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衛兵たちは動けない。
当然だ。クレメントはルキウスの側近──
だが──
「うぬら──ッ!!」
怒号が石壁を震わせる。
「何をしとるかァッ!!! さっさとこの狼藉者を斬れィ!!!」
アレシアは息を呑んだ。こんな声を聞いたことがない。
「公爵閣下──しかし、クレメント殿は殿下の」
「
回廊の奥からルキウスが駆け寄ってくる。
「公爵閣下──お待ちください。クレメントは正気を失っているだけです。殺すのは──」
「殿下」
怒鳴り声から一転、ぞっとするほど低い声でダグラスが言った。
「あの男は殿下の城で殿下の目の前で人を殺しました」
ダグラスの手が血溜まりの中のメイドを指す。
「次に死ぬのが
ルキウスの唇が動いたが声にならない。
「──殿下は
答えは返ってこない。
沈黙を断ち切ったのはクレメントの咆哮だった。会話など聞こえてはいなかったのだろう。ぎりり、と歯を軋ませ──弾けるように走り出す。
ダグラスに向かって。いや、ダグラスの
ダグラスは退かない。
両足を踏みしめ、腕を広げる。クレメントの巨躯が迫る。あと五歩。三歩。
そして一歩。
クレメントが突然立ち止まった。
走る勢いのまま前のめりになった体が、ダグラスの目の前で硬直している。血走った両目がダグラスの
喉から漏れたのは、先ほどまでの獣の咆哮ではない。かぼそい──
アレシアは目を大きく見開いた。
白い
クレメントの膝が落ち、体を震わせ、血走った目でダグラスをにらみつける。まるで見えない
銀光一閃。
マルタだ。
右手に衛兵の剣を持っていた。ダグラスが衛兵に怒鳴り、ルキウスを詰めている間に、吹き飛ばされた衛兵の腰から抜いたのだろう。
肉と骨を断つ重く湿った音と共に、クレメントの頭部がごろりと転がった。
マルタは構えを解かない。数秒。クレメントが動かない事を確かめてから──ようやく刃を収めた。
切っ先から血が一筋、石の床に線を引く。
「よくやった、マルタ」
白い靄はもう見えない。
アレシアの鼻先を蜜を薄めたような、甘い──どこか清涼感のある香りがかすめる。
──これは。
アレシアははっとしてダグラスの背を見た。