第四次出撃。格納庫に整列した機体は、もう三機ともまともな姿をしていなかった。私の機体は右肩と右脚の装甲を張り替えたばかりで、塗装の色が一部だけ新しく、継ぎ接ぎのように浮いて見えた。ミロの機体は装甲そのものは無事だったが、コックピット横の外装パネルに焦げた痕が残ったままだった。そして姉さんの機体――正確には、姉さんが乗ることになった機体は、いつものF型ではなかった。
予備の旧ザクだ。
「大丈夫よ」姉さんは整備員に肩を叩かれながら、こちらを見て笑った。「装備はマシンガンだけだけど、動きが鈍いのは最初の数分だけ。慣れればどうにでもなるわ」
嘘だと分かった。旧型の反応速度、旧型の推力、旧型の稼働時間。私やミロの機体とは、根本的に噛み合わない機体だ。それでも姉さんは、それ以上何も言わせなかった。
「隊長、姉さんの機体、本当にこれで大丈夫なんですか」
ミロは整備記録に目を落としたまま、短く答えた。
「他に選択肢がない。今回で艦隊本体を突き崩せなければ、次はもうない」
「艦長からもそう言われてるんですか」
「ああ。今回の戦闘で旗艦を含む本隊主力を叩けなければ、ルウム全体が膠着する。上はそう見ている」
「総力戦になってるのは、お前も感じてるだろ」
「……はい。ルウムに入る前とは、明らかに空気が違います」
搭乗前、コックピットに乗り込む直前に、私はいつものように小瓶に触れた。三度、コロンの香りを一吹きする。
ハッチが閉まった直後、無線に艦長からの通達が入った。
「全機へ。本日の目標は本隊中枢、旗艦を含む主力艦の撃破。ここが今回の戦役、最大の山場だ。各隊は突撃路を死守しつつ前進せよ」
発進して間もなく、ミロの声が緊張を帯びた。
「弾幕が濃い。今までの比じゃないぞ」
「本当ね」姉さんが返す。「連邦の本隊、突撃路を塞がれてなお最後の壁を厚くしてきたってこと」
「散開しろ、固まるな!」
ミロの声に、機体を左右に振って弾幕を抜ける。疲労が体に染みついていた。三度目の出撃を終えたばかりの体は、休息を取ったはずなのに芯から重かった。腕の感覚が、いつもより半テンポ遅れている。
外郭を守る掃討部隊との交戦が始まった。
「数が多い、前の出撃より明らかに厚いぞ!」
「構わず削れ! ここで足止めされるわけにいかない!」
「二機、まとめて食い止める!」
ミロの声と同時に、二機のトリアーエズが正面で進路を塞がれ、身動きを封じられた。
「今だ、リオン!」
「了解!」
私はその隙に一機へバズーカの照準を合わせ、引き金を絞った。着弾、誘爆。残る一機は、姉さんの側面へ回り込もうとしていた。
「姉さん、そっちに一機!」
「見えてるわ」
姉さんの旧ザクが、盾になるように前へ出た。マシンガンを連射しながら、敵の射線を自分へ引きつける動きだった。被弾覚悟の位置取りだ。
「姉さん、下がれ、無理な位置取りだ!」
「これくらいで下がってたら、隙間が塞がらないわ。あんたたちがやりやすいように動いてるだけ」
言った側から、旧ザクの左肩に被弾の火花が散った。それでも姉さんは体勢を崩さず、なおも前線を支え続けた。
「この機体、思ったより頑丈ね」姉さんの声には、余裕を装った軽さがあった。「動きさえ我慢すれば、悪くないわ」
一波目を凌ぎ切ると、束の間だけ敵影が薄れた。だがそれも長くは続かない。
「二波目、来るぞ! さっきより数が多い!」
「姉さんの死角に一機!」
叫びながら、私はそのセイバーフィッシュへバズーカを撃ち込んだ。直撃させられる弾速ではないと分かっていた。狙いはあくまで牽制だ。
「当たらなくていい、逸らせればそれでいい……!」
至近を弾がかすめ、衝撃波に機体が怯んだ拍子に、セイバーフィッシュの進路が逸れる。誘い込まれるように、間合いがこちらへ近づいてきた。
「来い……!」
好機だった。私は距離を詰め、ヒートホークを引き抜く。
「そこだ!」
一閃で切り伏せた。
「一機撃墜! まだ来る、右からも!」
「見えてる、まとめて処理するわ」
姉さんがマシンガンを連射し、群がる艦載機の隊列を崩す。私はその隙に前へ出て、ミロと連携してサラミス級の護衛を一隻ずつ削っていった。時間の感覚が薄れるほどの応酬が続いた。二波目を退けても、三波目が間を置かずに来る。呼吸を整える暇もなかった。
「隊長、これで何波目ですか」
「数えてる余裕はない。とにかく削れ!」
三波目の掃討がようやく一段落した頃には、全員の消耗が誰の目にも明らかになっていた。
「姉さん、さっきから被弾するたびに反応が一段階ずつ遅くなってる。無理するなよ」
「無理じゃないわ、これくらい」
言葉とは裏腹に、旧ザクの動きは着実に鈍っていくのが、傍から見ていても分かった。何度目かの波状攻撃をようやく凌ぎ切り、これだけ撃ち合ってようやく外郭の一角が崩れ始めた、というところで、ミロの声に苛立ちが混じった。
「隊長、燃料計とバズーカの残弾、両方厳しいです」
「分かってる。だが止まれば、それだけ突撃路が閉じる。進むしかない」
「残弾が底をつきそうです。ここからはヒートホークに切り替えます」
「構わない、進め。ここで足を止める方が危険だ」
外郭を抜けるのに、予定の倍近い時間がかかっていた。それでも三人は止まらなかった。
「見えた」ミロの声が上がる。「あれが旗艦か……大きいな」
その瞬間、周囲の空気が変わった。
「護衛が来るぞ、桁が違う! 直衛の戦闘機隊、横合いから殺到してくる!」
「来るぞ、隊列を崩すな!」
ミロの声が珍しく張り詰めていた。三人はここまでの出撃で、一度もこれほどの密度に晒されたことがなかった。旗艦への直線距離は、あと少し。だが、その少しが、これまでのどの戦闘よりも遠く感じられた。
私は目の前に立ちはだかる敵のセイバーフィッシュへ、ヒートホークを構えて斬りかかった。
「これを抜けば旗艦への射線が開く……!」
刃が機体を両断し、残骸が飛び散る。塞いでいたセイバーフィッシュを退けると、視界の先に旗艦を守るサラミス級の側面が覗いた。バズーカの残弾は、温存していた最後の一発だけだった。ここで使うしかない。
距離は詰まっている。狙いを外すわけにはいかない。引き金を絞る直前、視界の端で姉さんの旧ザクが、回り込んできた敵機の掃討に手間取っているのが見えた。
「ウルフ2、後方から回り込む機体がいる、気をつけろ」
姉さんの声が返る。「見えてるわ。この機体、思ったより――」
言葉が途切れた。
私はサラミス級への射線を保ったまま、意識だけを姉さんへ向けた。だがその一瞬が、命取りになった。
「リオン、右後ろ!」
姉さんの叫びが無線に響いた。その声で初めて、死角に何かがいる気配を知った。反対側、右斜め後方――振り向く前から、セイバーフィッシュの発射したミサイルが、まっすぐこちらへ伸びてきているのが分かった。旗艦への最後の突撃を仕掛けた、その瞬間を狙われたのだ。
回避動作を取るには、明らかに遅い。体が、その遅れを理解していた。
その時、視界の中で旧ザクが動いた。
鈍いはずの機体が、私の予想を裏切る速さで割り込んできた。姉さんは、自分の正面にミサイルを迎えるように、機体ごと私とミサイルの間に入った。
閃光。
旧ザクの装甲が内側から食い破られるように弾け、破片と炎が視界いっぱいに広がった。衝撃波が私の機体まで届き、機体が大きく揺れる。通信回線に、耳障りなノイズだけが流れ続けた。
「――姉さん」
自分の声とは思えないほど、掠れていた。
「姉さん! 応答しろ、姉さん!」
コールサインなど、とっくに頭から消えていた。呼びかけても、返ってくるのはノイズだけだ。姉さんの機体は、原形を大きく崩したまま、宙域に漂っていた。動かない。反応しない。
体が、完全に硬直していた。
その硬直を破ったのは、爆風の直後を追うように滑り込んできたミロの機体だった。距離はほとんどなかった。すぐ近くで交戦していたミロが、爆発を見た瞬間に進路を変えていたのだ。
なんで。なんでだ。姉さんが、死んだかもしれない。早く、早く母艦に連れて行かなきゃ駄目だ。このままじゃ間に合わない。邪魔だ。こいつら全部、邪魔だ。連邦が、連邦さえいなければ――殺す。殺さなきゃ、姉さんが死ぬ。
思考が渦を巻く中、すぐ隣まで来たミロの声が、至近距離から突き刺さった。
「リオン! 今は嘆く時間じゃない! お前まで死ねば、リリアを助ける人間が一人減るだけだ! 生きろ! 生きて! 助ける為に戦え!」
視界が変わった。
◇
一機、墜とした。
随伴していた敵の随伴機を、たった今、直撃で仕留めた。ジオンの新型らしい、得体の知れない機体だ。歓喜が背筋を駆け上がる。だが油断はできない。まだ二機いる。
残る二機のうち、正面に近い一機は、なぜか完全に停止していた。機体を揺らすことすらせず、宙に漂っているだけだ。
大切な奴でもやられたか。
鼻で笑いそうになった。だったらどうした。こっちだって、家族を、親友を、戦友を、お前らジオンに殺されてきたんだ。コロニー落としで、一体何人死んだと思ってる。人殺しどもが。お前らにだけ大切な人間がいると思うな。
罰を受けろ。
狙うなら今だ。
照準をそこへ合わせにかかった、その時。
ロックオン警報が甲高く鳴った。もう一機――側面の敵機から、狙われている。
チッ、勘のいい奴だ。あっちは厄介だが、狙うのは呆けてる方でいい。
舌打ちして機体を横へ流し、警報を振り切る。逸れた。もう一度、動かない標的へ照準を戻す。
視界の中心に捉え直した瞬間、その正面に、何かが見えた。
え。
最後に浮かんだのは、疑問符だけだった。
◇
握ったままだったバズーカの引き金を、ほとんど無意識に引いていた。温存していた最後の一発が、ミサイルを放ったセイバーフィッシュを捉え、爆散させる。
空になったバズーカを投げ捨てる。
「隊長、姉さんをお願いします」
感情の抜けた、平坦な声だった。
「了解した、こっちで――」
声は聞こえていた。だが、意識のほとんどを目の前の敵に食われていて、続きが頭に入ってこない。
視界の端で、ミロの機体が旧ザクの残骸を丸ごと抱え込むのが見えた。それすら、今は意識の中心にはなかった。目の前の敵を、一機でも多く消す。それだけだった。
「が……ぶ、せ……ぞ、は……のて……ぼ……か……」
ミロの声は聞こえているのに、音として繋がらなかった。頭にあるのは、早く終わらせなければという一心だけだった。邪魔な連邦軍は、全部殺す。
視界の端で、旧ザクを抱えたミロの機体が、後方の安全な距離まで遠ざかっていくのが見えた。ミロが戦線を離れた。それだけを、意識の隅で把握した。
私はその場を離れた。姉さんの機体から吹き飛ばされて漂っていたマシンガンへ手を伸ばす。武器なら、なんでもいい。
残弾を確認する。燃料計にも目をやる。頭の中は殺意以外ほとんど白紙なのに、その数字を読む部分だけは、妙に冷静だった。ぎりぎり足りる。まだ、戦える。
そっちに行くのは知ってる。
群がる敵機の一機、噴射炎の向きがわずかに傾くのが見えた。逃げの姿勢に入る、その予備動作だ。
右に回避するだろ。
姿勢の変化だけで先を読み、銃口はすでにそこへ向けてあった。引き金を絞る。一機、墜ちる。
邪魔だ。
二機が、噴射炎の角度を微妙に変えながら左右へ分かれていく。挟み込むつもりだ、動き出しの姿勢で分かった。包囲したいのか。無理に決まってる。
先に片方を墜とし、残る一機の進路を塞いで、蹴り飛ばした。踏み抜いた衝撃が、片方の足首の関節まで鈍く響く。壊れてはいないが、軋むような感触が残った。
邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ――
繰り返すうちに、周囲の音が少しずつ遠ざかっていった。爆発音も、無線越しの怒声も、輪郭を失って溶けていく。聞こえているのは、自分の呼吸と、引き金を引く音だけだった。
真正面から迫ってくる一機を、切り返しざまに撃ち抜く。振り向きざま、背後から回り込んでいた一機を、軌道を先読みして墜とす。考えるより先に、体が最短の軌道を選び続けていた。
視界の隅に、旗艦らしき巨体と、それを守るサラミス級の艦影が映り込んだ。
こいつらがいるから。マゼランも、サラミスも――こんな図体の連中がのさばっているから、こうなった。
「お前らのせいだ」
誰にともなく毒づきながら、私は最も近いサラミス級へ機体ごと突っ込んだ。
正面から対空砲火の弾幕が迫る。速度を緩めず、私はその隙間へ機体を滑り込ませた。迫る一発を機体の端で弾き、もう一発を紙一重でかわす。頭のどこかは冷えたまま、着弾までの間合いだけを機械的に計算していた。
距離を詰め切ったところで、マシンガンの銃口を、弾幕を吐き出し続ける砲台へ向けた。
「壊れろ」
一基、黙らせる。
「壊れろ」
もう一基。
「壊れろ!」
三基目。狙いを移すたびに、砲台が火花を上げて沈黙していく。
反撃の弾幕も浴びていた。装甲が何度も弾かれ、機体が揺れる。それでも致命的な一撃だけは、なぜか掠らなかった。避けている自覚はない。急所を晒す前に、体が勝手に機体を逸らしていた。
砲台を潰し続けるうちに、マシンガンが唐突に沈黙した。弾切れだ。それでも止まる気にはなれなかった。私はヒートホークを引き抜き、艦橋めがけて投げつけた。刃が装甲を突き破り、内側で爆ぜる。艦橋が跡形もなく吹き飛んだ。
投げたままにするつもりはなかった。刃が突き刺さったままの残骸へ再び機体を寄せ、柄を掴み直す。
「まだだ」
引き抜きざま、剥き出しになった隔壁を何度も叩き斬った。一度、二度、三度。装甲の残骸が千切れて散っていく。
まだ生きてる。ちゃんと壊さなきゃ駄目だ。空になったマシンガンを掴み直すと、そのまま投げつけるようにして、露出したエンジン部へ叩き込んだ。
誘爆が、一拍遅れて追いついてきた。船体の中心から膨らんだ光が、サラミス級を内側から食い破る。轟音と共に、艦がゆっくりと二つに裂けていった。
「リオン、離れろ!」
ミロの声に、ようやく我に返って距離を取る。轟沈していくサラミス級を横目に、私はまた次の敵影へ機体を向けた。
目に映るものを片端から墜としていくうちに、いつの間にか周囲から敵影が消えていた。
戻ってきた感覚の最初にあったのは、操縦桿を握る手の震えだった。止めようとしても、止まらなかった。喉が、焼けるように渇いている。声を出すのすら億劫なほどの、重い疲労感が全身に張り付いていた。
その時、艦隊全体の通信に、弾んだ声が割り込んだ。
「こちら別働隊、報告! 敵旗艦アナンケ、撃沈を確認! 加えて、敵将レビル中将の身柄を確保した!」
どよめきが、無線越しにも伝わってきた。指揮系統の中枢を、一気に刈り取られたということだ。
程なくして、周囲の連邦艦艇が次々と艦首を翻し始めた。統制を失ったまま、算を乱して敗走していく。先ほどまで私たちが狙っていたマゼラン級の姿も、いつの間にか戦場から消えていた。
「全機へ、艦隊本体は敗走に移った。各隊は残存兵力の殲滅に移行せよ」
艦長からの通達が、無線に響いた。
「――終わった、のか」
呆然と呟くと、無線の向こうでミロが短く息を吐いた。
「ああ。終わった。帰るぞ、リオン」
安堵より先に、視界が翳んだ。音が、また遠くなっていく。
姉さんは、大丈夫だろうか。
そこまで考えたところで、意識が途切れた。
◇
ミロは、リオンから返事がないことに気づいて、無線を呼びかけ直した。
「リオン? おい!聞こえてるか!」
応答はない。装甲のあちこちが抉れ、右肩は黒く焼け焦げ、満身創痍と言っていい有様だった。それでも機体は原形を保ち、姿勢も辛うじて崩れていない。致命的な一撃だけは、最後まで避け切ったということだ。安堵より先に、ミロの中には別の感情が居座っていた。
さっきまでの動きは、正直、人が乗る機体のものとは思えなかった。生身の人間なら意識を刈り取られてもおかしくない急制動、急転回を、リオンは事も無げに繰り返していた。狙った的は、ほぼ全て仕留めている。外れた弾を数える方が早いくらいだ。無駄な射撃も、無駄な機動も、一つとしてなかった。
まるで、敵がどう動くかを、動く前から知っているようだった。
頼もしいと思う気持ちの底に、それとは別の、冷たいものが這い上がってくる。恐怖に、少し似ていた。
「……休ませてやらないとな」
誰にともなく呟いて、ミロはリオンの機体を曳くように併走させながら、母艦への帰路についた。