朝食の席で、グレンがにやにやしながら顔を寄せてきた。
「昨夜、ガイア小隊長と何をしてたって?」
「……稽古をつけてもらっただけだ」
「稽古、ねえ」グレンはスープをすすりながら目を細める。「シミュレーター室の前を通ったら、お前が真っ直ぐ突っ込んで爆発する音が延々聞こえてきたんだが」
カイが向かいの席で顔を上げた。何も言わないが、聞いているのは分かる。
「減速しない練習だ。怖くなって速度を落とす方が、結局長く撃たれ続けることになる、って」
「なるほどな」カイが短く言って、また食事に戻った。それだけだったが、以前のカイならそもそも会話に加わろうとしなかったことを思うと、小さな変化だった。
レナが席に着くなり言った。
「四人とも、今日は対艦・対MS射撃の日ね。機体、まだ本調子じゃないんでしょう」
「昨日よりはマシになってるはずだ」リオンは答えながら、自分の言葉に確信が持てているかを確かめるように、右手を軽く握った。整備班が昨夜のログを基に調整してくれた制御パラメータは、今朝の点検では悪くない反応を返していた。
体調チェックを終え、格納庫に降りると、機体はいつもと変わらない外見でリオンを待っていた。装甲の下がどれだけ軽くなったかなど、見た目からは誰にも分からない。
「調子はどうだ」
声をかけてきたのはオルテガだった。前日までの飛行日と違い、今日は射撃訓練の指導役として顔を出している。
「昨日よりは、動きに驚かされることが減りました」
「上出来だ」オルテガは短く応じ、それから付け加えた。「今日は当てることより、当てた後を意識しろ。撃って、外して、また撃つ。その繰り返しの中で機体がどう暴れるか、そこを見ておけ」
言葉の意味を、リオンはまだ半分しか理解できていなかった。だが以前オルテガが零した「当てた後が問題になる」という一言が、ようやく形を持って戻ってきたのは感じた。
第一回出撃。ダミーバルーンを模擬艦の周囲に配置した射撃訓練場で、リオンはマシンガンを構えた。軽くなった機体は、引き金を引いた瞬間の反動にも以前とは違う反応を返す。狙いを付け直そうとするたび、機体がわずかに流れる。
最初の五発は、狙った場所より右にずれた。
六発目、リオンは狙いを外側に寄せることで補正した。当たる。だが命中の反動で機体がまた流れ、次弾の照準が崩れる。
(当てた後が、問題になる)
オルテガの言葉が頭の中で繰り返された。命中させることだけを目的にしていた自分の射撃が、次の一手を考えていなかったことに、初めて気づかされた。
デブリーフィングでオルテガは淡々と講評した。
「今の機体は、当てた反動の逃がし方まで変わっている。撃って終わりじゃない。撃って、姿勢を整えて、次に備える。それができて初めて連続射撃だ」
グレンも似た苦戦をしていた。カイとレナは元々近接・索敵寄りの適性のため、射撃そのものへの影響はリオンほど顕著ではなかったが、それでも機体の軽さに戸惑う場面はあった。
座学の時間、リオンは前日の反省ノートに一行だけ書き足した。
(撃った後の姿勢立て直し、次の課題)
昼食の席で、カイがベラに小さく礼を言っているのが聞こえた。
「昨夜の指導、悪くなかった」
「悪くなかった、で終わるほど甘くはしてないつもりだけど」ベラは澄まして答えたが、口元はわずかに緩んでいた。カイの射撃精度が確かに上がってきているのは、周囲の誰の目にも明らかだった。
フィンとリンは少し離れた席で静かに食事をしていた。数日前、フィンが零した「私たちの機体にもいずれ同じ話が来るのか」という問いに、誰も答えられなかったことを、リオンはふと思い出した。今日もその話題には誰も触れない。触れられないのだ、と思う。
第二回出撃は対MS射撃だった。模擬敵機を演じるのはマッシュ。距離を取りながら撃ち合う形式の訓練で、リオンは午前の反省を活かし、命中させた直後に機体を横に流して次弾に備える動きを意識した。
三度目の交戦で、狙いを外した瞬間、反射的に速度を落としかけた体が、ふと前日の感覚を思い出して止まった。
(怖がって減速する方が、結局長く射線に晒される)
落とさず、むしろわずかに踏み込む。マッシュの射線から半瞬早く外れ、次の一撃を叩き込んだ。
「――今のは良かったな」
通信越しにマッシュの声が聞こえた。抑揚の少ない、それでいて素っ気なくはない言い方だった。
訓練後、機体から降りたリオンの手は、いつもよりわずかに震えていた。恐怖を捨てて踏み込む感覚は、まだ体に馴染みきっていない。だが確かに、昨日ガイアに教わったものが、今日の一撃につながった。
ログ解析の時間、整備班の若い技師がリオンの操縦データを見ながら唸った。
「制御ゲイン、また微調整が要りそうですね。撃った後の姿勢戻しに、もう少し粘りを持たせるか……」
「頼む」
グレン、カイ、レナもそれぞれ整備班と細かいやり取りを重ねていた。四人の要望はやはりばらばらだった。グレンは弾倉増設の希望を繰り返し、レナは索敵範囲の拡大にこだわり、カイは相変わらずアクチュエーター強化の一点張りだった。
夕食の席は、改修を受けた四人とそれ以外の四人との間に、以前より少しだけ距離ができていた。誰かが悪いわけではない。ただ、機体という一点で、確かに違う何かを背負い始めているのだと、リオンにも分かった。
ダンが場を和ませるように言った。
「俺は俺で、機体構造の勉強を続けるさ。いつか自分の機体にも詳しくなってやる」
「頼もしいな」レナが笑って答えた。
夕食の後、シミュレーター室に向かうと、先にガイアが待っていた。
「約束、忘れてなかったみたいだな」
「忘れるわけないです」
ガイアは端末を操作しながら言った。
「今日は昨日の続きじゃない。新しいのをやる」
「新しい、というと」
「連邦の戦闘機を想定する」
シミュレーター内に表示された的は、これまでの艦船やMSとは明らかに違う輪郭をしていた。小さく、速い。人型ではなく、翼を持った機影がリオンの機体の周囲を高速で飛び回り始める。
「MS同士の格闘は、間合いの奪い合いだ。だが戦闘機相手はそもそも間合いという概念が薄い。すれ違いざまの一瞬で決まる」
「……ずっと格上、ということですか」
「速さで言えばな。だが図体はでかい。当たれば一撃だ」ガイアは機体を旋回させながら続けた。「お前が自分で掴んだっていう『縫う』動きがあるだろう。あれをここで使う」
最初の一機が接近してきた瞬間、リオンは反射的に真っ直ぐ照準を合わせようとした。だが機影はあっという間に脇を抜け、背後に回り込む。
「遅い。狙いを追いかけるな。相手の軌道を先読みして、そこに機体ごと差し込め」
二度目、リオンは狙いを固定するのではなく、自分の機体を横に流しながら相手の予測進路に重ねる形で照準を合わせた。すれ違う一瞬、マシンガンの弾幕が機影をかすめる。
「掠っただけだが、悪くない。次で仕留めろ」
三度目の交錯で、わずかに機体を沈めながら斜めに切り込む。射線が一瞬だけ重なり、命中の表示が点いた。
「仕留めることだけが仕事じゃない」
「……撃墜しないと、意味がないんじゃ」
「戦闘機は片翼折るだけで飛べなくなる。艦だって主砲一つ、副砲一つ潰すだけで後ろに続く仲間がずっと楽になる」ガイアは言った。「お前は一人で戦ってるわけじゃない。そこを忘れずにいるだけで、動き方はまるで変わってくる」
その一言が、狙いを完全撃破の一点に絞りがちだった自分の癖に、初めて気づかせてくれた。
「よし。次は格闘だ」
ガイアは戦闘機の一機をあえて至近距離まで誘い込む形に設定を変えた。
「小さくて速い相手に、斧を振り回しても当たらない。相手の速度をこっちの得物代わりに使え。かわすんじゃない、すれ違う瞬間に、向こうの進路上に刃を置いておく」
言われた通り、リオンは追いかけるのをやめ、機影の予測軌道上にヒートホークを差し出すように構えた。加速してきた機影が、自ら刃に飛び込む形で消えた。
「――今の感覚、覚えとけ。MS戦とはまるで別物の間合いだ」
十本近く繰り返すうちに、艦船やMSを相手にしていた時とは違う種類の疲労が全身に溜まっていくのをリオンは感じた。狙うことより、先を読むことの方がずっと神経を削る。
「今日はここまでにしとくか」
ガイアが機体を止めたところに、グレンが顔を出した。
「お、いいところに。俺にも稽古つけてもらえませんか」
「お前もか」ガイアは呆れたように言いながらも、まんざらでもない様子でグレンの相手も引き受けた。
「戦闘機相手に、そんなことやってたのか」
自分の番を待ちながら、グレンがリオンに小声で聞いた。
「一応な」
「正気か」グレンは笑いながらも、少し羨ましそうだった。
軽口に紛れて、グレンなりの焦りが見え隠れしていた。それに気づいて、リオンは何も言わずに小さく頷いた。
自習の時間、リオンは姉への手紙の続きを書こうとしたが、結局ペンは進まなかった。今日あったことのどこまでを書いていいのか、まだ自分でも整理がついていない。
点呼で、シーマは短く告げた。
「明日も同じ調子で構わない。機体に慣れることが、今週の最優先だ」
それだけだった。だが去り際、シーマがほんの一瞬だけリオンたちの方を見た視線には、何か言いかけて飲み込んだような色があった。リオンはそれに気づいたが、問うことはしなかった。
消灯後、暗い天井を見上げながら、リオンは今日一日で得た二つの感覚――撃った後の立て直しと、恐怖を捨てて踏み込む速さ――を、頭の中で何度も反芻していた。
同じ頃、シーマは一人、執務室に残っていた。
机の上には、訓練評価の書類ではなく、数日前にアサクラ大佐から届いた辞令が広げられていた。もう何度目になるか分からないほど、シーマはそれを読み返している。
――ジオン公国軍突撃機動軍所属、グラナダ海兵上陸戦闘部隊代理司令官に任ずる事。
――第三〇六特別教導大隊は、本辞令発出の日より一週間後をもって解散とする事。
――ガイア、マッシュ、オルテガの三名は、突撃機動軍第七師団第一MS大隊司令部付特務小隊へ原隊復帰を命ずる事。
――リオンは、突撃機動軍第七師団隷下独立遊撃小隊「灰狼隊」への編入を命ずる事。
――上記四名を除く隊員については、本人の希望があれば新編部隊への組み込みを認める事。
――編入希望の申し出は、水曜日までとする事。
文面はどこまでも事務的だった。だが行間に何が横たわっているか、シーマには痛いほど分かっている。
海兵上陸戦闘部隊の代理司令官。名誉な話だ。士官としては願ってもない抜擢だろう。だが海兵隊がどういうものかも、シーマは知っている。真っ先に矢面に立ち、真っ先に倒れる部隊だ。名誉と引き換えに背負う死亡率は、通常の部隊とは桁違いだ。
(マハル出身の自分が、代理とはいえ司令官とはな)
自嘲めいた思いが胸をよぎった。あのコロニー出身者が要職に就くことがどれほど稀か、シーマ自身がよく知っている。皮肉なのか、それとも別の意図があるのか、今の自分には判じかねた。
ガイア、マッシュ、オルテガの三人が原隊復帰という形で名前ごと除外されているのは分かる。三人は元々、突撃機動軍第七師団第一MS大隊司令部付特務小隊の所属だ。この教導任務はそこからの一時的な出向に過ぎない。大隊が解散すれば、三人はただ古巣に戻るだけのこと。志望も編入も要らない、当然の帰結だった。あの三人の武勇は今更疑う余地もない。
(連れて行けるなら、リオンも連れて行きたい)
本音を言えば、そう思っている自分がいる。だが辞令の文面は、はっきりとリオンをその枠から外していた。三人と並んで除外の対象に名前が挙がっているが、理由はまるで違う。三人には戻る古巣がある。だがリオンの行き先として記された部隊名を、シーマは声に出さずもう一度確かめた。
「灰狼隊……」
突撃機動軍第七師団隷下、独立遊撃小隊。聞いたこともない部隊名だった。この方面に長く身を置いてきたつもりだが、記憶のどこを探っても引っかかってこない。新設なのか、それとも表に出ない類の部隊なのか、判断がつかない。
なぜだ、とシーマは思う。素質はトップクラスに高い。それに加えて、ここでの訓練で実力を十分すぎるほど伸ばしている。しかも、その成長は留まることを知らない。だが聞いたこともない部隊への一本釣りじみた編入命令は、素質の話だけで片付けられるものではなかった。
シーマはしばらく辞令を見つめたまま動かなかった。やがて、ふとある記憶が繋がった。
(そういえば……あの子の両親は、確か技術士官だったか)
どこの部署で何をしていたかまでは知らない。だが、上の誰かにとって都合の良い、あるいは都合の悪い名前なのだとしたら――
馬鹿馬鹿しい、とシーマは思った。こんな一教導大隊の人事にまで、上層部の政治ゲームが手を伸ばしてくるとは。
だが思ったところで、辞令そのものが揺らぐわけではない。
明日までに、隊員たちにどう伝えるべきか。全員を巻き込む話ではない。だが黙っていられる話でもない。
しばらく考えた末、シーマは一つの結論に至った。特定の名前だけを挙げて余計な波風を立てるより、全員に等しく機会を与える方がいい。明日の朝礼で全員に告知し、誰であれ希望するなら申し出るように――そう伝えることに決めた。
シーマは辞令を閉じ、引き出しの奥にしまい込んだ。
今夜はまだ、誰にも言わない。だが明日の朝には、全員に伝える。
窓の外、格納庫の明かりはとうに落ちていた。静かな夜だった。だがシーマには、その静けさがいつまで続くものか、確信が持てずにいた。
翌朝の朝礼で、シーマはいつもと変わらない口調で切り出した。
「第三〇六特別教導大隊は、一週間後をもって解散する」
整列していた八人の間に、明らかな動揺が走った。誰も声には出さなかったが、隣同士で視線を交わす者、姿勢を崩しかける者がいた。
「編入先として、新たに編成される部隊が一つある。希望する者は、今日中に申し出ること」
「行き先は……」ダンが思わず口を開いた。
「グラナダ海兵上陸戦闘部隊。危険な任務だが、それと引き換えに名誉ある部隊でもある」シーマは一拍置いて続けた。「指揮は、私が執る」
息を呑む気配が広がった。シーマ自身が率いるという一言に、隊員たちの間で驚きの色が濃くなる。
「ガイア、マッシュ、オルテガの三人は、元の所属である突撃機動軍第七師団第一MS大隊司令部付特務小隊へ原隊復帰する。それから――」シーマはわずかに間を置いた。「リオンは、突撃機動軍第七師団隷下、独立遊撃小隊『灰狼隊』への編入が決まっている」
列の中で、視線がリオンに集まったのが分かった。誰も口には出さなかったが、なぜリオンだけが、という戸惑いが空気にありありと滲んでいた。最近のリオンの伸びを見てきた者にとっては、単なる贔屓では片付けられないと分かっているからこそ、余計に落ち着かない沈黙だった。
それだけ言うと、シーマは朝礼を締めくくった。朝食の席は、いつもより静かだった。誰もが表向きは平静を装いながら、頭の中では同じ問いを繰り返しているのが分かった。
(自分は、志望するのか)
グレンとカイが小声で言葉を交わしているのが目に入った。レナは黙々と食事を進めながらも、フォークを動かす手が心なしか遅かった。ダンが一度だけ、探るような視線をリオンに向けたが、何も言わなかった。
朝の点検が終わった頃、シーマがリオンだけを呼び止めた。
「少し話がある」
人気のない通路で、シーマは短く言った。
「灰狼隊について、朝礼で言った以上のことは、私も知らない」
「……そうなんですか」
「辞令に書かれている以上の情報は、こちらにも回ってきていない。聞いたこともない部隊だ」
その言葉に嘘はなさそうだった。それを告げるシーマの表情には、普段の淡々とした指導とは違う、微かな翳りがあった。
「……いつからですか」
「大隊解散と同時だ。一週間後」
まだ一週間ある。だが実感としては、もう目の前に迫っているように感じられた。
「分かりました」
それ以外、言葉が見つからなかった。
シーマはしばらくリオンの顔を見ていたが、やがて短く付け加えた。
「連れて行けるものなら、私が連れて行きたかった」
それだけ言い残し、シーマは背を向け、歩き去っていった。その後ろ姿に、リオンは何か言いかけて、結局何も言えなかった。
午前の座学の最中、扉が開いてシーマが顔を出した。
「ダン、少しいいか」
名前を呼ばれたダンが、怪訝そうな顔をしながらも席を立ち、廊下へ出て行った。
残された七人の間に、微妙な緊張が走った。誰もそれを口にしなかったが、何のための呼び出しかは、全員が分かっていた。
十分ほどでダンが戻ってきた。表情からは何も読み取れなかった。誰も彼に何をどう答えたのか尋ねなかった。
それから、間を置いて一人ずつ名前が呼ばれていった。ベラ、リン、フィン、レナ――。呼ばれた順番に規則性はないように見えた。廊下へ出て行っては戻ってくる、その繰り返しが座学の間じゅう続いた。
(俺は、呼ばれないんだな)
リオンにはもう答えが決まっている。呼び出す必要すらない。それが分かっていながら、一人また一人と名前が呼ばれるたびに、自分だけが取り残されていくような感覚を拭えなかった。
グレンが呼ばれ、戻ってきた時、リオンと目が合った。グレンは小さく肩をすくめただけで、何も言わなかった。
最後にカイが呼ばれた。戻ってきた時の表情は、他の誰よりも硬かった。
昼食の席は、朝よりもさらに静かだった。誰も志望するかどうかを話題にしなかった。話せば、隣の誰かの選択を否応なく意識することになる。それを、皆が避けているのが分かった。
午後の通信訓練の合間、シーマが短く告げた。
「申し出は、今日の消灯までに」
それだけだった。リオンはただ、その言葉を聞き流すしかなかった。自分にはもう関係のない締め切りだった。
夕食の席で、ダンがぽつりと口を開いた。
「……俺、志望することにした」
「え」レナが箸ならぬフォークを止めて顔を上げた。
「知らない指揮官の下につくより、シーマ中佐についていく方がいい。単純にそれだけだ」ダンは少し照れくさそうに続けた。
その一言をきっかけに、他の面々も口を開き始めた。
「私も、同じだ」ベラが静かに言った。
「俺も」グレンが軽い調子で手を挙げる。カイは黙って頷いただけだったが、その頷きに迷いはなかった。フィンとリンも、短く「志望した」とだけ答えた。レナも少し遅れて、「私も」と付け加えた。
結局、その場にいた七人全員が、同じ答えに辿り着いていた。誰かに合わせたわけではない。それぞれが別々に、同じ結論に行き着いただけだった。
点呼で、シーマは短く告げた。
「今日の申し出をもって、編入希望者を締め切る。――全員、志望と受け取った」
その一言に、隊員たちの間に静かな安堵と、それ以上に強い決意のようなものが広がるのをリオンは感じた。誰も何も言わなかったが、表情がそれを物語っていた。
消灯後、暗い天井を見上げながら、リオンは今日一日の重さを、一人で抱えているような気分になっていた。皆がシーマについていくことを選んだその横で、自分だけが違う場所へ向かう。灰狼隊、という聞き慣れない部隊名だけが、頭の中で繰り返し響いていた。
翌朝、リオンから先にシーマの元へ向かった。
「稽古をつけてもらえませんか」
用件はそれだけだった。シーマはしばらくリオンを見ていたが、やがて短く頷いた。
「分かった。今夜からだ」
その夜から、残り一週間の特訓が始まった。
後から思い返せば、その一週間は怒涛のように過ぎていった。
昼間はいつも通りの訓練が続いた。だが、どこか空気が変わっていた。何かが近づいてきているという、根拠のない感覚がずっと付きまとっていた。演説で聞いた言葉、座学で扱われた連邦軍艦隊の資料、シーマの様子の変化――それらの断片が、一つの足音のように重なって聞こえてくる気がした。開戦、という言葉はまだ誰の口からも出ていない。それでも、確実に何かが迫っていた。
グレンとの軽口、カイとの無言の共感、レナやダンとの他愛もない会話、ベラの生真面目な小言、フィンとリンの静かなコンビネーション――そのどれもが、いつもと変わらないはずなのに、リオンの中では違って感じられた。これが最後の日常になるかもしれない、という思いが、ふとした瞬間に胸をよぎった。だから今は、それを口にしないまま、ただいつも通りに過ごすことを選んだ。
夜は、毎晩シーマとの特訓だった。日を追うごとに、その厳しさは増していった。手加減という言葉が、シーマの辞書から消えたかのようだった。
(自分の手から離れていく前に、教えられることは全部叩き込む)
そんな言葉をシーマが口にしたことは一度もない。だが、その執拗なまでの付き合い方に、リオンはそう感じずにはいられなかった。教える側にとっても、これが最後の機会なのだと。
勝率で言えば、相変わらず一方的に近かった。だが同じ相手と何十戦も重ねるうちに、リオンの中に少しずつ変化が芽生え始めていた。相手の初動の重心の掛け方、間合いを詰める時の癖、機体を傾ける角度――繰り返しの中で、"次にどう来るか"が、僅かながら見えるようになってきたのだ。
「――今、避けたな」
ある夜、直撃コースを外したリオンに、シーマが珍しく声のトーンを変えた。
「勘です」
「いや」シーマは短く否定した。「私の左肩の入り方に、お前は反応した。癖を見ていた証拠だ」
言われて初めて、リオンは自分の中で起きていた変化に気づいた。反射でも偶然でもない。積み重ねた対戦の中で、無意識のうちに相手の挙動の型を拾い始めていたのだ。
「悪くない」
シーマの声に、いつもより僅かに柔らかい響きが混じっていた気がした。
残された時間は少ない。生き残るために必要なものを、少しでも多く。その一心で、シーマは最後の一週間、来る日も来る日もリオンをシミュレーターへ呼び出し続けた。