機動戦士ガンダム ランダムウォーカー   作:うーまろー

4 / 6
前四話に看過出来ない、設定があったので、設定を組み直し作り直してます。


第四話 改訂

 第306特別機動大隊。クルトから聞かされたその名の重みを、正直、僕はまだ半分も実感できていなかった。エースパイロットの養成に特化した、選りすぐりの実働部隊――言葉では理解したつもりでも、実際にどれほどのものかは、赴任してみるまで分からなかった。

 だが、その実感は、着任初日にして、いきなり吹き飛ばされることになった。

「――待ってたよ」

 格納庫の前で待っていたのは、聞き覚えのある声だった。

「エースパイロットの養成に特化した部隊、なんて言っても、ぴんと来てないだろ。分かりやすく言えば――生き残ったやつだけが、本当の意味でエースと呼ばれる。そういう部隊だよ」

「――シーマ、中佐」

 思わず、声が裏返った。

「な、なんでここに……!?」

「なんでって、私が大隊長だからだが」

 シーマは、心底不思議そうな顔でそう言った。

「言っただろ、卒業試験の後。あんたの名前、覚えておくって」

「それは、覚えててくれるのは嬉しいですけど、まさかこんな形で……」

「気に入ったパイロットは、手元に置く主義でね」

 シーマは、悪戯っぽく笑うと、僕の肩を軽く小突いた。

「ようこそ、第306特別機動大隊へ。歓迎するよ、坊や。……いや、リオン」

 その言い直しに、僕は思わず面食らった。だが、それ以上何か言う前に、格納庫の奥から、聞き慣れない声が三つ、次々と飛んできた。

「――新入りか」

「線が細いな。本当にシーマの目に適ったのか?」

「まあまあ、見た目で判断するのは早計だろう」

 振り返ると、揃いも揃って似た雰囲気を纏った、三人の男が立っていた。

「オルテガだ」

「ガイアだ」

「マッシュだ」

 三人は、まるで台詞を分け合うように、順番に名乗った。

「この三人も、第306特別機動大隊の教官陣だ。以後、あんたをみっちり鍛える面々だよ」

 シーマが、面白がるようにそう付け加える。

「よ、よろしくお願いします」

 僕が頭を下げると、オルテガと名乗った男が、鼻を鳴らすように笑った。

「よろしくされる前に、まずは実技だ。噂の"型破り"とやら、見せてもらおうか」

「――ちょっと待ってください、着任初日ですよ!?」

「初日も何もない。ここでは、生き残るための訓練に、休憩時間なんてものは存在しないんだ」

 ガイアが、そう言って肩をすくめる。

「シーマ中佐、僕、まだ荷物も解いてないんですけど……」

 助けを求めるように振り返った僕に、シーマは涼しい顔で笑いかけてきた。

「安心しろ。荷物なんて、どうせすぐに解く暇もなくなる」

 その言葉通り、僕の第306特別機動大隊での日々は、着任初日から、想像を絶する過酷さで幕を開けることになった。

「早速だが、実技だ。機体は、格納庫の三番」

 オルテガが、そう言って格納庫の奥を顎で示す。

「言っておくが、あれは貸与機じゃない。お前専用の相棒だ」

「――専用、ですか」

 思わず、聞き返していた。士官学校では、常に共有の訓練機を使い回してきた。自分だけの機体を任されるというのは、これが初めてだった。

「当たり前だろう。この大隊で預かる以上、半端な扱いはしない」

 オルテガの素っ気ない口調とは裏腹に、その言葉には、確かな重みがあった。込み上げてくるものを堪えながら、僕は促されるまま、着任したばかりの、真新しいザクII C型に乗り込んだ。

 起動した瞬間、僕は思わず息を呑んだ。

 士官学校で散々乗り込んだ旧ザクとは、視界の広さからして違った。センサー越しの索敵範囲が、これまでよりも明らかに広い。試しに軽くブースターを踏み込むと、機体は想像以上の勢いで飛び出し、慌てて制動をかけると、今度は旧ザクとは比較にならない鋭さで急停止した。

「――速い……!」

 思わず声が漏れる。機動性、制動性能、視界性能。そのどれもが、旧ザクとは段違いだった。これが、僕だけの機体なのか――高揚感が、胸の内に湧き上がってくる。

「今日は、無理に色々やろうとしなくていい。まずは、機体の性能を一通り確かめておけ」

 通信越しに、マッシュがそう指示を出す。実戦さながらの訓練を覚悟していただけに、拍子抜けするくらい、内容そのものは基礎的なものだった。

 だが、いざ動かしてみると、思っていたようにはいかなかった。旧ザクの感覚のまま操作すると、性能が良すぎて、逆に制御しきれない。ブースターの応答が、僕の癖とは微妙に噛み合わない。踏み込むタイミングと、機体が加速するタイミングの間に、ほんの僅かなラグがある。

「ふはっ、その反応、なんか懐かしいな」

 通信越しに、ガイアの笑い声が響く。

「俺らも、初めて実戦配備機に乗り換えた時は、似たようなもんだったよ。頭では分かってても、体がついていかない」

「――ただし、お前は別だ」

 オルテガの声のトーンが、僅かに変わった。

「ただの新米が、旧ザクの感覚を引きずってるだけなら、二、三日で片付く話だ。だが、お前の場合は、机上の型を"崩して"戦うのが持ち味だったんだろう。基準になる型が定まらないまま性能だけが上がると、崩し方すらも狂う。それは、並のパイロットが抱える課題とは、少し種類が違うぞ」

 最初の訓練が終わる頃には、僕はへとへとになっていた。

「――お前、機体の性能に、完全に振り回されてるな」

 着陸したばかりの僕に、ガイアがそう声をかけてきた。

「旧ザクの感覚のまま乗ってるんだろう。だが、この機体はあの型落ちとは出力も応答速度も桁が違う。今のお前の操縦は、その差に体がついていってない」

「――ですよね……」

 肩を落としながら機体を降りようとしたところで、僕はふと、あることを思い出した。

「――あ」

 グレタのデータチップ。

 旧ザクから抜き出した、僕の操縦の癖を機体側に学習させるためのデータ。士官学校を発つ間際、彼女がそっと手渡してくれたそれを、僕はポケットの奥から慌てて取り出した。

「すみません、これ……! 整備班に、渡してもらえませんか」

「なんだ、これ」

 整備班の一人が、怪訝そうな顔でチップを受け取る。

「旧ザクから抜き出した、僕の操縦データです。機体側が動きを学習してくれるように調整されてるらしくて……次の出撃までに、組み込んでもらえませんか」

「……妙なものを持ってますね。まあ、構いませんが」

 端末にチップを差し込みながら、整備班員がふと片眉を上げた。

「――これ、駆動系のチューンデータだけじゃないですね。足回りの制御パラメータまで、別途セットで入ってます」

「足回り、ですか」

「ええ。旋回時の遊びを極限まで削って、代わりに初動の反応を跳ね上げる設定になってる。……正直、かなりピーキーな仕上がりですよ。これ、本当に適用しますか? 下手な奴が乗ったら、自分の機動に振り回されて姿勢を崩しかねない代物です」

 僕は、少し考えてから頷いた。

「――お願いします。それ込みで」

「……まあ、あなたの評判は聞いてますよ。型破りな動きをする、って。だったら、これくらいの方が向いてるかもしれませんね」

 整備班員は、そう言って苦笑いを浮かべると、迷いなく設定を適用した。

「明日の朝までには、組み込んでおきます」

「――ありがとうございます」

 グレタの顔を思い浮かべながら、僕はそう頭を下げた。彼女がくれたこの一手が、これから始まる訓練の日々を、少しでも楽にしてくれることを、僕は静かに願った。

「――明日からは、決まった型に沿って訓練していく」

 オルテガが、そう告げた。

「この大隊には、大隊なりのやり方がある。今日は挨拶代わりだ。……明日から、覚悟しておけ」

 その日の夜、格納庫に顔を出すと、シーマが待っていた。

「――お疲れ様、頑張ったみたいだね」

「し、シーマ中佐……」

 情けない足取りを見られ、僕は思わず苦笑いを浮かべた。

「あの三人、加減って言葉を知らないんですか」

「知ってても使わないだけだよ。……それより、明日から一週間の流れ、聞いておくかい」

「一週間の、流れ?」

「この部隊は、曜日ごとにやることが決まっている。月火は実機訓練、水曜は非飛行日で機体整備と座学、木曜は艦隊との合同演習、金曜は夜間演習、土曜は機体の大点検と講話、日曜は半日の休暇だ」

「――随分、きっちりしてるんですね」

「戦場に出れば、そんな余裕はなくなる。だからこそ、今のうちに、身体を作る期間には、きっちりとした型がいる」

 シーマは、そう言うと、僕の部屋まで案内してくれた。

「休む前に、荷解きくらいしときな」

 そう言い残して去っていくシーマの背中を見送りながら、僕は、荷物には手をつけないまま、泥のようにベッドへ倒れ込んだ。

 ――明日でいいか。

 そんなことを考えたのを最後に、僕の意識は、あっという間に闇へと落ちていった。

月曜日――基本訓練

「起きろ、坊主」

 ドア越しに響くオルテガの声に、僕は跳ねるようにベッドから飛び起きた。

「お、起きてます! 今行きます!」

 ――と、視界に飛び込んできたのは、壁際に置かれたままの、紐で縛られた荷物だった。

「嘘だろ……」

 三日どころか、初日から、僕は早速、昨夜の自分との約束を破っていた。

「明日でいいか、じゃなかったのかよ、僕……」

 自分自身への呟きに答える者はいないまま、僕は身支度を整え、大慌てで廊下へと飛び出した。

 薄暗い兵舎の廊下を駆け抜けながら、僕はふと、士官学校の寮での朝を思い出していた。あの頃も、遅刻癖だけは直らなかった。三年経っても、根本のところは、何も変わっていないのかもしれない。

 割り当てられたのは、兵舎前の通路の清掃だった。モップを片手に、僕は同じ区画を任されていたレナと並んで作業をした。

「――おはよ、リオン。今日から本番だってさ」

「本番、ですか」

「着任日は、まあ、顔合わせみたいなもんでしょ。今日からが、正式なスケジュール」

 レナの言葉に、僕は昨夜シーマから聞いた話を思い出した。曜日ごとに決まった型がある――その最初の日が、今日ということになる。

 掃除を終え、食堂に駆け込むと、トレイの上には、見るからに高カロリーな携行食が並んでいた。栄養バーのような固形物と、粘度の高いスープ、そして錠剤のようなサプリメント。決して美味しそうな見た目ではなかったが、香りだけは、意外にも食欲をそそるものだった。

「――十五分で食い終われよ。時間厳守だ」

 同じテーブルについたオルテガが、そっけなくそう言った。

「十五分って、結構急かされますね……」

「戦場に、悠長な食事時間なんてない。今のうちに、体を慣らしておけ」

 急いで胃に詰め込むようにして食事を終えると、次は医務室での体調チェックだった。血圧を測られ、目を閉じたまま片足立ちをさせられ、軍医が無表情のまま数値を記録していく。

「――三半規管、問題なし。行っていいぞ」

「あの、これも毎日やるんですか」

「体調管理も、訓練のうちだ。……お前みたいに、常軌を逸した機動をするパイロットは、特にな」

 軍医のその一言に、僕は思わず苦笑いを浮かべるしかなかった。

「今日は、基本訓練だ」

 格納庫で、オルテガがそう切り出した。

「無重力、低重力下での急制動と、空間認識の確認。……早い話が、鬼ごっこだ」

「――鬼ごっこ、ですか」

「文句あるか」

「い、いえ……!」

 乗り込んだ機体のシートに深く座り込みながら、僕は小さく深呼吸をした。これから始まる二十分間が、今日という一日の、最初にして最も重要な二十分になる。そのことを、僕は昨日の訓練で、痛いほど理解していた。

 カタパルトから射出された瞬間、僕はまず、自分の身体が座席に押し付けられる感覚に息を呑んだ。旧ザクの加速とは、明らかに質が違う。あの、殴りつけるような加速の感覚――何度経験しても、慣れることはなかった。

「――さあ、逃げてみせろ」

 通信越しに、オルテガの声が飛んでくる。今日は、僕が逃げる側だった。

 旧ザクなら、身体の一部のようにねじ込めた機動が、この機体では思うように追いつかない。加速のたびに内臓が押し潰されるようなGがかかり、方向転換のたびに、今度は逆向きに振り回される。視界の端が、一瞬白く滲む。

「くっ……!」

 距離を取ろうとブースターを踏み込む。だが、その踏み込みが、僅かに大きすぎた。反動で機体の姿勢が僅かに崩れ、立て直そうとした一瞬の隙を、オルテガは見逃さなかった。

 あっさりと、間合いを詰められる。

「判定、接触」

 電子音が、無情に響いた。

 それからも、同じことの繰り返しだった。距離を取れば取るほど、次の一手を読まれ、逆に距離を詰めれば、その隙を突かれる。二十分間、僕は結局、一度もまともに逃げ切ることができなかった。

「――時間だ」

 オルテガの声に、僕は肩で息をしながら、機体を格納庫へと向けた。

 インターバルでは、今の飛行データを前に、簡単なデブリーフィングが行われた。整備班が用意したモニターには、僕の機動の軌跡が、細かな折れ線グラフとなって映し出されている。

「――お前の加速の癖、モニターに全部出てる」

 オルテガが、記録端末の画面を指し示す。

「見ろ。ここ、加速の立ち上がりが、他のどの動作よりも急だ。これは、旧ザクの頃からの癖だろう」

「――そう、なんですかね。自分じゃ、あんまり意識してないんですけど」

「無意識だからこそ、癖なんだよ」

 オルテガは、そう言うと、グラフの一部を指でなぞった。

「踏み込みが唐突すぎる。急制動の前に、もう少し予備動作を削れ。それだけで、反応速度が変わる」

「――削る、ってどうやって……」

「頭で考えるな。今の感覚を、身体で覚え直せ」

 その言葉は、正直、あまりに抽象的で、すぐに飲み込めるものではなかった。それでも、僕は素直に頷いた。今は、理解できなくても、覚えておくしかない。

 水分を補給し、簡易的な冷却シートで身体を冷ましている間も、頭の中では、先ほどの機動を何度も反芻していた。踏み込みを、どう削るのか。予備動作を減らすというのは、具体的に、どういう感覚なのか。

 午前の座学講義では、連邦軍艦艇や航空機の死角についての基礎知識が叩き込まれた。ノートを取りながらも、正直、頭の半分は、まだ午前の訓練の感覚に引きずられていた。

 昼食を終えると、午後の出撃が待っていた。

「――さっきよりは、マシになったか?」

 二度目のカタパルトを出た瞬間、僕は、意識してブースターの踏み込みを短くしてみた。頭で考えるな、と言われたばかりだったが、それでも、体で覚え直すためには、一度は意識して試すしかなかった。

「――お、少し変わったな」

 オルテガの声に、僅かな驚きが滲む。

 午前の教えを頭で反芻しながら挑んだ二度目の逃走は、それでも、あっさりと捕まって終わった。だが、判定接触までにかかった時間は、午前よりも明らかに長くなっていた。

「判定、接触」

「――今日は、これで終わりだ」

 オルテガが、そう告げる。

「たった一日で全部変わるとは思うな。だが、今日のお前は、午前と午後で、別人だった。……悪くない」

 その一言に、僕は思わず肩の力が抜けるのを感じた。わずか二本の出撃、それでも、確かに何かを掴んだ実感があった。士官学校での三年間、幾度となく反復を重ねてようやく身につけてきたものが、今日は、たった二本の出撃と、その間の一つの指摘だけで、僅かながら形になろうとしている。

 ――これが、この部隊のやり方なのか。

 僕は、そんなことを思いながら、機体を格納庫へと降りた。

 午後のインターバルでは、フライトログの解析と、シャワー、そして短い仮眠の時間が与えられた。泥のように眠り、目を覚ますと、次はシミュレーターでの訓練だった。機体トラブル発生時の緊急対処、これから訓練する特殊環境の予習――座席に座ったまま、僕は必死に手順を頭に叩き込んだ。

 最後は、格納庫での整備班の手伝いだった。今日使った機体の汚れを拭い、整備兵に、今日の機動で感じた違和感を伝える。

「――足首の稼働域、もう少し欲しいですか?」

「あ、はい。旋回の時、あと少しだけ、粘れると助かります」

「調整しておきます」

 こうした小さなやり取りの積み重ねが、明日の機体を、今日より少しだけ、自分に近づけていくのだと、僕はこの日、初めて実感した。グレタのデータチップが組み込まれたおかげか、それとも、昨日の着任日で早くも機体に少し慣れ始めていたおかげか――理由はまだ、はっきりとは分からなかった。それでも、機体が、少しずつ、自分の一部になっていく感覚があった。

 夕食を終え、戦術ノートを整理しながら、僕は今日一日の密度に、改めて驚いていた。たった一日で、これほどまでに詰め込まれるとは、思ってもみなかった。昨日の着任日は、むしろ助走に過ぎなかったのだと、僕はようやく理解し始めていた。

 夜間点呼と衣服点検を終え、消灯後のベッドの中、僕は泥のように眠りに落ちた。

火曜日――応用訓練

「今日は、射撃だ」

 朝の格納庫で、マッシュがそう告げた。

「ダミーバルーンを使う。対艦、対MS、両方の想定でな」

「――射撃、ですか」

 正直、意外だった。これまでの訓練は、機動と近接ばかりだったからだ。

「型破りな動きは、あくまで間合いを詰めるための手段だろう。詰めた後、確実に仕留められなければ、意味がない」

 マッシュの言葉に、僕は頷いた。考えてみれば、卒業試験でも、最後にものを言ったのはマシンガンの一撃だった。機動でどれだけ優位を作れても、決める一手がなければ、それは戦果には繋がらない。

 一本目、二十分。射出された先の空間には、既にいくつものダミーバルーンが浮かんでいた。不規則な軌道で漂いながら、時折、鋭く加速する。旧ザクの頃から得意だったマシンガンの誘導だったが、機体の反応速度が変わったことで、照準の勘所が、これまでとは微妙にズレていた。

「――浅い。中心を外してる」

 マッシュの声が、淡々と指摘する。

「お前の照準は、機体の反応が遅かった頃の"間"のままだ。今の機体なら、もっと早く狙いを付けられる」

 言われてみれば、確かにそうだった。旧ザクの頃の癖で、僕は無意識のうちに、目標の少し先を狙っていた。だが、この機体の反応速度なら、その"先読み"の幅は、もっと小さくていいはずだった。

 午前の一本目は、命中率にして半分にも届かなかった。狙いを外すたびに、ダミーバルーンは軽やかに軌道を変え、僕の照準から逃れていく。

「――時間だ」

 マッシュの声に、僕は肩を落としながら機体を戻した。

 インターバルでは、座学として連邦軍艦艇の弱点部位についての講義があった。装甲の薄い関節部、推進器の根本、コクピットハッチの位置――図面を前に、僕は必死に頭に叩き込んだ。

「――知識と、実際に当てられるかどうかは、別問題だぞ」

 マッシュが、そう釘を刺す。

「頭で分かってるのと、コンマ数秒の判断で狙えるのとじゃ、天と地ほど差がある。午後は、それを埋める時間だ」

 昼食を終え、午後の二本目に臨む。午前の反省を踏まえ、僕は照準の"先読み"の幅を、意識的に小さくしてみた。

「――お」

 最初の一射で、ダミーバルーンの端を掠める。完全な命中ではなかったが、明らかに、午前とは違う手応えだった。

 二射目、三射目――少しずつ、照準の感覚が、この機体の反応速度に馴染んでいくのが分かった。マッシュの助言を意識したことで、命中率は、午前の倍近くにまで上がっていた。

「――上出来だ」

 マッシュが、そう零す。

「昨日といい、今日といい……お前、覚えるのが早いな」

「――そう、なんですかね。自分じゃ、あんまり実感ないんですけど」

「自覚がないのか。まあ、それも含めて、お前らしいがな」

 その日のインターバルでは、実際にその知識を活かした急所狙いの射撃訓練が行われ、シミュレーターでは、弾切れ時の緊急対処を学んだ。整備班との会話では、マシンガンの安定性についての要望を伝える。

「――連射時、僅かに右にブレるんですけど」

「グリップの遊びですね。調整しておきます」

 こうしたやり取りも、月曜と同じように、日常の一部として、少しずつ僕の中に馴染み始めていた。

 夕食の席では、隣に座ったオルテガ小隊のカイ・シュトルムと、初めてまともに言葉を交わした。

「――お前、射撃も悪くないな」

「カイさんも、見てたんですか」

「モニター越しにな。……近接だけじゃなく、遠間もそこそこできるとは、正直、意外だった」

「褒められてる、んですよね?」

「そう受け取っていい」

 素っ気ない口調の中に、僅かな親しみが滲んでいるのが、なんとなく分かるようになってきていた。

「――そういえば」

 僕は、ふと気になっていたことを尋ねてみた。

「カイさんは、いつも一人で食堂に来てますよね。ベラさんとは、一緒じゃないんですか」

「――アイツは、飯の時間がバラバラなんだよ。整備班と、装備の相談してることが多い」

「真面目な人、なんですね」

「お前が言うと、皮肉に聞こえるな」

 珍しく、カイの口元が、僅かに緩んだ。それだけのやり取りで、今日一日の疲れが、少しだけ和らいだ気がした。

水曜日――非飛行日

 目覚ましの音がいつもより優しく感じられたのは、気のせいではなかった。

「今日は、機体には乗らない」

 朝の集合で、オルテガがそう告げた。

「ザクは、終日ドック入りだ。整備班が、消耗品を全交換する」

「――僕らは、何を?」

「月火の機動データの反省会。それと、通信訓練、座学だ」

 久しぶりに機体に乗らない朝は、どこか拍子抜けするような、それでいて、身体の芯にまで染み付いた疲労を、ようやく自覚するような、不思議な感覚だった。

 午前は、月曜と火曜の機動データを前にした反省会だった。会議室に集められたモニターには、この二日間の機動の軌跡が、幾重にも折り重なって映し出されている。オルテガ、マッシュ、そしてシーマも顔を出し、それぞれの視点から、僕の動きに指摘を入れていく。

「――加速の予備動作、まだ少し残ってる」

 オルテガが、そう切り出す。

「月曜の午後よりは減ったが、まだゼロじゃない。……この癖が抜けきるまで、もうしばらくかかりそうだな」

「射撃の照準、悪くないが、外した時の切り替えがまだ遅い」

 マッシュが、続けてそう指摘する。

「一射目を外したら、すぐ次の狙いに移れ。旧ザクの頃の"外したら仕切り直し"の癖が、まだ抜けてない」

 次々と飛んでくる指摘に、僕はノートを取る手が追いつかなくなるほどだった。それでも、一つ一つの指摘が、確かに自分の課題を言い当てていることに、素直に驚いていた。

「――お前、指摘されたことを、次にすぐ活かせるタイプだな」

 シーマが、そう零す。

「頭で理解するより先に、身体が勝手に修正しにいく。……これは、なかなか得難い才能だよ」

「――ありがとう、ございます」

「褒めてるだけじゃないぞ。……頭で理解する前に体が動くってことは、裏を返せば、悪い癖もすぐに体に染み付くってことだ。良い時も、悪い時も、その吸収の早さは、諸刃の剣になる」

 シーマの言葉に、僕は思わず背筋を伸ばした。褒め言葉の裏に、確かな警告が滲んでいるのが分かった。

「――明日は、私の小隊での合同演習だ」

 シーマが、話を締めくくるようにそう続けた。

「初めて、艦との連携も入る。詳しくは、明日話そう」

 午後は、発光信号や接触信号を使った通信訓練だった。電子通信が使えない状況を想定した、地味だが、実戦では命に関わる訓練だという。

「――これも、いずれミノフスキー粒子とやらが絡んでくると、必須になる」

 オルテガが、そう説明してくれた。

「――ミノフスキー粒子、ですか」

「電波観測を阻害する粒子だ。散布された戦場じゃ、レーダーはまともに機能しない。……その時、頼れるのは、目視と、こういう原始的な通信手段だけになる」

 まだ耳慣れないその単語に、僕は漠然とした不安を覚えながらも、必死に手順を覚えた。手旗に近い発光信号の型、機体の装甲を叩いて音を伝える接触信号――どれも、これまでの訓練とはまったく毛色の違うものだった。

「――正直、地味ですね、これ」

 僕が思わずそう零すと、オルテガは、鼻を鳴らして笑った。

「地味な訓練ほど、忘れた頃に命を救う。……覚えておけ」

 通信訓練は、二人一組での実技も兼ねていた。組まされた相手は、オルテガ小隊のベラ・ノイマンだった。カイとはまた違う、生真面目な佇まいの女性だった。

「――よろしく、お願いします」

「よろしく。……あなたが、リオンね」

 ベラは、そう言うと、手にした発光信号機を、几帳面な仕草で構えた。

「型を教わったら、すぐに実践しましょう。時間の無駄は、嫌いなの」

「――は、はい」

 彼女の指導は、カイともオルテガとも違う、きっちりとした手順の積み重ねだった。一つの型を、寸分の狂いもなく再現できるまで、何度も繰り返させられる。

「――もう一度」

「あの、さっきのでも、ちゃんと伝わってましたよね……?」

「伝わった、と伝わりやすい、は違うわ。戦場で、判読に一瞬でも迷わせたら、その一瞬で死ぬこともある」

 その言葉には、有無を言わさぬ響きがあった。僕は、素直に頷き、もう一度、同じ型を繰り返した。

「――あなた、筋はいいのね」

 何度目かの反復の後、ベラが、ぽつりとそう零した。

「型を崩す人だって聞いてたから、こういう地道な訓練は苦手かと思ってた」

「――型を崩すのと、覚えるのが苦手なのは、別ですよ。たぶん」

「そう。……なら、安心した」

 ベラは、そう言うと、僅かに口元を緩めた。カイと同じオルテガ小隊らしい、静かで真面目な空気を纏った人だった。

 夕方には、座学として戦術全般の講義が行われた。艦隊運用の基礎、部隊連携の基本原則――座りっぱなしの一日だったが、それでも、身体を動かす訓練とは違う種類の疲労が、じわりと蓄積していくのを感じた。

 夜は、久しぶりに時間の余裕がある食事になった。

「――今日は、随分と余裕そうだな」

 グレンが、からかうようにそう言ってくる。月曜からの数日、まだきちんと話す機会のなかった彼と、この日、僕は初めてゆっくりと言葉を交わした。

「非飛行日、ありがたみが身に染みます……」

「まあ、明日からまた地獄だけどな」

「――えっ」

「木曜は、艦隊との合同演習だ。今度は、艦を守りながらの模擬戦闘になる。俺とお前も、そこで初めて一緒に組むことになる」

「――グレンさんと、ですか」

「シーマ中佐の小隊は、俺とお前と、中佐の三人だからな。よろしく頼むぜ、相棒」

 グレンは、そう言って、悪戯っぽく笑った。

 その一言に、僕は思わず身構えた。だが、不思議と、恐怖よりも、期待の方が勝っている自分がいた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。