Welcome to the Underground 作:暁英琉
「真っ白だね!」
「チッ」
思ったことを口にしたら、思いっきり舌打ちをされた。ちょっと泣きそうになる。
暗い洞窟の一角、湧き水が沢のように流れる近くに彼女はいた。上半身はヒトのように見えるけれど、彼女をヒトと間違える者はいないだろう。下半身は巨大な蕾に覆われ、そこから伸びた蔦や葉をヒトに近い上半身に纏っているのだから。
そして何よりも先ほど口にした通り、葉も蔦も蕾も、露出した肌すらも彼女は真っ白だった。透き通るような白い肌、なんて表現も生ぬるい。まるで雪化粧のような白さ。
そんな彼女はドライアドという種族らしい。サキュバスさんが言うには木の精? 魔物? さんなんだとか。
「……はあ。醜いでしょ?」
じっとその姿を見つめていると、大きなため息を吐いたドライアドさんがぼやくように口にする。その言葉に思わず首を傾げた。
「どこが?」
「どこがって……ああ、そういえばあんた、外じゃ魔物や精霊は見たことないんだっけ。外の同族たちは綺麗な緑色なのよ」
「そうなの?」
緑……想像してみようとするけど葉や蔦はともかく、肌が緑というのがイメージできない。むむむ、と悩む僕を見て、ドライアドさんはまた大きなため息を漏らした。
「陽の光がないせいね。身体が不要な色だと判断したみたい」
よくわからないけど、どうやら地下で緑はいらない子らしい。そういえば、トレントくんたちの葉っぱも緑じゃないな。ここってあんまり植物が生えているのも見ないし、草って地下に弱いのかも。
「緑の方が好き?」
「そりゃあ、木の精としてはアイデンティティみたいなものだもん。白よりは緑の方がいいわ」
「綺麗なのに」
思わず口にする。だってその通りだから。
地上のドライアドさんは見たことないから、彼女の望む姿は想像できない。けれど、今の姿だってキラキラした目に白い肌や葉が映えて、お花さんみたいで綺麗だと思う。食べ物を盗むために商業区に行ったとき、花屋で見たユリみたいだ。
けど、そんなドライアドさんが羨むくらいだから、緑のドライアドさんもきっと綺麗なんだろうなぁ。
「…………」
「う?」
なんとか想像できないかともう一度頭の中でドライアドさんを緑に塗る挑戦をしていると、シュルリと蔦が腕に巻き付いてきて引き寄せられた。顔を上げようとしたけど、二枚の葉っぱで両目を隠されて何も見えなくされてしまう。鼻先をうっすらとした青い香りがくすぐってきた。
「なになに?」
「なんでもないわ」
なんでもないんだ。ぶっきらぼうな声に思わずそう返しそうになるけど、まあ別に痛くもないから余計に暗くなった世界を楽しむことにする。湧き水が流れるかすかな音が心地良い。
なんとなく身体を右に倒してみると、ぐい、と蔦で引っ張られる。そのまま左に倒れれば、また蔦で引っ張られた。引っ張られると言っても痛くもなんともない。なんだか楽しくて、何度も右へ左へ身体を倒して引っ張ってもらう。
「あんた、警戒心ってもんはないわけ?」
「警戒心?」
「魔物や精霊が怖くないのかってこと」
呆れたような声で聞かれて、少し考えてみる。怖いか怖くないかで言えば、怖かった、が正しいと思う。最初ここに来たときは皆ヒトの姿をしていないし、ヒトに近いサキュバスさんも羽やしっぽが生えていたからヒトじゃないの丸わかりだったもん。あれで平然としているのは無理だと思う。
けど――
「皆優しいから怖くないよ」
「……まあ、確かにそういう連中が集まってるけどね」
サキュバスさんもワーウルフくんも、トレントくんや他の皆も、ドライアドさんだって優しい。ご飯も服もくれるし、地下のことを色々教えてくれる。布団なんてあったかもこもこだ。だから、見た目が自分と違うことなんてすぐに気にならなくなった。
そういえば、結局緑のドライアドさんは想像できてないな。せっかくだし会ってみたいけど、ドライアドさんの感じからしてここに来たら皆真っ白になっちゃうのかな?
「……一応言っておくけど、外のドライアドに会いたいなんて考えるんじゃないわよ。外の奴らはヒトを襲うんだから」
「そうなの!?」
びっくりした。木の魔物さんなのにヒトを襲うんだ。
「というか、普通魔物や精霊はどれもヒトを襲うわよ」
「そうなの!?」
「そうなの。ここにいる連中が変なだけよ」
ここにいる魔物さんたちは皆あんなに優しいのに不思議。まあけど、ヒトも食べ物を奪おうしたりするもんな。それと同じなのかも。
でも、どうしてヒトを襲うんだろ。ヒトの持ってる服とか食べ物がほしいとか?
「まあ、中にはそういうのを欲しがるやつもいるけど、ヒトを襲うのは食べるためよ、ヒトを」
「食べるの!?」
「そ。頭からがぶっとね」
驚きすぎて目隠しになっていた葉っぱをどけて飛び上がると、襲うようなジェスチャーで覆いかぶさられた。食べられるなんて思ってないから怖くはないけれど、驚きで目はずっと丸いままだ。
食べる? ヒトを? ドライアドさんやトレントくんたちもそうなの? なんで?
「お水じゃ足りないの?」
「――ぷっ」
口をついて出た質問に吹き出しが返ってきた。見上げると、何が面白かったのか未だにクスクスと笑っている。
「確かにドライアドは木の精だし、トレントは植物の魔物だけど、何のために口がついてると思ってるのよ。あんたと同じで普通に野菜も果物も肉も食べるのよ」
口があるのはお話できるようにするためかと思ってた。あ、けど魔物さんたちは念話でもお話できるから、お話のための口はなくてもいいのか。納得!
「ヒトや亜人の連中って、他より魔力の吸収効率が高いのよね」
「?」
「強くなりやすいってこと」
へー。強くなりたいからヒトを食べるんだ。強いほうが色々できるもんね。僕ももっと力があったらけんぺー? から逃げなくてもよかったかもしれないし。あ、けどそうしたらここに来れてないか。それは嫌かも。
「ま、そういうことだから、あんたはずっとここにいなさいね」
「うん!」
それはもちろん。ちょっと暗いけど快適だし皆もいるし、出ていくつもりなんて全然ない。
あ! でもやっぱり緑のドライアドさんやトレントくんは見てみたいかも。遠くからこっそり見るくらいなら大丈夫かなぁ。
「……あんた、今外のドライアドも見たいとか思ってるでしょ」
「え、なんでわかったの!?」
念話と同じように考えを読んだりできるのかなと思って額を隠してみたけど、「わかりやすい顔してたわよ」とだけ返ってきた。緑のドライアドさんを見たい顔ってどんな顔だろう。後で水面で見てみよう。
「魔物や精霊は大体魔力探知ができるし、特に私たちみたいな植物に近い種族は罠を張って迎え撃つのが基本だから、探知範囲も広いのよ。あんたが見える距離なんて、相手からしたらモロバレ。弱っちそうなヒトがいるーってすぐに距離を詰められてパクリ、よ」
「へー」
「……全然理解してないわね」
理解してないわけじゃないけど、やっぱりドライアドさんに襲われるっていうのがいまいち想像できない。今だって抱きしめられて揺り籠みたいにゆらゆらするの楽しいし。
「はあ。これはちゃんと常識の勉強をさせたほうがいいかもね。サキュバスのやつの言っておかなきゃ」
「えー、勉強キライ!」
むっとなって蔦から抜け出す。サキュバスさんやワーウルフくんたちが街の子供がやってる勉強ってのを教えてくれてるけど、あれ嫌いなんだよね。文字とか読めなくても皆とお話できるし、算数なんて使うことなくない? ずっとここで暮らせばいいし。
「私は精霊だから勉強してないけど、ヒトは勉強して頭良くなったほうがいいんでしょ、多分」
「じゃあ僕も魔物さんになる!」
「無茶なことを……」
魔物さんってどうすればなれるんだろ。魔物さんになるための勉強ならできる気がする! 多分!
サキュバスさんに魔物さんになることを提案してみようと考えている僕をよそに、ドライアドさんはぽりぽりと頬をかくと、小さくため息をついた。
「じゃあ、手始めに私たちの仲間――植物について勉強するのはどう?」
「植物?」
「そ。ここにも数は少ないけど植物はいるから、実際に見てみるの。なんて言ったかしら。フィールドワーク……ってやつよ、確か」
「面白そう!」
そういう勉強ならやってみたいかも! 地下の植物ってどんなのがあるのかな。
楽しそうな勉強に心を踊らせていると、なぜかドライアドさんがまた笑い出した。今度はクックックって感じでなんだか悪そうな顔をしている。
どうしたんだろうと思っていると、また蔦で引き寄せられて、ぽすっと抱きしめられる。
「ま、サキュバスから許可が出たら見に行きましょう――食肉植物。きっとあんたの中で植物の認識が変わるから」
「食肉ってなにー!?」
暗い洞窟の中、僕の声と彼女の笑い声が響くのであった。