機動戦士ガンダム ランダムウォーカー   作:うーまろー

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第十二話

木曜日

 今日は総合演習日だ。ムサイ級一隻と連携し、模擬連邦軍艦隊を相手にした集団戦を行う――四個小隊すべてが実機で顔を揃える、週の中でも最も規模の大きい訓練日だった。

 朝食の席で、その日の想定が発表された。午前は輸送艦役のムサイを中心に据えた大規模な護衛戦闘想定、午後は逆に模擬連邦軍艦への攻撃想定――守りと攻め、両方を一日で経験する構成になっているという。今回はシーマ小隊単独ではなく、ガイア小隊・オルテガ小隊・マッシュ小隊も同時に出撃する。午前の敵役は後方からオペレーターが遠隔操作する標的ドローンの群れと、操縦席に教導班の古参兵が座る模擬敵MS数機。

「今日は、昨日の続きだと思っていい」

 シーマがそう言うのを聞いて、私は昨夜の記憶をなぞった。突出、分断、仕留め。何度もシミュレーターで転がされた末に、半歩だけ引いて相手の勢いを空振りさせる――あの糸口を、実機の速度で試せる機会がついに来る。

 カタパルトデッキで機体に乗り込む前、隣でヘルメットを被っていたグレンと目が合った。

「昨日の借り、返す気満々だな」

「バレてたか」

「顔に出てるよ、相棒」

 軽口を交わしながらも、二人とも笑ってはいなかった。

 出撃してすぐ、遠隔操作の標的ドローンの群れが正面から押し寄せてきた。まずは数をこなす基礎的な迎撃だ。射撃課題で磨いた照準操作が、思った以上に滑らかに標的を捉えていく。二週間前なら苦戦していたであろう密集陣形にも、今日は遅れを感じなかった。

 問題はその先だった。標的機の群れを突破した先で、模擬敵MS――ガイア、マッシュ、オルテガの三機が、連邦軍のMS部隊を演じる形で立ちはだかった。輸送艦ムサイへの接近を防ぐのが、こちらの役割だ。

「来たぞ」

 通信越しにグレンの声が緊張を帯びる。二人でムサイの前面を固める形で構え、まず様子を見た。

 最初の数秒、ガイアが単騎で突出してくる動きは、昨日と寸分違わなかった。だが今日の私は、その誘いに乗らなかった。半歩だけ機体を引く。ガイアの照準が空を切る。

「――今だ」

 昨夜、仮想敵相手に十回近く繰り返した動きが、実機の速度でも同じ形に噛み合った。分断役のマッシュが割り込んでくる一瞬前――昨日より、コンマ数秒だけ早くその気配を捉えられている。グレンへ短く合図を送る。

「グレン、下がって」

「了解!」

 二人でわずかに後退し、隊列を崩さないまま距離を取り直す。マッシュの侵入経路が、狙っていた場所を空振りした。

「――ほう」

 通信越しに、オルテガの声に微かな驚きが混じった。

 だが、そこで終わりではなかった。距離を取り直した分の代償として、今度はオルテガ自身がムサイへの直接コースに入り込んでくる。私とグレンの意識が、ガイアとマッシュの二人に割かれている隙を突かれた形だ。

「しまった、後ろが――」

 オルテガの機体が、ムサイの装甲すれすれを掠めるように接近する。本番なら、輸送艦への直撃弾になっていたかもしれない一撃だった。判定上は「撃破」ではなく「侵入許可」――昨日までとは違う種類の失敗が、そこにあった。

 周囲の音が一瞬だけ遠くなる感覚があった。ガイアの機影、マッシュの機影、オルテガの機影――三つの動きが、いつもよりわずかに鮮明に見える。指先が、考えるより先に動こうとする。

 だが、それは長く続かなかった。ゾーンと呼ぶにはあまりに短い、一瞬の予感のようなものが胸をよぎっただけで、次の瞬間にはいつも通りの視界に戻っていた。オルテガの機体は、悠々とムサイの脇を通り過ぎていく。

「演習終了。判定、輸送艦への侵入を許した時点で防衛側の負けだ」

 全体に演習終了のアナウンスが流れる。ムサイの周囲に展開していた他の三個小隊も、それぞれの持ち場で似たような結果に終わっていたらしい。誰も、完全な防衛には成功していなかった。

 デブリーフィングで、シーマが淡々と結果を告げた。

「今日、輸送艦を守り切れた組はゼロだ。……だが、昨日までとは違う負け方をした奴が何人かいる」

 その視線が一瞬、私とグレンの方を向いた。

「リオン、グレン。二人の初動は良かった。ガイアの誘いに乗らず、分断の芽を潰した。……その代わり、意識がそこに集中しすぎて、もう一人の存在を見失った。守るべきものが何なのか、戦っている最中に見えなくなっていたな」

 言われて、はっとした。三人がかりの動きを崩すことに気を取られるあまり、本来の目的――輸送艦を守ること――が、いつの間にか頭から抜け落ちていた。

「敵を崩すことと、目的を果たすことは、必ずしも同じじゃない。今日はいい教訓を持ち帰れ」

 昼食の席で、グレンが天井を仰いだ。

「昨日より粘れたのは間違いないんだけどな。……守るもの、か」

「僕らは"勝つ"つもりで戦ってたけど、今日の課題は"守る"だった、ってことなんだろうな」

 私が呟くと、グレンが小さく笑った。

「相棒、その"僕"、たまに戻るよな」

 指摘されて、初めて気づいた。集中している時ほど、士官学校時代の口調が顔を出す。慌てて言い直すこともなく、そのままにしておいた。今はまだ、その揺らぎも自分の一部なのだろうと思えた。

 午後は一転、役割が入れ替わった。今度はこちらが攻める側だ。標的は、ムサイとは別に用意された模擬連邦軍巡洋艦――対空砲座を模した固定ドローンを複数備え、接近する機体を自動追尾で撃ち落とす想定になっている。目的はただ一つ、艦の急所とされる区画にヒートホークかマシンガンで有効打を入れること。

「対艦戦の基本は、砲火の切れ目を見つけることだ」

 出撃前、オルテガが簡潔に説明した。

「艦の対空砲座は同時に全方位を撃てるわけじゃない。装填、旋回、そこに必ず間ができる。真正面から突っ込むな。曲がれ、隠れろ、そして間ができた瞬間だけ踏み込め」

 最初の一本目、私はまっすぐ距離を詰めようとして、案の定、複数の砲座から集中砲火を浴びた。判定上は「撃墜」――艦に近づく前に終わってしまう。

「駄目だ、まだ攻撃寄りの頭のままだぞ。近接の時と同じ勢いで突っ込んでる」

 オルテガの声が飛ぶ。二本目、今度は周囲に展開されたデブリ帯――模擬瓦礫のオブジェクト群――に沿って機体を這わせるように進んだ。砲座の射線が瓦礫に遮られる一瞬を狙い、そこで加速する。何度か被弾判定を受けながらも、ようやく艦の外郭にヒートホークの一撃を届かせることができた。

「今の、悪くない。だが本番なら一撃じゃ沈まん。二撃目までどう繋ぐかも考えろ」

 グレンは私よりも早く、砲座の周期を読むコツを掴んでいた。数回の被弾判定を受けながらも、着実に二度の有効打を記録している。

「お前、さっきの守りの時より楽しそうだな」

「性に合ってるのかもな、こっちの方が」

 午前の守備演習では後手に回りがちだったグレンが、攻める側では生き生きとしているのが分かった。逆に、守備で光ったカイやベラは、攻撃演習では慎重になりすぎて被弾判定を重ねる場面が目立った。得意な形は、人によって驚くほど違う。

 デブリーフィングで、シーマが両方の演習結果を並べて総括した。

「守りに強い者、攻めに強い者。今日ではっきり出た。だが本物の戦場じゃ、どちらも同じ一日の中で必要になる。得意な方に逃げるな」

 夕食を終えても、午後の対艦戦の感覚がどうにも頭から離れなかった。デブリ帯を使って射線を遮る動きは掴めたが、あれではどうしても速度が死ぬ。加速しては止まり、加速しては止まりを繰り返すたび、二撃目、三撃目に繋ぐための余力が削られていく。何かが根本的に足りない、という感覚だけがあった。

 結局、その夜もシミュレーター室に向かった。今度は仮想敵として、午後と同じ模擬連邦軍巡洋艦を呼び出す。

 最初の数回は、昼間と同じやり方をなぞった。物陰に隠れ、射線が切れた一瞬だけ踏み込む。だが何度繰り返しても、加速と減速の繰り返しで機動にリズムが生まれず、二撃目に届く前に被弾判定を重ねてしまう。

「……避けようとするから、遅くなるのか」

 ふと、違う発想が浮かんだ。砲火を「避ける」のではなく、複数ある砲座の射線そのものを、隙間として捉え直す。一つの砲座を避けて減速するのではなく、二つの砲座の射線と射線の間、その細い隙間を、速度を落とさず一直線に縫って進む。

 試してみると、最初は文字通り蜂の巣にされた。だが十数回目、初めてまとまった距離を、速度を落とさないまま突っ切ることができた。二本の光条の間を縫うように進み、艦の外郭にたどり着いた時には、まだ十分な速度が残っていた。そのまま流れるように二撃目まで繋げる。判定ログには、これまでで一番浅い被弾判定と、二回分の有効打が並んでいた。

「――これか」

 声が漏れた。避けるのではなく、縫う。減速しないぶん、被弾はゼロにならない。むしろ、避けようとしていた時よりも掠り傷程度の被弾判定は増えていた。だが、それでいい。むしろ、どこになら被弾しても構わないのかを、自分の側で選べるようになる。装甲の厚い肩や脚部の外装をあえて掠らせ、コックピットや推進部といった致命的な区画だけは絶対に晒さない――そういう取捨選択が、初めて実感を伴って見えてきた。

 シーマやガイアたちの機動が軽く見えるのは、きっとこの感覚を当たり前のように体に入れているからなのだろう。だとすれば、これは隊長格に近づくための、遠回りだが確かな道筋の一つに思えた。

 もっとも、今夜掴んだのはあくまで入り口に過ぎない。何度やっても安定して同じ精度で縫えるわけではなく、十回に一回、うまく嵌まる程度だ。一晩で身につくような感覚でないことは、体の疲労が何より雄弁に語っていた。明日からも、同じ練習を積み重ねるしかない。

 ただ、腑に落ちない点もあった。シーマの機体があれほど滑らかに動けるのは、恐らく通常機とは違う特別仕様――S型と呼ばれる機体だからだと聞いている。だが、ガイアたちの機体は、外見上ごく普通の量産機にしか見えない。あの三人が、シーマと同じ、あるいはそれ以上とも思える速度で機動している理由が、どうにも腑に落ちなかった。腕が立つから、というだけで片付けるには、あまりに説明のつかない何かがある気がした。

 夜、自室のノートに今日の反省を書き加える。

 ――守り(型崩しの糸口):相手の誘いに乗らず分断を防げたが、目的そのものを見失った。攻め(対艦戦):砲火は避けるのではなく縫う――速度を殺さず射線の隙間を突く感覚を、夜のシミュレーターでようやく掴みかける。被弾はゼロにならないが、どこになら被弾していいかを選べるようになる兆し。まだ十回に一回程度の再現性、明日以降も継続して練習する必要あり。ゾーンらしき感覚が一瞬だけ戻ったが、すぐに消えた。実機限定というシーマたちの見立ては、今のところ変わらない。それと、新しい疑問がひとつ。三人の機体は量産機のはずなのに、あの速度はどこから来るのか。

 窓の外を見上げながら、明日の極限演習――夜間、センサー一部遮断の不意打ち対処訓練を思う。

金曜日

 今日は極限演習日だ。夕方から夜間にかけて、センサーの一部を意図的に切った状態での不意打ち対処訓練を行う。昨日の疲労がまだ抜けきらないまま、また新しい負荷を積まれる一日だった。

 夕食を早めに済ませ、出撃準備に入る。ヘルメットを被りながら、隣のグレンが小さくあくびを噛み殺していた。

「昨日の今日でこれか。容赦ないな」

「疲れてる状態でどう動けるか、っていうのも試験のうちなんだろ」

「相棒は元気そうだな」

「そう見えるだけだよ」

 カタパルトデッキに整列した機体は、いつもより数が少なかった。今日はシーマ小隊単独での演習に戻り、代わりにガイア・マッシュ・オルテガの三人が、それぞれ交代で「奇襲役」を務めるという想定になっている。

 出撃前、シーマから簡潔な説明があった。

「今日は演習開始と同時に、視覚センサーの三割を意図的にカットする。索敵は残りのセンサーと通信、それに勘で補え。相手はいつ、どこから来るか分からない」

「先週と同じですか」

「同じだが、今日は一段階厳しくする。奇襲は一度とは限らない」

 その一言に、周囲の空気がわずかに張り詰めた。

 演習が始まると同時に、視界の一部にノイズが走った。センサー画面の三割が、砂嵐のような雑音で塗り潰される。人工太陽の光もない完全な闇の中、頼れるのは残された視覚情報と、機体越しに伝わる僅かな振動、そして仲間の通信だけになった。

 最初の数分は、慎重に周囲を探りながらの前進が続いた。先週の私なら、この状態だけで既に消耗していただろう。だが今日は、視界の欠けた部分を頭の中で補完しながら、比較的落ち着いて機体を進められている自分に気づいた。

 不意打ちは、想定より早く来た。

「――右、来る!」

 グレンの声が飛んだ瞬間、視界の外――センサーが欠けている領域から、機影が滑り込んできた。とっさに機体を横に流す。掠るような衝撃と共に、被弾判定のランプが点る。浅い。致命打ではない。

「今の、避けたな……にしても反応が早い」

 攻撃を仕掛けてきたのはオルテガだった。通信越しの声に、微かな感心が滲んでいる。

「センサーが半分死んでるのに、よく反応できたな」

「勘、というか……昨日の感覚が、まだ体に残ってて」

 言いながら、自分でも半分は驚いていた。昨夜、シミュレーターで繰り返した「避けるのではなく縫う」感覚が、視界の悪いこの状況でも、無意識のうちに体を動かしていた。完全な回避ではなく、致命部を庇いながら軽く被弾を許す動き――あの感覚の応用形だったのかもしれない。

 だが、油断はできなかった。

 二度目の奇襲は、一度目からわずか数分後に来た。今度はマッシュだ。先ほどより慎重に、死角のさらに死角を突くような角度から接近してくる。反応が一拍遅れた。

「――しまった」

 被弾判定のランプが、今度は先ほどより深く点った。姿勢が崩れ、立て直すまでに数秒を要する。

「連続で来るとは思ってなかったか」

 マッシュの声には、揶揄する響きはなかった。ただ淡々とした事実の指摘だった。

「一度凌いだからって、気を抜くな。本物の戦場は、お前の都合で間を空けてくれたりしない」

 その言葉が、昨日のシーマの言葉と重なった。崩すことと守ることは違う。一つを凌いだことと、戦い続けられることも、また違う。

 演習の後半、三度目の奇襲役にガイアが控えているという緊張感の中、私は意識して呼吸を整えた。慌てず、視界の欠けを頭の中の地図で補いながら、グレンとの距離を一定に保つ。仲間の位置を見失わないことだけは、今日の反省を踏まえて絶対に守ると決めていた。

 ガイアの奇襲は、正面からの直進という、これまでで一番単純な形だった。単純だからこそ、変な小細工をせず、真正面から迎え撃つ判断ができた。被弾はしたが、浅い。そして同時に、こちらからの反撃判定も一つ記録された。

「――やるじゃねえか」

 ガイアの声に、初めて素直な驚きが混じっていた。

 演習終了のアナウンスが流れた時には、全身が汗で濡れていた。今日一日、二度の被弾を許しながらも、隊列を大きく崩すことなく持ち堪えられた。先週の三連続被弾で演習を打ち切られた記憶を思えば、確かな前進だった。

 デブリーフィングで、シーマが淡々と評価を口にした。

「先週より粘れたな。……だが、二度目の被弾、あれは仲間の位置に気を取られすぎて索敵が甘くなった結果だ。両立の課題は、昨日から続いてるままだぞ」

「はい」

「それでも、悪くない出来だ」

 珍しく付け加えられたその一言に、疲労の中でも小さな熱が灯った気がした。

 夜、兵舎に戻る道すがら、昨夜からずっと引っかかっていた疑問を、隣を歩くグレンにぶつけてみた。

「なあ、ずっと気になってたんだけど。シーマ隊長の機体がS型だから機動が滑らかなのは分かるんだ。でも、ガイアさんたちの機体って、見た目はごく普通の量産機だろ。それなのに、あの速度は腕前だけで片付けていいものなのか、分からなくて」

 グレンは一瞬、ぽかんとした顔をした後、呆れたように笑った。

「……お前、知らなかったのか」

「え?」

「ガイアさんたちの機体、F型だよ。俺たちが乗ってるC型より一世代新しいやつ。整備班の連中が話してるの、聞いたことない?」

「……初耳だ」

「お前、機体の型式にはほんと興味ないんだな」

 からかうような口調に、思わず苦笑いが漏れた。シーマがS型に乗っているのは大隊長だからだと分かるし、ガイアたちがF型なのも、指折りのパイロットである以上納得はできる。だが、具体的に何が違うのかまでは、恥ずかしながら考えたこともなかった。

「C型とF型って、実際どこがどう違うんだ?」

「さあ……推力とか装甲とか、その辺なんじゃないか。俺もそこまで詳しくは知らない」

「グレンでも知らないのか」

「悪いか。俺はパイロットであって整備士じゃないんでね」

 肩をすくめるグレンに、思わず笑ってしまった。

「明日、機体大点検だろ。整備班に直接聞いてみるか」

「いいな、それ」

「にしても、昨日の夜も遅くまでシミュレーターにいただろ。いつ寝てんだよ、お前」

「……バレてたか」

「バレるよ、翌日の動きが変わるんだから」

 その指摘に、苦笑いを返すしかなかった。誰かに見られているとは思わずに積み重ねてきたものが、少しずつ他人の目にも見える形になり始めている。それが少し気恥ずかしく、同時に悪くない気分だった。

 自室に戻り、ノートを開く前に、まず体を横にした。今日はさすがに、反省を書き出す前に、少しだけ目を閉じておきたかった。

土曜日

 今日は機体大点検日だ。丸一日、機体は整備班の手に預けられ、パイロットたちは兵舎の大掃除とレポート提出、そして総帥演説の視聴に時間を充てる。

 朝一番、居室と共用エリアの清掃から一日が始まった。グレンと二人で床を磨きながら、他愛のない話をする。

「この二日、よく体力持ったな、僕ら」

「言うなよ、動いた瞬間また眠くなりそうだから」

 昼前、整備班との合同点検に立ち会う。以前から消耗が指摘されていた足首関節周りを、今日は念入りに調べられた。整備班の一人が、駆動部のカバーを外しながら口を開く。

「先週より摩耗の進み方が少し緩やかになってる。動きに無駄が減ってきた証拠だな」

 その隣で、ダンが自分のノートと機体の状態を見比べながら熱心にメモを取っていた。座学と自主学習の成果か、整備班の説明の半分近くを、口を挟むことなく理解できているらしい。

「ヴォルフ、いい耳してるな。今度からお前にも簡単な説明は任せようか」

「本当ですか!」

 声を弾ませるダンを見て、隣にいたレナが小さく笑った。

 点検が一区切りついたところで、私は昨夜グレンと交わした約束を思い出し、整備班に声をかけてみた。

「すみません、聞きたいことがあるんですが。俺たちのC型と、ガイアさんたちのF型って、具体的にどこが違うんですか」

 整備班の一人が、手を止めてこちらを見た。

「おお、いい質問だ。……C型ってのは、元々核弾頭の運用を前提にした型でな。核を扱うとなると、パイロットを爆心地の放射線や爆風から守るための防護装甲が要る。あの重い胸部と肩の増加装甲は、ほとんどそのためのものだ」

「核……ですか」

「今のところ、核運用の許可自体が下りてないから、お前らのC型も実質ただの主力量産機として使われてるがな。装甲だけは、核を積む前提のまま残ってる」

 隣で聞いていた別の整備兵が、苦笑いしながら口を挟んだ。

「正直、核を撃つ気がないパイロットにとっちゃ、あの装甲はただの重り以外の何物でもないんだよな。動きは鈍るし燃費は悪くなるし、良いことなしだ」

「それでも、現地で改修できないわけじゃない。実戦部隊じゃ、演習の合間に不要な増加装甲を削り落として身軽にしてる機体も珍しくないって話は聞くな」

「――で、F型は?」

「F型は、核運用を前提から外して設計し直した型だ。要らない装甲を削った分、推進機関の出力を上げて、装甲配分も可動域を確保する方向に見直されてる。悪く言えばC型は無骨で防御偏重、良く言えば頑丈。F型は取り回しの良さで殴るタイプってわけだ。まあ、乗り手の腕次第でどうとでもなる部分も大きいがな」

 なるほど、と隣でグレンが小さく頷いていた。腕前だけでは説明がつかないと感じていた違和感の一端が、ようやく形になって腑に落ちた気がした。自分が今乗っている機体が、まだ使われていない兵器を前提に組まれた鎧を纏っているのだと思うと、妙な感覚が胸をよぎる。それと同時に、いつか自分もあの機体に乗れる日が来るのだろうか、という新しい問いが胸の奥に生まれていた。

 ふと、思いついたことを口にしてみた。

「ちなみに、私のC型も、現地改修とかお願いすればやってもらえたりするんですか」

 整備班の一人が、片方の眉を上げてこちらを見た。

「できる、できないで言えば――できるさ。技術的には、な」

「本当ですか」

「ただし、それを許可する権限を持ってるのは、シーマ中佐だけだよ」

 その言い方に、何か含みのようなものを感じた。単なる決裁権の話にしては、声のトーンが少しだけ違って聞こえた。整備班の男は、それ以上は何も言わず、次の点検箇所へと視線を戻していった。

 午後、全隊員が講堂に集められ、総帥ギレン・ザビの演説映像が上映された。内容は、これまでも繰り返し聞かされてきた地球連邦への糾弾と、ジオン軍の正当性を説く長い言葉だった。だが今日の演説は、いつもよりも語気が強く、どこか性急さを孕んでいるように聞こえた。

 隣の席のベラが、囁くように言った。

「気のせいかしら。前回より、随分と煽ってる気がする」

「……気のせいじゃないと思う」

 誰に言うでもなく、そう答えていた。今週の座学、ここ数日の演習強度、そして今日の演説――バラバラに見えていたものが、一本の糸で繋がっていくような感覚があった。自分たちが何のために鍛えられているのかは、分かりきったことだ。ただ、その「本番」がどれほど近いのか――それだけは、まだ誰にも量れないままだった。

 夕方、自室でこの一週間のレポートを書き上げる。週の初めの伸び、途中でぶつかった壁、仲間との連携実演、守りと攻めの学び、暗闇の中での一戦――文字にして並べてみると、三週間前の自分では考えられなかった密度の一週間だったことに、改めて気づかされた。

 レポートを提出し終えた足で、私は思い切ってシーマの執務室を訪ねた。ダメで元々のつもりだった。

「失礼します。あの、少しお時間よろしいでしょうか」

「なんだ」

「自分の機体の、現地改修について伺いたくて。核運用前提の増加装甲を、必要な分だけでも減らせないかと……」

 シーマは書類から顔を上げ、しばらく黙って私を見つめた。長い沈黙だった。

「……その話なら、もう動いている」

「え?」

「詳しいことは、週明けになれば分かる。今日のところは、それだけでいい。下がっていいぞ」

 その一言だけを残し、シーマは再び書類に視線を戻した。

 ――って事は。もしかして、本当に改修してもらえるのかもしれない。

 装甲が減れば、その分だけ動きは軽くなる。あの「縫う」感覚も、今よりずっと安定して出せるようになるかもしれない。隊長格に近づくための道が、また一つ開けたような気がして、下がる足取りが自然と速くなった。

 その足でグレンの部屋に寄り、扉を叩く。

「グレン、これから少しシミュレーター付き合ってくれないか」

 顔を出したグレンが、こちらをまじまじと見て怪訝そうな顔をした。

「……お前、なんでそんなにご機嫌なんだよ。土曜の夜だぞ、休めよ」

「いいから、頼むよ」

「いや理由もなくそのテンションは怖いんだけど」

 そう言いながらも、グレンは結局ヘルメットを取りに戻ってきた。

「はいはい、付き合えばいいんだろ。……にしても、本当に何があったんだよ」

「週明けになれば分かる」

 シーマの口真似のつもりで返すと、グレンはますます訝しげな顔をしたが、それ以上は追及してこなかった。二人でシミュレーター室へ向かう足取りは、いつもより軽かった。

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