機動戦士ガンダム ランダムウォーカー   作:うーまろー

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第十九話

 ハッチが閉まる。外の音が唐突に途切れ、代わりにコックピット内の空調と自分の呼吸だけが響き始めた。小瓶の蓋を締め、胸ポケットに戻す。甘さの薄れた、それでも確かに知っている匂いが、狭い空間の隅にまだ残っている。

 『ウルフ3、機体チェック完了。カタパルトデッキへ移動する』

 ミロの声が通信に入る。私は操縦桿を握り直し、応答した。

「ウルフ3、了解」

 隣でリリアの機体が発光する。緑のランプが順に点灯し、リニアレールの上を滑り出す感覚が背中を押した。ムサイの艦内カタパルトは短い。加速はいつも唐突で、内臓が置き去りになるような一瞬のあと、視界が開ける。

 外に出た瞬間、私は言葉を失った。

 黒く塗りつぶされた宇宙のあちこちに、光が散っていた。爆発の光、噴射炎の光、そして――何かもっと大きな、白く灼けるような残光。C型部隊が使ったという核の痕跡だろう。艦内放送でその一報を聞いたときは現実感が薄かったが、目の前に広がる光景は、その一報が誇張でも比喩でもなかったことを容赦なく示していた。艦の残骸が、ゆっくりと回転しながら漂っている。原形をとどめていないものも多い。どちらの陣営のものかは、もう見分けがつかなかった。

 『前だけ見ろ』

 ミロの声が硬い。普段の飄々とした調子が消えている。

 『こういう時に周りを見ると、足が止まる。俺たちの仕事は、あそこじゃない』

 彼が示す方向――コロニー「アインランドフィッシュ」を中心とした多重防御陣形の外周、こちらに向かって展開しつつある艦隊の群れへ視線を移す。連邦軍ティアンム艦隊。マゼラン級の巨躯が幾つも並び、その間隙をサラミス級が埋めている。艦載機はまだ発進していないようだが、それも時間の問題だろう。

「数が、多すぎませんか」

 リリアの声にわずかな震えがあった。彼女らしくない。

 『多い。だが全部を相手にするわけじゃない』ミロが答える。『俺たちの持ち場は右翼側面、艦隊本隊の綻びを埋める遊撃だ。……いいか、隊列を守れ。リリアは後方警戒と牽制、リオンはお前の警戒方向へ動け。俺は正面から突っ込む。順番を崩すな』

 艦内で何度も反復した取り決めだった。頭で分かっていることと、目の前でそれを実行することの間には、まだ埋まりきらない溝がある。それでも、口が勝手に応答していた。

「了解」

 編隊を組んで、味方主力の後方から側面へ回り込む。周囲では他の部隊も次々に発進していた。ムサイ級の艦影が幾つも見える。艦隊全体の規模を実感すると同時に、その一隻一隻に、初陣の朝の自分たちと同じ緊張を抱えた誰かが乗っているのだと思い至って、妙な連帯感と、それ以上の重さを覚えた。

 最初の接触は、ものの数分後だった。

 連邦軍の艦載機――トリアーエズの一団を前面に出し、その陰にセイバーフィッシュが張り付いた編隊――が、右翼側面の隙間を突くようにこちらへ向かってくる。数は十数機。

 『来る。リリア、警戒方向を教えろ』

「三時方向、二機。単独行動、他から遅れて接近中」

 『分かった。リオン、そっちを潰せ。俺は本隊を叩く』

「了解」

 操縦桿を倒し、指定された二機へ機体を向ける。距離が詰まるにつれ、先頭を切るトリアーエズの機影が視界に入ってきた。旋回に弱いあの動きは、もう見慣れている。おそらく後ろに控えるセイバーフィッシュの弾よけとして前に出されているのだろう。油断はしないが、障害というほどの相手でもない。シーマの言葉が頭の奥で鳴った。「当てられる側にも意地はある」――それでも、今は速さで押し切る。

 一機目にマシンガンの弾幕を浴びせる。相手の回避が甘い。装甲を貫通する感触が操縦桿越しに伝わり、爆発と共に光点が一つ消えた。初陣のときは、この一撃だけで頭が真っ白になった。今は違う。手応えを確かめる余裕のまま、視線はもう次へ動いている。

 二機目はセイバーフィッシュだった。図体に似合わぬ機敏さで反転しようとしている。厄介な相手だというのは体が覚えている。それでも、以前ほど視界が狭くならない。周辺の弾幕も、ミロたちの位置も、意識の隅に入ったままだ。逃がすつもりはない。機体を捻り、相手の予測進路の先回りへ回り込む。ただ訓練で叩き込んだ動きを、一つずつ丁寧になぞっているだけだ。それでも今は、それで十分だった。

 二機目も、間もなく光の粒になった。

 『リオン、いい判断だ』ミロの声に、わずかだが安堵の色が戻っていた。『そのままリリアの警戒方向へ動き続けろ』

 だが、安堵は長くは続かなかった。

 『――ウルフ3、下がれ。八時方向、艦の影へ』

 ミロの声が鋭く飛んだ。理由を聞かず即従う。それが取り決めだった。私は考えるより先に指定された方向へ機体を捻り、後退させる。直後、それまで自機がいた空間を、誘導ミサイルの群れが通り過ぎていった。連邦艦の対空砲火が、こちらの動きを読んで先回りしていたのだ。もし方向を自分で判断していたら、コンマ数秒の迷いがそのまま命取りになっていただろう。

「ウルフ1、助かりました」

 『礼はあとだ。あっちのマゼラン級、副砲の連射角に気をつけろ。継ぎ目がある――あそこだ』

 ミロが指し示す方向、艦の側面で砲塔の旋回が一瞬止まる死角を見出す。彼にしか見えていないような何かが、いつも戦況の中に浮かび上がってくるらしかった。私にはまだ、その全部を捉える力はない。それでも、教えられた継ぎ目を信じて機体を滑り込ませることはできる。

 側面に張り付き、副砲の一つへヒートホークを叩き込む。装甲の焼け落ちる感触と共に、火花が散った。撃破には至らないが、少なくとも一門は沈黙する。

「リリア、後方は」

 『問題ない。……でも、艦隊全体が押されてる。数の差が、思ったより大きい』

 彼女の声に滲む不安は、艦の残骸の海を見た瞬間から、ずっとそこにあったものだろう。私も同じものを感じていた。だが今は、その不安を数える時間はない。

 『次だ』ミロの声が飛ぶ。『本隊の綻びが広がってる。行くぞ』

 三機は再び隊列を組み直し、砲火の絶えない宇宙の奥へ向かって加速した。マゼラン級とサラミス級の艦影が、少しずつ近づいてくる。その向こうに、まだ見えていない何かが待っている気配がした。

 艦隊の壁は、遠目に見るほど隙のないものではなかった。数を頼みに広く展開しているぶん、艦と艦の間には必ず綻びがある。対空砲の射界が重ならない隙間、僚艦の砲撃を気にして踏み込めない死角。ミロが叩き込んだのは、その綻びを見つけて潜り込む動きだった。

 『各艦の対空砲を潰しながら進む。艦そのものを沈めるのは後回しでいい――今は他の隊の頭上を軽くしてやることを考えろ』

 通信越しにミロの声が飛ぶ。近くでは、見覚えのないムサイ隊の機体が数機、マゼラン級の対空砲火に足止めされていた。あのままでは押し切られる。私は機体を横滑りさせ、その砲列の側面へ回り込んだ。

 主砲の付け根、装甲の継ぎ目にマシンガンを撃ち込む。一門、また一門と沈黙していく。撃破にまでは至らないが、それでいい。狙いは艦を沈めることではなく、味方の頭上に降り注ぐ弾幕を薄くすることだ。案の定、足止めされていたムサイ隊の機体が動きを取り戻し、空いた射線から本命の的へ突っ込んでいくのが見えた。

「そっちの隊、抜けました」

 直後、レーザー通信の短い明滅がコンソールに走った。ミノフスキー粒子下では電波が使い物にならない分、こうした指向性の光通信が艦や機体の間を繋ぐ生命線になる。開いた回線から、聞き覚えのない男の声が飛び込んできた。

 『――どこの部隊か知らんが、助かった。あのままだったら丸裸で突っ込む羽目だった』

「お互い様です。そちらもご無事で」

 短いやり取りだけで回線は切れた。名乗る間もない一瞬の交差だったが、それで十分だった。

 『上出来だ。次、二時方向のサラミス級。副砲が生きてる』

 言われた方向へ機体を向ける。副砲の連射に晒されながらも、以前教わった継ぎ目を探す。艦の側面、装甲板の重なりがわずかにずれている一点――そこへ滑り込み、ヒートホークで叩く。一門、二門と沈黙させていくうちに、艦全体の火力が目に見えて落ちていった。

 再びレーザー通信が点滅する。今度は近くを航行するムサイ級からだった。

 『こちら第三小隊護衛艦。三時方向のマゼラン級、対空砲の密度がこちらだけでは処理しきれない。手隙の機体があれば頼めないか』

 リリアの声が割り込む。

 『後方、味方の駆逐艦が押されてる。援護に回れる?』

「行きます」

 方向を変え、駆逐艦を取り囲もうとしていたトリアーエズの群れへ切り込む。数を頼みに突っ込んでくる旧式機を、一機ずつマシンガンで払い落としていく。撃破よりも、隊列を崩すことを優先した。的を絞らせず、逃げ場を作らせない。それだけで、駆逐艦にかかる圧力は目に見えて軽くなった。

 視界の端で、弾倉残量を示すインジケーターが赤く点滅していた。

「弾切れます、一旦下がります」

 『了解、こっちで抑える』

 ミロの声を合図に、私は機体を後退させながら弾倉を引き抜いた。空になった弾倉が虚しく宇宙へ流れていく。予備の一つを叩き込み、スライドを引く一連の動作は、体に染み付いた手順だった。それでも、その数秒は恐ろしく長く感じられる。丸腰も同然のこの時間を、リリアの牽制射撃が代わりに埋めていた。彼女の弾幕が、こちらへ向かおうとしていたセイバーフィッシュの進路を的確に逸らしている。

「ありがとう、助かった」

 『お互い様。次は私の番かもね』

 実際、それからほどなくして、今度はリリアの機体からも同じ警告が飛んだ。彼女が弾倉を交換する間、私はその周囲へ機体を寄せ、盾になるように立ち回った。数秒だけの、けれど互いの命を預け合う時間だった。

 ミロもまた、バズーカの装填筒を空にしては、腰のラックから次弾を引き抜いていた。装填の合間、彼の機体は一瞬だけ動きを止める。その隙を突こうとした一機を、私とリリアの二丁のマシンガンが同時に叩き落とした。

 誰か一人が弾切れになる瞬間は、必ず訪れる。だからこそ、その瞬間を互いに守り合う。それが、灰狼隊の連携の、一番泥臭い部分だった。

 戦況が動いたのは、それからしばらく後だった。

 『サラミス級、そっちの二時方向。副砲は死んでるはずだ』

 ミロの声に、私は目を上げた。先ほどヒートホークで沈黙させたあの艦だ。副砲を潰し、対空砲を叩いたことで、艦全体の守りが薄くなっている。狙われているのは分かっていたが、その仕上げが誰の手に渡るかまでは考えていなかった。

 『リリア、そっちからブリッジの死角を塞げ。俺が抜く』

 『了解』

 リリアの牽制で艦の反撃が逸れた隙に、ミロの機体が艦底部から一直線に突っ込んでいく。装甲の薄い機関部へバズーカを叩き込むと、艦全体が内側から光り始め、やがて爆発の膨張に飲み込まれた。

 『サラミス級一隻、撃沈確認』

 艦隊内通信に、味方の声が流れる。トドメを刺したのはミロだったが、あの艦の副砲を黙らせたのは私で、ブリッジへ艦の意識を向けさせなかったのはリリアだった。誰か一人の手柄ではない。三人でどうにか削り切った一隻だった。

 それからも私たちは、派手な撃沈の数字を追う代わりに、対空砲を黙らせ、副砲を潰し、孤立しかけた僚機の傍に付く仕事を続けた。地味な積み重ねだったが、艦隊全体を見渡せば、それがどこかで戦線の重みを変えているのが分かった。

 「リリア、そっちは」

 『何とか。……でも、まだ終わらない』

 彼女の声には、先ほどまでの震えとは違う、疲労の色が滲んでいた。私も同じだった。だが、止まる理由はどこにもない。

 砲火の中を縫うように、私はまた次の綻びへ機体を向けた。

 最初の弾倉交換からそう時間も経たないうちに、二本目の残量も底をつき始めていた。今度はインジケーターが点滅する前に、自分で残弾の少なさを感じ取れた。呼吸のように染み付いた確認作業だった。

「弾倉、最後の一本に入ります」

 『分かった、俺が前に出る』

 ミロの声とほぼ同時に、彼の機体が私の正面へ回り込み、迫っていた敵弾のほとんどを受け止めてくれた。空の弾倉を捨て、最後の一本を叩き込む間、視界の端でミロが被弾を厭わず攻撃を引きつけているのが見える。数秒後、装填完了のランプが灯った瞬間、私はすぐさま彼の側面を援護する位置へ機体を滑らせた。

 少し遅れて、リリアからも同じ報告が入った。

 『こっちも最後の一本』

「了解、抑えます」

 今度は私とミロの二人で、彼女の周囲を固めた。距離を取って牽制するリリアの動きは大きく崩れることなく、装填はものの数秒で終わる。互いのタイミングがずれることはもうほとんどなかった。何度も繰り返すうちに、体がその段取りを覚えてしまったのかもしれない。

 どれくらいの時間が経ったのか、もう感覚が曖昧だった。ヘルメット越しに聞こえる自分の呼吸だけが、時間の経過を数える唯一の物差しのようになっていた。

 『残弾と燃料、報告しろ』

 ミロの声が、ふいに戦術的な硬さを取り戻す。私は反射的に計器へ目を落とした。

「マシンガン、残り一割以下。推進剤も同じくらいです」

 『こっちもバズーカの弾切れだ』リリアが答える。

 『……よし。一度戻る。全機、後方のムサイへ』

 命令は短かった。反論の余地もなかったし、する気もなかった。三機は隊列を組み直し、混戦の中を後方へ抜けていく。行きに比べれば、帰りの道は驚くほど呆気なかった。

 艦内に降り立ち、ハッチが開いた瞬間、こもった熱気が一気に外へ流れ出た。ノーマルスーツの内側は、汗でぐっしょりと重くなっている。首筋にも背中にも、生ぬるい不快感が張り付いていた。バイザーを上げ、初めて外気――といっても艦内の空気だが――を吸い込むと、金属と潤滑油の匂いの奥に、自分の汗の匂いが混じっているのが分かった。それでも、コックピットに焚きしめた甘い香りがまだかすかに服に残っていて、それを吸い込むたび、強張っていた肩から少しずつ力が抜けていくのが分かった。

「気持ち悪い……」

 思わず声が漏れる。整備員が差し出した水筒を、迷わず口に運んだ。ぬるい水だったが、喉を通る感触だけで生き返るような心地がした。半分ほど飲んで、残りをリリアに渡す。彼女も同じように喉を鳴らし、はっとした顔でこちらを見た。

「……ごめん、飲みすぎた」

「いいよ。姉さんの方が長く保ってた」

 軽口を叩く余裕は、ほんのわずかだけ戻っていた。

 帰還したザクIIが着艦拘束具に固定された瞬間、グラムは装甲の表面から立ち上る陽炎を見て、思わず息を止めた。稼働限界まで酷使された機体は、まだ内側に熱を抱え込んだままだった。装甲板の継ぎ目からじわりと滲む排熱が、格納庫の空気を瞬く間に押し上げていく。温度計の針が見る間に跳ね上がり、頬に当たる空気そのものが変わったのが分かった。

 整備班の面々が即座に散った。冷却ホースが機体の関節部へ次々と押し当てられ、圧搾された冷却ガスが噴き出す。白い蒸気が装甲を這うように広がり、視界を一瞬奪う。冷えていく金属が軋むピシ、ピシという音があちこちで鳴り、焦げたオイルと放電の焼けた匂いが鼻を刺した。頭上のアラートが甲高く鳴り続け、次の出撃までの残り時間を容赦なく削っていく。

 グラムは焦げ跡の残る装甲を一瞥し、損傷箇所と補給の優先順位を頭の中で組み替えた。弾薬ラックの交換、燃料ホースの接続、外装点検――どれも同時進行でなければ間に合わない。汗が背中を伝うのも構わず、彼は次の指示を目と手で飛ばしていった。時間との、いつもながらの綱渡りだった。

 グラムたちが弾薬ラックを次々に積み替え、燃料ホースを接続していく。無駄のない手際だった。

 「三機とも、外装の損傷は軽微だ。急げば十分間に合う」

 グラムの声に頷き返す。ミロは既にコックピットへ戻り、計器を睨みながら何かを確認していた。

 『艦隊全体の戦況、共有しておく』ミロが通信を開く。『味方優勢だ。連邦艦隊は撃破率で見ればもう半分近くを失ってる。……このまま押し切れる』

 リリアが小さく息をついた。

 『じゃあ、あと少し』

 『そういうことだ』

 補給は十五分もかからなかった。再びハッチが閉まり、カタパルトへ向かう間、私はもう一度水筒の残りを飲み干した。スーツの中は相変わらず不快だったが、それを気にしている暇はもうない。

 戦場に戻ると、光景は出撃前より一段と激しくなっていた。爆発の光が絶え間なく明滅し、艦の残骸はさらに数を増している。それでも、艦隊全体の押し合いの中心が、確かにこちら側へ傾いているのが肌で分かった。

 三機はまた綻びを縫うように前線へ入っていった。対空砲を潰し、僚機を助け、時にはレーザー通信越しに知らない誰かの礼を受け取りながら、ただひたすらに手を動かし続けた。

 ミロは正面から突っ込むたびに、セイバーフィッシュを確実に仕留めていった。一機はヒートホークの一閃で、もう一機は懐に潜り込んでの近接射撃で、まるで型が決まっているかのような無駄のなさだった。

 私も負けじと機体を走らせる。旋回に弱いトリアーエズを二機、狭い隙間へ追い込んでマシンガンで仕留め、その勢いのままもう一機のセイバーフィッシュへ食らいついた。相手の機動を先読みし、ミサイルの射線を潜り抜けながら一撃を叩き込む。爆散する光を横目に、次の的へ機体を向ける。

 リリアは相変わらず後方から手堅く数を稼いでいた。距離を保ったまま牽制の弾幕でトリアーエズの隊列を崩し、動きの鈍った二機を確実に射抜いていく。派手さはないが、堅実さでは誰にも劣らない仕事だった。

 『そっちも順調そうだな』ミロの声に、わずかな軽口が滲む。

 『順調も何も、当てるだけなら私の方が得意なの』

 リリアが即座に返す。緊張の中に、ほんの少しだけ普段の空気が戻っていた。

 補給で満たしたはずの弾倉も、この激しさの前では長くは保たなかった。ラックに残るのがとうとう一本だけになった段になると、三人とも自然と互いの位置を確認し合うようになっていた。

 私の番が来たとき、援護に回ったのはミロだった。空になった弾倉を捨て、残る一本を叩き込む間、彼の機体が私の正面に割り込み、迫っていた敵弾のほとんどを引き受けてくれた。

 『それが本当に最後の一本だ。大事に使え』

「了解。無駄弾は撃ちません」

 リリアの番では、私とミロの両方が彼女の左右を固めた。ミロのバズーカも、ラックに残るのはあと僅かだった。誰の残弾も、もう潤沢とは言えない。それでも三人は、互いの手数が尽きる瞬間を見逃さず、埋め合い続けた。

 転機が訪れたのは、それからさらに時間が経った頃だった。

 『――全艦へ通達。連邦軍ティアンム艦隊、撤退の兆候あり。損害は艦隊規模の七割に達したと推定』

 艦隊内通信に流れた一報に、周囲の砲火が一瞬揺らいだ気がした。

「……終わるんですか、これ」

 リリアの声に、まだ実感の伴わない響きがあった。私も似たようなものだった。ついさっきまで、終わりの見えない消耗戦の只中にいたはずだった。

 『まだ気を抜くな』ミロが釘を刺す。『崩れた敵ほど、無茶な突撃をしてくることがある。それに――撤退したからといって、消えたわけじゃない』

 その言葉通り、戦闘そのものが即座に止んだわけではなかった。統率を失いかけた連邦軍の一部が、あちこちで捨て身の突撃を仕掛けてくる。私たちはそれを一機ずつ払い落としながら、少しずつ艦隊の輪郭が緩んでいくのを見ていた。

 やがて、連邦軍の主だった艦影が、まとまってこちらへ背を向け始めた。潰走ではない。まだ統率を残したまま、損害を抱えて引いていく動きだった。ルウム宙域の方角へ。

 『戦闘終了。艦隊は目標コロニーの護衛を継続、投下シークエンスへ移行する』

 その一言が艦隊内通信に流れたとき、私はしばらく、それをすぐには信じられなかった。操縦桿を握り続けた腕が、今さらのように鈍く痛みだす。全身にまとわりつく汗の不快感さえ、もう遠いことのように感じられた。

 『ウルフ隊、帰投する。……よくやった、二人とも』

 ミロの声に、いつもの飄々とした調子が少しだけ戻っていた。私は操縦桿から手を離さないまま、ムサイの艦影へ向けて機体を旋回させた。

 ハッチが開いた瞬間、格納庫を満たしていたのは、初陣の時とは比べ物にならない熱気だった。

 整備員たちの怒声にも似た歓声、誰かが打ち鳴らす金属音、あちこちから飛んでくる名前――ウルフ1、ウルフ2、ウルフ3。コックピットから降り立つと、グラムが真っ先に駆け寄ってきて、私の肩を痛いくらいに叩いた。

「見てたぞ、全部。艦隊内の通信、全部拾ってた。お前ら、正気じゃない働きだ」

 声が上ずっている。普段の飄々とした男が、こんな顔をするのを初めて見た気がした。

 ハッチから降りたリリアの周りにも、見覚えのない整備班や、他の乗組員が集まっていく。誰かが「サラミスを削り切ったのはお前らだって聞いたぞ」と声を張り、リリアが困ったように、それでも嬉しさを隠しきれない顔で頷いていた。

 ミロが最後に機体を降りると、格納庫の空気が一段と沸き立った。艦長までもが自ら降りてきて、ミロの手を固く握っている。

「灰狼隊の働き、艦隊本部にも伝わっている。今日一日だけで、対空砲潰し十数門、他隊の援護は数え切れん。……お前たちのおかげで、こちらの被害は最小限に抑えられた」

 艦長の声は、普段の淡々とした調子とは違っていた。

 通路を歩けば、すれ違う誰もが目を輝かせて道を空ける。今までは「灰狼隊の新入り」として遠巻きに見られていた視線が、今日はまるで違う色をしていた。憧れとも、畏敬とも取れる、そういう視線だった。

「――本物、だな」

 誰かがそう呟くのが聞こえた。誰に向けた言葉かは分からなかったが、それが自分たち三人を指しているのだということは、なぜだか分かった。

 食堂に着く頃には、艦内放送で本日の戦果が正式に発表されていた。艦隊全体の勝利、各所で奮戦した部隊の名がいくつも読み上げられる中に、灰狼隊の名も一つとして数えられていた。突出して名指しされたわけではない。それでも、無名の新設部隊が戦果発表の場で名を呼ばれること自体、決して当たり前のことではないのだと、周りの反応を見て初めて実感した。名前が読まれた瞬間、食堂中がわっと沸き立った。誰かが指笛を鳴らし、近くのテーブルから拍手が波のように広がっていく。艦隊全体の戦局を動かしたわけではない。それでも、この場にいる誰もが、自分たちの働きを知っていて、それを喜んでくれている。私はただ、居心地の悪さと誇らしさの両方を同時に感じながら、リリアと目を合わせた。姉も同じ表情をしていた。

 護衛任務そのものは、ここで終わりではない。コロニーはこれから、地球へ向けて最後の加速に入る。その先にどんな結果が待っているのか、この時の私はまだ知らなかった。ただ、生きて戻れることの重みと、湧き上がる艦内の熱気の両方を、今は噛み締めていた。

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