◆
フェリクスの葬儀は三日後に執り行われた。
宰相家の葬列は長く静かで、冬の曇天がその上に蓋をするように垂れ込めていた。アレシアもルキウスの傍らに立って参列したが、ルキウスは一言も口を利かなかった。弔辞を述べたのは宰相その人で、老いた父が若い息子を弔う声は掠れていたが震えてはいない。
葬儀の後、ルキウスが「少し疲れた」と言った。アレシアが王城に通い始めて以来、ルキウスの口から弱音が出たのは初めてだった。
「お休みになられたほうが」
「いや、大丈夫だ」
アレシアはそれ以上何も言わなかったが、ルキウスの顔色はとても大丈夫そうには見えなかった。
◆
葬儀の翌週から、城の空気が変わった。
変わった、というのは比喩ではない。文字どおり空気が変わったのだ。王妃教育のために馬車を降りて城門をくぐると、以前はなかった圧迫感が胸にかかる。冬の冷気とは違う。冷たいのではなく、
王妃教育は続いている。老侍女は変わらず厳しく、外交書簡の筆写でアレシアが一字でも崩すと容赦なくやり直しを命じた。そういう変わらないものがあることに、アレシアは少しだけ救われていた。
だが、王城の空気以上に変わったのはルキウスだ。
書斎で談笑する時間は以前と同じように設けられている。同じ時刻に同じ椅子に座り、同じ棚から同じ本を取り出して話題にする。しかし笑みが目に出る人だったはずのルキウスが、このところ口元だけで笑う。目が笑っていない──というのとも少し違う。目が、どこか別の場所を見ているのだ。アレシアと向き合いながら、視線の焦点がアレシアの少しだけ後ろに合っている。何度かあった。アレシアが振り返ると、そこには何もない。
「殿下、私の後ろに何かございますか」
「いや──何もない。どうかしたか」
そう言ってルキウスは杯に口をつける。葡萄酒の水面がわずかに波立つ。手が震えているのだった。
◆
その週の三日目。
西翼の廊下に差しかかったとき、アレシアは足を止めた。冷気はもはや日常の一部になりかけていた。あの角を曲がれば背中が冷える。嫌な気分になる。それは分かっている。分かっていて通る──。
合理的な理由はアレシア本人にも判然としない。だが、
そう、とても気になる。
気になってしまう。
なぜ背だけ冷え込むのか。
なぜあんな場所に王城のメイド服を着ていた女が立っていたのか。
全てがすべて、気のせいだとでもいうのか。
アレシアはそうは思わなかった。
たとえ理屈に合わない事であろうと、感じた事は、見たものは気のせいなんかではない──そう思っている。
特にメイドだ。目玉のないメイド? 幽霊だとでもいうのか。
そんなものを見てしまうほどに自分は王妃教育に疲弊しているのか──そんな自問に、アレシアは即座に否と自答する。
──何か起きている。何か、普通じゃない事が
なぜ自分がそれを解決しなければいけないのか、アレシアは自分でもよくわからない。ただ、例えるならば──。
・
・
・
石だ。大きな石が鎮座している。
形の良い石で、つるりと手触りも良い。
庭においておけば良い庭石になるだろう。
だがその裏に、もしも。
もしも毒蟲が何百何千と蠢いていたら?
石に近づく者がいればたちまち石の裏から這い出てきて
足元から膝へ、膝から腹へ、腹から胸へ、そして胸から顔へ。
毒蟲は穴という穴からその者の中へと入り込み、血を穢し、肉を貪るのだ。
最後はカラリと音がなる。されこうべが転がり、カラリカラリと音がなる。
そんな
・
・
・
取り除かなくてはならないだろう、当然。
アレシアの今の心境を説明するとすれば、そんなところであろうか。
何に対する、どのような不穏が、不安があるのかもアレシアには定かではない。
だが何かある──そう彼女の直感が告げていた。