機動戦士ガンダム ランダムウォーカー   作:うーまろー

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今日はかなり短くなってますが、キリが良いので。


第十話

 日曜の朝は、いつもより早く目が覚めた。

 兵舎の窓から差し込む光は柔らかく、他の面々はまだ眠りの中にいる。半日休暇――だが、僕には今日もやることがあった。

 昨日、軍医に言われた一言が頭に残っている。

 ――明日からは毎日この調子だぞ。

 休暇日であろうと、体力強化メニューは待ってくれないらしい。僕は音を立てないよう身支度を整え、一人で訓練エリアへ向かった。

 誰もいない訓練エリアは、いつもと違って静かだった。有酸素、筋力、反射訓練――昨日と同じメニューを一人でこなす。立ち会う軍医もおらず、時間を計るのは壁掛けの時計だけだった。

 黙々と体を動かしていると、不意に足音が響いた。振り返ると、寝間着のままのグレンが、あくび交じりに立っていた。

「……お前、休暇日まで律儀だな」

「シーマ中佐が、毎日やれと」

「知ってるよ。だからって、こんな朝っぱらからやらなくてもいいだろ」

 グレンは呆れたように笑いながら、壁に寄りかかった。

「今日、みんなで外出しようって話になっててな。レナとダンとカイ、それに俺。お前も誘おうと思ってたんだが……」

「行きたいです」

 思わず即答していた。グレンは少し驚いた顔をしてから、ニヤリと笑う。

「気合入ってんな。じゃあ、さっさとそれ終わらせろよ。待っててやるから」

「待たなくても……」

「いいから。一人でこなすより、見てる奴がいた方が捗るだろ」

 グレンはそう言うと、床に腰を下ろしてこちらを眺め始めた。急かされるでもなく、ただそこにいる。その気遣いが、思いのほか背中を押してくれた。

 残りのメニューを、僕はいつもより早いペースでこなしきった。

 昼前、コロニー内の商店街に、五人で繰り出した。

「お前、また鍛えてたのか。物好きだねぇ」

 レナが呆れたように肩をすくめながらも、僕の腕を引っ張って歩き出す。

「今日はもう訓練のことは忘れろ。せっかくの休みなんだから」

「はい、そうします」

 言われて、僕は素直に頷いた。実際、コロニー内を彩る人工太陽の光の下、賑わう通りを歩いているだけで、自然と気持ちが浮き立ってくる。

 最初に立ち寄ったのはゲームセンターだった。旧式の対戦筐体が並ぶ一角で、ダンが真っ先に飛びついた。

「これ、俺得意なんだよ。かかってこいよ」

「望むところです」

 挑発に乗って向かい合った対戦格闘ゲームは、思いのほか白熱した。周りでレナとカイが野次を飛ばし、グレンが実況めいた解説を挟んでくる。結果は僕の辛勝だったが、ダンは悔しがりながらも「次は負けねえ」と笑っていた。

「お前、シミュレーターの腕がこんなところにも出るんだな」

「これは別物だと思うんですけど……」

 そう言いつつも、レナに強引に次の対戦台へ引っ張られる。射撃ゲームでは意外にもカイが圧倒的な強さを見せ、寡黙な彼が珍しく得意げに口の端を上げていた。

「射撃は苦手なはずじゃ……」

「ゲームは別だ。的が動かない分、性に合う」

 その言い訳めいた一言に、全員で笑った。

 昼食後は、露店の並ぶ通りをぶらぶらと歩いた。ダンは工具屋の店先で、何かの部品を熱心に眺めていた。

「こないだの整備で気になった部分があってさ。自分でも少し勉強しとこうと思って」

 ダンの言葉に、僕は少し驚いた。木曜日の危機感から始まった彼の変化は、着実に別の形へ育っているようだった。

「お前も変わったな」

「お前のせいだよ、半分は」

 ダンは照れくさそうに言って、また部品棚に視線を戻した。

 カイは相変わらず口数が少なかったが、金物屋で研磨用の砥石を選ぶ横顔は真剣そのものだった。

「また研磨か」

「これは俺の相棒の手入れだ。手を抜けない」

 その一言に、カイらしさを感じて僕は少し笑った。

 途中、写真屋の店先に置かれた古めかしい撮影機を見つけたレナが、目を輝かせた。

「せっかくだし、記念に撮ろうよ。五人揃うことなんて、この先そうそうないかもしれないし」

 冗談めかした一言だったが、誰も茶化さなかった。狭いブースに五人で無理やり収まり、店員の合図で肩を寄せ合う。フラッシュが焚かれた瞬間、グレンがわざと変な顔をして、レナが吹き出した。出来上がった写真は、笑いすぎて誰も真面目な顔をしていない、締まりのない一枚になった。

「まあ、こういうのもいいだろ」

 グレンはそう言って、自分の分の写真を大事そうに胸ポケットにしまった。僕もそれに倣って、自分の一枚を制服の内側にしまい込んだ。

 昼食は、狭い食堂に五人で押し込まれる形になった。他愛のない話――昨日の夜間演習での失敗談を茶化されたり、フィンとの一戦の話をグレンに面白おかしく聞かれたり。

「へえ、フィンと組んだのか。あいつ、なかなか手強かっただろ」

「完敗でした。距離の詰め方から見直さないと」

「お前がそう言うの、珍しいな」

 グレンにそう言われて、僕は自分でも意外に感じた。負けを認めることに、以前ほど抵抗を感じなくなっている。

 食後、誰からともなく「ここを出て、いざ前線に配属されたら」という話になった。訓練期間はそう長くは続かない。誰もが、その先に待っているものをうっすらと予感していた。

「俺は……とりあえず、生きて故郷に帰りたいな」

 ダンがぽつりと零した言葉に、一瞬だけ空気が静かになる。だがすぐに、レナが茶化すように割って入った。

「気が早いって。まだ配属されたばかりでしょ」

「そりゃそうだけど……こういう時間、大事にしとかないとって、最近よく思うんだよ」

 その言葉に、僕は何も言えなかった。ただ、目の前の四人の顔を、少しだけ長く見つめた。

「まあ、辛気臭い話はここまでだ。もう一軒、甘いもの食いに行くぞ」

 グレンがそう言って強引に立ち上がり、皆もそれに続いた。屋台で買った菓子を頬張りながら歩く帰り道、笑い声が絶えなかった。

 午後、五人での外出を終え、僕は一足先に兵舎へ戻った。まだ体のどこかに、二日も実機に乗っていないことへの落ち着かなさが残っている。ザクの操縦桿を握らない日が続くと、指先が妙に疼くような感覚になる。

 僕は迷わず、シミュレーター室へ向かった。

 扉を開けると、そこには意外な先客がいた。シーマだった。一人で座席に腰掛け、コンソールの画面を眺めている。

「――お前もか」

 シーマは振り返らないまま、そう言った。

「はい。少し、体が鈍ってる気がして」

「休暇日にまで律儀なことだ。まあいい、こっちに座れ」

 誘われるまま、僕は隣の操作席に着いた。何が始まるのか分からないまま、シーマの指示に従って模擬戦の設定を組む。

「今日は、勝ち方の話をしてやる」

「勝ち方、ですか」

「お前の戦い方は、正面から食らいついて、隙を見て一撃で仕留める。綺麗といえば綺麗だが、それしか知らないと、いずれ通用しなくなる」

 画面に、複数の敵機を模したアイコンが表示される。数的不利、燃料残量僅か、退路なし――シーマが次々と条件を書き換えていく、あからさまに絶望的な状況だった。

「ここからどう凌ぐ」

 僕は正攻法で挑み、あっさり全滅判定を受けた。二戦目、三戦目も同じだった。

「お前の頭には、正面から崩すか、奇襲で仕留めるか、その二つしかないだろう」

 シーマの指摘は的確だった。

「実戦じゃ、綺麗に勝てる場面の方が少ない。時には、機体を囮にして僚機を逃がすことも、わざと被弾して敵の照準をこっちに引きつけることも、勝つためじゃなく生き残るためだけに機体を使うことだってある」

 シーマは操作卓を叩き、新しいシナリオを組んだ。

「たとえば、これだ」

 次に始まった模擬戦では、シーマ自らが手本を示した。劣勢の状況で、正面からの撃ち合いを避け、瓦礫の陰に機体を潜ませて敵の索敵を欺き、追い詰められたと見せかけて反転、背後を取った一機だけを確実に仕留めて即座に離脱する。決して華やかではないが、生存を最優先にした、粘り強く狡猾な戦い方だった。

「格好悪いだろう」

 シーマは少し笑って言った。

「でも、これで部下を一人でも多く連れて帰れるなら、格好なんてどうでもいい」

 その言葉が、思いのほか深く胸に刺さった。

「今度はお前がやってみろ」

 同じシナリオで、僕は何度も失敗を重ねた。囮の使い方が中途半端で僚機役ごと巻き込んだり、反転のタイミングを外して逆に追い詰められたり。

 ――操作卓の隣で、シーマは黙ってその様子を見つめていた。

 二週間前、この坊やが配属されてきた日のことを思い出す。士官学校を出たばかりの、危なっかしい新米。それが今では、綺麗な勝ち方だけなら並のパイロットを凌ぐ域にまで来ている。教え甲斐がある、というより、置いていかれそうで少し怖いくらいだった。

 だが、それだけでは足りない。シーマは知っていた。戦場は綺麗事だけでは進まない。腕がいいだけの若者から、これまで何人も見送ってきた。優等生ほど、型を外れた瞬間にあっけなく崩れる。

 この坊やだけじゃない。グレンも、レナもダンも、カイもベラも、フィンもリンも――誰も彼も、まだ若い。若すぎる。本当なら、こんな泥臭い戦い方など教えずに済む世界であってほしかった。それでも、教えないままこの子たちを戦場に送り出すことだけは、シーマにはできなかった。

 一人でも多く、生きて帰ってきてほしい。指揮官らしくもない、ただそれだけの願いが、胸の奥で疼く。

 それでも、五度目に差し掛かる頃、ようやく一機だけを仕留めて離脱することができた。

「――及第点だ」

 シーマは短くそう言うと、席を立った。

「綺麗な勝ち方は、お前はもう分かってる。これからは、汚くてもいいから生き残る術を覚えろ。それが、いずれお前の下につく奴らを守ることに繋がる」

 それだけ言い残し、シーマは訓練室を後にした。一人残された僕は、しばらくその場に座ったまま、画面に表示された自分の戦績――決して褒められたものではない、泥臭い生存記録を見つめていた。

 自室に戻り、荷物を整理していると、ふと、この二週間の出来事が頭をよぎった。

 ゾーンという名前がついた、あの感覚。三連続被弾の屈辱。優しさの方が堪えるという発見。ダンとの距離が変わったこと。フィンという、新しい壁の存在。そして今日、シーマから教わった、綺麗事だけでは済まない戦い方。まだ馴染みきらない「私」という一人称。

 どれも、二週間前には想像もしていなかったものばかりだった。

 窓の外、コロニーの人工太陽が徐々に光量を落としていく。明日からは第三週――さらに負荷の増す訓練が待っている。

 それでも、不思議と気は重くなかった。

 僕はノートを開き、この二週間の反省点を書き出し始めた。まだ整理しきれていない感覚も、言葉にすれば少しは形になる。オットー教官の教えが、こんなところで役に立つとは思わなかった。

 夜、消灯前の点呼で、シーマが短く告げた。

「明日から第三週だ。気を引き締めていけ」

 短い言葉に、教室の空気が静かに引き締まる。僕は自分の中に、まだ知らない何かが静かに積み上がっていくのを感じていた。

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