木曜日――総合演習
「今日は、ムサイ級と連携する」
朝の格納庫で、シーマがそう告げた。
「対連邦軍艦隊を想定した、模擬集団戦だ。私の小隊は、私、グレン、リオン。編隊を組んで、艦の護衛に当たる」
「――艦との連携、初めてです」
「戦場じゃ、機体単体で完結する戦いなんて、そう多くない。今日は、その感覚を、身体に入れておけ」
シーマは、そう言うと、格納庫の壁に貼られた海図――いや、宙域図に指を這わせた。
「開戦すれば、遠からず、艦隊戦が主戦場になる。護衛、強行偵察、そして――敵艦への直接攻撃。今日は、その両方を叩き込む」
「――敵艦への、直接攻撃」
「MS単騎で、巡洋艦を沈める。想像つくか?」
「――正直、あんまり」
「なら、今日、体で覚えろ」
その一言に、僕は思わず喉が鳴るのを感じた。
カタパルトから射出された三機は、シーマを頂点にした三角形の隊形を組んだ。月曜からの数日で、僕の機動は、確かに以前よりも滑らかになっていた。
「――寄りすぎだぞ、坊主」
「す、すみません……!」
それでも、隊列を乱す回数は、以前よりも明らかに減っていた。遠くに浮かぶムサイ級の艦影を横目に、僕は、その巨体を守るという、これまでとは違う種類の緊張感を覚えていた。
「前方に、敵性目標を確認――という設定だ」
シーマの合図と共に、三機は散開した。
「私が正面から圧をかける。グレン、リオン、お前たちはどう動く」
「――俺は、側面から回り込む」
グレンが、あっさりとそう答えた。
「――僕は、グレンさんの動きで敵の意識が揺れた瞬間を狙って、型を崩した角度で斬り込みます」
「――悪くない」
シーマが、そう零す。
「これまでの発想が、ちゃんと言葉になってきてる」
午前の訓練では、僕とグレンの連携が、初めて実戦に近い形で試された。感覚で相手の"間"を読み合う――水曜の反省会で指摘された課題を、僕は強く意識していた。
「――お、今のは、完全に読んでたな」
グレンの声に、驚きが滲む。
「昨日までとは、明らかに違うぞ」
「――グレンさんの動き方、少しずつ分かってきた気がします」
「上等だ。俺も、お前の動きが、少しずつ読めるようになってきてる」
二人の機体が、艦の周囲を旋回しながら、想定した敵機の位置を次々と潰していく。完璧な連携とは、まだ言い難い。それでも、擦れ違うたびに感じていた"ズレ"は、確実に小さくなっていた。
「――午後は、立場を変える」
昼食を終え、格納庫に戻った僕らに、シーマがそう告げた。
「今度は、こちらが攻める側だ。ムサイの主砲を、模擬的な"敵巡洋艦"に見立てる。……対空砲火は、本物同然だ」
「――本物、同然?」
「実弾じゃない。だが、着弾判定と衝撃波の再現データは、実戦のものをそのまま使ってる。喰らえば、シミュレーターの比じゃない衝撃が来るぞ」
その言葉通り、カタパルトを出た瞬間から、空間は一変していた。
――光の雨。
ムサイの副砲、対空機銃座から、次々と閃光が放たれる。実弾ではないと分かっていても、掠めるだけで機体を震わせるほどの衝撃波が、絶え間なく襲いかかってきた。
「――くっ……!」
思わず、声が漏れる。旧ザクの頃、教本で読んだだけの"弾幕"という言葉が、今、初めて実感を伴って襲いかかってきていた。四方八方から降り注ぐ光の筋を、僕は必死に避けながら、目標――艦橋を模したポイントへと機体を進めた。
「――止まるな! 止まった瞬間、狙われるぞ!」
通信越しに、グレンの声が飛んでくる。
「ジグザグに、不規則に動け! 直線的な動きは、格好の的だ!」
言われた通り、僕は機体を左右に振りながら、突撃を続けた。対空砲火の隙間を縫うように進む感覚は、これまでのどの訓練とも違う、剥き出しの恐怖と隣り合わせのものだった。
「――近い……!」
至近弾の衝撃波に、機体が大きく揺さぶられる。視界が一瞬、白く滲んだ。それでも、僕は機体を立て直し、艦橋のポイントへと肉薄した。
「――今だ!」
グレンの声と同時に、僕は、型を崩した軌道で、目標へと斬り込んだ。判定装置が、鈍い音を立てる。
「判定、命中」
「――やった……!」
思わず、声が上ずる。だが、喜びも束の間、次の瞬間には、また別方向からの砲火が、僕の機体を襲った。
「気を抜くな! 一撃入れたところで、戦闘は終わらない! 離脱まで気を抜くと、思わぬところで喰らうぞ!」
シーマの声が、鋭く飛んでくる。
離脱までの数十秒、僕は、まるで嵐の中を進むような感覚で、対空砲火の雨を掻い潜り続けた。安全圏に抜けた瞬間、全身から、どっと汗が噴き出すのが分かった。
「――こんな中を、実戦じゃ何度も潜るんですか」
肩で息をしながら、僕は思わずそう零した。
「何度も、じゃない。……艦隊戦じゃ、これが、当たり前の景色になる」
シーマの声には、これまでにない、静かな重みがあった。
午後の後半は、オルテガ小隊のカイが、模擬的な"敵の白兵部隊"役として合流した。
「――近接に持ち込まれた時の、想定訓練だ」
カイが、抑揚のない声でそう言った。火曜の夕食で少し言葉を交わしたきりの相手と、こうして刃を交えるのは、これが初めてだった。
「――手加減なし、ですか?」
「当たり前だ」
カイは、そう言うと、迷いなくヒートホークを構えた。
最初の一合は、悪くなかった。ミドルレンジから一気に間合いを詰める、僕の得意な一撃離脱――それは、カイの初撃をぎりぎりで捌ききるだけの威力があった。だが、決着がつかず、間合いを保ったまま斬り合いが続いた瞬間、途端に、動きがぎこちなくなる。
「――浅い」
判定装置が、鈍い電子音を鳴らす。
「二の手が続かない。一発で決める前提の動きだな」
「――す、少し待ってください、まだ慣れてなくて……!」
「実戦は、待ってくれないぞ」
カイの言葉は素っ気なかったが、そこに悪意はなかった。むしろ、僕という初対面の相手の癖を、瞬時に見抜いた上での、的確な指摘だった。
「――ほう」
何度目かの打ち合いの中、僕が、辛うじて二撃目を返せた瞬間、カイの声に、僅かな驚きが混じった。
「初見にしては、飲み込みが早いな」
「――でしょう? もっと褒めていいですよ」
「なら、続きだ」
艦を背に、カイとの斬り合いを凌ぎながら、僕は、対空砲火を避ける感覚と、グレンとの連携も同時に意識しなければならなかった。一対一の訓練とはまったく違う、複数の要素を同時に処理する感覚――頭が追いつかず、何度も混乱しかけた。
「――視野を広く持て」
シーマの声が、通信越しに飛んでくる。
「一つのことに没頭すると、途端に周りが見えなくなる。それは、あんたの悪い癖だ」
卒業試験の時と、同じ指摘だった。だが、今の僕には、あの時よりも、その言葉の意味が、身に染みて理解できた。
その日の演習の締めくくりに、シーマ、グレン、リオンの三人がかりで、模擬的な"敵旗艦"への突入想定訓練も行われた。降り注ぐ砲火、艦を背にした白兵戦、艦隊戦の中での連携――一日を通して、これまで学んできたことの全てが、一つに繋がっていくような感覚があった。
「――今日は、これで終わりにしよう」
シーマの声に、僕は肩で息をしながら、機体を格納庫へと向けた。密度の濃い一日を終え、身体はへとへとだったが、頭の中には、確かな手応えと、これから始まる戦争の輪郭のようなものが、静かに残っていた。
金曜日――極限演習
「今日は、夜だ」
夕方、格納庫に集まった僕らに、オルテガがそう告げた。
「前半は、高速編隊機動。夜間の暗い視界の中で、隊列を保ったまま最大速度を出す訓練だ」
「――暗い中で、高速編隊、ですか」
「昼間の編隊訓練とは、わけが違うぞ。視認できる範囲が極端に狭くなった状態で、仲間との距離を見誤れば、それだけで接触事故に繋がる」
その言葉に、僕は思わず息を呑んだ。
「今日は、ガイア、マッシュ、オルテガの三機と、お前の四機編隊だ」
オルテガが、そう続ける。
「俺たちの後ろに、正確についてこい。それだけだ」
カタパルトから射出された四機は、闇の中で、縦一列の隊形を組んだ。先頭のオルテガの機影を頼りに、僕は必死に距離を保とうとした。
「――速度を上げるぞ」
オルテガの声と同時に、機体が加速する。昼間の編隊訓練で覚えた感覚を頼りに、僕は隊列の乱れを最小限に抑えようとした。だが、暗闇の中では、これまで頼りにしていた視覚情報の大半が失われていた。
「――近い、近いぞ坊主!」
前方のガイアの声に、僕は慌てて僅かに速度を緩めた。距離感を誤ったまま、もう少しで追突するところだった。
「怖がって離れすぎるな! 編隊が間延びすれば、それはそれで意味がなくなる!」
マッシュの声が、鋭く飛んでくる。
「――近すぎず、遠すぎず、ですか……!」
「その感覚を、今夜のうちに掴め!」
速度を上げたまま、四機は宙域を大きく旋回した。旋回のたびに、前方の機影を見失いかける。それでも、機体の推進光と、僅かな輪郭の変化だけを頼りに、僕は必死に隊列を保ち続けた。
「――お、今のは悪くないぞ」
ガイアの声に、僅かな驚きが滲む。
「木曜のグレンとの連携、活きてるみたいだな」
「――そう、なんですかね。正直、必死なだけです」
「必死でも、結果が出りゃ、それでいい」
何度目かの旋回を終える頃には、僕は、前方の機影との距離を、昼間よりも研ぎ澄まされた感覚で捉えられるようになっていた。目に頼れない分、機体の推進音や、僅かな光の揺らぎにまで、意識が自然と向くようになっていた。
「――前半は、これで終わりだ」
オルテガの声に、四機は編隊を解き、一度、格納庫へと戻った。
「後半は、遮光状態での演習を行う。意図的に、センサーの一部を切る」
補給を終えた僕らに、オルテガがそう告げた。
「――センサーを、切るんですか」
「戦場じゃ、機材が故障することも、妨害を受けることもある。……その時、何もできずに終わるようじゃ、話にならない」
格納庫の外は、既に夜の帳が下りていた。コロニー内の擬似的な夜間照明も、今日ばかりは最低限まで落とされている。
カタパルトを出た瞬間、視界は、これまでとは比較にならないほど暗かった。索敵レーダーの表示も、意図的に間引かれ、頼れる情報は、僅かだった。
「――見えない……」
思わず、声が漏れる。だが、水曜の通信訓練で学んだ発光信号の要領と、先ほどの編隊機動で研ぎ澄ませたばかりの感覚を思い出し、僕は、目視できる僅かな光の反射だけを頼りに、慎重に機体を進めた。
「――案外、慌ててないな」
通信越しに、オルテガの声が届く。
「水曜の訓練、無駄じゃなかったみたいだな」
「――正直、怖いです。何も見えないのは」
「怖いと思うのは、正常な反応だ。……怖さに麻痺した奴から、戦場じゃ先に死ぬ」
オルテガのその一言は、これまでの訓練で聞いたどの言葉よりも、重く響いた。
完全に対応できたとは、到底言えなかった。何度も、暗闇の中で機影を見失い、心臓が跳ねる瞬間があった。それでも、以前のような、なす術のないパニックには陥らずに済んでいる自分に、僕自身、驚いていた。
「――今日は、ここまでだ」
演習を終え、オルテガがそう告げた。
「一週間、よくやったな」
その素っ気ない一言に、僕は思わず、じんわりとした達成感を覚えた。
「――ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはない。……お前が、勝手に伸びただけだ」
そう言い残すと、オルテガは、機体の方へと歩いていった。その背中を見送りながら、僕は、この一週間の密度を、改めて噛み締めていた。
土曜日――機体大点検
朝から、格納庫は慌ただしかった。ザクは終日ドック入りとなり、僕らパイロットは、兵舎の大掃除に駆り出された。
「――こういう地味な作業も、部隊の一員としての務めだ」
モップを片手に、レナがそう言いながら笑う。
「シーマ中佐との模擬戦とはまた違った疲れ方するよね、これ」
「わ、分かります……」
掃除をしながら、僕はふと、この一週間の出来事を振り返っていた。月曜の急制動、火曜の射撃、水曜の座学と通信訓練、木曜の合同演習、金曜の夜間演習――どの一日も、着任前には想像もできなかった密度だった。
「――お前、なんかいい顔してるな」
隣で床を拭いていたダンが、そう声をかけてきた。
「そう、ですか?」
「疲れてるはずなのに、悔しそうじゃない。……珍しいタイプだよ、お前」
ダンの言葉に、僕は思わず苦笑した。自分ではよく分からなかったが、確かに、悔しさよりも、充実感の方が、今は勝っている気がした。
通路の向こうから、マッシュ小隊の二人――フィン・アッカーとリン・オーバーが、雑巾を片手に歩いてくるのが見えた。二人とも、口数の少ない狙撃手気質だと聞いていたが、並んで作業をする姿は、どこか息の合った雰囲気があった。
「――お疲れ様です」
僕がそう声をかけると、フィンは、小さく頷き返してくれただけだった。代わりに、リンが口を開く。
「――お前、火曜の射撃、マッシュ小隊長が褒めてたぞ」
「――そうなんですか?」
「上達が早い、って。……フィンも、同じこと言ってた」
リンがそう言うと、フィンは、僅かに目を伏せながら、小さく頷いた。それだけのやり取りだったが、二人の無口さの中にある、確かな観察眼が伝わってくるようだった。
「――お前らも、いずれ模擬戦、頼むかもな」
ダンが、そう茶化す。
「望むところだ」
リンが、静かにそう返す。フィンは、相変わらず何も言わなかったが、その目には、微かな闘志のようなものが宿っているように見えた。
掃除を終えると、格納庫では、整備班による午前の報告会が開かれた。ドック入りした各機体の状態を前に、整備班長が、一週間分のデータを片手に、パイロット一人一人に向けて説明していく。
「――さて、リオン准尉の機体だが」
名前を呼ばれ、僕は思わず背筋を伸ばした。
「一週間分の消耗データ、見てみるか」
整備班長は、そう言うと、モニターに機体の全身図を映し出した。関節や装甲の各部が、負荷の度合いに応じて、色分けされている。
「――足首の関節、随分と負荷が集中してるな」
「――足首、ですか」
「ああ。旋回の起点に、脚部の踏み込みを多用してるだろう。おかげで、他のパイロットの倍近いペースで、アクチュエーターが消耗してる」
言われてみれば、心当たりがあった。士官学校の頃からの癖――隕石を蹴るような感覚で軌道を変える、あの動き方だった。
「――これ、そのままだと、まずいですか」
「まずくはないが、頭には入れておけ。実戦で急に足首が言うことを聞かなくなったら、目も当てられない」
整備班長は、そう言うと、隣のモニターに切り替えた。今度は、ガイア小隊のダンの機体だった。
「ダン少尉は、逆に、肩部のスラスターの消耗が激しい。前に出る癖が強いせいで、常に加速し続けてる時間が長いんだろう」
「――言われてみりゃ、そうかもな」
ダンが、納得したように頷く。
「カイ少尉は、上半身、特に腕部の関節にガタが来やすい。近接戦での踏み込みと斬撃の反動が、他のパイロットより大きい」
名前を呼ばれたカイが、無言のまま頷いた。
「――こうやって、パイロットごとの癖が、機体の消耗にそのまま出るんですね」
僕が思わずそう零すと、整備班長は、小さく笑った。
「当たり前だ。機体は、正直だからな。……お前らが誤魔化しても、機体側は、どこにどれだけ負担がかかってるか、全部覚えてる」
「――なんか、ちょっと怖いですね、それ」
「怖がっていい。だが、それを知っておくことが、長く戦場で生き残るための一つの手段だ。……自分の機体の癖を知らないパイロットほど、脆いものはない」
整備班長のその一言は、これまでの訓練で聞いたどの言葉とも違う、静かな重みを持っていた。パイロットの技量とは別の軸で、この一週間を見つめてくれている人たちがいる――そのことに、僕は改めて気づかされた。
昼過ぎには、講堂に集められ、ギレン総帥の演説映像を視聴する時間が設けられた。堂々とした演説を前に、僕は、内容の是非よりも、その語り口の迫力そのものに、圧倒される思いだった。周囲の同僚たちも、皆一様に、静かにスクリーンを見つめていた。
夕方には、一週間の訓練を振り返るレポートの提出が課された。真っ白な用紙を前に、僕はペンを片手に、しばらく固まってしまった。
「――言語化、苦手だったな、お前」
隣の席で、同じくレポートに苦戦していたカイが、そう零す。
「うっ……ばれてます?」
「見りゃ分かる」
「カイさんは、得意なんですか」
「得意じゃない。……ただ、苦手なりに、書く量だけはこなしてきた」
その一言に、僕は少しだけ気が楽になった。得意でなくても、続けていれば、それなりの形にはなる――水曜の反省会以来、少しずつ実感してきたことだった。
それでも、水曜の反省会で少しずつ鍛えられた「言葉にする」感覚を頼りに、僕はなんとか、一週間の学びを紙の上に絞り出した。
書き終えたレポートを提出用のトレイに置いた瞬間、僕は、何とも言えない達成感を覚えた。文字にすることが苦手な自分にとって、これもまた、一つの訓練だったのだと、今更ながらに気づく。
「――お前、思ったより、ちゃんと書けてるじゃねえか」
提出前に覗き込んだカイが、意外そうにそう零した。
「そ、そうですか?」
「まあ、及第点だ」
カイの素っ気ない一言に、僕は思わず頬が緩むのを感じた。書き終える頃には、周囲はすっかり夜の帳に包まれていた。