三度目の出撃までの間隔は、これまでで一番短かった。
装甲の温度が下がりきる前に、グラムの声が整備回線を割って入ってきた。
「悪いが今回は急かす。本隊が動き出した、突撃路はもう繋がってる」
リオンは携行食の残りを口に押し込みながら頷いた。ヘルメットの内側で汗が冷えていく感覚がまだ抜けない。
コックピットに乗り込む直前、姉が装備を確認しているのが見えた。マシンガンのラックに加えて、バズーカ用のハードポイントが新しく増設されている。直談判で勝ち取った両方持ちだ。
「無理はするなよ、姉さん」
「それはこっちの台詞よ」
リリアは短く笑ってから、すぐに真顔に戻った。「今度は本隊よ、旗艦まで含めた。哨戒や輸送とは守りの厚みが違う」
ミロが隊列の先頭でハッチを閉じる。無線越しの声はいつも通り平坦だった。
「目標は敵旗艦を含む本隊。俺とリオンはバズーカのみ、弾数を惜しむな」ミロの声はそこで一拍置いた。「リリアは今回、二丁持ちで機体が重い。いつもの速度は出ないと思って動け――こっちが速度を合わせる、後方から援護に回れ。危なくなったら遠慮なく引け」
「了解」
二人分の返答が重なった。
射出のGが背中を押した瞬間、視界いっぱいに広がったのは、これまで見たどの戦場よりも密度の高い光の網だった。連邦艦隊の対空砲火に加え、セイバーフィッシュの編隊が幾つも隙間を縫うように飛び交っている。艦への道筋だけを見ていては、横合いから食われる。
「セイバーフィッシュ、左上十時方向、三機!」
「見えてる、任せろ!」
姉のマシンガンが咆哮した。
「二機、逸らした! 残り一機も足止めた――抜けるなら今よ!」
「悪い、助かる!」
その声を合図に、正面の対空網に、ほんの一瞬だけ薄い筋ができる。
「行くぞ!」
ミロの声と同時に、リオンは加速した。姉が開けた隙間へ、ミロと並んでねじ込む。周囲を警戒する余裕は最低限しか残っていないが、艦載機の位置だけは意識の隅で追い続ける。狙いを外せば、次に食われるのはこちらだ。
隙間の奥に見えてきたサラミス級の艦影に狙いを定めた。四方から突き上げてくる対空弾幕は、もう幕というより壁だった。機体を細かく振ってかいくぐるたび、装甲を何かがかすめていく音がコックピットにまで響く。
「対空弾幕、密度上がってる! 気をつけて!」
「わかってる!」
姉に短く返しながらも、狙点からは目を離さない。呼吸のたびに肺が痛む。加速のGで視界の端が滲む。それでも止まれば、次に狙われるのはこちらだ。
撃った瞬間、そこにあるのは狙点ではなく未来の一点だ。艦の回避運動、僚機の遮蔽、味方の斉射のタイミング――それらすべてを一瞬で読み切ってから、引き金を引く。
「くっ――」
一発目は、狙った艦橋ではなく数メートルずれた外殻に着弾した。装甲が抉れただけで、致命傷には遠い。焦りが喉元まで上がってくる。
「もう一発いける、弾幕はまだ続いてる!」
ミロの声に押されるように二発目を放つ。サラミス級の艦橋脇の対空砲座を捉えて爆炎を上げた。
「よし――」
言い切る前に、右前方で友軍のザクが被弾して爆散した。名前も知らない僚機だった。無線に悲鳴も報告もなく、ただ機影が一つ消えただけだった。誰もそれを悼む余裕がなかった。爆炎の残光が視界を白く焼き、その残像がしばらく消えなかった。
密度は減らない。下がる者がいないからだ。撃墜された分だけ、後続がその穴を埋める。総力戦とはそういうものだと、リオンはこの戦役に入ってから何度も思い知らされていた。次は自分かもしれない――その考えを、無理やり奥へ押し込む。
「リオン、下!」
姉の声に反射で機体をひねった。実体弾がすれ違いざまに右肩の装甲をかすめる。焼けるような衝撃はもう慣れた痛みだった。放ったのはセイバーフィッシュの機銃だったと、視界の端で気づく。心臓が痛いくらいに早鐘を打っている。あと一歩、判断が遅ければコックピットごと持っていかれていた。
考える暇はミロの声にかき消された。
「本隊まで距離三千。突撃路、まだ塞がるな!」
残弾表示を確認した。まだ数発残っている。心臓が耳の奥で鳴っているのが分かる。だが三千では話にならない、この密度の弾幕越しに当てられる距離じゃない。
「まだ距離を詰める、援護を!」
「構わない、外すなよ!」
ミロの声が短く飛ぶ。姉のマシンガンの連射音が背後で途切れず続いている。援護はまだ保っている――なら、止まる理由はない。
リオンは機体を対空弾幕の隙間へねじ込むように、艦へ向けて直進した。実体弾が右に左にかすめていく。距離計の数字が急速に減っていく。三千、二千、千五百――このままでは食われる、そう思った瞬間に、狙える距離まで滑り込んだ。
狙点は艦首の弾薬庫付近。艦の回避運動、僚機の遮蔽、味方の斉射のタイミング――それらすべてを一瞬で読み切る。時間の流れが妙に間延びして感じられた。周囲の砲火も、姉の声も、遠くで一段くぐもって聞こえる。世界がこの一射のためだけに存在しているような、あの感覚だった。
「当たれ……!」
引き金を引く。三発目が、光の尾を引くこともなく、静かにサラミス級の艦首へ吸い込まれていく。
最初に見えたのは、装甲が裂けて白い蒸気が虚空に噴き出す光景だった。まだ致命傷には見えない。リオンの中で、失望に似た冷たさが一瞬だけ胸をよぎる――が、次の瞬間、船体の中心から光が膨れ上がった。
「誘爆――弾薬庫、引火してる!」
姉の声が裏返る。艦首から艦尾へ、亀裂が走るように爆炎が伝っていく。轟音のはずのそれが、真空の中では奇妙なほど静かに、ただ光としてだけ広がっていく。何かに引きずられるように、船全体がゆっくりと形を失っていく。
「割れる、離れろ!」
ミロの怒鳴り声で我に返り、リオンは反射的に機体を横へ滑らせた。真っ二つに割れた船体が、それぞれ違う方向へ、まるでスローモーションのように流れていく。数百人が乗っていたはずの艦が、ただの熱を持った金属の塊に変わっていく様を、リオンは息を止めたまま見ていた。爆炎の中に、まだ動いていたはずの人影が幾つも見えた気がしたが、確かめる術はなかった。それが自分の手で為したことだという実感だけが、遅れて胸の奥に沈んでいく。
「サラミス級一隻、轟沈!」
艦長機からの確認が無線に響く。事務的な、それでいてどこか重みのある声だった。
「リオン、やったな!」
ミロの声が珍しく弾んでいた。
「……はい」
短く返しながら、リオンは自分の手が小さく震えているのに気づいた。恐怖なのか、高揚なのか、それとも別の何かなのか、自分でも判別がつかない。単独で艦を沈めたのは、これが初めてだった。感情の名前をつける前に、次の対空弾が機体をかすめて我に返る。喜んでいる暇はない――そう自分に言い聞かせながらも、指先の震えはしばらく止まらなかった。
背後から近づいてくる三機があった。無線が勝手に繋がる。
「おい、今のお前か? サラミス、仕留めたの」
振り返ると、見慣れないF型のザクが三機、並んで飛んでいる。
「……そうですけど」
「やるじゃねぇか、坊主」
その呼び方に、リオンの記憶が一気に巻き戻った。この声、この間の抜けた笑い方――第306特別機動大隊で嫌というほど聞いた声だ。
「まさか……ガイア小隊長?」
別の一機から、今度は間延びした声が続いた。
「へえ、まぐれじゃないといいけどな」
オルテガの声だ。三機目は口数少なく、そう茶化すように呟いただけだった。マッシュも変わっていない。
「こりゃ俺達も負けてらんねぇな!」
「戦艦狩りはこうやるんだよ、坊主、よく見とけ!」
ガイアの機体が笑いながら加速し、正面に見えていた別のサラミス級へ躊躇なく突っ込んでいく。
「対空、右舷に寄せる」
オルテガの声が短く応じた。すかさずその機体が右舷側へ回り込み、対空砲座を一つずつ正確に沈黙させていく。ガイアの突入経路から、脅威を先回りで削っていくような動きだった。
「後ろは任せろ」
マッシュが最後尾から追いすがるセイバーフィッシュの編隊を機銃で牽制し、二機を退けた。三人とも無駄口を叩きながら、手だけは一切遊んでいない。
「もらった!」
撃墜距離まで詰めるのも待たず、ガイアがほとんど零距離から放った一撃が艦橋を貫いた。指揮系統を失った船体が、慣性のまま虚空を漂い始める。
「艦橋だけじゃ沈まねぇぞ、詰めが甘い」
オルテガが呆れたように呟きながら、行き足の落ちた船体の中央部へもう一撃を叩き込んだ。今度こそ船体の奥で誘爆が起こり、艦全体が光に包まれる。
「はい、沈没っと」
爆炎が上がるより早く、三機はもう次の獲物へと機首を向けていた。
「一隻、片付け」
「はいはい、次行こうぜ」
三機はまるで最初からそう決まっていたかのように、言葉少なに次の獲物へと散っていく。
「相変わらずですね、あの人たち……」
リオンは呆気に取られたまま呟いた。名乗り直しもせず、労いの言葉も待たず、三機はあっという間に戦場の奥へ紛れて見えなくなった。大隊解散から一月と経っていないはずなのに、随分と久しぶりに会った気がした。
「……今の、化け物か何かか?」
ミロの声が無線に漏れた。零距離特攻を見ていたのはリオンだけではなかったらしい。
「一撃で轟沈って、正気じゃないわね」
姉も呆れと感心の入り混じった声を上げる。
「見た目じゃそんな凄腕だなんて分かりませんけど……うちも相当な手練れ揃いだと思ってたのに、上には上がいるもんですね」
「聞いてるだけで胃が痛くなる話だな……」
ミロが短く息を吐いた。「――と、感心してる場合じゃない。俺たちも次だ」
正面、まだ健在のサラミス級がもう一隻、対空砲門をこちらへ向け直しているのが見えた。
「行くぞ!」
ミロの声を合図に、リオンは加速した。
「セイバーフィッシュはこっちで引き受ける、二人は艦だけ見てて!」
姉が並走しながらマシンガンを撃ち放つ。狙いは正確で、群がろうとする敵機の進路を次々に逸らしていく。
「無理するなよ、機体が重いんだから」
「今更よ、行きなさい!」
ぴしゃりと返され、ミロは苦笑まじりに短く「了解」とだけ答えた。
前方の艦への道はミロとリオンが切り開き、その両脇から食い込んでくる敵機は姉が食い止める――役割は最初から決まっていたように、誰も言葉を交わさずに噛み合う。
「左、任せた」
「了解、右見とく」
言葉は最小限で済む。互いの位置と残弾を、声よりも先に機体の動きで把握している。弾切れの気配を見せた瞬間には、リオンかミロのどちらかが必ずその穴を埋めた。
「弾切れ、カバー頼む!」
「見えてる、そっち行った!」
姉の一言に応じて、リオンが一瞬だけ進路を変え、姉の死角に食い込もうとしていた敵機を撃ち落とす。
「悪い、助かった!」
「気にすんな、リロードしろ!」
姉は礼を言う間もなく次の敵へ照準を移していた。
「そっちもな、無理すんなよ」
「うるさい、それはこっちの台詞!」
軽口の応酬の合間にも、互いの銃口は止まらない。何度目かの連携は、もう考えるより先に体が動く域に入っている。三人分の呼吸が、いつの間にか一つのリズムに揃っていた。
二隻目のサラミス級との距離が詰まる。今度は自分たちだけではなかった。突撃路の後続として突入してきた友軍のザクが数機、左右から合流してくる。
「そっちは初めましてだな、加勢するぞ!」
聞き覚えのない声が無線に割り込んだ。名も知らない別小隊の一機が、対空砲座の一つへ躊躇なく撃ち込んでいく。
「助かる、頼む!」
ミロが短く応じる。艦橋一点を狙った初撃と違い、今度は複数の機体で対空砲座を一つずつ潰しながらの、より泥臭い接近戦になった。
「弾切れ、リロードする!」
ミロが空になったバズーカのマガジンを投棄し、腰に吊っていた予備弾倉に手をかける。
「援護する、こっちに構うな!」
リオンは前に出て、ミロの死角を塞ぐように機体を割り込ませた。数秒の空白が、この距離では致命的になりかねない。姉のマシンガンが唸り、群がろうとしたセイバーフィッシュを一機、また一機と払い落とす。
「よし、戻った!」
装填を終えたミロが再び前線に加わる。
だが今度は姉のマシンガンの連射音が、いつの間にか単発に近い間隔まで落ちていた。
「弾、切れそう……!」
「こっちも似たようなもんだ」
ミロが舌打ちする。バズーカの残弾表示はもう底に近い。三人分の弾薬が、ほぼ同時に尽きかけていた。
「悪い、このサラミスはそっちにやる。俺たち弾切れだ、後退するから援護頼めるか?」
ミロが合流していた別小隊の機体へ無線を飛ばす。
「おう、任せろ。ここは持ってく、下がってくれ!」
快い返事とともに、その機体が前へ出てリオンたちの穴を埋めるように位置を詰めた。
「恩に着る!」
「近くの艦、いないか。弾を回してほしい」
ミロが機体を後退させながら、開いた周波数に呼びかける。応答があったのは、比較的前線寄りに展開していたムサイ級からだった。
「こちらムサイ、機種と要求弾数を言え」
「バズーカ弾とマシンガン弾薬、三機分!」
「――いいだろう、三時方向、着艦口を開けておく」
「助かる、感謝します!」
姉が短く応じた。とはいえ三機まとめて前線を離れれば、無防備なムサイもろとも狙われる。
「一機ずつだ。俺から行く、二人はここを保て」
ミロの提案に否やはなかった。ミロが機体を翻してムサイへ取り付く間、リオンと姉は二人がかりでムサイに群がろうとするセイバーフィッシュを押さえ続ける。整備クルーが待ち構えていたように予備弾倉とバズーカ弾を機体へ押し込んでいく間も、ミロは着艦口から身を乗り出すようにして無線で周囲の状況を追っていた。
「よし、戻る! 次、リリア行け!」
「了解、行くわ!」
姉が入れ替わりに離脱し、ミロとリオンの二人で持ち場を支える。手数が一人分減った分、対応が薄くなった隙をセイバーフィッシュが突いてくる。
「リオン、左!」
ミロの警告に機体をひねって躱す。姉が戻ってくるまでの数十秒が、ひどく長く感じられた。
「戻った、代われ!」
最後にリオンが交代し、装填の完了を示すランプを確認するなり艦から機体を蹴り離す。ロックの感触を確かめる間もなく、次の敵影がもう迫っていた。
補給を終えて前線に戻ると、突撃路の先にはまた別のサラミス級が立ちはだかっていた。
「三隻目か……キリがないな」
ミロが吐き捨てるように呟く。
「文句言ってる暇ないでしょ、来るわよ!」
姉の声に押されるように、三人は再び隊列を組み直した。
「対空、右から潰す!」
「了解、左は俺が!」
「後ろは私が見る、二人とも前だけ見てて!」
戦闘は終わらなかった。ミロがその艦の対空砲座を潰し、リオンがそれに続き、姉が二人の死角を埋める――同じ動きを、何度も、何度も繰り返す。
「また来た!」
「まだ潰せる、続けろ!」
「弾、大丈夫?」
「ギリギリだけど、今はいい!」
怒鳴り合うような短いやり取りだけが、無線の中を行き交う。時間の感覚はとうに失われていた。数えるのをやめた撃墜と、数えるのをやめた被弾の狭間で、リオンはただ引き金を引き続けた。
「まだ落ちない!」
「もう一押しだ、押し切るぞ!」
「きゃっ――!」
姉の短い悲鳴が無線に走る。かすめた実体弾が肘から先の左腕ごと吹き飛ばし、切断面から火花と気化した冷却材が噴き出す。機体が大きく傾いだ。
「姉さん!」
「平気、掠っただけ! 前見て!」
言葉とは裏腹に、姿勢の立て直しに一拍分だけ遅れが出ている。無防備なその一瞬に、対空砲の狙いが吸い寄せられていくのが見えた。
「――そこ、狙われてる!」
考えるより先に体が動いた。リオンは姉と敵弾の間へ機体を割り込ませる。
「リオン、下がって!」
「今更、退けません!」
右脚に鈍い衝撃を受けた。装甲の一部が抉れ、警告灯が点滅する。それでも姿勢制御は失わず、機体は狙った軌道を保ち続けた。
「リオンも被弾、大丈夫か!?」
ミロの声に緊張が滲む。
「動けます、まだいける! 姉さんは下がって装填を!」
「……バカ、あんたね」
姉の声が一瞬だけ詰まり、それからすぐに硬く戻った。「借り作ったわね、必ず返す」
「今じゃなくていいです、前!」
衝撃の動揺よりも先に、残弾と敵影の位置を確認する癖が体に染み付いていた。
「――今だ!」
ミロの一声で三人の照準が同時に揃う。リオンとリリアの掃射が対空砲座の残りを黙らせた隙を突いて、ミロのバズーカが艦の中枢へ最後の一撃を叩き込んだ。船体の奥で連鎖するように爆発が起こり、サラミス級はゆっくりとその形を崩していく。
「三隻目、轟沈!」
誰のものともつかない歓声じみた声が無線に混じった。だが喜びに浸る余裕はまだない。姉の機体は左腕ごとマシンガンを失い、リオンの右脚も本調子ではなかった。そこへ追い討ちをかけるように、燃料と弾数の警告が同時に点滅を始めた。二度目の補給を要請する余裕は、もう残っていない。
「突撃路、確保続行中!」
母艦からの通達が無線に流れた。だが、応じるミロの声には迷いがあった。
「……こちらウルフ1、燃料・弾薬ともに残量僅少。ウルフ2は左腕を損失、ウルフ3も右脚に被弾。これ以上は戦闘継続、困難と判断する」
無線の向こうで一拍の間があった。
「了解、灰狼隊は帰投を許可する。よくやった」
「一度戻るぞ。ここまでだ」
ミロの声に、二人分の「了解」が短く重なった。三人はムサイへ向けて機体を翻し、後退を始めた。
格納庫に戻ってくる機体を、グラムは一機ずつ目で数えていた。三機。今日もどうにか、数は減っていない。それだけでまず息を吐く。
着艦したザクから降りてくる三人の姿を見て、グラムは眉をひそめた。ヘルメットを外したリオンの顔は土気色で、足取りがわずかに引きずるようになっている。リリアは左腕を失った機体から降りるなり、その場にしゃがみ込みそうになるのを堪えていた。ミロは平静を装っているが、目の下の隈はもう隠しようがない。三度の出撃を終えた人間の顔ではない。
「またギリギリで戻ってきやがって……三人とも、無事なだけ儲けもんだ」
グラムはそう言いながらも、内心では舌打ちしていた。出撃を重ねるたびに、三人の消耗の度合いが目に見えて増している。今日はまだ動けている。だが、これがあと何度続けられるのか、正直なところ自信がなかった。
彼は整備班の面々に指示を飛ばしながら、リオンの機体の右肩と右脚の装甲を剥がしていく。中の骨格まで焼けが入っているのが見えた。
「これは張り替えだ。数時間はかかる」
整備班の一人が短く応じ、溶接の火花が薄暗い格納庫に散り始める。周囲では他の機体も同じように取り囲まれ、火花と怒号じみた指示の声が絶え間なく飛び交っていた。まるで格納庫そのものが、もう一つの戦場のようだった。
隣では別の整備クルーが、姉の機体の肘から先が丸ごと欠損した左腕を見て頭を抱えていた。
「腕一本まるごとって、こりゃ数時間じゃ無理だぞ……フレームから組み直しだ」
「次の出撃、間に合わないってこと?」
姉が青ざめた声で尋ねる。グラムが渋い顔で唸った。
「本機は無理だな。悪いが、次は予備の旧ザクに乗ってもらう」
「あの型落ちに……?」
「文句言うな、贅沢言える状況じゃねぇんだよ」
グラムに一喝され、姉は口をつぐんだ。使い慣れた機体を降りる寂しさより、次の出撃までに戦力が減ることへの焦りの方が、その横顔には色濃く浮かんでいた。
グラムは装甲の残骸を作業台に置きながら、独り言のように呟いた。
「本隊まで届いたか……次はいよいよ、な」
彼の目は、遠くコックピットから降りて歩いてくる三人の背中を追っていた。足取りは重く、口数も少ない。まだ誰も、その先に何が待っているかを知らない。ただグラムだけが、整備クルーの誰よりも長くその背中を見つめ続けていた。