日曜日
半日だけの休暇だった。午前中は自由時間、午後からは点呼と簡単な整列訓練が予定されている。
朝、洗濯物を干しながら、グレンが大きく伸びをした。
「三週間、あっという間だったな」
「体感的には、三ヶ月分くらい詰め込まれた気がする」
「分かる」
洗濯を終えた後も、今週に入ってから習慣になったばかりの体力強化メニューだけは欠かさずこなした。半日の休みだからといって完全に体を休めてしまうと、翌日の感覚が鈍ってしまう気がする――まだ根拠のない、自分なりの警戒心のようなものだった。
汗を流してから、久しぶりに髪を整え、装備の手入れに時間をかける。ヘルメットの内張りや手袋の擦り切れ具合を確認していると、ダンが自室の隅で機体の構造図を広げているのが目に入った。
「休みの日まで勉強か」
「息抜きみたいなもんだよ、これ」
照れ臭そうに笑うダンを見て、こちらまで釣られて笑ってしまう。
自室に戻り、姉のリリアに宛てた手紙を書く。三週目の訓練の様子、少しだけ自信を持てるようになってきたこと、それでもまだ届かない壁があること――便箋に一つずつ言葉を並べていくと、この一週間だけでも随分と多くのことがあったのだと、改めて実感した。
書きながら、ふと手を止める。この手紙、実際に届くのはいつ頃になるのだろう。コロニー間の輸送に紛れて送られる軍事郵便は、届くまでにどれくらいかかるのか、恥ずかしながらよく分かっていなかった。姉が今どこの部隊にいるのかさえ、はっきりとは聞かされていない。
昨日の演説の余韻や、シーマとの短いやり取りについては、あえて触れなかった。検閲で黒塗りにされるかもしれないという打算もあったが、それ以上に、何がどうなるのか自分でもまだ整理がついていない。中途半端な言葉を送って、姉を心配させたくはなかった。
午後、簡単な整列訓練が終わると、思いのほか時間が余った。せっかくの機会だと思い、点呼までの空き時間を使って、シーマにシミュレーターの個人指導を頼めないか聞いてみることにした。
執務室の扉をノックしようとして、わずかに開いた隙間から中の様子が目に入った。シーマは机に一枚の書類を広げ、じっと見入っている。差出人の欄に「アサクラ大佐」の署名らしきものが見えたが、内容までは遠目には読み取れなかった。ただ、その横顔はいつもの淡々とした表情とは違う、妙に神妙な色を帯びていた。
しばらく躊躇っていると、シーマがふと顔を上げ、書類を伏せるようにして机の端へ寄せた。
「――何をしている、突っ立って」
「あ、いえ、その、失礼します」
慌てて姿勢を正し、扉をきちんと叩き直す。シーマの表情は、もう普段と変わらないものに戻っていた。
「隊長、もし手が空いていたら、少しシミュレーターに付き合っていただけないでしょうか」
シーマは意外そうな顔一つ見せず、あっさりと頷いた。
「いいだろう。休みの日にまで根を詰めるのは感心しないが、お前がそう言うなら付き合ってやる」
一対一のシミュレーター指導は、以前――先週の休みの日に「わざと当てさせて照準を引きつける」動きを叩き込まれた時以来だった。
「まずは復習からいこうか。先週教えた動き、どれくらい自分のものにできたか見せてみろ」
シミュレーター上に、木曜の総合演習で使ったのと同じ想定を呼び出す。仮想の敵機に対し、わざと被弾コースへ入り込み、照準を引きつけてから距離を取り直す――あの日、実戦で咄嗟に使った動きを、意識的にもう一度なぞってみせた。
「……悪くないが、まだ動きが硬い。実戦では反射でやれていたのに、今は頭で考えてからワンテンポ遅れて動いてる」
「言われてみれば、その通りです」
「体で覚えたつもりでも、意識してやろうとすると崩れる。よくあることだ。今日はそこも含めて詰めていく」
短いやり取りだったが、先週の成果がまだ自分の中で完全には定着していないのだと、はっきり自覚させられた。続けて、シーマは話を今日の本題へと移した。
「それで、木曜夜から掴みかけているという話だったな。射線の隙間を縫う感覚、とやら」
「はい。まだ十回に一回くらいの再現性しかなくて」
「言葉で説明されても分からないだろう。まず見せる」
シーマの機体が、模擬砲座の射線の間を一直線に滑り抜けていく。減速も、迂回もない。ただ、二つの光条の隙間だけを正確になぞるように進み、艦の外郭へと吸い込まれていった。あまりに滑らかで、どこにも力みが見えない動きだった。
「今のを、もう一度見せていただけますか」
「次は見せんぞ」
そう言いつつも、シーマはもう一本、同じ軌道をなぞってみせた。二回目でようやく、加速のタイミングと、機体をわずかに傾ける角度の関係が、少しだけ見えた気がした。
「やってみます」
自分の番になり、記憶を頼りに機体を走らせる。案の定、最初の一本は射線に巻き込まれて撃墜判定になった。
「頭で分かったつもりでも、体は覚えてない。もう一本」
二本目、三本目と繰り返すうちに、木曜夜の感覚が少しずつ戻ってくる。五本目、初めてシーマの軌道に近い形で、隙間を縫い抜けることができた。
「悪くない。だが、まだ体が『避ける』動きに寄りすぎている。縫うと決めたら、途中で腰が引けるな」
的確な指摘に、思わず苦笑いが漏れる。何本か繰り返すうちに、少しずつだが、迷いの少ない動きに近づいていく感覚があった。
十本を超えた頃、ようやく二回連続で安定した軌道を描けた。判定ログに並んだ結果を見て、シーマが珍しく口の端を上げた。
「――大したもんだ。まだ数日だろう、これを掴みかけているのは」
短い一言だったが、疲労が一気に吹き飛ぶような感覚があった。
一時間ほどの指導を終え、シミュレーター室を出る頃には、汗ばんだ体に心地よい疲労が残っていた。それでも、点呼までにはまだ余裕がある。兵舎の窓際で、グレン、レナ、ダンと四人で他愛のない話をする時間も取れた。
「来週から、また新しい訓練メニューが増えるのかな」
ダンの何気ない一言に、なぜか誰も即答できなかった。増えるかどうか、という話ではない気がした。いつもより張りのあった昨日の演説、そして週明けに控えている何か――積み重なった違和感が、もう「変わらない」方が不自然だと四人に思わせていた。誰も言葉にはしなかったが、この静かな日々が終わりに近づいているのだと、四人とも薄々気づいているようだった。
夜、点呼を終えて自室に戻る前、廊下の窓から外を見上げる。人工の星空の向こうに、本物の宇宙が広がっている。その中のどこかで、既に何かが動き始めているのかもしれない。そんな考えが浮かんでは消えていく、静かな夜だった。
月曜日
週明けの朝、いつもと同じ時間に整列した私たちを待っていたのは、いつもとは違う空気だった。
シーマの前に立つ全員の視線が、無意識のうちに一点に集まっていた。整備デッキの奥、シートの掛けられたままの機体が、いつもより多く並んでいる。
「今日は、訓練前に伝えておくことがある」
シーマの声は、いつも通り淡々としていた。だが、その淡々とした調子だからこそ、続く言葉の重さが際立った。
「昨夜のうちに、四機を急遽F型仕様に近い形へ改修した。リオン、グレン、カイ、レナ。呼ばれた四人は、機動性を優先する形で核運用前提の耐放射線層を薄い素材に置き換えてある」
自分の名前が呼ばれた瞬間、周囲でわずかにざわめきが起きた。隊長格を除いた中でも動きの質で頭一つ抜けている面々だというのは、誰の目にも明らかだった。カイが隣で小さく息を呑む音が聞こえ、少し離れた場所ではレナが驚いたように目を見開いていた。
「言っておくが、あくまで応急の改修型だ。中身のOSはC型のままだから、動きの感覚は今までと変わる部分と変わらない部分が混在する。慣れるのに苦労する奴も出るだろう。今日からの訓練で、その差を早急に体に叩き込め」
「隊長」
誰かが小さく手を挙げた。
「これは……何か、あったんですか」
シーマは、その質問にすぐには答えなかった。一拍の間を置いてから、口を開く。
「お前たちは、何のためにここまで厳しい基本訓練を積んできた。何のために、対艦戦闘訓練を叩き込まれてきた。……核弾頭を撃つためか? 違う。私たちに求められているのは、核弾頭を撃つことじゃない。混乱した連邦艦隊の只中に飛び込み、モビルスーツという兵器の恐ろしさを、骨の髄まで叩き込むことだ」
その言葉は、質問への直接の答えにはなっていなかった。それでいて、これ以上ないほど明確な何かを示しているようにも聞こえた。
「今、話せるのはここまでだ。これ以上は聞くな」
シーマはそれだけ言うと、いつも通りの訓練開始の号令をかけた。誰も、それ以上何かを口にする者はいなかった。
整列を解いて機体へ向かう道すがら、隣を歩くグレンが小さな声で言った。
「……なあ、今の」
「うん」
「聞かない方がいいこと、だよな」
私は、何も答えられなかった。ただ、自分の機体――外見こそ昨日までと変わらないはずなのに、どこか纏う空気が違って感じられる機体を見上げながら、土曜にシーマの執務室で聞いた「その話なら、もう動いている」という言葉の意味を、今になってようやく、ほんの少しだけ理解した気がしていた。あの時既に、改修の話は自分が言い出すよりも前から進んでいたのだ。
カタパルトデッキで、改修対象になった四人――私、グレン、カイ、レナだけが少し離れた場所に並んだ。整備班の一人が、簡単な出撃前チェックをしながら小さく声をかけてくる。
「軽くはなってるはずだが、最初は違和感があると思う。無理に慣らそうとせず、素直に感じたことをそのまま報告してくれ」
その言葉の意味は、出撃してすぐに分かった。
軽くなった機体は、想像していたよりずっと「喧しい」動きをした。わずかな操作にも過敏に反応し、意図した以上に姿勢が跳ねる。中身のOSはあくまでC型のまま――つまり、以前の重い機体を前提にした制御パラメータで、軽くなった機体を動かそうとしている。頭では軽くなったと分かっているのに、体の側がまだ古い感覚のまま指令を送ってしまい、機体はその指令に対して以前よりずっと素直に――そして過剰に――応えてしまう。結果として、あらゆる動作が一拍分だけ暴れて見えた。
「――なんだこれ、暴れ馬かよ」
通信越しにグレンの声が漏れた。姿勢制御の度に機体が小刻みに揺れているのが、こちらの画面からも見て取れる。カイも似たような状態らしく、いつもの直線的な近接機動が、今日はどこかぎこちなかった。レナに至っては、旋回のたびに機体が行き過ぎては戻る、という動きを繰り返していた。
「四人とも、無理に抑え込もうとするな。今日はまず、この暴れ方の癖を掴むだけでいい」
シーマの声が、珍しく普段より柔らかい調子で飛んできた。それでも、一本目の出撃を終えて着艦した頃には、四人とも一様に疲れた顔をしていた。
一本目のデブリーフィングを終え、二本目の出撃までの合間、整備班の詰所に四人揃って押しかけることになった。
「正直、これじゃ使いにくくて仕方ないです。制御が敏感すぎて、狙ったところに止められない」
私が切り出すと、グレンも大きく頷いた。
「俺も同じだ。軽くなったのは分かるんだけど、その分だけ余計に暴れる」
「レスポンスが良すぎて、逆に微調整が利かないんです」とカイ。
「私は旋回で毎回オーバーシュートしてます」とレナ。
整備班の面々が顔を見合わせ、一人が端末を操作しながら唸る。
「なるほどな……重量が軽くなった分、制御ゲインを見直さずに使ってるから、入力に対して機体の反応が過敏になってるんだろう。本来ならF型専用のOSを載せるのが筋なんだが、今日中にそこまでは間に合わん」
「じゃあ、このままなんですか」
「いや、パラメータだけなら、いじれる範囲でどうにかできる。……お前ら四人、今日一本目のログを出してみろ」
四人分の操縦ログが並べられる。整備班は、それぞれの操作の癖――踏み込みの強さ、反応の速さ、姿勢の戻し方のリズム――を一つずつ拾い上げながら、機体側の制御パラメータを個別に調整し始めた。
「お前は踏み込みが強いタイプだから、感度を少し落とす方向で。……逆にお前は、細かい修正を素早く重ねる癖があるな。なら感度はそのまま活かして、戻りだけ少し粘らせるか」
私の分は、姿勢制御の初動をわずかに鈍らせつつ、切り返しの速さはそのまま残す形に調整された。一撃離脱で間合いを詰める際の勢いを殺さないよう、あえてその部分だけは過敏さを残してある、という説明だった。
午後の二本目、機体に乗り込んだ瞬間、朝とはまるで違う手応えがあった。
「――嘘だろ」
思わず声が漏れる。まず違いを感じたのは加速だった。スラスターの出力自体は変わっていないはずなのに、軽くなった分だけ機体が加速に乗るまでの時間が明らかに短い。踏み込んだ直後の「溜め」が薄くなり、意図した速度域へ滑り込むまでの間隔が詰まっている。
姿勢制御も、朝とは別物だった。四肢を振ってバランスを取り直すアンバック姿勢制御――以前は、腕を大きく振ってようやく機体の向きが追いついてくる、もたついた感覚があった。それが今は、腕をわずかに振るだけで、機体全体がその動きに正確に反応してくる。姿勢の切り替えそのものにキレが出ている、というのが一番近い表現だった。踏み込みの強さも、想定した分だけ機体が応えてくれる。暴れ馬が、ようやく手綱に馴染み始めたような感覚だった。
「動きやすい……!」
通信越しにグレンの声が弾んでいた。
「加速の乗りが全然違う、体が置いていかれる感じがしない」
カイの機体も、いつもの直線的な踏み込みが今日は一段と鋭く見える。腕を振ってからの姿勢の切り返しが速く、間合いを詰める踏み込みの一歩目が、以前よりはっきりと重みを増していた。レナの旋回も、オーバーシュートすることなく、狙った角度でぴたりと止まっていた。
「旋回の最後の一押し、前より全然楽よ。アンバックの効きが違う」
同じ機体のはずなのに、まるで別の乗り物に乗り換えたような感覚だった。
「――その調子なら、癖は掴めそうだな。感覚は元々鈍くない四人だ、あとは時間の問題だろう」
シーマの短い一言が、通信に響く。その日の午後、四人の演習結果には、これまでにない伸びが数字となって表れていた。まだ完全に自分のものになったとは言えないが、少なくとも「暴れ馬」だった機体は、確かに自分の体の一部に近づき始めていた。
夕方、着艦後の点検で、整備班の一人が機体の胸部装甲を軽く叩きながら言った。
「言い忘れてたが、パラメータ調整だけの話じゃないぞ。耐放射線層を薄くした分、内部にちょっとした空きができてる。せっかくだから、そこに何を積むか考えとけ」
「空き……ですか」
「重量的にはまだ余裕がある。予備の推進剤タンクでも、弾倉でも、センサー強化でも、載せられる範囲でなら相談に乗る」
思いがけない話に、少し考え込んでしまう。一撃離脱で間合いを詰めては離れる、を繰り返す自分の戦い方を思えば、真っ先に欲しいのは推進剤の余裕だった。
「俺は、推進剤タンクを増やせないか相談したいです。間合いを詰め直す回数が多いので」
「ふむ、悪くない選択だ。噴射系統への負担も考えて、明日までに調整案を出しておく」
隣では、グレンが整備班の別の一人を捕まえて、弾倉の増設について熱心に話し込んでいた。
「攻めてなんぼだからな、俺は。弾切れで下がるのが一番情けない」
少し離れた場所では、カイが自分の機体の腕部を指差しながら、近接戦用の何かを相談しているようだった。
「威力より、抜きの速さを優先したい。装甲は要らないから、その分アクチュエーターに回せませんか」
レナは、レナで別の整備兵とセンサー周りの話をしていた。
「攻め込む前に、少しでも早く敵の動きを掴みたいの。索敵範囲、広げられない?」
同じ「空いたスペース」を前にしても、四人が求めるものはそれぞれ違っていた。推進剤、弾薬、機動の速さ、索敵範囲――誰の戦い方を映しても、そこには積み重ねてきた三週間の癖が、はっきりと表れているようだった。
夕食の席では、案の定その話題で持ちきりだった。改修を受けなかったダンやベラ、フィン、リンまでもが、興味津々といった様子でテーブルに寄ってくる。
「で、実際どうなんだよ。乗り心地」
ダンに聞かれ、グレンが待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「朝は正直、暴れ馬もいいとこだったよ。だけど午後になったら、もう別の機体かってくらい変わった」
「装甲を減らしただけで、そんなに変わるものなんですか」とベラが半信半疑の顔をする。
「変わるんだよ、それが」と私も口を挟む。「デッドウェイトが無くなっただけで、加速の乗りからしてまるで違う。同じ推力なのに、体感の速度が全然別物になる」
「私の旋回も、前の三倍くらい気持ちよく決まるようになったわ」とレナが得意げに付け加えた。
「たかが装甲一枚分の重さだろ。そんなに変わるかね」
リンが首を傾げると、カイが淡々と答えた。
「一枚分どころじゃないさ。核弾頭を抱える前提の装甲だぞ。あれがまるまる無くなったんだ、そりゃ機体としては別物になる」
「なるほどな」とフィンが小さく頷く。「私たちの機体にも、いずれ同じ話が来るんでしょうか」
誰も、その問いにはっきりとは答えなかった。ただ、四人の機体が確かに変わったという事実だけが、テーブルの空気にじわりと広がっていた。
食後、まだ新しい機体の感覚が体に馴染みきっていない気がして、一人でシミュレーター室へ向かうことにした。廊下の角を曲がったところで、ちょうど反対側からやってきたガイアと鉢合わせする。
「おう、坊主。こんな時間にどこ行くんだ」
「シミュレーターです。今日の機体の感覚、忘れないうちに固めておきたくて」
ガイアが片眉を上げ、こちらをまじまじと見た。
「熱心だな。……なあ、坊主。もしよかったら、俺に稽古つけてもらう気はあるか」
思いがけない申し出に、一瞬言葉に詰まる。
「いいん、ですか」
「いいも何も、俺から言い出したんだぞ。今日のお前らの動き見てて、ちょっと気になっててな」
「――ぜひ、お願いします」
勢い込んで頭を下げると、ガイアが快活に笑った。
「よし決まりだ。いいぞ、鍛えてやる。覚悟しとけよ、坊主」
その笑い方には、どこか楽しげな響きがあった。シミュレーター室へ並んで歩きながら、今日一日で積み重なったものの重さを、ふと思い返す。四週目の始まりにしては、随分と濃い夜になりそうだった。
シミュレーター室に入ると、ガイアは慣れた手つきで対戦用の想定を組み始めた。
「今日は何を教えていただけるんですか」
「お前、水曜の実演の時、俺の誘いに一度食らいついてきただろ。あの度胸、嫌いじゃない」
三連星の連携実演――突出、分断、仕留め。あの時の記憶が蘇る。
「あれをな、逆の立場でやってみせてやる。俺がどうやって、お前らの照準を吸い寄せてるのか、身をもって覚えろ」
開始と同時に、ガイアの機体が真正面から突っ込んでくる。あの日、リオンとグレンが翻弄された動きだ。だが今日は、こちらが受け手ではなく、その動きを間近で体感する側だった。
「――速い」
単純な直進のはずなのに、被弾覚悟の踏み込みには一切の躊躇がない。恐怖を捨てた分だけ、機体が余計な制動をかけずに済んでいる。躊躇いのなさそのものが、速さになっていた。
「怖くないんですか、こんな突っ込み方」
「怖いさ。だが、怖がって減速する方が、結局長く敵の射線に晒されることになる。だったら、最短距離で突っ切っちまった方がマシだ」
言葉の意味を噛み締めながら、今度はこちらが同じ動きを真似てみる。頭では理解していても、いざ機体を突っ込ませようとすると、体が勝手に減速しようとした。
「ほら見ろ、今の。お前も結局、怖がって速度を殺してる」
「分かってはいるんですが……」
「分かってるだけじゃ意味ねえんだよ。俺が何百回とこれをやって、体に叩き込んできたのと同じだけ、お前もやるしかない」
その言葉に、悔しさよりも納得の方が大きかった。木曜夜、一人でシミュレーターに向かって「縫う」感覚を掴んだ時と同じ感触が、今度は違う形で始まろうとしていた。
何度も繰り返すうちに、少しずつ、減速への衝動が薄れていく。まだ完全に消えたわけではない。それでも、一本ごとに、被弾覚悟で踏み込める距離が伸びていくのが分かった。
「悪くない。今日はここまでにしとくか」
時計を見ると、消灯時間まで残りわずかだった。ヘルメットを脱ぎながら、ガイアがにやりと笑う。
「明日も付き合ってやるから、覚悟しとけよ、坊主」
「――ありがとうございます。今日は、本当に助かりました」
深く頭を下げると、ガイアは少し照れくさそうに鼻を鳴らした。
「大袈裟だな。俺が言い出したことだろうが」
それでも、まんざらでもなさそうな顔をしているのが分かった。
自室へ戻る廊下、疲労した体とは裏腹に、頭の中は妙に冴えていた。四週目は、こうして始まった。
少し投稿頻度を落とします。
3~4日に一度に落ち着くと思います。
AIの容量がすぐいっぱいになっちゃうので。
申し訳ないですが、よろしくお願いします。