祝杯の余韻など、長くは続かなかった。
帰投からいくらも経たないうちに、艦内放送が短く告げた。
「総員、戦闘配置。ティアンム艦隊残党、接近中」
ブリティッシュ作戦は、まだ終わっていない。コロニーが地球の大気に触れるまでは、気を抜ける瞬間などどこにもなかった。
それから先のことは、後から思い返しても輪郭がひどく曖昧だった。出撃が何度目だったのかも、いつの間に日付が変わっていたのかも、はっきりとは思い出せない。
格納庫では、整備班が休む間もなく機体に群がっていた。稼働直後で灼けた装甲を急速冷却材で冷やし、推進剤を注ぎ足し、空になった弾倉に次々と新しい弾薬を詰めていく。怒声じみた指示が飛び交う中、シャワーを浴びる余裕も、まともに報告を上げる余裕もなかった。ノーマルスーツの内側に染み付いた汗の匂いと息苦しさを纏ったまま、また次の出撃へと押し出される――その繰り返しだった。
出撃すれば出撃したで、休まる暇はなかった。
「三時方向、迎撃ミサイル二基! リオン、そっち任せた!」
ミロの声が無線に飛び込んでくる。照準器の中で、無機質な光点が二つ、こちらへ向けて弧を描いていた。マシンガンの連射で軌道を潰す。爆散した破片が、視界の端で白く散った。
「潰した!」
「上出来だ。リリア、右奥にまだ一機残ってる残党、頼めるか」
「見えてる」
リリアの声は、疲れの滲む中でもどこか冷静だった。ティアンム艦隊の生き残りらしいセイバーフィッシュが一機、隊列を崩して突っ込んでくる。リリアの一撃がそれを迎え撃ち、光の帯が奔ると同時に、敵機は火だるまになって沈黙した。
「……こっちも片付いた」
「戻るぞ、二人とも。長居は無用だ」
短いやり取りだけを交わし、また艦へと引き返す。それの繰り返しだった。撤退したはずのティアンム艦隊の残党が、幾度となく仕掛けてきた。それに加えて、地球側からも矢継ぎ早に迎撃ミサイルが撃ち上げられてくる。コロニーの落下を阻止しようという、なりふり構わない攻撃だった。灰狼隊も、幾度となくその迎撃に駆り出された。
あれだけの激戦を潜り抜け、これだけの戦果を上げたというのに、まだ休めない――そのことに、どこか絶望に似た感情が募った。身体は鉛のように重く、意識は何度も途切れかけた。
何度目かの帰艦の折、医務室の軍医が小さな携行ケースを押し付けてきた。中には、あらかじめ用意されたカンフル剤のアンプルと注射器が数本分まとめて入っている。
「一回分ずつ、自分で打て。いちいちここまで来てる時間はないだろう」
補給を待つほんのわずかな時間――整備班が機体に取り付いている間だけ、コックピットの座席に身を沈めると、それだけで意識が真っ暗に落ちた。気絶するような眠りだった。夢すら見なかった。
次に瞼が開くのは、いつも乱暴に肩を揺さぶられてからだった。次の出撃が、もう迫っている。震える指先を叱咤しながら、自分の腕にカンフル剤の針を刺す。鋭い痛みと共に、強引に意識が引き戻される。誰かに見られているわけでもないのに、無様に顔をしかめる自分がいた。
合間を縫うようにして交わされる言葉も、どこか途切れ途切れだった。整備の最中、グラムが機体の外装を叩きながら怒鳴るように言った。
「派手にやったな! 昨日の数字も見たぞ、トリアーエズ三にセイバーフィッシュ二、合わせて五機だ。この時代、五機落とせば立派な『エース』呼ばわりだぞ!」
「……はあ」
気の抜けた相槌しか返せなかった。エースと言われても、頭の中を占めているのは、いつ休めるのかということだけだった。
「今はそれでいい! とにかく生きて戻ってこい!」
怒鳴り合うようなその会話にすら、ゆっくりと相槌を打つ余裕はなかった。
出撃の合間、無線越しにミロの声が飛んできたこともあった。
「連邦が最後の抵抗を仕掛けてくるとしたら、投下直前が一番濃厚だ。気を抜くな」
それだけを言い残して、無線は途切れた。
その予感は、的中した。
投下時刻が近づくにつれ、迎撃ミサイルの数は目に見えて増えていった。ミノフスキー粒子のせいでレーダーはほとんど機能せず、着弾までの猶予はいつも数秒しかない。
視界が滲む。まぶたが鉛のように重い。何度目かも分からないカンフル剤の効き目は、もうほとんど感じられなかった。それでも、指だけは覚えていた。
「来る、左! 二基!」
誰の声だったかも、判然としなかった。反射だけで機体を捻り、マシンガンの引き金を引く。着弾の光が、瞼の裏に焼き付く。
「もう一基……くそ、間に合え……!」
ミロの声が、珍しく上ずっていた。密集して飛来する光点の群れに、こちらの残弾は心許ないほど減っている。
「リオン、右に回り込んで! 死角を作らせるな!」
リリアの声が耳に届いた瞬間には、もう身体が動いていた。思考より先に手が動く――そんな感覚は、もう何度目かも分からなかった。
視界の端で、一基のミサイルが僚機のすぐそばをかすめて爆発した。衝撃波に機体が揺れる。悲鳴を上げる余裕すらなく、次の標的へと照準を移した。
どれだけの数を墜としたのか、もう数えていなかった。ただ、来るものを、来る端から潰す。それだけだった。
やがて、潮が引くように攻撃が止んだ。
「……終わった、のか?」
誰かが呟いた。応える声はなかった。ただ、荒い息遣いだけが、無線越しに重なっていた。
◇
1月10日、午前八時二十七分。艦内に緊張が満ちていた。ティアンム艦隊の撤退から数えて、実に四十時間近くに及ぶ、ほとんど休みのない攻防の末のことだった。コロニーの推進器が最終噴射を終え、地球への降下軌道に入る――その瞬間を、灰狼隊は外周哨戒の位置から見守った。この期に及んで新たな妨害はなく、コロニーは静かに、しかし確実に大気の層へと近づいていった。
投下が成った以上、護衛艦隊がこの宙域に留まる理由はない。コロニーが軌道に乗ったのを確認するや否や、艦隊は一斉に反転し、本国・サイド3への帰途についた。成否のほどはどうあれ、まず艦隊を立て直すのが先決だった。
それを見届けると同時に、灰狼隊はすぐさま母艦へと帰投した。ドックに機体が固定された感触を最後に、しばらくの記憶がない。安堵からか、あるいはただ限界を迎えただけなのか、コックピットのシートに身を預けたまま、私の意識はふっつりと途絶えた。
◇
三機が同時に帰投したという報告を受けて格納庫に駆けつけた時、グラムはすぐに異変を悟った。
ハッチを開けても、誰も出てこない。
「おい、リオン! 返事しろ!」
声をかけても反応がない。慌てて中を覗き込むと、シートに沈み込むようにして意識を失っているリオンの姿があった。顔は蒼白で、額には脂汗が滲んでいる。
「衛生兵! 至急、医務室へ連絡しろ!」
怒鳴りながら、隣のリリアの機体にも同僚を走らせる。案の定、リリアも同じようにコックピットの中で意識を失っていた。
二人がかりでハーネスを外し、力の抜けた身体を担架へと移す。ぐったりとした重さに、思わず息が詰まった。
ミロの機体だけは、辛うじて様子が違った。ハッチが開くと、青白い顔をしたミロが、自力でシートから身を起こそうとしていた。
「……悪い。手が、震えて自分じゃ出られん」
声は掠れていたが、意識ははっきりしている。グラムはミロの肩を支えながら、担架で運ばれていく二人の背中を目で追った。
「とんでもない無茶をしてくれたな、まったく」
誰にともなく呟いた声は、安堵と呆れが半分ずつだった。
運ばれていく途中、艦内放送のノイズが響いた。艦長の声は、いつになく張りがあった。
「地球へのコロニー投下、成功。目標地点に多大な打撃を与えた」
通路の向こうから、歓声じみたどよめきが伝わってくる。担架の上の二人は、それに気づく様子もなく、荒い息を繰り返すだけだった。
「……派手に祝ってる場合か」
グラムは誰にともなく吐き捨てて、医務室への道を急いだ。
◇
目を覚ました瞬間、こみ上げてきたのは意識よりも先に吐き気だった。反射的に横を向くと、ちょうど腕の届く位置に、金属製の容器が置かれている。何度も何度も、胃の中身が空になってもなお、えずきが止まらなかった。胃が引き絞られるような痙攣が続き、額には脂汗が滲む。手先は細かく震え、頭の芯を鈍器で殴られているような頭痛が、その全部に追い打ちをかけてきた。
右腕には管が繋がれていた。カンフル剤の中和剤だと、後になって聞かされた。
隣のベッドから、同じように苦しげなえずきの音が聞こえてくる。リリアも、同じ容器を抱えるようにして嘔吐を繰り返していた。少し離れたベッドでは、ミロが上体を起こした姿勢で、青白い顔をしながらもこちらを見ていた。嘔吐こそしていないものの、額には脂汗が浮かび、時折小さく咳き込んでいる。二人よりはまだましな状態、というだけだった。
しばらくして、ようやく波が引いた。天井の照明が、ひどく眩しく感じられた。
「……ひどい、ざまね」
顔色の悪いまま、リリアが先に声をかけてきた。
「……姉さん」
「……お互い、いい歳して、無茶するわね」
軽口のような口調だったが、声はまだ掠れていて、震えが残っていた。
「言うほど、お前らほどじゃないけどな」
ミロが横から、力なく口を挟んだ。それだけ言うのがやっとらしく、すぐにまた枕へ頭を沈めた。
コロニー投下が「成功」と発表されたことは、後から聞かされた。地球に、多大な打撃を与えた――その言葉を反芻しても、実感は湧かなかった。安堵なのか、失望なのか、それとも別の何かなのか、自分でも分からずにいると、隣のベッドからリリアがベッド越しに手を伸ばし、そっと重ねてきた。
「考えすぎなくていい」
姉の声は静かだった。「今は、それより先に治すことだけ考えて。あなたも、私も」
その言葉が正しいのかどうか、私には判断できなかった。けれど、その手の温もりだけは、確かに本物だった。
◇
艦が既にサイド3への帰途にあることは、医務室のベッドの上でも肌で感じ取れた。振動の質が、戦闘時のそれとは明らかに違う。そして、医務室のベッドに横たわったまま迎えたその日のうちに、艦内放送が今後の方針を告げた。本国・サイド3で突貫の補給と機体整備を行った後、サイド5への侵攻――第二次ブリティッシュ作戦の実行に移る、というものだった。日付の指定もないまま、「速やかに」とだけ強調されていた。
点滴の管が外れ、ようやく上体を起こせるようになったのは、それからしばらく経ってからのことだった。
◇
療養の合間を縫って、私はリリアの部屋を訪ねた。姉は荷物を整理する手を止め、少しだけ驚いた顔をした。
「珍しいわね、リオンから来るなんて」
「別に、用件があるわけじゃない」
そう言いながらも、私は椅子に腰を下ろした。しばらく、二人とも何も話さなかった。壁の向こうから、機関部の低い唸りが伝わってくる。
「姉さんは、怖くない?」
尋ねると、リリアは少し困ったように微笑んだ。
「怖いわよ、当たり前でしょう。でも――」
彼女は言葉を切り、窓の外、艦が向かっている方角へ視線を向けた。
「リオンが隣にいてくれるなら、大丈夫だと思ってる」
その一言に、私は何も返せなかった。ただ頷くことしかできなかった。
◇
窓の外を流れる星々の中に、ひときわ遠く、微かな光の帯がひとつ滲んで見えた。サイド3の方角だ。
自室の窓からその光を眺めながら、私はいつものように小瓶に触れた。栓は開けない。ただ、そこにあることを指先で確かめるだけで、少しだけ息が整った。
◇
窓の外に見慣れた工業コロニーの意匠が滲んで見えた瞬間、艦内にどこかほっとしたような空気が流れた。サイド3、ジオン公国本国。
「懐かしい、というほどでもないが……悪い気はしないな」
グラムがぽつりと呟いた。
入渠したのは、慌ただしい早朝だった。停泊できるのはわずか二日間。上陸許可は下りず、乗組員のほとんどは艦内での休息と、突貫の補給・整備作業に忙殺されることになった。
◇
格納庫に呼び出されたのは、到着した日の午後だった。案内された一角には、見慣れたC型改修機ではなく、真新しい塗装の機体が一機、静かに佇んでいた。整備班の中心で、グラムが端末片手に待っていた。
「お前の機体、正式なF型に載せ替えることになった」
「載せ替え、ですか」
「ああ。今の機体、被弾自体はそう多くなかったが、この一週間の稼働でガタが来てる。関節の摩耗も、フレームの疲労も、正直付け焼き刃の整備じゃもう誤魔化しきれないところまで来てた」
グラムは真新しい機体を見上げながら、続けた。
「それに加えて、今度の戦果と評価だ。これだけの数字を残した奴を、いつまでもガタの来た現地改修機に乗せ続けるわけにもいかんだろう。上からも、消耗した分は正式な新造F型に載せ替えてやれと話が来てる」
「そんな、急に言われても……」
「機体が変わっても、お前がお前であることに変わりはない。それに――」
グラムは端末を操作しながら、にやりと笑った。
「中身は、そのまま持っていく。今までのOSも、積み上げてきたログも、丸ごと新しい機体に叩き込む。魂だけ、器を移すようなもんだと思っておけ」
整備班の一人が新造機のコックピットへケーブルを繋ぐと、モニターに見慣れないデータの流れが表示された。旧機体のOSと稼働ログが、真新しいフレームへと転送されていく。反応速度、旋回性能、照準補正――数値そのものは新機体本来の性能に引き上げられながらも、そこにはこれまで積み重ねてきた自分の癖の記録が、そのまま織り込まれていた。
「悪い方の癖まで込みで調整してある。デコイを投げる瞬間、一拍固まる癖があるだろう。今回のチューニングじゃ、そこの反応遅延を潰す方向に振ってある」
「知ってたんですか」
「知らいでか。整備班からしたら、機体のログは丸見えなんだよ」
グラムはモニターを指先で叩いた。
「これで多少は、動きやすくなるはずだ。ただし――」
その笑みが、少しだけ真剣なものに変わる。
「機体そのものは新品だ。今までの感覚と、微妙にズレる。慣れるまでは無茶するなよ」
◇
試験起動を終えたコックピットの中で、私はしばらく操縦桿を握ったまま動けずにいた。慣れ親しんだはずの反応が、ほんの少しだけ違う。以前よりも軽く、鋭く、そして――どこか、他人行儀だった。塗装の匂いすら、まだ新しかった。
それでも、悪い気はしなかった。この機体は、間に合わせでも借り物でもない。積み上げてきた戦果が、正式にそれを裏付けたということだ。何度か操縦桿を握り直すうち、他人行儀な感覚の奥に、じわりとした誇らしさが滲んでくるのが分かった。
◇
二日間の停泊は、あっという間に過ぎた。補給物資の搬入、機体の最終チェック、慌ただしく行き交う整備班の怒声――そのすべてが、まるで最初から短い休息などなかったかのように、出撃準備へと押し流されていった。
◇
サイド3を発ち、サイド5へ向かう航路は、これまでのどの移動よりも静かだった。ミノフスキー粒子を撒く必要もなく、艦隊は編隊を保ったまま、ただひたすらに宙域を渡っていく。哨戒の回数も減り、代わりに増えたのは新しい機体との擦り合わせだった。
新造機に乗り換えたばかりの身では、その「擦り合わせ」も実質は訓練時間だった。一日二回、艦から一定距離だけ離れた安全区画で単機の慣熟飛行に充てられる。午前は主に基礎挙動の確認――旋回半径、急制動からの再加速、腕部の可動域いっぱいまでの振り抜き。午後はその日のログを基に、グラムたちが微調整した数値を体に馴染ませ直す時間だった。
もっとも、勝手が分からず振り回されるようなことはなかった。元々ハードの方は現地改修でF型相当の仕様に近かった分、動きの傾向そのものは頭に入っている。違うのは、その先だった。踏み込んだ分だけ前に出ようとする脚部の応答が、これまでよりわずかに滑らかで、余計な引っかかりがない。振り向きざまの照準の追従も、以前なら意識して補正していた分の遅れが、最初から存在しないかのようだった。
悪いくせが直ったわけではない。ただ、これまで自分の技量と経験でねじ伏せてきた部分を、機体の方が先回りして埋めてくれている――そのことに、妙な据わりの悪さを覚えた。楽になった分だけ、どこか信用しきれない自分がいた。
二日目の午後、僚機として並走していたミロが、通信越しに声をかけてきた。
「どうだ、新しい機体は」
「……悪くない、と思います。ただ、扱いやすくなりすぎてて、逆に落ち着かない」
「贅沢な悩みだな」
ミロの声には、からかうような響きがあった。
「今まで技量でねじ伏せてきた部分を、機体の方が勝手に埋めてくれる。慣れるまでは、その分の余裕をどう使うかで戸惑うもんだ」
「余裕の使い方、ですか」
「そう。今まで無理を通すのに使ってた分の力を、今度は別のことに回せる、ってことだ」
そう言われて、次の旋回では、これまで機体を捻じ伏せることに使っていた注意の一部を、周囲の警戒や次の動きの先読みに回してみる。すると、機体はそれに応えるように、素直な軌道を描いた。
「……なるほど、な」
「だろう?」
ミロの声に、満足げな響きが混じった。それからしばらく、二人は言葉少なに機体を並べたまま、宙域を旋回し続けた。何度も同じ機動を繰り返すうちに、少しずつ、新しい機体の「素直さ」が、自分の間合いの一部として馴染んでいくのが分かった。
その静けさが、かえって落ち着かなかった。
◇
数日をかけて、艦隊はサイド5の外縁に到達した。到着に先立ち、艦内には既に緊張が走っていた。偵察部隊からの報告で、目標周辺に連邦軍守備隊が展開済みであることが伝えられていたからだ。奇襲は、もはや望めない。
展望窓の向こうに広がる光景は、見慣れたサイド2やサイド4のそれとはどこか違って見えた。工業用コロニーが多いと聞いていた通り、無骨な建材と巨大なプラント群のシルエットが、星明かりの中に沈んでいる。だが、のんびりと眺めていられる余裕はなかった。レーダーに映る光点のいくつかは、明らかに味方のものではなかった。
「もう、待ち構えられてるってことですか」
隣に来たグラムの声は、いつもの気安さが薄れていた。
「ああ。しかも、こっちの動きを見越してた節がある。ただの守備隊配置にしちゃ、展開が早すぎるし、数も多すぎる」
「なんで、そこまで分かってたんでしょうか」
「さあな。……にしても、随分と手回しがいい」
グラムはそこで言葉を切り、レーダー画面の光点へと視線を落とした。
「あまり、いい予感はしないな」
◇
艦長からの正式なブリーフィングは、到着してからいくらも経たないうちに招集された。士官室に集められたのは、艦の主だった士官と、灰狼隊の三人だけだった。
「今回の作戦目標は、サイド5内の非武装コロニー一基を確保し、地球への再投下作戦――第二次ブリティッシュ作戦を実行することにある」
艦長の口調は淡々としていたが、部屋の空気は張り詰めていた。
「既に確認されている通り、目標周辺には連邦軍守備隊が展開済みだ。奇襲は望めない。今回は、コロニーの護衛に徹した前回とは訳が違う。正面から連邦軍とぶつかり合う、正真正銘の決戦になる」
室内の空気が、一段と固くなった。
「投下予定日は追って通達する。それまでの間、艦隊はコロニー内外の抵抗勢力排除と、確保後の警備任務にあたる。加えて言っておく――目標のコロニーには、住民が残ったままだ。前回よりも、遥かに厳しい戦いになるだろう。……諸君の奮闘を祈る」
抵抗勢力、という言葉と、住民、という言葉の両方に、私は思わずミロの横顔を見た。ミロは表情を変えないまま、小さく頷き返してきた。
◇
ブリーフィングを終えて格納庫へ向かう通路は、既に慌ただしかった。整備班が資材を運び、パイロットたちが足早に行き交う。その人波を縫うようにして、ミロが横に並んできた。
「前回の投下、覚えてるか」
「成功したと、聞きました」
「表向きはな」
周囲の喧騒に紛れさせるように、ミロは声を落とした。
「本当のところは、俺にも分からん。上から下りてくるのは、いつだって都合のいい話だけだ。……だが、その話は今はいい」
「え?」
「まずは、目の前の戦いだ。守備隊の正確な規模も戦力も、まだ掴めてない。今までで一番、厳しい戦いになるかもしれん」
ミロは前を向いたまま、歩調を緩めずに続けた。
「詳しい話は、生きて戻ってきてからだ。今は、それだけ考えとけ」
その言葉の重さを飲み込む間もなく、格納庫の扉が見えてきた。ミロは肩を軽く叩くと、自分の機体の方へと足早に離れていった。
◇
搭乗前の僅かな時間、携行食を口に押し込みながら、リリアと言葉を交わした。座って向き合う余裕すらなく、互いに機体の脇に立ったままだった。
「今回は、正直、まずいかもしれない」
思わず零れた言葉に、リリアが小さく頷いた。
「艦長の顔、見た? 今までで一番、緊張してるように見えた」
「今までは、多少無茶しても何とかなってきた。でも、今度は……」
言葉が途切れる。私にも、続きは分からなかった。ただ、姉の手にそっと自分の手を重ねた。今度は、私の方から。
「大丈夫。今までだって、なんとかなってきた」
根拠のない言葉だと、自分でも分かっていた。それでもリリアは、少しだけ肩の力を抜いたように見えた。
◇
コックピットに乗り込む直前、私はいつものようにシーマの小瓶に触れた。栓は開けない。ただ、指先でその重みを確かめる。
これまでの戦いには、まだ分かりやすい輪郭があった。連邦軍の艦艇、パイロット、撃つか撃たれるかの単純な図式。今回は、その先に何が待っているかさえ、既に分かっている――守備隊が展開済みという情報の分だけ、恐怖の輪郭は明確なはずだった。それなのに、これから向かう先にあるものは、かえってひどく曖昧に感じられた。民間人がいるかもしれないという一点が、単純だったはずの図式を、丸ごと塗り替えてしまっていた。
ハッチの向こう、格納庫の照明が慌ただしく明滅している。その奥のどこかに、私たちがこれから足を踏み入れることになる標的があるのだと思うと、握った小瓶の冷たさが、いつもより強く掌に染みた。