ」
「立てこもりだってさ」
「人質もいるのよ」
「要求は?」
「金だと。それと交渉したけりゃ王族を出せって」
「……!」
「はあ?」
「立て篭もりの前に王族が出るわけ無いだろ」
「しかもよりによって人質が……」
「まあ、それじゃあ人質の価値も無いわね」
いいえ。たとえ行くような人がいなくても……。
だってお姫さまはわんぱくですから。
「あっ、ちょっと!」
「おいあれ…」
「姫様じゃねえか!?」
お姫さまはまわりのひとをかき分けて、あっというまにお店に入ってしまいました。
止めようとした人もいましたが、お姫さまは止められません。
お姫さまが入ったさきには。
「なんだ、このガキは…!」
「…………」
だれかがたたいたのか、顔のはれた男がいました。その手にはとてもするどいナイフをもっていて、いまにも人につきさしそうです。
ナイフをもっている男のすぐちかくには、あの男の子がいました。そう、ハンカチをわたした男の子。そしてオオカミ伯の子どもでもある男の子です。
「なんで…お前が…」
「喋んじゃねえ!」
「……」
「俺は王を呼んでこいって言ったんだぞ、みんな、みんな馬鹿にしやがって!」
男はおこりました。目のまえにいる女の子が、お姫さまだとは知らないようです。
「もう……なんでもいいか。なあお嬢ちゃん、せっかくだから俺らの話を聞いていけよ」
「……」
「俺らは憐れな存在なんだ、わかるか?
コイツの父親が危ない連中を街に入れたからって、コイツは普通に働くこともできない。俺はそこの領民だからって、どこに行っても白い目で見られる」
「お前らが、そんなことをするような奴らだからだろ」
「……!」
お店のそとにいた人たちの声がきこえます。まどのそとから、とびらのうしろから。口々に色んなことを言っていました。
男がもっているにび色のナイフが、すこしずつ、すこしずつ、男の子のくびにちかくなっていきます。
男の手はふるえていて、なんだか泣きだしそうです。
「俺たちが何をしたっていうんだ? コイツを殺せば、俺達は普通に生きられるのか?
そんなことをグルグル考えちまって、気付けばこのザマだ。なあお嬢ちゃん、俺たちは何なんだ」
「立て篭もり犯でしょ?」
「さっさと出ていってくれよ」
「そいつを人質にしても意味なんて無いぞー!」
まわりの声が大きくなっていきます。
「……」
お姫さまは、なにかをきめたようでした。
「……お、おい。近寄るなよ……」
「ごめんなさい」
「え?」
お姫さまはしゃべりはじめました。
ナイフをもった男のすがたが、まるで小さな子どもが泣いているように見えたのです。
「あなたたちは、なにもわるくないから」
小さな声ですこしずつ。
ずっと考えていたことを話はじめました。
「わたし、ずっと考えてたの。その子のお父さんはひどい事をしたのかもしれない」
「そうですよ姫様、そいつはオオカミ伯の子どもです」
「でも、でもね。この子が自分で何かしたの?」
「……」
「それは……」
「姫様、でも……」
「何であんなに嫌そうな顔をして、賭けボクシングなんてやりたくない事をしなきゃならないの?」
「お前…知ってたのか…」
「この人も同じじゃないの?
……本当に悪いのは、誰なの?」
お姫さまの声は小さな声でした。でも、すずをならしたような声で、まわりにも聞こえる声でした。
「本当はわたしもわからない、だから」
ゆっくりとあたまをさげました。
「ごめんなさい。きっと、お父様もお母様も、そうするしかなかったんだと思う。
みんなもいつか、ひどい事をしたのなら、ごめんなさいをしてね」
そういってから、男のナイフをつかんでくだいてしまいました。
「……」
「姫様…」
「…っ!」
お姫さまは、そのままにげるようにどこかへ行ってしまいました。
ナイフをもっていた男よりも。おどされていた男の子よりも。だれよりもいちばん、泣きそうなかおをしていました。
お姫さまが行くばしょは一つでした。なんだかかなしくなってしまって、ひとりになりたかったのです。
だれもいないお花畑、そこしかありません。
お花畑でひとりぼっち。
ひざをかかえてじっとしていました。
そうしていると、だれかがいきを切らしたような、ぜいぜいという音がしました。
「……」
「お前っ…!」
それはさっきまで男につかまっていた男の子のものでした。どうやらお姫さまをおいかけてきたようです。手にはお姫さまのハンカチをもっていました。
男の子はおこったようにいいました。
「何であんな事をした!」
「……だって」
「お前が死ぬかもしれなかったんだぞ!?」
「……だって!」
なんで自分をたすけたのか。
みんなからきらわれている自分をたすけたのか、男の子はわからなかったのです。
『ぼくは、ずっとひとりぼっちだ。だから寂しくなんてない、お前に助けてもらわなくてもよかったんだ』
「そんなことない」
『悲しくなんてない。親がいるお前にぼくの気持ちなんてわからない、どっかにいってしまえばいいんだ』
「…そんなこと、言わないで…」
男の子がなにを言いたいのかお姫さまはわかりませんでした。
『親なんていらない。助けてもくれなかった親なんて、いなくて清々する! ぼくは、父上たちのせいで酷い目にあってきたんだ』
「……」
『自分で悪い奴らの責任まで取って勝手に母上と死ぬぐらいなら、最初から、なんで!』
「……」
「何も言わなきゃ死ななかったのなら。ぼくは」
男の子は泣いていました。
「ぼくは、何があっても……」
「うん…」
「はなさないで、ほしかったよ……」
男の子がもっていたハンカチで、お姫さまはゆっくりとなみだをぬぐいました。
この日からのことです。
お姫さまがいつもひとりでいたお花畑にもう一人、だれかがいることがふえました。
「ねえ」
「…なんだ」
「わたしは、はなさないから」
こうしてわんぱく姫とオオカミ王子は、おたがいにたった一人のおともだちになりました。だれもはなさないお花畑で、はなれないように。二人でいるようになりました。
なんで男の子はオオカミ王子なのかって?
それはまた、別のお話です。